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子供と戯れる彼が見たかったので 難波2話

再び登場した室長を、呆気に取られて見つめ返す。

(一体ここで何を···?)

男の子A
「マタギのオジサンだー!」

興奮する子供の声にハッとして、声を潜めて室長に話しかけた。

サトコ
「室長、任務なら···」

難波
栗を拾うぞ

サトコ
「分かりました、栗を···え!?」

思わず大きな声が出てしまい、慌てて口を押える。
室長が指差す方向を見ると、確かに栗の木がたわわに実っていた。

サトコ
「く、栗拾いしに来たんですか?」

途端に、室長がマタギ仕様の渋い表情を崩して眉を下げる。

難波
実は副長官からリクエストされてな。新鮮な栗がたくさん欲しいと···

(なんてワガママな···っ)

難波
で、俺ひとりじゃ嫌だから、石神班にも手伝わせようと思ったんだが···

その言葉に、大きく目を見開く。

(石神さん、だからあんなに協力的だったんだ···!)

ようやく石神さんの行動に合点がいった。

(おかしいと思ったんだよ!文句を言うどころか、遠足先までご丁寧にリサーチしてくれてるし!)

きっとこの遠足にかこつけて、私たちにも栗拾いを手伝わせるつもりだったに違いない。
石神さんを振り返ると、しれっとした顔で目を逸らされた。

(いい人だと思ったのに···!)

悔しがっていると、石神さんが親子連れに微笑みかけた。

石神
ここでは栗拾いもできるんです。子供たちに思い出をつくってあげては?

母親A
「あら、そうなんですか。ぜひやりたいわ」

母親B
「でも栗拾いに必要な道具は何も···」

すると、室長が懐から軍手を取り出して子供たちに配り始めた。

難波
これをやろう

(人数分あるし···)

男の子A
「すげー!おじちゃん、魔法使いみたい!」

女の子A
「違うよ。魔法使いは杖持ってないと」

男の子A
「じゃあ仙人だ!」

男の子B
「仙人、仙人!」

あだ名まで付けられて、室長はまんざらでもなさそうにヒゲを撫でている。

加賀
···おい、栗拾いなんて予定になかっただろうが

石神
今決まった。見ていただろう

黒澤
いいじゃないですか。子供たちも喜んでるし、臨機応変にいきましょう

ということで、予定を変更して、みんなで栗拾いをすることになった。

颯馬
イガでケガをしないよう、ちゃんと軍手をはめて拾ってくださいね

子供たち
「は~い」

栗を拾いながら、そっと室長を盗み見ると、子供たちに囲まれていた。

男の子A
「ねえねえ、仙人は一人でここに住んでるの?」

難波
そうさな···似たようなもんだ。訳あって、仲間とは一緒にいられなくてな

女の子A
「かわいそう···」

難波
俺もそう思う。仙人とは孤独なものなんだよなぁ

何だか聞いていると、哀しくなってくる。

(そういえば、朝からここにいるみたいだけど、ちゃんとお昼ご飯食べたのかな)
(放っとくと、面倒くさがって食べない時も多いから···)

心配していると、マタギの服にご飯粒が付いているのを見つける。

(あっ、食べたみたい。良かった、良かった)
(···って、なんか私、離れて一人暮らしする息子を心配するお母さんみたいじゃない?)

苦笑いしていると、一人の男の子が室長にまとわりついていた。

男の子A
「一緒に栗拾おうよ。軍手片方貸してあげる」

難波
俺はいいから、ちゃんと両手にはめろ

室長が男の子の手を取って、両手に軍手をはめてあげる。

男の子A
「いっぱい拾って、ママにプレゼントしてやるんだ」

難波
ああ、きっと喜ぶぞ

男の子A
「なあ、弟子入りさせてよ。俺も仙人みたく山で修業して強い男になりたい」

難波
ん?
そうだなぁ···

室長は少し考えた後、男の子の頭にぽんと手を置いた。

難波
必要ないだろ。お前は自分のものを分け与える強さも、ママを思いやる優しさももう持ってる
立派な男だよ

くしゃくしゃと頭を撫でられ、男の子が嬉しそうにはにかんだ。
男の子を見守る優しい眼差しに、思わずキュンとしてしまう。

(室長に息子がいたら、あんなふうに話したりするのかな)
(もし、家族になれたら···)

子供たちに囲まれて楽しそうな横顔を見つめながら、少しの間、幸せな未来を思い描いた。

日が傾いて来て、遠足も終わりの時間になる。
子供たちはもちろん、お母さんたちも思いのほか喜んでくれた様子に、ホッと胸を撫で下ろした。

(ふー、子供たちがケガすることなく無事に終わって良かった)

難波
おい

サトコ
「あ、はい」

顔を上げると、室長が私に一枚の紅葉を握らせた。

難波
お疲れ

ぼそっと呟いて去っていく室長を見送り、不思議に思って紅葉を見下ろすと、

「明日の夜に行く」

紅葉にペンで書かれた室長の字。

(久しぶりに二人きりで会える···)

ロマンチックな置手紙に思わず頬を緩めていると、子供たちがじーっと私を見上げていた。

サトコ
「!」

男の子A
「何ニヤニヤしてるの?」

サトコ
「してないよ」

東雲
ヘンタイかな

サトコ
「東雲さん!」

男の子B
「この先生、ヘンターイ!」

サトコ
「違···!」

焦って否定するも、はやし立てる声は収まらない。
結局最後まで、無邪気な子供たちに振り回され続けたのだった。

都内に戻る頃には、空には夕焼けが広がっていた。
警察庁前まで戻ってきて、後ろを振り返る。

サトコ
「はい、それではここで解散に···」

と、言いかけて口を閉じた。

(みんな寝てる···)

子供たちは疲れてしまったのか、全員もれなく、すやすやと眠っていた。
後藤さんと目が合うと、苦笑を交わす。

後藤
起こすのは忍びないな

黒澤
なんか遠足の終わりって感じですね

男の子A
「むにゃ···僕も仙人に···なる」

(可愛い···この子、一番室長に懐いてた子だな)

昼間の元気すぎる様子とは打って変わって、天使のように安らかな寝顔に思わず笑みをこぼす。

(室長にも、この寝顔ちょっと見せてあげたかったかも)

男の子の髪を優しく撫でて、微笑んだ。

バスを降りると、まだ寝惚け眼の子供たちに笑顔を向けた。

サトコ
「それじゃ、気を付けて帰ってね」

男の子A
「仙人にもよろしくな!」

サトコ
「ふふっ、うん!バイバ~イ!」

子供たちと保護者の姿が見えなくなった瞬間、公安課の皆さんがどっと脱力した。

津軽
疲れた···

加賀
チッ···、捜査の方がマシだ

(加賀さん、けっこう全力で遊んであげてたもんね)

意外な一面に感心していると、ギロッと睨まれた。

加賀
あ?

サトコ
「いえっ!···あ、そうだ。栗は平等に分けてますので。皆さんもお土産にどうぞ」

津軽
って言ってもねぇ···これを料理してくれる可愛い子でもいればなぁ

黒澤
おっ、じゃあ合コンしますか?

雑談に入る皆さんをよそに、石神さんが栗の入った袋を抱えて警察庁に戻っていく。

サトコ
「石神さん、それ···」

石神
副長官に届けてくる

サトコ
「お疲れさまです···。それにしても副長官、どうしてそんなに栗を欲しがってるんですか?」

石神
···

(無視···)

石神さんは私を置いて、無言のままスタスタと警察庁に入って行った。

翌日。
約束通り、室長は夜に私の部屋へとやって来た。
栗料理が並んだ食卓を見て、室長が嬉しそうに目を細める。

難波
おー!豪勢だな

サトコ
「ちょうど今日非番だったんです。レシピ調べて、一日がかりで作りました」

難波
そうか。ありがとな

サトコ
「でも大丈夫かな。味見はしたんですが、本当に初めて作ったので···」

難波
いや、どれも美味そうだ

向かい合わせで食卓につくと、室長がさっそく栗ご飯を口に入れた。

難波
···うん!美味い

サトコ
「本当ですか!?良かった···!」
「···副長官も、今頃食べてますかね」

難波
ああ、な

サトコ
「石神さんに答えてもらえなかったんですが、副長官、どうしてそんなに栗を?」

すると、室長が疲れた顔で息をついた。

難波
副長官の家、毎年家族で栗拾いするのが恒例らしいんだが
今年はどうしても仕事で行けなかったらしくてな···
まあ、ぶっちゃけ八つ当たりだ

サトコ
「ええ!?」

(ロクデモナイ!!)

サトコ
「なんで公安が八つ当たりされるんですか!」

難波
なんでかなー。俺が暇そうに見えたのかねー。これでも忙しいだがなぁ

のんびり言いながらご飯を頬張る室長を、呆れて見つめる。

サトコ
「まさか、そんな理由であんな格好してるとは思いませんでした···」

難波
なかなかサマになってたろ?やっぱ山と言えばマタギかと思ってさ

サトコ
「普通に登山客でよかったんじゃ···」

難波
せっかく子供もいるのに、それじゃ芸がないだろ

(芸って···室長って結構形から入るよね)

難波
大体、たとえ意外なものを目にしても、常に平常心でいることが大切だ
ずっと不審がっているのは、公安としてどうかと思うが?

(う、態度には出してないつもりだったのに···)

サトコ
「すみません」

難波
ま、子供と同じぐらい素直な反応は可愛かったな

からかうように笑われ、しょんぼりと項垂れた。

難波
そういやあの時、昼飯は石神が持って来てくれたんだが、お前が作ったって?

サトコ
「あ、はい」

ふと、マタギの服にご飯粒をつけていたことを思い出す。

(そっか···お昼に石神さんがいなくなった時、ご飯を差し入れてたんだ)

室長は栗ご飯をかきこんでお茶碗を空にすると、しみじみと頷いた。

難波
美味い。やっぱ胃袋掴まれちまってるなぁ

美味しそうに料理を平らげていく姿に幸せを感じて、私も顔をほころばせた。

難波
ふー、ごっそさん

(ふふ、キレイに空になっちゃった)

サトコ
「お風呂湧いてますよ」

難波
そうか。んじゃ、一緒に入るか

サトコ
「え!?···きゃっ」

突然横抱きにされると、止める間もなくバスルームに連れて行かれた。

サトコ
「私、まだ後片付けがありますからっ」

難波
自分で脱がないなら、脱がせてやってもいいぞ

鼻歌混じりにシャツのボタンに手をかけられて、慌てて遮った。

サトコ
「つ、疲れたんじゃないですか?今夜は一人でゆっくり入った方が···」

難波
ダメだ···しばらく会わないうちに、ずいぶん百瀬と通じ合うようになったな

サトコ
「え」

難波
目配せしてたろ

(見てたの!?)

サトコ
「あれは、まさか室長だとは思わなかったので、警戒してたんですよ」

焦って言い訳する私を問答無用で抱き寄せ、室長が強引に唇を塞いだ。

サトコ
「···っ」

キスしながら大きな手がシャツの中に滑り込んできて、素肌を撫でる。

サトコ
「ぁ···」

小さく吐息を漏らすと、見計らったように熱い舌が入り込んできた。
角度を変えて何度も口づけられ、頭の奥が甘く痺れていく。

(力が抜けちゃう···)

思わず室長の胸にもたれかかると、ようやく唇が離された。

ぼーっとする私を見下ろして、室長が満足そうに目を細める。

難波
···これは、俺にしか知らない顔だな

(もしかして···ヤキモチ?)

難波
離れてた分、たっぷり俺のこと思い出させてやる

艶めいた笑みを浮かべて、室長がもう一度私に口づける。
可愛い独占欲が嬉しくて、私も久しぶりの温もりにうっとりと酔いしれた。

Happy End

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