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本編③エピローグ 津軽3話

津軽さんと出掛ける約束をした日。
最寄駅から移動し、特急列車に乗り換えて着いた先はー-

サトコ
「わああ···すごい!一面のリンゴ!」

津軽
フルーツパークだよ。この季節はリンゴなんだって

サトコ
「空気が全部リンゴですよ!どこを知ってもリンゴの匂いです!」

津軽
ウサちゃん、リンゴ好きだっけ?

サトコ
「私がどこの出身かお忘れですか?リンゴ王国長野県ですよ!」

津軽
リンゴと言えば青森じゃない?

サトコ
「長野のリンゴだって有名なんですから」
「季節になれば、実家のテーブルには常時リンゴがあり···」
「新鮮なものから、ぼけたものまで、美味しく食べる方法を知り尽くしてます!」

津軽
ぼけ···?

サトコ
「あ···これって、方言ですかね?」

津軽
どういう意味?

サトコ
「新鮮じゃないというか···食べた時にシャキッとしてなくて、ぼわんとした味になるってことです」

津軽
ぼわんとした味って···そう表現される食べ物初めて聞いたんだけど

サトコ
「ここには新鮮なリンゴしかないと思うので、冬になったら、ぼけリンゴ差し入れますよ」
「今日はこの輝く宝石を頂きましょう!」

津軽
リンゴ見ただけで、ここまでテンション上げるとは思わなかったな~

サトコ
「そうですか···?じゃあ、どうしてここに?」

津軽
ウサちゃん、食い意地張ってるから楽しいかな~と思って

サトコ
「ひと言余計ですけど、嬉しいです」

(私とどこに行こうか、津軽さんが考えてくれたってだけで)
(そんな時間が存在してくれたってだけで···)

このフルーツパークはパラダイスだ。

サトコ
「いろんな種類があるんですね、あ、シナノスイートもある!」

津軽
もう少し早い時期だったら、つがるが食べられたみたいだよ

サトコ
「ふふ、共食いですか?」

津軽
ウサちゃんに食べてもらいたかったんだけど?

その口角が軽く上がった。
長い睫毛が妙に艶っぽく瞬く。

津軽
美味しく食べてくれるよね?

サトコ
「セ、セクハラッ!」

津軽
何でよ。リンゴ食べるって話してるだけじゃん
それともウサちゃんは、違う “つがる” を想像しちゃったのかな~?

サトコ
「つ、津軽さんはもっと真面目にリンゴと向き合うべきです!」

手近なリンゴを下から持ち上げるようにしてもぐと、軽く吹いて津軽さんの口に押し付ける。

津軽
ちょ···丸ごと食べさせる気!?

サトコ
「香りから楽しんでください」

津軽
はいはい

津軽さんは受付で借りたペティナイフで器用にリンゴをカットした。

津軽
あーん

サトコ
「え···」

津軽
あーん

サトコ
「······」

(い、いつもは勝手に珍味を口の中に滑り込ませてくるくせに!)
(こんな恋人っぽいこと···)
(う、嬉しいって思っちゃうなんて···!)

恋···もとい、片想いじゃない恋は気恥ずかしすぎて心臓が常に瀕死状態だ。

サトコ
「あーん···」

津軽
はは、大口だ

サトコ
「リンゴはおっきな口で食べるものなんです!」
「ん、美味しい···津軽さんも食べてください!」

津軽さんの手からリンゴを取り、今度は私がカットして津軽さんに渡そうとすると。

津軽
あーん

サトコ
「ご、ご自分でどうぞ···」

津軽
俺にだけさせるつもり?

サトコ
「う···」

(そ、そうだよね···私も頑張らないと···)

サトコ
「あ、あーん」

津軽
ん···

サトコ
「!」

(私の指まで一緒に口の中に!!)

ほんの少しだけれど。
津軽さんの死人のように冷たい唇と生温かい口腔を感じて、びくっとする。

津軽
ん、美味しいね。蜜たっぷりで

サトコ
「せっかくのリンゴ狩りなんですから、他の品種も食べてみましょう!」

津軽
そうそう。とったリンゴ使って、あとでパフェ作りするからお腹空けておいてね

サトコ
「パフェ作りって···女子の楽しいツボ押さえ過ぎてません?」

(これが生まれながらにしてモテる顔がいい男のデート力···)

津軽
口説きに来てるからね

サトコ
「···え?もう好ー-」

津軽
え···

サトコ
「い、いえ!ゲフンゲフン!なんでもありません!」

津軽
···そ、そう

(う、うっかり口が滑って『好き』って言ってしまいそうになった!)

言ったら何が問題なんだ···という気もするけど。
言葉にしたら、先を選択しなければいけなくなる気がして言えなかった。

様々な品種のリンゴをとってから、私たちはパフェ作りを始める。
作ったパフェを交換して食べる約束だった。

津軽
んー···何入れよっかな

(用意されてる食材に珍味がなくてよかった···!)

リンゴ以外のフルーツにコーンフレーク、ドライフルーツなどが置かれている。

津軽
ウサちゃんには···干し芋がお似合いかな

サトコ
「!?」

(パフェに干し芋?なぜ!?)

どういうことなのかと、横を見てみれば。

津軽
♪~

パフェを盛り付ける横顔は私が思っているよりも、ずっとずっと楽しそうで。

(なんか、そんなに···楽しんでくれてるって···)
(え、どうしよう···嬉しすぎて···こんなの···)

津軽
ん?

サトコ
「!」

津軽
ウサちゃんも早く作りなよ

サトコ
「で、ですね!入れたいものが多すぎて迷っちゃって!はは···」

慌てて視線をパフェのカップに戻し、緩みそうな頬を必死に引き締める。

(この人と両想い···夢がドッキリだって今言われても、納得してしまう)

パフェに集中しなければいけないのに、津軽さんのことばかり考えてしまっていると。
ポケットに入れていたスマホが震えた。

(電話···?ハジメからだ)

サトコ
「すみません。ちょっと失礼します」

津軽

一言断ると、私はパフェ作りをしているカフェの外に出た。

ハジメからの電話は食事の誘いだった。

(都合はつくけど、元カレとご飯食べに行くって気分良くないかな)
(一応聞いてみるだけでも···)

手早く電話を終えて戻ると。

津軽
······

津軽さんは視線を遠くに投げていた。
ぼんやりと何かを見つめているように見える。

(何を見てるの···?)

すぐに近づけなくて足が止まった。
なにか注視しているようで何も見ていないような瞳が気にかかった。

サトコ
「津軽さん?」

津軽
あ、おかえり

サトコ
「は、はい」

いつもの顔でこちらを振り返る。

(何でもなかった···?)

津軽
早く作ってよ。俺にはリンゴしか食べさせない気?

サトコ
「すぐに作ります!」

手早く具材を詰め込むと盛り付けをして、最後にクッキーを飾ってウサギのパフェを完成させた。

リンゴ狩りのお土産を手に、私たちは帰りの特急列車に乗った。

サトコ
「リンゴジャムにリンゴジュースも···しばらくリンゴづくしで楽しめますね!」

津軽
ウサちゃんのパフェもリンゴてんこ盛りだったもんね

サトコ
「津軽さんのパフェは生クリーム盛りすぎでしたよ」
「今日、すごく楽しかったです。ありがとうございました」

改めてお礼を言うと、ちらっと物言いたげな視線が送られてきた。

津軽
···さっきの電話、誰?

サトコ
「あ、ええと···ハジメからでした」

津軽
デート中に元カレくんからの電話に出たわけ

サトコ
「も、もうただの友達ですし!」

津軽
ふーん···で、ただの友達くんは、なんて?

サトコ
「今度、食事でも···って」

津軽
···行くの?

サトコ
「まだ決めてません」

津軽さんが行くなと言うなら行かないー-とは言えなかった。
私たちは “恋人” という肩書を持っていないから。

津軽
······

わずかに津軽さんがうつむいて、その前髪が目元を隠した。
するりと手が繋がれる。

津軽
···今日だけは

溢れるように零れた声に思えた。
横を見ると、彼はわずかに顔を背けていて私から見えない。

津軽
俺のことだけ考えて欲しかったんだけどな

サトコ
「え···」

細い声とは裏腹に繋がれた手の指先に力が込められた。
津軽さんは我儘だし自分勝手だけど、こんなふうに言ってくるような人じゃない。

(どうしたんだろう···)

車窓から差し込む夕日が、彼の輪郭を儚げに浮かび上がらせていた。

to be continued

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