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子供と戯れる彼が見たかったので 石神1話

石神
次の予定を報告しろ

サトコ
「はい!」

バスを降りて1番に声をかけてくれたのは秀樹さんだった。

サトコ
「次は点呼。そのあと私たちは本部を設置、参加者の皆さんはお弁当の時間です」

石神
わかった。各班点呼、それぞれに別れて昼食だ

サトコ
「下見に行ったときに、エリア分けをしておきました。皆さん、担当エリアをお願いします」

後藤・颯馬
「了解です」

黒澤
じゃあ、オレはハイキングコースの下見に···

石神
指示が聞こえなかったか?

黒澤
き、聞こえました!後藤さん、颯馬さん、左右から耳を引っ張らないで!

石神
各班、タイムスケジュールに遅れのないよう取り掛かれ

加賀
テメェに指図されるまでもねぇ

東雲
兵吾さん、こういうの得意ですからね···付き合うしかないか

津軽
モモ、俺のお昼ご飯は?

百瀬
「今、パラソル立てます」

(最初から期待してない津軽さんは、ともかくとして)
(秀樹さんのおかげで、スケジュール通りに進められそう!)

サトコ
「石神さん、ありがとうございます。おかげで時間通り進行できそうです」

石神
話を聞いた時は、どうなるかと思ったが

サトコ
「本当に···」

思い出すのは、銀室長から指令を受けた、あの日ーー

(保育園の遠足って、こんなにやることあるの!?)

ネットで情報を集め、やることを書きだして呆然とする。

(これを通常業務と並行するのは、厳しいのでは···)

今、大きな事件は抱えていないものの。
デスクに積んだ書類仕事と、PC上に書きだした遠足の準備を交互に見ていると。

石神
氷川、どうかしたのか

サトコ
「石神さん!」

偶然後ろを通りかかったらしい石神さんが声をかけてくれた。

サトコ
「実は銀室長直々に任務を仰せつかりまして···」

石神
銀さん直々に···?

怪訝そうに、秀樹さんがそのメガネを押し上げる。

サトコ
「津軽さん、この件、石神さんに話しても問題ありませんか?」

津軽
んー。いいんじゃないの?

サトコ
「警察庁管轄の保育園の遠足の件でーー」

津軽さんの了承をもらってから、事の次第を説明した。

石神
それが銀さん直々の仕事か···

津軽
俺がウサちゃんを推薦しておいたんだ~

サトコ
「え!?何ですか、その話!」

津軽
言ってなかったっけ?

サトコ
「聞いてませんよ。何も!」

石神
体よく面倒を押し付けられたということだな

サトコ
「う···」

(なんとなーく、そんな気配を感じてたけど)
(あえて気付かない振りをしてたのに!)

津軽
ウサちゃんって保育士さん似合いそうだよね
将来、いろんなことに挑戦できるといいと思ってさ♪

サトコ
「それはいずれ公安刑事をクビになるという···」

(こ、これは想像以上に深い意味のある任務なのでは···!?)
(この任務に失敗したら、それこそ違うことに挑戦しなければいけない事態になったり···)

心の中で冷や汗が噴き出してくる。

サトコ
「あの、津軽さんが手伝ってくれたりは···」

津軽
手伝ってあげたいのは山々なんだけど、俺も忙しくて~
まずは保育士不足解消、がんばってね

石神
···遠足の付き添いは、どうなっている

サトコ
「今のところ私だけで、これから集めなければならず」
「実は元教官方に、お願いできないかと···」

石神
皆、引き受けると思っているのか

サトコ
「説得の材料は、ちゃんとあるんです!」
「公安課として、警察官の家庭生活の一片を知ることは、警察庁内だけでなく···」
「ひいては全国の警察組織の秩序と平和につながると思います!」

津軽
うんうん、俺もそう思うよー

サトコ
「適当な相槌でしたら、打たないでください···」

石神
一理あるが、それで他の連中が遠足に参加するとは思えない

サトコ
「ですよね···そう思って、用意しておきました!」

ドドンッと机の上に並べるのは、上質な紙袋。

サトコ
「右から限定高級プリン、大福、珍味!部下を押さえるには、まず上司から!」
「班長方の好物を用意しました!」

津軽
なになに、それ

石神
さっそく釣れたな。津軽ほど単純な奴は、そういないが···

(そう言いながら、プリンの箱を開けてくれて···)
(ありがとうございます、秀樹さん!)

(皆さんが参加してくれたのは···)
(何だかんだと秀樹さんが上手くまとめてくれたお陰なんだよね)

石神
このあとはハイキングだったな

サトコ
「はい。なので、しっかり食べてくださいね」

各班に別れてお昼を食べ始め、私と秀樹さんもさりげなくひとつのシートに収まった。

(これくらいは計画を立てた者の役得ってことでいいよね?)

石神
俺の分まで弁当を作って大変じゃなかったか

サトコ
「ひとり分もふたり分も同じです」
「それに石神さんに食べてもらえると思える方が作り甲斐があるので!」

石神
···そうか。遠足も悪くないものだな

ふと和らいだ秀樹さんの表情に、朝4時起きが報われたと思った時。

子供たち
「わー!雨だー!!」

サトコ
「急に降って···っ」

石神
今は弱いが強くなってきそうだな···
雨宿りできる場所は調べてあるか

サトコ
「この森を少し入ったところに図書館があるそうです!」

石神
全員、片づけて移動だ!

サトコ
「森の図書館に雨宿りに行きます!」

皆さんを誘導して、私たちは森にある図書館へと急いだ。

東雲
この図書館、完全に廃館だよね

サトコ
「すみません···調べた時には、開館してる感じだったんですけど···」

石神
雨宿りできるだけいいだろう

颯馬
鍵が開いていてよかったですね

後藤
ブレーカー上げたら電気点きました

子供たち
「おばけやしきだー!」

サトコ
「あ、皆、ちょっと待って!点呼を取らないと!」

物語に出て来るような洋館に子供たちは興奮して走り出してしまう。

(あああ、全然話を聞いてない!)

加賀
オバケ屋敷にバラバラに乗り込む奴がいるか

黒澤
探検隊の皆さーん、一旦こっちに集合して下さーい

石神
今のうちに点呼を取れ

サトコ
「はい!」
「保護者の皆さんもお子さんの横に並んでください!」

加賀さんと黒澤さんの協力のおかげで、何とか点呼をとることができる。

(よかった、全員揃ってる!)

加賀
探検したい奴はついて来い

子供たち
「はーい!」

サトコ
「皆さん、足元には気を付けてくださいねー!」

点呼後は皆、思い思いの場所に散っていく。

(図書館内だし、大人の目もあるし。多少自由に行動しても大丈夫だよね)

とりあえず館内の様子を把握しておこうと、歩いていると。
絵本コーナーに集まっている小さな子供たちを見つけた。

石神
······

(あ、秀樹さんもいる)

意外な場所で見つけた気がして、そちらに行ってみる。

石神
どんぐりくんは大きな池を前に足が竦んでしまいました
そこへやって来たのは、池の近くに住むバッタ君です

(読み聞かせしてる···)

秀樹さんの周りには子供たちが集まっていて、静かに話に聞き入っていた。

石神
どんぐり君は葉っぱで舟を作り始めました

その理知的で静かな声は不思議は響きを持って、私たちを絵本の世界へと誘う。

(秀樹さんって、絵本読むのこんなに上手かったんだ)

どんぐりが大きな池を渡るために大冒険をする話。
小さい世界で起きる事件が、大きなスケールで私の頭の中でも繰り広げられる。

石神
池のちょうど真ん中まで来たとき、カラスがどんぐり君の舟に襲い掛かりました

子供たち
「どんぐり君、がんばれー!」

子供たちの声援の中、どんぐり君はいつもの苦難を乗り越えて行けの横断に成功した。

子供たち
「どんぐり君、よかったねぇ!」

石神
本には、いくつもの物語がある。自分の好きな絵本を見つければ···
それは生涯の共になるはずだ

子供たち
「はーい!」

難しい話のように思えるが、子供たちにはしっかり伝わったようだった。
それぞれお気に入りの絵本を熱心に探し始めている。

石神
······

秀樹さんは読み終わった後も、どんぐり君の絵本を見て、その目を細めていた。

(思い入れのある本なのかな)

サトコ
「いいお話でした」

石神
氷川···聞いてたのか

サトコ
「はい。『どんぐり君の大冒険』、子供たちもすっかり聞き入ってましたね」

石神
この本は俺が子供の頃、保育士に読んでもらったものだ

サトコ
「そうだったんですか」

石神
表紙を見たら、懐かしくなってな

眼鏡の向こうで瞳が細められ、絵本の文字を辿る指は楽しそうで。

サトコ
「石神さんのお気に入りの絵本だったんですね」

石神
諦めないで挑戦し続ける強さを教えてもらった
諦めないこと、諦めざるを得ないこと···今では、そう簡単に割り切れないことばかりで
その生き方に疑問を持ち、自分の生きざまを問うこともあったが···

秀樹さんは絵本に集中する子供たちの姿を見つめて、表情を和らげた。

石神
そんな迷いの中でも守れた未来があると、こうして教えてくれる存在がいる
諦めず、己の正義を追求しようという勇気をもらえる

サトコ
「石神さんのひとつを、この絵本が形成してるんですね」

石神
大袈裟だと言いたいところだが···確かに、そういう部分もあるのかもしれない

小さく微笑んだ秀樹さんは、その絵本を静かに本棚に戻した。

(諦めること、諦めないこと···迷いの中でも守れた未来)
(諦めずに己の正義を追求する···か)

それはまさに今の秀樹さんを表しているような言葉で。
彼に憧れる私は、それを重く受け止めた。

(この遠足も全然計画通りにいかなくて、皆さんに頼ってばかりになってた)
(でも、協力を仰いだ私が自分から動かずにいるなんてダメだ!)

己の中の甘えを、秀樹さんが読んでくれた『どんぐり君の大冒険』が気付かせてくれた。

to be continued

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