誠二さんとのデート当日。
前日のエステで痛めた首を抱え、私は待ち合わせ場所に来ていた。
後藤
「すまない。待ったか?」
サトコ
「いえ、全然。私も今来たばかりですから」
首の可動域がものすごく少なく、誠二さんの顔を上手く見られない。
後藤
「···サトコ?」
サトコ
「はい?」
視線だけを誠二さんの方に何とか向けて答える。
後藤
「···どうかしたのか?」
サトコ
「な、何でもないですよ?大丈夫です」
後藤
「そうか···」
(デート前にエステに行って首を痛めたとは言いにくい!)
後藤
「今日は···植物園でいいんだよな?」
サトコ
「はい。世界のサボテン展を見に行きましょう!」
(あと少し、もう少し左に顔を動かせば、何とか誠二さんの顔を···!)
後藤
「···やっぱり怒ってるのか?」
サトコ
「え!?」
後藤
「決して、今日のことを軽く考えてたわけじゃない」
「久しぶりに1日会える日だ。俺も楽しみにしていた」
「遅れたのは事故があったらしくて···」
サトコ
「ち、違います!怒ってなんかいません!」
悲しげな声に、ぱっと勢いよく振り向くと。
ぐきっ
サトコ
「···っ、い゛、いっだー-っ!!」
後藤
「!?」
「どうした!」
サトコ
「く、首っ、首がーっ!」
後藤
「大丈夫なのか!?」
サトコ
「~っ」
首を押さえてうずくまると、誠二さんも慌てて屈んで身体を支えてくれる。
後藤
「首をケガしているのか?この間の件で、何か···」
潜入捜査で負傷したのでは···と心配する誠二さんに、首を振りかけてまた呻く。
サトコ
「違うんです、これはその···」
後藤
「とにかく、人目のつかないところに移動しよう」
駅前でうずくまっていれば目立つばかりで、誠二さんが後頭部に手を添え、そっと立たせてくれた。
ロータリーの端の方に移動し、首への影響を考えながら恐る恐る深く息を吐く。
サトコ
「ひっ、ひっ、ふー···」
後藤
「いったい何があった?病院に行った方がいいんじゃないか?」
サトコ
「病院は多分、大丈夫です。実は、その···」
(これ以上心配をかけるわけにはいかない!)
(ここは恥を忍んで真実を話すしか···っ)
サトコ
「実は昨日、エステに行きまして···」
後藤
「エステ?」
サトコ
「黒澤さんから先日の仕事のご褒美に···と、銀座のエステの券を頂いたんです」
後藤
「黒澤···また、あいつか」
誠二さんは眉間にシワを寄せ呆れた顔を見せた。
後藤
「頼まれれば断れないのがアンタなんだろうが」
「無理な時は無理と言った方がいい」
サトコ
「え、あ···」
(頼まれた事のことは何も話してないのに、バレてる!)
(さすが誠二さん···)
サトコ
「その、私もエステを受けられていいかなっていう下心があったので···」
後藤
「エステなんて···」
「······」
誠二さんは何かを言いかけて、やめる。
(恥ずかしい···エステなんて、ガラじゃないって思われたよね···)
後藤
「とにかく、今日は安静にしておいた方がいい」
「アンタの家に送ってもいいが、その首じゃ何かと不便だろう」
「俺の部屋でいいか?」
サトコ
「でも今日行かないと、サボテン展終わっちゃいます」
後藤
「縁があれば、また見られる。サトコの身体の方が、ずっと大事だ」
サトコ
「誠二さん···」
(私の情けない理由でデートが台無しになったのに···!)
(なんて優しい···)
サトコ
「だけど右を向いていれば割と楽なので、身体ごと動かせばサボテン鑑賞も···」
後藤
「無理はするな。首は大事にしろ。車の揺れは大丈夫か?」
サトコ
「はい。それくらいは平気です」
後藤
「行こう。ゆっくりでいいから」
サトコ
「そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫ですよ」
「多分、揉み返しみたいなものなので···」
後藤
「だといいんだが」
誠二さんが心から心配してくれているのが伝わってくる。
(エステなんて行くんじゃなかった···)
申し訳なさを感じながら、今日はお言葉に甘えることにした。
後藤
「クッションを首の後ろに置いて、楽にしててくれ」
サトコ
「ブサ猫クッションが、こんな役の立ち方をするとは···」
「お邪魔しているのに何もお手伝いできずに、すみません」
後藤
「今日は俺に頼ってくれ。何か欲しいものはあるか?」
サトコ
「いえ。コーヒーまで淹れてもらったので、特には···」
テーブルから淹れたてのコーヒーのいい香りがする。
身体ごと動かし顔を正面に向けると、今度は左手がテーブルから遠ざかった。
(ん?あれ?お砂糖とミルクを入れるだけなのに···意外に難しい?)
サトコ
「···っ」
後藤
「俺が入れる。砂糖は1本でいいか?」
サトコ
「はい。すみません···さっきのことで、ちょっと動きが···」
後藤
「さらに痛めたか。今日は家に戻って正解だったな」
ミルクまで足してくれ、美味しいコーヒーを作ってくれた。
後藤
「···アイスコーヒーにしてストローで飲める方にした方がよかったな」
サトコ
「いえいえ、右手を使えば上手く飲めますから」
「ん、美味しい···ほっとします···」
後藤
「そ、そうか」
(ん?)
今度は誠二さんが首を背けていた。
やや右下を向き、私の方を見ていない。
サトコ
「どうかしましたか?まさか、誠二さんまでどこかの筋を痛めたとか!?」
後藤
「いや、なんでもない···」
サトコ
「そう言われましても···」
(肩揺れてるし!え?もしかして笑ってる?)
サトコ
「本当のことを教えてください···」
私の情けない声に反応した彼が、やっと顔を上げてくれた。
しかし、その口元は手で覆われている。
後藤
「コーヒーを飲む姿がその、CMかなにかみたいで···」
サトコ
「CM···?」
後藤
「ポーズが···」
サトコ
「ポーズ···」
言われて何とか見えている範囲で、今の自分の格好を想像する。
身体を捻った身体で顔だけを前方に向け、カップを持っている。
サトコ
「た、確かにこれは···シャバダーッという感じの絵面!」
後藤
「···っ、効果音を自分で入れないでくれ!」
とうとう堪え切れないというように誠二さんが吹き出した。
サトコ
「そ、そんなに笑わないでください!自分でも気にしてるんですから!」
後藤
「わかってる、悪気はないんだ。その···っ」
「···っ」
ツボに入ってしまったのか、なかなか止められないらしい。
サトコ
「······」
(恋人に大爆笑される日が来るとは···)
サトコ
「いいですよ···笑いは健康にいいって言うし、思い切り笑ってください···」
無心になり始めた私が遠い目で告げると、誠二さんは慌てた様子で立ち上がった。
後藤
「悪かった。アンタが苦しんでるのに笑うなんて···」
「何でもするから許してくれ」
私の横に座ると、そっと背中から抱きしめてくれる。
(これはもしや···誠二さんがご機嫌取りをしてくれてる!?)
基本的に誠二さんはいつも優しいので、こういう事態に陥ることはほとんどない。
笑われたことも首の痛みも横に置いて、そのことで頭がいっぱいになる。
後藤
「どうしたら許してくれる?」
サトコ
「ど、どうしようかな~」
(こんな小悪魔的なセリフを言える時が来るなんて!)
(もしや今こそ、いい女ぶりを見せるところ!?)
本気で心配してくれた上に申し訳なさそうにしている誠二さんには悪いけれど。
この状況に別の喜びを見つけてしまった自分がいた。
to be continued