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子供と戯れる彼が見たかったので 颯馬1話

颯馬
すみません、氷川さん

声に振り返ると、青白い顔をした男の子に付き添う颯馬さんがいた。

颯馬
バスに酔ってしまったみたいで

男の子
「···」

男の子は俯いたまま、颯馬さんの服をぎゅっと握っている。

サトコ
「大丈夫?ちょっと休もうね」

男の子の元へ駆け寄ってしゃがみ込んだ私は、颯馬さんを見上げた。

サトコ
「バスの移動で皆も疲れてるでしょうし、そこの木陰で少し休みましょうか」

颯馬
そうですね

颯馬さんと頷き合った私は、立ち上がって大きな声で呼びかける。

サトコ
「皆さーん、ハイキングに出掛ける前にひと休みしまーす!」

私の声に、バスから降りた子供とお母さんたちが集まって来る。
そんな親子を先導するのは、我が公安課の皆さんだ。

黒澤
ハイ、みんな集合ー!

後藤
車に気を付けて

石神
知らない人について行かないように

東雲
よそ見しないで

今回の任務の一番の目的は、警察官の家族の満足度を高めること。

(保育士の経験なんてない人たちばかりだけど、皆さんにも頑張ってもらわないと!)

お母さんA
「今日の先生方、とっても頼もしいわ」

お母さんB
「本当に、安心感があるわね」

お母さんC
「おまけに皆さん素敵だし!」

(さすが公安のエースたち、もうお母様方の心を掴んでる···!)

慣れないながらも子供たちを引率する皆さんの評判は、思った以上に良くてホッとする。

颯馬
お水、飲みますか?

男の子
「···うん」

木陰のベンチに座り、男の子は颯馬さんに差し出されたお水をコクンと飲んだ。

サトコ
「えっと···親御さんは···」

颯馬
彼は1人での参加です

サトコ
「あ、そうでした!」

両親とも警察官で、今日はどうしても休みが取れないとのことだった。

サトコ
「ユウタくん、だったよね」
「今日はお友達もたくさんいるし、1人でも寂しくないからね」

ユウタ
「···」

ユウタくんは、少し困ったような顔をして颯馬さんを見た。

颯馬
気分はどうですか?

ユウタ
「···だいじょうぶ」

サトコ
「顔色もだいぶ良くなってきたみたい」

颯馬
よく頑張りましたね

ユウタ
「···」

颯馬さんに褒められたユウタくんは、照れくさそうにモジモジしている。

(ふふ、可愛い)

ユウタくんはもちろん、普段見ることが出来ない颯馬さんと子供のやり取りそのものに和んだ。

サトコ
「では皆さん、出発進行~!」

黒澤
みんな~、列を乱さないようにね!

加賀
迷子になっても知らねぇぞ

後藤
お母さんや友達としっかり手を繋いで

子供たち
「ハーイ!」

元気な声を上げ、子供たちは楽しそうに遊歩道を歩いていく。
仲良し同士で手を繋いだり、お母さんにべったりの子もいる。

(ユウタくんは···)

相変わらず颯馬さんにぴったりとくっついていた。

(やっぱりお母さんがいないと寂しいのかな?)
(どこかの輪に入れてもらえるといいんだけどな)

子供同士や親同士、親子混ぜてのグループなど、それぞれ自然と輪ができている。

(颯馬さんと一緒なら、はぐれることはないだろうけど···)

颯馬さんの服の裾を掴んで歩く姿は、時々引きずられるようになったり危なっかしい。

(颯馬さんも歩きづらそうだし)

サトコ
「ユウタくん」

気になって声をかけると、颯馬さんも一緒に振り向いた。

サトコ
「ユウタくんの仲良しのお友達は誰?」

ユウタ
「···」

サトコ
「その子のところにお姉さんと一緒に行かない?」

ユウタ
「···」

何も答えないまま、ユウタくんは颯馬さんの陰に隠れてしまった。

(···照れ屋さんなのかな?)

ユウタ
「ソウマ先生といる···」

サトコ
「え?」

掴んでいる颯馬さんの服の裾を、ユウタくんは改めてぎゅっと握り直す。

颯馬
私なら構いませんよ

サトコ
「でも···」

颯馬
随分と愛されてしまったみたいですし

颯馬さんは、自分の裾を強く握るユウタくんの小さな手を見て微笑んだ。

(男の子にまでモテちゃう颯馬さん、さすが···)

颯馬
彼のことは私が気にかけていますのでご心配なく
貴女は全体を統括しなければならない立場ですし

サトコ
「すみません、じゃあ、よろしくお願いします」

(颯馬さんがこう言ってくれてるし、もう少し様子見よう)

そう決めて再び歩き出すと、先頭を歩く輪の中の子が大きな声で叫んだ。

男の子A
「なんか水の音がする!」

サトコ
「あ、そろそろかなぁ」

女の子A
「なにかあるの?」

サトコ
「この先に大きな滝があるんだよー」

男の子B
「わあ!たき見たい!」

加賀
おいコラ!走るな!

走り出した子たちを皆が慌てて追いかける。

後藤
逃亡犯確保

男の子A
「うわー、つかまった!」

黒澤
こっちも男女2名確保!直ちに滝まで連行します

男の子B
「はなせー!」

女の子B
「きゃー!」

突然の “警察ごっこ” に子供たちは大はしゃぎ。
やがて目の前に大きな滝が現れた。

子供たち
「うわー、すごーい!」

サトコ
「柵から乗り出さないでねー」

東雲
落ちたら死ぬよ

(東雲さん···その単語はできれば避けた方が···)

子供たちの様子を気に掛けながら柵の下に目を向けるとーー

サトコ
「わ、綺麗」

女の子A
「なーに?」

サトコ
「ほら、水の上に赤や黄色の葉っぱがたくさん浮かんでる」

女の子A
「わあ、ほんとだ!」

背伸びする女の子を支えながら見せてあげると、次々と他の子たちも声を上げる。

女の子B
「すごいキレイ!」

男の子A
「葉っぱがういたりしずんだりしてる!」

???
「···みえない」

小さな声に気付いて振り向くと、颯馬さんの裾を掴んだユウタくんだった。

サトコ
「こっちにー」

『おいで』という前に、颯馬さんがひょいとユウタくんを抱き上げた。

颯馬
これで見えますか?

ユウタ
「みえた···!キレイだね!」

颯馬
ええ、本当に綺麗ですね

(颯馬さん···優しいな)

2人のやり取りにほっこりしたのも束の間、他の子たちが一斉に騒ぎ出す。

女の子A
「あたしも抱っこ!」

男の子A
「ボクも!」

男の子B
「ユウタだけずるい!」

後藤
わ、わかったから···

東雲
仕方ないな

保育士役の皆さんが次々と子供たちを抱き上げ、水面に揺れる落ち葉を見せてあげる。

加賀
ったく、余計なことを

恨めしそうに颯馬さんを見ながらも、加賀さんも軽々と女の子を抱き上げた。

(皆さん優しい!)
(よし、私も···!)

せがむ男の子を抱き上げた瞬間、ムニッと胸を掴まれた。

サトコ
「あ、あのねぇ···」

男の子C
「ちょっとつかまっただけだよ」

サトコ
「そっか···なら肩に掴まろうか」

颯馬
···

引きつりつつも笑顔を見せると、ユウタくんを抱いた颯馬さんと目が合った。

(そ、颯馬さん···髪が逆立ってる···!?)
(か、風のせいだよね···)

そう自分に言い聞かせ、さりげなく目を逸らした。

サトコ
「はい、ここでお昼にします!」

滝の見学を終え、広場に出てお弁当に時間。
レジャーシートがあちこちに広げられ、いくつものグループが出来ていく。

(ユウタくん、お昼も一人かな···?)

見渡すと、颯馬さんの隣にぴったりとくっつくユウタくんを見つけた。

ユウタ
「いっしょにたべていい?」

颯馬
いいですよ

ユウタ
「やった···」

控え目に喜んだユウタくんは、おもむろに颯馬さんの膝の上に乗ってにっこりと笑う。

(えっ、何その甘え方···可愛い!)
(今度私も···なんて)

くだらない妄想をしつつ和んでいると、また他の子たちが騒ぎ出した。

女の子A
「アタシもおひざのるー!」

男の子A
「オレも!」

女の子B
「アタシもー!」

サトコ
「み、みんなお行儀よく···!」

思わず叫ぶも、子供たちはお構いなしに非保育士さんたちの膝に乗り始める。

加賀
···チッ

後藤
これも保育士としての務め···

せがむ子供たちを加賀さんや後藤さんが渋々と抱き上げたその時ーー

女の子A
「カガ先生、ありがとう」

女の子B
「セイジ先生、すき」

(わっ、キス!?)

加賀
テメェにはまだ早い

後藤
···っ

すんでのところでサッとかわす加賀さんの隣で、後藤さんはしっかりと唇を奪われた。

(後藤さん···それはそれで素敵です···)
(それにしても、今どきの女の子は大胆!)
(でも、みんな楽しそうでよかった)

輪になって膝の上でお弁当を食べる様子にほっこりしながら、その輪から少し視線をずらす。

(ユウタくんも颯馬さんのおかげで寂しくはなさそうだけど···)

颯馬さん以外とのふれ合いがほとんどないことが、やっぱり気になる。

(子供たちが友達と親睦を深めることもこの遠足の目的の1つなわけだし···)
(それを通して親御さんの満足度を上げられるのが一番なんだけどな)

なによりユウタくんにこの遠足をもっと楽しんでほしい。

(あとでもう一度声をかけてみよう)

お弁当の時間を終え、再びみんなで遊歩道を歩く。

女の子A
「ユキちゃんのおべんとうかわいかった」

女の子B
「マイちゃんのサンドイッチもおいしかった!」

男の子C
「タケルのバクダンおにぎりサイコーだったよな!」

楽しそうに話しながら歩く子供たちの輪を後ろから見守りながら、ユウタくんを探す。

ユウタ
「つぎはどこいくの?」

颯馬
コスモス畑ですね

ユウタ
「ふうん」

短い会話をすると、ユウタくんはただ黙って颯馬さんのあとをついていく。

(このままじゃやっぱり可哀想)
(よし、今度こそ···!)

サトコ
「ユウタくん」

ユウタ
「···」

再び声をかけると、ユウタくんは警戒するような目を向けた。

サトコ
「お弁当は美味しかった?」

ユウタ
「···うん」

サトコ
「そう。みんなのお弁当も美味しかったらしいよ」
「爆弾みたいなおにぎりとか、面白いのもあったんだって」

ユウタ
「へぇ···」

サトコ
「ユウタくんもみんなとそういうお話しておいでよ」

ユウタ
「···」

輪に入るよう誘おうとすると、ユウタくんはまた困ったような顔をして黙ってしまった。

(1人じゃ不安なのかな?)

サトコ
「大丈夫、お姉さんも一緒に行ってあげるから」

ユウタ
「···いい!」

サトコ
「っ」

ユウタ
「あ···」

颯馬
······

手を引こうとした瞬間、拒んだユウタくんに引っ掻かれてしまったー

to be continued

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