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子供と戯れる彼が見たかったので 黒澤2話

周りが騒がしくなり始めたのは、お重を片付け始めたその時だった。

母親A
「ハルくん!ハルー!」

子供の名前を叫ぶ母親の顔は強張っていた。
近寄っていくと、ハッとした顔で詰め寄ってくる。

母親A
「うちの子見ませんでいた!?」

サトコ
「ハルくんは見ていませんが···どうされました?」

母親A
「ちょっと目を離した隙にいなくなったんです!さっきまでそこにいたのに···」

サトコ
「さっきって、どのくらい前か分かりますか?」

母親A
「え、あ···多分10分も経ってないと思いますが···」

サトコ
「分かりました。私たちも探しますので、ひとまず落ち着きましょう」

母親A
「すみません···」

(どうしよう、この辺は見晴らしがいいからって安心してた)
(ちょっと行けば、すぐ森なのに···!)

後藤
氷川

後藤さんが描けて来る。
その後ろでは、石神さんたちが何やら相談を始めていた。

後藤
近くにいた子が虫を追って森に入って行くハルくんを見たらしい

颯馬
子供の足ですし、まだそれほど遠くには行っていないはずです

難波
すぐに緊急配備だ。地元への要請も視野に入れつつ捜索を開始する

加賀

東雲
連絡しました。待機してます

津軽
それならウサちゃんもここで待機ね

サトコ
「え?」

津軽
歩くん1人だけだと、ここに残った子供まで手が回らないだろ?

(私も探しに行きたい、けど···確かに津軽さんの言う通りだ···)

サトコ
「···分かりました」

黒澤
大丈夫ですよ、絶対見つけて来ますから

(透くん···)

サトコ
「よろしくお願いします」

黒澤
はい!任せちゃってください!

捜索へ向かう透くんたちを見送っていると、ふいに後ろから声が聞こえてくる。

母親B
「こんなに先生方がしっかりしてるんだから、大丈夫よ」

母親A
「えぇ···本当にまるで警察の人みたい」

東雲
だって、氷川 “先生” ?

こそっと煽るように呟く東雲さんに、言葉を詰まらせる。
どうやらファローする気はない様子に、ため息をつきそうになった。

(···いや、今はとにかくハルくんを見つけることが大事!)

森の中へとすっかり姿を消した背中たちを思い起こしながら、その先を見つめていた。

颯馬
範囲を広げながら創作しましたが、この方向ではなかったようです

サトコ
「そうですか···」

東雲
では、もう少し東に向かいながら捜索を続けてください

颯馬
分かりました

チラホラと電話がかかってきては、収穫のなさに肩を落とす。
自分が今ここで待つことしかできないのが、何よりもどかしかった。

母親A
「ハルくん···」

サトコ
「大丈夫ですよ。段々と場所も絞り込めてきましたから」

母親A
「はい···」

(そういえば、まだ透くんから連絡が来てない···)

その時、どこからか子供の泣き喚く声が聞こえてきた。
はっとして視線を彷徨わせると、茂みの中からひょっこり透くんが顔を出す。

黒澤
じゃっじゃーん!ほら、着きましたよー!

サトコ
「と···黒澤さん!」

彼に抱えられたハルくんは、涙で溶け落ちそうな目を大きく見開いている。
私の隣にいたお母さんが、一気に駆け出した。

母親A
「ハルくん!」

ハル
「お母さーん!」

後を追いかけて透くんに駆け寄ると、彼はへらっとした笑みを浮かべた。

黒澤
どこにも怪我はありません
オレの顔見てからは安心したのか、ずっと泣いてましたけど

東雲
透が怖かったんじゃない?

黒澤
ひどい···!これでも必死に宥めながら戻って来たんですよ!
まぁ、それでちょっと連絡は遅くなりましたけど

サトコ
「とにかく、見つかって良かったです···」

ハルくんを抱き締めながら、お母さんは何度も透くんにお礼を呟く。
安心したのか、ハルくんもすっかり笑顔が戻っていた。

ハル
「森の奥でね、いいもの見つけたの!」

母親A
「いいもの?」

ハル
「お姉ちゃんにもあげる!」

サトコ
「え、私?貰っていいの?」

ハル
「うん!」

丸めた手を突き出してくるハルくんの手に、自分の手を差し出す。
すると、コロリと柔らかな感触が落ちてきた。

黒澤・東雲
「!?」

ざっと2人が私から離れるのが分かった。
私の手の平では、鮮やかな緑色の芋虫がゆっくりと蠢いている。

サトコ
「ふふっ、嬉しい。ありがとう」

ハル
「えへへ、どういたしまして」

黒澤
すごいですね~。サトコさん

サトコ
「野山育ちなものですから。可愛げはないかもしれませんけど」

黒澤
そんなことありませんよ。むしろ···
惚れ直しました

ぼそりと私にだけ聞こえるような声で囁かれる。
不意を突かれたその言葉に、思わず心臓が跳ねた。

(な、なんで今、いきなりそんな···!)

