ある日、捜査の一環で私は津軽さんとファッションショーの裏方に潜入していた。
違法薬物が混ぜ物のドラッグとなり、モデルの間で流通しているという情報が入ったからだ。
サトコ
「サプリとして扱われている可能性が高いんですよね」
津軽
「不自然じゃない形で携帯するには、1番向いてるからね」
「実際、サプリだと思って摂取してる子も多いだろうし」
サトコ
「ですね。スタッフとして手荷物チェックできたのはよかったです」
怪しげなサプリを持ってる子は荷物検査の時点でチェックすることができた。
名簿は他に潜入している班員たちと共有し、マークしている。
(今回は薬物を使ってる人を連行することが目的じゃない)
(泳がせて、薬物の流通経路を探る)
マークしている子たちに注意を払いながらも、この世界のきらびやかさが眩しい。
サトコ
「皆さん、驚くほど顔小さいですよね···」
「手足も長くてお人形さんみたいで。うっかりすると見惚れちゃいそうです」
津軽
「そう?」
(津軽さんは鏡を見れば、モデル並みの···いや、それ以上の顔が拝めますもんね!)
会場の様子を見ていると、一角でわっと声が上がった。
四季絢貴
「今日はよろしくね」
モデルたち
「アヤさん!!」
サトコ
「あれって···」
津軽
「インフルエンサー兼トップモデルのアヤだね」
サトコ
「特別なオーラを持つ人って存在するんですね···」
(モデルは特別だと思ってたけど、さらに特別な人なんているんだ···)
(何か···雰囲気がどことなくノアを彷彿とさせるような···どうしてだろ)
アヤさんの登場によりモデルたちの気分が高揚し、ガードが緩くなった。
その際に乗じて情報収集することに成功し、捜査は順調に進めることができた。
サトコ
「今日はこれくらいで引き上げますか?」
津軽
「だね。ショー見て行ってもいいけど···」
津軽さんが他の班員たちに撤収の指示を出しながら、会場を見回していると···
ひとりのスタッフが津軽さんに声をかけてきた。
スタッフA
「そこのあなた!デビューしませんか!?」
津軽
「え?なに?」
スタッフA
「モデルがひとり急病で倒れちゃって!あなたなら代打で行けます!」
「そのままでいいので、出てください!」
津軽
「この格好のまま?本気で?」
スタッフA
「社会人がテーマのランウェイなので、全員スーツなんですよ!」
津軽
「そうは言っても、お洒落スーツでしょ?」
スタッフA
「その顔の良さがあれば、衣装なんてどうでもいいです!」
(ファッションショーで衣装さえどうでもよくする津軽さんの顔って···)
スタッフA
「もう時間ないんですよ~。新人モデルが次々歩いていく流れなので大丈夫です!」
「お願いします!」
津軽
「んー···」
「どうしよっか?」
津軽さんが顔をこちらに向けて、私に振ってくる。
サトコ
「どうって···」
背伸びをして、コソッとその耳元で話す。
サトコ
「目立つのはマズくないですか?」
津軽
「モデルとのパイプができると思えばいいんじゃない?」
サトコ
「なるほど···」
(津軽さんなら、完全にモデルになりきれるよね)
外見の良さもあるが、公安刑事としてのスキルは一流。
プロのモデルだって、そつなくこなしてしまうはずだ。
津軽
「ウサは見たい?ランウェイを歩く俺」
サトコ
「それは···正直に言うなら見たいです···」
津軽
「じゃ、決まり」
サトコ
「決めちゃうんですか!?」
津軽
「彼女の頼みなら聞かないわけにはいかないでしょ」
「その代わり、一瞬でも目を離しちゃダメだからね」
耳に吐息をかける距離でささやくと···津軽さんはスタッフの人と共に舞台袖に消えて行った。
ショーが始まり、間もなく津軽さんの出番。
テーマが社会人に切り替わり、スーツを着こなしたモデルたちが颯爽と歩いていく。
津軽
「······」
(津軽さん!)
(わ···本当のモデルさんより格好良く見えるのは欲目?)
(いやいや、でもこれは本当に最強クラスなのでは···!)
見慣れぬモデルの登場に周りもざわめいているのがわかる。
(目を離しちゃダメって言われたけど、離そうと思っても離せないよ)
津軽
「ーー(サトコ)」
サトコ
「!」
ランウェイの先端まで来た津軽さんがウィンクと共に唇だけで私の名を呼んだーー気がした。
(なに、これ···ウィンクで命の危険を感じるなんて···)
視線で人を殺せる···ある意味、本当なのかもしれない。
想定外のこともあったけど、潜入捜査は無事に終わり、共に帰路についていた。
津軽
「ウサはモデルの津軽さんと警視の津軽さん、どっちが好き?」
金の津軽さんと銀の津軽さん、どっちがいい?ーー
のような口調で聞いてくる。
サトコ
「どれって言われたら···私は···今の津軽さんが1番です」
津軽
「今って···仕事終わりでくたびれた?」
「ウサって、そういうのに色気感じるタイプ?」
サトコ
「全然くたびれて見えませんけど···」
「そうやっておかしな質問してくる素の津軽さんが1番って意味です」
「私にだけ見せてくれるような···そういう顔してる津軽さんがいいなって」
津軽
「···ウサの男の趣味って、やっぱ変だね」
サトコ
「!!??」
(恋人らしい答えをしたはずなのに!?)
津軽
「ま、好きな子が特別に見えるっていうのは俺もわかるけど」
サトコ
「え···?」
津軽
「ランウェイから名前呼んだのわかった?」
サトコ
「!」
(気のせいじゃなかったんだ···)
サトコ
「あの人混みで、よく見つけられましたね···」
津軽
「当たり前じゃん」
「彼女なんだから」
サトコ
「~~っ」
今日は津軽さんのせいで生命の危機を何度も感じる羽目になってしまう。
だけど心を乱していたのは、本当は私だけじゃなくてーー
(ライトが眩し。これじゃ客席なんて見えないかと思ってたけど)
サトコ
「······」
(なんで、ピンスポ当たったみたいに見つけられるんだよ)
(ウサはモデルたちに見惚れるなんて言ってたけど)
俺は気が付けば、毎日、君に見惚れてる。
どんなに輝くきらびやかな世界よりも···
君が1番キラキラして見えるんだ。
Happy End