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子供と戯れる彼が見たかったので 難波1話

津軽
ウサちゃん、今日何時までここにいなきゃいけないの?

百瀬
「嫌になるぐらい快晴だな」

着いて早々、不満を零す津軽さんと百瀬さんを慌てて宥める。

サトコ
「お二人とも、まだ始まってもいませんよ」

芝生の上を元気に走り回る子供たちを見て、津軽さんが遠い目になった。

津軽
···すでに帰りたさMAXなんだけど

百瀬
「帰りのバスは何時だ。今日のスケジュールを説明しろ」

(もうっ、何度も説明したのに!)

打ち合わせの時から非協力的だった津軽班の様子を思い出した。

サトコ
「ご協力お願いしますっ」

公安課の皆さんに向かって頭を下げると、津軽さんが面倒くさそうに口を挟んだ。

津軽
それって、俺たちが参加する必要ある?

サトコ
「あの、でも、銀室長のご依頼なので···」

「警察庁管轄で新しく設置された幼稚園の親子遠足を企画する」
それが、銀室長が私に言い渡した任務だった。

津軽
それは聞いたけど。だから、どうして俺たちまで巻き込むのかなって話

百瀬
「氷川が一人でやればいい」

サトコ
「そんな···」

当日の親子の参加人数を考えると、とても一人では手に余る。

(なんとか説得して協力してもらわないと···っ)

津軽
悪いけど、そんな無駄なことしてる暇なんだよね。頑張って

サトコ
「あっ、待ってください」

焦って引き留めようとすると、冷静な声が割って入った。

石神
無駄とも言い切れないだろう

津軽さんが意外そうに振り返る。

石神
俺たちは警察庁内の人間のことをすべて把握しておく必要がある。違うか?

津軽
···

石神
警察官の家族に探りを入れる、いい機会だ

私も慌てて石神さんの案に乗っかった。

サトコ
「そうです!そういうことです」

加賀
おいクズ。ここぞとばかりに尻馬に乗っかってんじゃねぇぞ

サトコ
「ほ、本心です」

睨む加賀さんを、颯馬さんがなだめた。

颯馬
まあまあ、確かに一理ありますよ
不自然でなく、警察官の家族と交流できるチャンスなんて滅多にありませんから

東雲
···面白い家族事情が見えちゃったりするかも

怖い笑みを浮かべる東雲さんに、石神さんが頷いた。

石神
そういうことだ。有効活用しない手はない

皆さんの援護によって、黙っていた津軽さんがため息をついた。

津軽
はぁ~···分かったよ。やればいいんでしょ

サトコ
「ありがとうございます!」

黒澤さんが瞳を輝かせて身を乗り出した。

黒澤
遠足か~。小学校以来ですよ。ちょっと楽しそうですね

後藤
もう場所は決めてあるのか?

サトコ
「いえ。これから探すところです」

すると、ノートパソコンをいじっていた石神さんが、すっと私に画面を見せてきた。

石神
それなら、ここはどうだ

画面には、近郊にある自然公園が映っている。

サトコ
「いいですね!軽い山登りもできて、ちょっとしたハイキングにピッタリです」

石神
なら、場所はここで決まりだな

サトコ
「はい、ありがとうございます」

津軽
···秀樹くん、いやに協力的だね

石神
そうか?早く決まるならそれに越したことはない

石神さんはノートパソコンを閉じると、席を立った。

石神
あとはお前が手配しろ。詳細スケジュールが決まったら全員に回すように

サトコ
「はい」

(えっと、やることは···)

サトコ
「日程決めて、参加者リスト作成して、バスの手配して、あとは···」

百瀬
「言っとくけど、俺はやらないからな」

サトコ
「一人でやりますよ」

(うちの班の人たちが、一番非協力なんだから···)
(石神さんには、本当に感謝しなきゃ)

心の中でお礼を言って、早速遠足の計画を練り始めた。

そして迎えた遠足当日。
頂上を目指して、みんなで山をハイキングする。

サトコ
「皆さん、いい天気でよかったですね~」
「この山には色んな美味しい味覚もあって、ビワとか、頂上には栗の木も···」

子供A
「ゲームしたいぃ!山登りなんてやだぁ!」

母親A
「ゲームばっかりしてるから連れて来たんでしょ!」

子供B
「くらえっ、キーック!」

父親B
「やめなさい!じっとしてろ!」

(全然聞いてない···)

大所帯で子供たちも興奮しているのか、あちこちから騒がしい声が上がっている。

加賀
やかましい

不機嫌さを隠そうともしない加賀さんを、黒澤さんが笑いながらなだめた。

黒澤
まあまあ、相手は子供ですから。抑えてください

(大変だこれ···無事に終わるかな)
(···でも、子供たちがいるんだから、身の安全はしっかり確保しないと)

ガサガサッ

サトコ
「!?」

茂みをかき分けて近付いてくる足音に、思わず身構えた。
音がしたのは山道も通っていない森の奥。

(こんな場所から出て来るものなんて···不審者?まさか···クマ!?)

サトコ
「百瀬さん···」

目配せすると、百瀬さんが小さく頷き返す。
緊張が走り、警棒を腰から取り出そうとした瞬間ーー

難波
おう···なんだお前ら

(し、室長!!?)

なぜか室長が、イノシシを背負ったマタギ姿で登場した。
百瀬さんも、予想外の展開に呆気に取られて立ち尽くしている。

男の子A
「うわー!イノシシだ!」

女の子A
「ねえねえ、これおじさんが倒したの?」

困惑すると私と百瀬さんをよそに、マタギ室長に子供たちが群がった。

難波
山ん中うろうろしてっと、あぶねぇぞ

ドスの効いた声で見下ろされ、子供たちが一瞬ポカンとする。
しかしすぐに瞳を輝かせると、室長にまとわりついた。

男の子A
「カッコいいー!」

男の子B
「このイノシシ食うの?うまい?」

難波
皮を剥いで売り払う

女の子B
「キャー!怖ーい!」

マタギになりきっている室長をドキドキしながら見守る。

(こ、これはどうすれば···何かの潜入捜査なのかな?)

津軽
···そろそろ行った方がいいんじゃない?

後ろからぼそっと囁かれ、ハッと我に返った。

(そうだ···!潜入捜査中なら邪魔しちゃいけないよね)

サトコ
「みんな、頂上はまだ先だよ。そろそろ行こうか」

この言葉を合図に、室長が踵を返して森の奥に帰っていく。

女の子A
「あー、行っちゃう」

男の子B
「おじさん、バイバーイ」

難波
山の神を···怒らせんようにな

(渋い···)

室長の姿が消えると、公安の皆さんも何事もなかったかのように子供たちを先導し始めた。

男の子C
「今のオジサン、何してたの?」

颯馬
あれはマタギというんですよ

後藤
クマとかイノシシとかを、昔ながらの方法で狩猟する人だ

東雲
よかったね。ひとつ賢くなって
···日常で使える知識かは分からないけど

私も顔に出さないよう努めていたけれど、内心は動揺していた。

(びっくりした。まさかこんなところで室長に遭遇するなんて···すごい偶然)

そう思いかけて、ふと疑問が過る。

(偶然···?こんな偶然、あり得る??)
(もしかして···この遠足企画と室長がいたことは、何か関係があるのかな?)

不審に思いながら、室長が消えた森の奥をこっそり盗み見た。

昼には頂上に到着し、開けた場所でお昼ご飯にする。
各親子もシートを広げ、思い思いの場所でお弁当を楽しんでいた。

サトコ
「皆さんもお疲れさまです。これ、おにぎり作ってきましたのでよかったら···」

大量に作って来たおにぎりを、真ん中に広げる。

黒澤
やった~!いっただっきまーす!

加賀
気が利くじゃねぇか

サトコ
「ご協力いただいてますから、せめてこれくらいは」

後藤
もらおう

食べやすいよう一個ずつラップにくるんでいたおにぎりに、皆さんが手を伸ばす。

(室長、お昼ちゃんと食べたかな、おにぎり持って行けたらいいのに)

いつものこととはいえ、ここに室長だけがいないのが寂しかった。

昼休憩が終わり、集合時間になって点呼をとる。

(よし、参加者は全員いるな。···あれ?)

気が付くと、お昼ご飯の時にいたはずの石神さんがいない。

サトコ
「石神さんは···」

後藤
先に行って構わないそうだ

サトコ
「そうですか」

(あの時間厳守の鬼がいないなんて)
(石神さんのことだから、間違いなく室長のところだよね)

サトコ
「それでは次は写生大会になります」
「もう少し先に景色の綺麗な場所があるので、移動しましょう」

親子連れに笑顔を向けると、次の場所に向かうことにした。

眺めのいい場所に移動すると、写生大会を開始する。
いつの間にか石神さんも合流して、親子連れの輪に混じっていた。

女の子A
「お兄ちゃん。見て見て~。私の絵」

小さな女の子に、東雲さんが貼り付けたような笑顔を向ける。

東雲
うん、上手に描けたね。どこかにキノコが生えてた?

すると、女の子が首を振って、東雲さんを指差した。

女の子A
「これ、お兄ちゃんよ」

東雲
···は?

(ひえっ)

男の子A
「俺もお兄ちゃん描いたんだー」

男の子B
「俺の方が似てるっしょ」

東雲さんの周りにいた子どもたちが、次々にスケッチブックを見せてくる。
どの子のスケッチブックにも、例外なくカラフルなキノコが描かれていた。

黒澤
あははー、見事にキノコの絵ばっかり

ひとりウケる黒澤さんを、東雲さんがギロッと睨む。

黒澤
俺が描いたんじゃありませんよ!

女の子B
「うわああーん!この絵怖い~!」

(なにごと!?)

驚いて振り返ると、石神さんが描いた絵を見た女の子たちが大泣きしていた。

石神
普通に子供たちを描いただけなんだが···

石神さんのスケッチブックを覗いた颯馬さんが、微妙な顔になる。

颯馬
···なんでしょう、子供が泣くのもわかる気はします

加賀
犯罪者の人相書きかよ

女の子B
「私、こんな怖い顔じゃないもん!」

津軽
決して下手ではないのに、なんでこんなに不気味に見えるんだろう?

颯馬
······
ああ、表情がないからでは?

津軽
それだ!

石神
人の絵で勝手に議論するな

男の子A
「なあ、イノシシ探しに行かね?」

男の子B
「いいな!探検、探検!」

サトコ
「あっ、待って!勝手に動き回ると危ないよ」

あっちでもこっちでも騒ぎが噴出し、写生そっちのけで遊ぶ子どもたちに振り回される。

(収拾がつかない···!)

茫然としかけたその時、森の茂みがガサガサと揺れ、のっそりとした陰が現れた。

難波
あんまり騒ぐと、山の神の怒りに触れるぞ

(室長···!?)

男の子A
「マタギだ!また出た!」

神出鬼没のマタギ室長に、私は唖然として立ち尽くした。

to be continued

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