カテゴリー

子供と戯れる彼が見たかったので 黒澤1話

黒澤
どうして···

背後から感じる負のオーラに思わず肩が跳ねる。
ギギギ、と音が鳴りそうな首を回せば透くんがじとっとこっちを見つめていた。

黒澤
どうしてサトコさんはバスガイドの格好をしてないんですかーっ!

サトコ
「えっと、ちょっと何言ってるか分からないです···」

涙目の透くんをスルーしながらも、
身に覚えのある約束に罪悪感を感じないでもない。
約束、というのは数日前のこと······

&nbsp

黒澤
せっかくだから、皆さんも呼んじゃいましょうよー

透くんは、この話をどこからか嗅ぎつけたらしい。
一緒に計画を練ってくれることになり、話し合っていたその時のことだった。

サトコ
「 “も” ってことは、透くんも行く気満々ってこと?」

黒澤
そりゃそうですよ。せっかくこうして一緒に計画も立てているわけですし

(正直言えば、透くんに手伝ってもらえるのはすごく助かるけど···)

サトコ
「まさか皆さんって、公安課の?」

黒澤
そうですよ!やっぱり子どもが多いなら人手は多いにこしたことはないですし
それより何より面白そ···
賑やかでいいじゃないですか!

(今、本音が垣間見えた気が···)

サトコ
「確かに人では必要かもしれないけど、さすがに無茶じゃないかな?」
「皆さんだって他にも仕事があるだろうし···」

そもそも、子供の世話なんてあの人たちにできるのだろうか。
······無理かも。

黒澤
じゃあ、サトコさんは無理だって思うわけですね?

サトコ
「えっ?」

黒澤
全員に参加してもらうことですよー

サトコ
「あ、そ、そっち···。まぁ、そうだね···?」

何だか雲行きが怪しくなる予感に、思わず警戒してしまう。
それに反して、透くんはニコニコしながら口を開いた。

黒澤
それなら、もしオレが公安課の皆さんを呼べたらご褒美下さい!
ご褒美はそうですね···コスプレとかどうでしょう?

サトコ
「ご褒美がある前提で話を進めないでください!」

黒澤
あ、せっかくバスを手配するならバスガイドさんとかいいんじゃないですか?
うんうん。やっぱりあれは男のロマンですよね~!

(聞いてない···でも、本当に全員揃えるなんて無理だろうし)

サトコ
「 “ちゃんと” 全員揃ったら、ですからね」

黒澤
やった!約束ですからね!
全員揃ったらコスプレ!

サトコ
「はいはい。全員揃ったらコスプレ」

黒澤
今のちゃんと録音しましたからね!
楽しみだな~サトコさんのバスガイド!

絶対に実現不可能だと、軽い気持ちで聞き流していた。
聞き流してしまっていたのだがーー。

(バカー!)
(出来るわけないと高を括っていた自分のバカー!)
(まさか本当に皆さんが揃うなんて!)

それをあっさり実現してしまった透くんにもなぜか悔しさを感じていた。

サトコ
『はいはい、全員揃ったらコスプレ』

耳元で透くんがスマホで録音していたらしい私の声を流してくる。
バッとそれを奪い取ろうとしても、簡単に躱されてしまった。

サトコ
「く···っ」

黒澤
いつ拝めるのかなぁ、バ・ス・ガ・イ・ド

全く諦めるつもりのないらしい透くんは鼻歌まで歌いだしそうだった。

(今すぐ透くんの記憶を消せないものか···!)

あの約束をした会話だけでいいから記憶喪失になって欲しい。
そんな途方もないことを願っている間に、バスはゆっくりと停車した。

何はともあれ、予定していたハイキングは問題なく進んでいた。
木陰の中を歩く山道は涼しく、風が吹くと土の匂いが香ってくる。

子供A
「あ、鳥さんだ!」

サトコ
「本当だ、あの木に止まってるね」

子供B
「あの鳥、おうちの近くで見たことある!」

サトコ
「あれはキジバトかなぁ」

子供A
「キジバト?」

サトコ
「ヤマバトとも言うんだよ」

子供B
「じゃあ、あっちの鳥は?」

サトコ
「あっちはねぇ···」

子供と手を繋ぎながら、山道を登っていく。
自然の中でキャッキャと楽しそうな様子にひとまずホッとしていた。

津軽
うおぉう!?

聞き慣れない叫び声に思わず振り返る。
すると、落ち葉を手にした子供から飛び退く津軽さんがいた。

津軽
よしよし、いい子だからそのままその葉っぱを下に置こうか···

子供C
「やだ!この芋虫と一緒に持って帰る!」

津軽
う、うん。分かったからこっちに向けるな?

(津軽さん、虫苦手だったっけ···)

子供がずいっと葉っぱを突き出すたびに、津軽さんは半歩後ろに下がる。
その横でどっと子供たちの笑い声が起こった。

子供D
「必殺!イガイガ攻撃ー!」

石神
っ···!?

