カテゴリー

本編③エピローグ 津軽2話

ひとりでトボトボと銭湯に向かって歩いていると、背後からかけられた声。

狭霧一
「やっぱり、サトコだ」

サトコ
「ハジメ!?」

そこに立っていたのは元カレの狭霧一(さぎり はじめ)だった。

サトコ
「久しぶり···」

狭霧一
「久しぶりなんてもんじゃないよ。何年ぶり?」

サトコ
「そうだよね。何年ぶりだろ···ハジメ、なんか···」

街灯の下で佇むハジメは私の知る彼より随分と大人っぽい。
流れた時間を意識して、その顔を見つめてしまう。

狭霧一
「なんか···なに?」

サトコ
「すごく大人っぽくなったなって···」

狭霧一
「格好良くなったってこと?」

サトコ
「ま、まあ、そういうことかな?」

狭霧一
「そういうサトコだって、すごく綺麗に···」

なったよー-と、ハジメの手が私の頬に伸びてきた時。
突然、二の腕を掴まれ強い力で後ろへと引っ張られた。

サトコ
「なっ!?」

狭霧一
「サトコ!?」

津軽
なにやってんの

サトコ
「!」

(津軽さん!?)

津軽
······

一瞬、前髪の隙間から見えた瞳が鋭くて、びくっと肩が跳ねてしまった。

津軽
あのな、こいつは···

出てきた剣呑な声に、慌てて津軽さんの腕に手をかけた。

サトコ
「昔の知り合いなんです!」

津軽
知り合い?

狭霧一
「同じ大学で···狭霧一と言います」

津軽
···氷川の上司の西園寺光太郎です

(西園寺モード···津軽さんには油断ならない一般人か···)

私にとって親しい人でも、津軽さんにとっては本名も明かさない相手。
公安刑事なのだと自覚させられる瞬間。

狭霧一
「サトコの上司ってことは···警察の偉い人···だよな?」

サトコ
「うん、階級はかなり上」

狭霧一
「わ···こんな刑事ドラマに出て来そうな美形の刑事さん、本当にいるんですね!」

津軽
よく言われます

津軽さんがハジメにニコリと笑う。

(な、なんか怖いと思うのは私だけ?)

津軽
狭霧さんのお仕事は?

狭霧一
「外科医です。といっても、あまり病院にはいないんですけど」

サトコ
「狭霧さんは赤十字の派遣で、世界を飛び回ってるんです」

津軽
それは立派なお仕事ですね

狭霧一
「いえいえ。警察官のお仕事だって···どれだけ素晴らしいかは、彼女から聞きましたから」

津軽
へえ?そうなんだ?

笑顔がギギッとこちらに向けられる。

(こ、怖い!)

サトコ
「が、学生時代に語った夢です···」

津軽
氷川、用事があるんじゃなかった?

サトコ
「ええ、まあ···」

狭霧一
「そっか。呼び止めちゃってごめん。最近、サトコのこと思い出すこと多かったんだ」
「しばらくは日本にいるから、連絡して。番号変わってないから」

サトコ
「う、うん···」

狭霧一
「じゃ、また。西園寺さんも失礼します」

津軽
ええ

ハジメが朗らかな笑みで去っていく。
何度も振り返って手を振ってくれるものだから、私も笑顔のままで手を振り続けるしかない。

津軽
······

サトコ
「······」

ふたりきりになった。

(ど、どどど、どうしよう···)

サトコ
「では、私は銭湯に···」

全てなかった顔で退散しようとすると。

津軽
元カレ

サトコ
「ひっ」

(バ、バレてる!)

どうしてわかったのか···なんて質問は公安刑事である彼には野暮というものだろう。

津軽
医療のために世界を飛び回る外科医ね···ウサ元カレにしてはハイスぺ過ぎない?

サトコ
「そう言われましても···医者になったのは、別れた後なので···」

津軽
なんで別れたの。浮気?

サトコ
「いえ、そいういうんじゃなくて。私は警察官目指して、ハジメは医者を目指して···」
「お互いの将来のために動いていたら、自然と距離ができちゃった感じで」

津軽
ふーん···

津軽さんがハジメが去って行った方を見ている。

(な、何を考えてるの···?)

津軽
馬鹿なやつ

サトコ
「え?」

津軽
俺なら離さないけど

サトコ
「!?」

視線が戻って見つめられた。
心臓が口から出そうなほどバクバクと脈打っている。

(俺なら···離さない···離さない···)
(わ、私が好き、だから···?)

津軽
隙あらば復縁したいって魂胆が見え見え

サトコ
「そうですか?久しぶりに会ったから、積もる話があるだけかと」

津軽
男の『久しぶり』は『やりたい』だろ

サトコ
「そんなの、津軽さんだけでは?」

津軽
あのな···
つーか、連絡する気?

サトコ
「え···まだ考えてないですけど」

津軽
ふーん···

ますます強い視線が突き刺さる。

(言いたいことがあるなら口で言って欲しい!)

サトコ
「···そういえば」

津軽
ん?

サトコ
「津軽さん、どうしてここにいるんですか?」

津軽

サトコ
「家に帰りましたよね?」

津軽
···もう暗いじゃん

サトコ
「はあ···」

津軽
心配、だろ。ゴリラみたいな君でも

サトコ
「あ···」

津軽
元カレとか思わぬ伏兵が飛び出してくるし

サトコ
「······」

ちくりと刺すことを忘れないのは、さすがのねちっこさだ。

津軽
···次の休み、出掛けよっか

サトコ
「どうしたんですか?突然」

津軽
それとも元カレと出掛ける予定?

サトコ
「そんな予定ありませんってば!さっき会ったばっかりで、どうやって···」

津軽
医者はソツがないからね

サトコ
「それ、どこ情報ですか···」
「出掛けるなら、ノアも連れて行きましょうか。遊園地行ってから、どこにも行ってないですし」

津軽
ノアと出掛けるのはいいけどさ。それはまた別の話で
2人って選択肢はない?

サトコ
「!」

さっきまで穴が空きそうなほどの強さで見つめていたのに、ここにきてさまよう彼の視線。

(デ、デートってこと···)

サトコ
「あ、ある···かな···で、です···」

焦りすぎて口調が大混乱する。

津軽
ウサの次の休みって、いつだっけ

サトコ
「あとで確認します」

津軽
俺が合わせるよ

サトコ
「は、はい···」

銭湯の方向に歩き出すと、津軽さんもついてくる。

サトコ
「行くんですか?銭湯」

津軽
うん

サトコ
「そですか···」

結局、肩を並べて銭湯に行って帰ったのだった。

翌日、休みを確認した私は津軽さんのデスクを訪れた。

サトコ
「次の休みは火曜日でした」

津軽
火曜···

津軽さんがデスクのカレンダーに顔を向ける。

津軽
······

火曜の日付を見て、そのまましばらく動かない。

(どうしたんだろう?)
サトコ
「都合が悪かったら、別の日でも···」

津軽
いや、火曜でいい。午前中は用があるから、昼からでいい?

サトコ
「はい。構いません」

津軽
じゃ、楽しみにしてなね

津軽さんが席を立ってどこかに行くと、ものすごい視線の圧を感じた。

(こ、これは百瀬さん···)

百瀬
「火曜、どっか行くのか」

サトコ
「は、はいっ。津軽さんからのお誘いで!決して私からではなく!」

百瀬
「···信じらんねぇ」

サトコ
「べ、別に意味のあるお出かけとかじゃないですよ!どこに行くかも知らないですし!」

百瀬
「うるせぇ!聞いてねぇんだよ!」

サトコ
「すみません···」

百瀬
「···いつもなら仕事するんだよ。あの人は」

サトコ
「え···それはどういう···」

百瀬
「るせぇ!」

サトコ
「なにそんなに怒ってるんですか!?」

百瀬
「怒ってねぇよ!」

サトコ
「それでですか!?」

(訳が分からない···)

席を立つ百瀬さんの背を呆然と見つめる他なかった。

そして迎えた火曜日。
待ち合わせの駅前に行ってみれば。

津軽
······

通っていく女性全ての視線をかっさらっている。

(はい、格好いい···)
(わかる···顔が···いいもんね!?)

サトコ
「お待たせしました!」

津軽

え、あれが相手?という周囲の視線は黙殺することにする。

津軽
楽しみだった?

サトコ
「え?何か言いました?」

津軽
楽しみで寝られなかった子~

サトコ
「電車で移動するんですよね」

津軽
今日は出掛ける支度に2時間はかけたでしょ
可愛いよ

サトコ
「~っ!!」

両思いだって知らなかったら、からかわないでくださいって言えたのに。

サトコ
「ど、どうも···ありがとう、ございます···」

津軽
どういたしまして

真っ赤になって、そう答えるしかなかった。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする