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本編③エピローグ 津軽カレ目線

お父さん、お母さん、タケル。
俺だけ生きてて、ごめんなさいー--
誕生日が来るたびに、そう思っていたのはいつまでだっただろうか。
鬱々と過ごした時期。
意識しないようにわざと馬鹿をやって過ごした時期。
何でもない日だと思い込もうとした時期を経て。
就職してからは仕事にのめり込んでいればいいとわかったから、ずいぶん楽になった。
何度目か数えるのも面倒になった誕生日。
今年も同じように過ごすと思っていたのにー-

(なっんだよ、あの男!)

少し先で親し気に話しかけてる男。
こんなことならウザいかもとか余計な気を遣わずに、一緒に銭湯に行けばよかった。

津軽
なにやってんの

サトコ
「昔の知り合いなんです!」

津軽
知り合い?

狭霧一
「同じ大学で···狭霧一といいます」

男とウサが交わす視線で、すぐにわかった。

(昔の男か)

ざわっと心が嫌なものに擦られるような。
それでいて腹の底から煮えかえるような。
ごっちゃごちゃな感情が胸の中であふれかえる。

津軽
···氷川の上司の西園寺光太郎です

当然のことながら、そんな腹の内は微塵も見せずに男を頭から爪先まで眺めた、

(ウサの相手にしては···ちょっとカッコつけすぎだろ)
(ウサの元カレって言ったら、あの男友達Aをもう少し田舎臭くしたレベルが···)

勝手に抱いていたイメージとかけ離れていて、それが腹立たしい。

津軽
狭霧さんのお仕事は?

狭霧一
「外科医です。といっても、あまり病院にはいないんですけど」

サトコ
「狭霧さんは赤十字の派遣で、世界のいろんなところで活動してるんです」

(はああっ!?ドクター・ドリトルかよ!)
(いや、あれは動物と会話する医者だっけか)
(ってか、そんなことはどうでもよくて!)
(外科医···外科医、ね···)

警視という職は大抵のものには打ち勝つと思っているが、
医者は反則だ。
奴らは合コンを自分らの帝国だと思うような飢えた獣だ。

津軽
氷川、用事があるんじゃなかった?

サトコ
「ええ、まあ···」

狭霧一
「そっか。呼び止めちゃってごめん。最近、サトコのこと思い出すこと多かったんだ」
「しばらくは日本にいるから、連絡して。番号変わってないから」

(な・に・が、連絡して、だ)
(昔の男に用はねぇんだよ)

男が去っていくと、落ちる沈黙。

(何か言えよ)
(あんなの昔の男で、今は津軽さんの方が大好きです!とかさ!!)

サトコ
「では、私は銭湯に···」

待て。
何もなかった顔で去ろうとするな。
分かれた理由を聞けば、これまた焼け木杭に火がつくのに好条件な話だった。

(お互い夢を追いかけた結果とか···)
(再会したら、また付き合おうって言ってるようなもんだろ)

でも、あいつがウサと別れてくれてよかった。
そうじゃなかったらー-そうじゃなかったら、なんて考えたくねぇよ。

津軽
ねぇ、君たちは警視と外科医だったら、どっちがいい?

女性警官A
「それはもちろん、警視ですよ~♡」

女性警官B
「医者もいいですけど、警視と言えば津軽さんですもんね♪」

女性警官C
「警視がいいって思っちゃいます~」

津軽
そっかー

(警視は外科医に負けない。わかる?ウサ)

廊下の向こうからウサが歩いてくるのが見える。
何やらスマホを見ている。

(元カレからの連絡か!?)

女性警官A
「津軽さん?」

津軽
···先、行ってて。用事思い出したから

皆を先に行かせて、ウサがこっちに歩いてくるのを待つ。

サトコ
「お疲れさまです」

津軽
お疲れ。ねえ、あれから···

サトコ
「はい?」

(あれから···元カレから連絡あったの?なんて)
(カッコ悪い···よ、な···)

津軽
···どっか出掛ける予定とか、ある?

サトコ
「え?津軽さんと出掛ける予定しかありませんけど」

津軽
あ、そ···

そんな一言にどうしようもなく安堵してる自分がいる。

サトコ
「もしかして、予定変わったりとかしました?」

津軽
いや。捜査のスケジュールとか、そういうのあるから聞いただけ

サトコ
「そうですか。何か変更あったら、連絡お願いします」

津軽
ん。ウサもね

サトコ
「はい」

ニコッと笑うと、少し幼く見える。
大学生の頃の彼女はこんな雰囲気だったんだろうか。

(あいつは大学生のウサと付き合って)
(手を繋いで···キスをして···それからー-)

津軽
······

ベッドで甘えた声をー-

津軽
······

(はああああっ!!?!??)

サトコ
「あの、津軽さん?おでこに汗っぽいものが···大丈夫ですか?」

(大丈夫じゃねぇよ!!全然!!)

津軽
別に。何でもないけど?

サトコ
「そうですか?先に戻ってますね」

津軽
うん

涼しい顔でウサの背を見送る。
彼女が男を知らないなんて、そんなわけないし。
元カレだってそこそこの人数いるんだろうけど。

(なんで···)
(なんで、全部、俺のもんじゃないんだよ···)

俺の知らないサトコを知ってる男がいる現実なんて。
簡単に受け入れられるわけがない。

これほど意識せずに別のことに捕らわれていた年は初めてだ。
ウサの元カレの存在は俺の心を占拠して、
例年なら気鬱になりそうな時期さえ塗り替えていく勢いだった。

(恋愛ドバカになるのも···悪いことばっかじゃないのかもな)

花と供え物を持って訪れるのは津軽家の菩提寺。

津軽
······

温度のない風が吹く。
冬の匂いには届かないけれど、澄み切った青空は次の季節が来ていることを教えてくれる。

(寒いのは苦手だ)

フーッと息を吐いた、その時。
バッシシシシッッと竹箒で背中を叩かれた。

津軽
くっそ···!

住職
「ほっほっほ···相変わらず姿勢も口も悪いですね」

津軽
あんたに言われたかないですよ。生臭坊主

後ろに立っているのは、この寺の住職。
まともに口を利かなかったクソガキ時代から世話になっている。

津軽
これ、仏様に

住職
「ほっほっほ、有名なフルーツパーラーの···有り難く頂きます」

津軽
あんたへの差し入れじゃないですからね

寺に用意されている手桶と柄杓を借りる。
墓の掃除をして花と線香を供え···のんびりしている時間はない。

(待ち合わせには間に合うよな)

住職
「今年も仕事中に抜け出してきたんですか?」

時計を気にする俺に住職が軽く眉を動かす。

津軽
デート

住職
「ほっ!」

津軽
ニヤつくのやめてもらえませんかね

住職
「いやいや、女にだらしない高臣から明確にデートという言葉が出たのが驚愕で」

津軽
だからニヤニヤすんのやめろっつってんでしょ
そのデコ叩きますよ

住職
「ほっほっほ。これは微笑ましく思っているんですよ」
「今日を誰かと過ごしたいと思えるようになれたなら···」
「それは素晴らしい一歩ですね」

津軽
······

(俺だって、こんなふうにこの日を迎えることがあるなんて)
(考えてもなかった)

弔い以外の気持ちが胸にある。
このあとの時間を心待ちにしている想い。
それはかすかな罪悪感と共に俺の心を揺らしていた。

住職
「それでいいんですよ」

津軽
······

ー-赦す声が今は有り難かった。

予定通りサトコと合流し、予定通りの楽しいデートを満喫した···と言いたいところなのに。

津軽
···ウサちゃん、携帯鳴ってない?

サトコ
「あ、ほんとだ···」

ウサのスマホに表示された “ハジメ” の文字。

(名前で登録してんなよ)
(つーか連絡してくんなよ、元カレ!!)

スマホに伸びたサトコの手を動かせないように覆う。

切ろうとしたのか、出ようとしたのか···わからないけど、問題はそこじゃない。
今日くらいは俺のことを考えて欲しい、なんて。
そうだよ、俺はめんどくさい男だ。

(いや、俺、こんな独占欲強かったっけ···)
(比べるとかダサいって分かってるけど)

あいつより好きだって思って欲しい。
肩書きのない関係だから、見えない気持ちが今どれくらいなのかとか、そういうのが気になる。
元カレと俺の比重とか。
なっさけないけど。

津軽
······

サトコ
「ん···」

津軽
ん?

ぐるぐる考えているうちに、横からは健やかな寝息が聞こえてきた。

(寝るの!?そういう···空気、だっけ···?)

まあ、上司と部下なら寄り掛かって寝るなんてことはないし。
ウサなら、たまにあるけど。
だけど、この温もりは俺が独り占めしていいものだと思いたい。

津軽
······

肩に腕を回して、自分も少し寄り掛かる。
過ぎ去って欲しいだけの日に、疑いのない温もりをくれたことが何よりのプレゼントだった。

津軽
···好きだよ

好きだ、俺の世界を塗り替えてしまうくらいに。
この日を誰かと過ごすことが素晴らしい一歩なら。
この子とがいい。
この先もずっと、ずっとー-めぐる季節、365日、366日、“特別な君” に傍にいて欲しい。

Happy End

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コメント

  1. ICO より:

    はじめまして。
    初めてコメントさせていただきます。
    少し前からボルテージ様の公安刑事にドはまりしてしまい、こちらを探し当ててからは昼夜を問わずボルテージ様とこちら様を行き来する毎日でございます。
    大変お世話になっております。

    不定期更新ということでしたので、いちファンからの更新希望と受取り頂けたらと思います。
    今ボルテージ様で『恋人はバンパイア公安刑事』というイベントをやってます。参加しているんですが私一人ではなかなかストーリーが集まらなくて(泣)
    こちら様でストーリーお持ちではないかなと、、、
    淡く期待をしている状態です。

    もちろん公安刑事以外に行かれているかもしれませんので、あくまで希望としてお受取りください。
    もちろん更新ありましたら、誰のどのストーリーでも嬉しいです。
    それでは、お身体に気を付けて。
    これからも頑張ってください。

    • sato より:

      ICOさん

      コメントありがとうございます。
      長らく放置状態となってしまい申し訳ありませんでした。
      私自身、若干の飽きもあり、しばらくサイトすら見ていない状態でした汗。
      しかし、色々な方からのコメントを頂きもう一度頑張ろうと思い直しました。

      やっぱり公安刑事楽しいですよね。
      これからもノロノロですが更新がんばります。
      応援よろしくお願いします。

      サトコ