サトコ
「え、えっと、東雲さんは?」

黒澤
他の皆さんに連絡しに行きました

サトコ
「そうですか···でもこれで、無事にハイキングを続けられそうです」
「ルートを変えれば時間通り山を降りられそうですし」

黒澤
いろんなルートを探しておいた甲斐がありましたね~

サトコ
「そうですね···」

(本当に、透くんのおかげだな···)

東雲さんのおかげもあり、連絡を受けて少しずつ皆さんが戻って来る。
そうしてまた、ハイキングは再開されたのだった。

なんだかんだありつつも、ハイキングはまずまずの結果を残せたらしい。
その後、母親たちからも満足の声が届けられた。

(満足したのは、そっちだけじゃないみたいだけど···)

公安課の皆さんも、何かしらの利益を得たらしい。
情報を掴んだり、はたまた人脈を得たり、それぞれの収穫があったようだ。

(まぁ、その辺りも透くん上手く皆さんを誘えた理由なんだろうな)
(最初は、全員揃ってるって衝撃でそこまで頭が回らなかったけど···)

今日のことを思い出しつつ、報告書をまとめていく。
カタカタとキーボードを打っていると、スマホが着信を告げた。

サトコ
「? 黒澤さんから?」

黒澤
じゃっじゃーーん!

サトコ
「······」

報告書を切りのいいところまで終わらせ、透くんの家へとやってきた。
そしてリビングに通され、目の前に広げられたものに絶句する。

黒澤
オレ考えたんですよ。確かに約束はしたけど
用意までサトコさんにさせるのは申し訳ないな~、と思いまして

サトコ
「それで、えっと···まさかこれ···」

黒澤
はい!バスガイドさんのコスチュームです!
大変だったんですよ、このちょっとレトロなやつ探すの~!

(その熱意はどこから来るの···!?)

サトコ
「あ、持病の動悸が···」

黒澤
も~、逃がすわけないじゃないですか★

ガシッと腕を掴まれ、絶対に逃がさないという意思を感じる。

サトコ
「そもそも公安学校の頃の制服とそんなに変わらないし、さんざん見たよね?」

黒澤
それなら尚更、抵抗なく着れるじゃないですか~

サトコ
「そういうことではなく···!」

黒澤
じゃあ、どういうことなんです?

透くんはニコニコと、バスガイドのコスチュームを私の押し付けてくる。
どうにか逃げられないかと、頭の中がぐるぐると思考が巡っていた。

サトコ
「だ、だって、あの約束は絶対にムリだと思ったし···」
「透くん、皆さんが来るって分かっててやったよね!?」

黒澤
え?当たり前じゃないですかー
オレ、負けること分かってる勝負なんてしませんよ

(開き直ってる···!)

でも確かに、賭けを持ち出されてそれを適当に流してた自分も悪い。
いや、圧倒的に私が悪い。
黒澤透という男を舐めていた。
ここは覚悟を決めて···
って、いやでも!
コスプレって分かってて着るのは恥ずかしすぎる!

黒澤
なぁんて···

それまでグイグイ来ていた彼の手が、ふっと弱まる。

サトコ
「?」

突然しゅんと大人しくなった透くんに、思わず首を傾げた。

黒澤
冗談ですよ
たまたまいつかの宴会で使ったこれが出てきたので
困った顔のサトコさんが見たくて、つい虐めちゃいました

サトコ
「透くん···」

そうは言うものの、透くんの表情からは残念そうな雰囲気が拭いきれない。
捨てられた子犬のような瞳に、妙な罪悪感が過る。

(計画を一緒に立ててくれたり、皆さんを呼んでくれて有り難かったのは間違いない)
(それに、子供がいなくなった時も、見つけれくれたのは透くんで···)

今日のことを思い出せば出すほど、罪悪感は膨らんでいった。
そんな中、透くんはコスチュームを畳みながらぽつりと呟く。

黒澤
今日は子供の相手もしてお疲れでしょうし
よかったら家でゆっくり休んでいってください

サトコ
「む、むむ···」

気付けば、透くんの腕に手が伸びていた。
しかし、彼の顔は見ずに視線を床へと落とす。

サトコ
「そ、その···」

黒澤
え?

サトコ
「き、着るだけ···なら」

黒澤
······

サトコ
「······」

(い、言ってしまった···)

反応のない、静かな透くんにそっと視線を動かす。
すると、透くんはにんまりといやらしい笑みを浮かべていた。

サトコ
「!?」

黒澤
その言葉、待っていましたよ

(は、はめられた!!)

黒澤
いやぁ、サトコさんから着る、なんて言ってもらえるとは!
どうぞどうぞ!脱ぐところからバッチリ見させていただきますから!

サトコ
「ストリップショーをやるなんて言ってません!」

黒澤
でも着替えるなら1回脱がないとですよね?

サトコ
「ここで脱ぐとも言ってません!」

黒澤
そんなに照れなくても~
何ならオレがボタン外してあげますよ?

サトコ
「結構です!」

先ほどまでのしおらしい彼はどこへやら。
いつもの調子を取り戻した彼は、どこか悪い笑みを浮かべながらにじり寄って来る。

黒澤
楽しみだなぁ、サトコさんのバスガイド姿···
ちょっと歌なんか歌ってもらったりして

サトコ
「着るだけって言ったんですけど!?って、抱きつかないでください!」

(まさか···とは思うけど)
(今日までのことが全部仕組まれてた、とかない、よね···?)

一瞬浮かんできた疑念に、思わず透くんを窺う。
ふと見つめ合うような形になってしまい、気付けば彼の瞳が近付いてきていた。

サトコ
「···!」

唇が柔らかく重なり、その温かな感触に吐息が零れる。
ゆっくりと離れていく彼は、抱きしめたまま唇で弧を描いた。

黒澤
やっぱり、オレが脱がせてもいいですか?

サトコ
「······!」

本気とも冗談とも取れない口調に戸惑う。
とっさに離れようと彼の胸を押しても、さらキツク抱き締められてしまうのだった。

Happy End

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