加賀
「···歩。なんか言ったか」
東雲
「え?言ってませんけど」
加賀
「······」
(···嫌な感じだな)
胸騒ぎ、と言えばそうかもしれない。
虫の知らせ、に近かったかもしれない。
(こういうときはロクなことが起きねぇ)
違和感を振り払うため、デスクに置いてあるポチに手が伸びる。
だがいつもの場所に柔らかい手触りがないことに気付き、顔を上げた。
(···あいつに貸したんだったか)
加賀
「おい七味。氷川はどこにいる」
津軽
「七味って俺のこと···?」
「ウサちゃんなら、うちのモモと捜査に行ってるけど」
加賀
「どこにだ」
津軽
「え~?そんなの他の班に言えるわけないでしょ」
怪訝そうな津軽に舌打ちして、スマホを取り出す。
サトコにLIDEしようとしたその時、払えなかった嫌な予感が形として現れた。
津軽班刑事
「津軽さん、大変です!氷川が、現場で爆発に巻き込まれました!」
津軽
「なんだって···?」
津軽班刑事
「病院に搬送されて···百瀬は無事です!」
加賀
「警察病院か」
津軽班刑事
「えっ?あ、いえ、現場近くのーー」
突然の報せに騒がしくなるオフィスで、
報告してきた男からサトコが搬送された病院を聞き出す。
加賀
「歩」
東雲
「了解です。いってらっしゃい」
残った仕事を歩に任せ、財布と車のキーを手に取るとオフィスを飛び出した。
(百瀬『は』無事だと···?あいつは?)
(···こんなところでくたばるんじゃねぇぞ、サトコ)
一報を聞いて立ち尽くしていた津軽は、誰よりも先に駆け出した加賀の背中を見つめていた。
その表情は無で、そこにどんな感情が浮かんでいるのか本人以外は知り得ない。
津軽
「···みんな、集まって」
ようやく班員に声をかけたのは、加賀が走り去って少ししてからだった。
津軽
「氷川の両親に連絡。すぐに」
津軽班刑事
「はい」
津軽
「オレは病院に行ってくる」
そして自らも、加賀を追うようにオフィスを出た。
看護師に聞いた処置室へ向かうと、その前に置いてあるソファに百瀬が座っていた。
自身も怪我をしているらしく、あちこちに包帯を巻いている。
加賀
「あいつは」
百瀬
「加賀さん···」
「···見た感じ、怪我はそんなに」
加賀
「怪我以外は?」
百瀬
「頭を強く打ったみたいで」
「···意識が戻るかどうか、まだわからないそうです」
加賀
「······」
「何があった」
百瀬
「···追っていた証拠を、氷川が見つけました」
「ただ、予定外のアクセスがあると、爆弾が起動する仕組みになっていたようです」
加賀
「逃げ遅れたのか」
百瀬
「証拠のファイルのパスワードを、リモートで書き換えられそうになって」
「それに対応しているうちに···」
(···それで今、そんなとこにいんのか)
(証拠を押さえても、テメェが無事じゃなきゃ意味ねぇだろうが)
加賀
「···クズが」
百瀬
「っ···あいつは、最後まで···」
「······」
反論しかけた百瀬が、俺の顔を見て言葉を呑み込む。
百瀬
「···いえ。すみません」
(こいつに気を遣われるとはな)
(···どんなツラしてんだ。俺は)
加賀
「休憩して来い」
百瀬
「え?」
加賀
「お前も怪我してんだろ。向こうで休んで来い」
百瀬
「ですが···」
加賀
「ここは俺が見てる」
ソファに座って、処置室を眺める。
百瀬は頭を下げて、待合室の方へ歩いていった。
(···万が一)
万が一。
あいつが。
加賀
「······」
その先を考えるのを、本能が拒否した。
(···こんなところでどうにかなるタマじゃねぇだろ)
(戻ってこい。じゃなきゃ···駄犬から降格させてやる)
下を向き、自然と手を組んでいた。
目を閉じると、浮かんでくるのは昔の仲間たちだ。
(こんなときに思い出すなんざ···)
(···テメェの居場所は、ここだろ)
どれほどの時間が過ぎたかーー頭に軽い衝撃を覚えて顔を上げた。
津軽
「···師弟愛ってやつ?」
加賀
「······」
ヤツが手に持っている缶には、『炭酸汁粉』と書かれている。
座ったまま思いっきり脚を蹴ってやると、津軽が跳び上がった。
津軽
「!!!???」
加賀
「顔面がうるせぇ」
津軽
「顔面がうるさい!?初めての罵倒なんだけど?!」
加賀
「静かにしろ。病院だ」
津軽
「ええ···兵吾くんに常識的なこと言われるって、俺がすごい非常識みたいじゃない···?」
加賀
「非常識の塊みてぇな顔してんだろ」
津軽
「何それどんな顔?」
加賀
「鏡見て来い」
津軽
「もー、素直じゃないんだから。はい差し入れ」
加賀
「そんなえげつねぇもん飲めるか」
津軽
「えっ、嘘、おいしいよ?」
「むしろこれを好きじゃない人がいるなんて信じられないんだけど」
加賀
「俺はテメェの味覚が信じられねぇがな」
津軽
「まあまあ、騙されたと思って飲んでみなって」
加賀
「百瀬にやれ」
津軽
「あ、そうそう。モモと交代してくれたんだって?」
「もうねぇ、モモしょんぼりしちゃって。尻尾が垂れ下がっちゃってんの」
「兵吾くんならわかるでしょ?普段はこう、ちぎれんばかりに尻尾振ってるイメージ」
加賀
「テメェんとこの犬と一緒にすんな」
津軽
「いやいや、うちのモモはなかなかだよ?忠犬だし」
(忠犬か。···あいつには程遠いな)
津軽
「兵吾くんもさ、釣った魚にはたまに餌やらないと逃げられちゃうよ?」
加賀
「テメェにゃ関係ねぇ」
津軽
「あるある。ありまくり。ウチだって、ウサちゃんに戻ってきてもらわないと困るしね」
「···色んな意味で」
津軽の、こういうところが面倒だった。
(表ではウサギだのなんだの言いながら、腹の底で何考えてるか分からねぇ)
(そういう奴は、ほかにもいるが···)
この七味野郎は、それが顕著だ。
小さく息を吐き、いつまでも処置室から出て来ないサトコの顔を思い出す。
(···さっさと帰ってこい)
(主人置いていなくなってみろ···地獄の果てまで追いかけてってやる)
to be continued