子供が手に持った栗のイガを石神さんのお尻へとぶつける。
石神さんは、ぐっと声を抑えながら子供の肩を掴んだ。

子供D
「あはは!面白い顔!」

石神
···栗は、人にぶつけるものではない

子供D
「だって落ちてたし」

石神
落ちていたものを投げていい、ということもない
そもそも、人に物を投げてはいけない

子供D
「はーい」

石神
···分かったならいい。今後は気を付けることだ

そうしてまた石神さんは歩き出す。
その後ろで懲りずにまた新たなイガが拾われているとも気付かずに。

(石神さんのお尻···ファイト···)
(もしかして、こういうのは加賀さんの方が慣れてるんじゃ?)

そんな加賀さんの周りには、まさに子供たちが集まっていた。

子供E
「うわぁ!すごい!高ーい!」

加賀
勝手によじ登んじゃねぇ!順番っつってんだろうが!

子供F
「つぎ、私!」

子供G
「ぼくも登りたい!」

加賀
テメェら、自分で歩きたくないだけだろ

子供E
「そ、そんなことないもん!」

子供F
「ねぇ、つぎ私ー!!」

加賀
っつ···どこ引っ張ってやがる

(石神さんや加賀さんに怯まない子供たちもすごいけど···)
(何だろう、この充実感)

見ていると毒気が抜かれ、心がほわっと柔らかくなっていくようだった。

カシャッ

サトコ
「ん?」

隣を見れば、カメラを構える透くんがいた。
レンズが石神さんや加賀さんに向いているが、当人たちはそれどころではないらしい。

黒澤
まーた1つ増えちゃったなぁ···

そう呟く透くんの瞳には光がなかった。
ふふふ、と唇から洩れてくる笑い声は、魔女のそれを思わせる。

(報告用の記録係に立候補したのって、まさか···)

写真データがほぼ透くんの手の内に半永久的に保存されるのだろう。
そう思うと、皆さんに心の中で合掌するしかなかった。

黒澤
あ、サトコさん!子供たち楽しそうで何よりですねー!

先ほどまでの表情が嘘のように、キラキラとした笑顔を向けてくる。
しかし、目の奥はやはり笑っていなかった。

サトコ
「撮影係お疲れさまです···」

黒澤
いやぁ、子供たちがいい笑顔をしてくれてますから
これなら親御さんたちにも満足してもらえるんじゃないですか?

透くんは撮った写真を見返しているのか、カメラをポチポチと操作している。
それを横から覗き見れば、泣き出す子どもを前に頭を抱える東雲さんが写っていた。

黒澤
あ、これはたまたまですよ。この後すぐに泣き止みましたからね

(東雲さん、どうやってあやしたんだろう···)

黒澤
他にも、後藤さんに摘んだ花をプレゼントする女の子との微笑ましい写真とか
あ、難波さんが肩車で腰をやられそうになったシーンも···

サトコ
「楽しそうですね···」

黒澤
それはもちろん!任された仕事は全力でやらないと★

(あーやっぱり目が笑ってないー!)

サトコ
「あ、もうすぐ昼食ポイントなので準備してきますね!」
「ほら、みんなあそこの広場まで行ったら休憩だよ!」

手を繋いでいた子供たちを連れて、透くんから逃げるように距離を取る。
彼の視線を感じながら、そそくさと昼食の支度を始めた。
レジャーシートを広げ、その上に作って来たお重を広げる。

(まさか全員来るとは思ってなかったけど)
(一応、人数分のおにぎりと好きそうなおかず作ってきてよかった)

昼食時の子供たちは、それぞれ母親や友達と一緒に食べることになっている。
だから、私たちだけは別の輪を作ってお重を囲んでいた。

(待て、をされてる犬みたいだ···)
(確かに、子供の世話って体力いるもんね)

お重を囲む皆さんは、子供との戯れにエネルギーを相当消耗したらしい。
じっと弁当のおかずを見つめる瞳は、飢えた獣に似ている。

サトコ
「では、どうぞ!飲み物が欲しい方は言ってくださいね」

箸とお皿が全員分回ると、あっという間に手が四方八方から伸びてきた。
飲み物よりも今はとにかく何かお腹に入れたいらしい。

サトコ
「あ!おにぎりは1人2個まででお願いします!」

しかし、そんな発言も虚しく···

黒澤
あー!

加賀
耳元でうるせぇ···

透くんが悲鳴にも荷が声を上げる。
それを隣にいた加賀さんは低い声で唸りながら、じろりと睨んだ。

黒澤
それ、オレのおにぎりですよ!

加賀
早い者勝ちだろ

(人数分作って来た意味が···!)

そうは思うも、恐ろしくて口には出せない。
それにも怯まない透くんは、加賀さんの取り皿を指差しながら講義を続ける。

黒澤
もう何一気に3つもおにぎりぶんどってるんですか!

加賀
あぁ?

黒澤
育ち盛りの高校生じゃあるまいしー!

加賀
フン

黒澤
ああああ唐揚げまで!!??

(弱肉強食···)
(ドンマイ、透くん···)

驚きの早さで弁当が空になっていく。
透くんはめげずに箸を伸ばすものの、おかず争奪戦では完敗を喫していた。

黒澤
せっかくのサトコさんの手作りなのに~~!

サトコ
「そこは大声で言わなくていいので!」

しかし、私は油断していた。
親が付いているから、と子供たちの世話は大丈夫だと。
そう、油断していたのだ。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする