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本編④(前編) 津軽1話

私の中の彼は夕と夜の間、宵の中にいる。
真っ赤に染め上げると夕焼けと、月が出る前のほのかな薄暗さの狭間。
一歩踏み出し、月が照らす夜側にいて欲しいと願う。
ウサと彼が呼んでくれる限り、傍で見守れる気がするからーー

アマゾン

ある日の夜、私は自分の部屋で膝を抱え、ひたすら涙を流していた。

サトコ
「··· ッ、どうして、こんなことになるの?」
「ただ好きなだけなのに··· っ」

新しいティッシュを握りながら、前のめりになって見つめているのはーーテレビの画面。

花巻芹香
『私··· あなたのためなら死ねます!』

ノア
『僕を置いていくの!?お姉ちゃん!』

芹香さんとノアが出演している金曜ドラマ、『あなたのためなら死ねる』(通称:あなしね)
花巻監督初の連続テレビドラマで、芹香さんとノアが出ているというので観始めたのだけれど。

サトコ
「えー!ここで来週に続くの!?」

(く···毎週毎週、本当にいいところで切ってくる···!)

先の読めない展開と燃えるような恋が多くの人を惹きつけ、今期1番の人気ドラマだった。

(この気持ちはTvitterで共有するしかない···)

『あなしね』の感想と考察のためにSNSのアカウントまで作ってしまった。
因みにアカウント名は “ usachan_bunny ” 。
絶対に津軽さんには見せられないと思いつつ···私は『あなしね』に、どっぷりハマっていた。

週明け、何度も観返した『あなしね』の余韻を胸に登庁すると。

東雲
あれ、毎週観てんの?

黒澤
今、合コン行くなら必須ですよ。『あなしね』の視聴は

サトコ
「!」
「黒澤さんも『あなしね』観てるんですか?」

(思わぬ近いところに、『あなしね』のファンが···!)

食い気味で尋ねる私に、黒澤さんがニコリとした笑顔を向けてくる。

黒澤
はい。最新のトレンドを把握しておくのも仕事の内なので

サトコ
「ですよね」

黒澤
まあ、中身は顔面偏差値が高いだけのクソシナリオドラマですが

サトコ
!!??

(あ、あの、神シナリオをクソって言った!?)

サトコ
「···黒澤さん、ついに本当に目が死んでしまったんですか?」
「土曜の夜、私、大号泣でしたよ!」

後藤
そんなに感動するドラマなのか?

サトコ
「はい!毎週の決め台詞兼、タイトルコールで涙腺崩壊です」
「私···あなたのためなら死ねます!」

劇中の芹香さんと同じ手ぶりで場面を再現してみればーー

<選択してください>

東雲の反応を見る

東雲
···重

(え、引かれてる!?)

サトコ
「その、あのですね···私だったので伝わらなかっただけで」
「そこにあるのは純粋すぎる愛なんです!」

東雲
こわ

サトコ
「···東雲さんとはドラマの趣味は合わないみたいですね」

黒澤の反応を見る

黒澤
サトコさん、相当ハマってますね
考察とか見ちゃってます?

サトコ
「ま、まさか、そこまでは···」

(クソシナリオとか言う人に、私の『あなしね』情報は洩らせない!)

黒澤
あなたのために死ねるは、ちょっと病みすぎですよね~
オレ、後藤さんのためだったら、ギリで···

後藤
こっちを見るな

後藤の反応を見る

後藤
死ぬな

サトコ
「えっ」

後藤
どんな状況でも、死んだら終わりだ。絶対に死ぬな。誰のためでも···だ

サトコ
「は、はい···すみませんでした···」

(あ、あれ?私が謝る流れだっけ?)

颯馬
朝から楽しそうですね

加賀
体力余ってんなら、資料の整理でもしとけ

石神
他班に仕事を押し付けようとするな

颯馬
『あなしね』の話をしてましたね

サトコ
「颯馬さんも観てますか?」

颯馬
まあ、ネタとして

黒澤
ですよね~
颯馬さんは、あなたのために死ねます?

颯馬
死ぬ時は一緒じゃないですか?

黒澤
ああ~、颯馬さんは、そういう···なるほど~
加賀さんと石神さんは、どうです?

加賀
てめぇの命のケツくらい、自分で持て

石神
犠牲は枷になる。罪を背負わせたいと思ってるなら、有効な手段かもな

(あ···皆さん、意見バラバラ···)
(これは『あなしね』を真剣に観てもらえば、より深い議論が交わせるのでは···)

黒澤
ま、あの謎展開じゃ、死んでるのは脚本の方って言いたくなっちゃいますけどね~

サトコ
「······」

(人の好きなものを貶めちゃいけないんですからね!)

課内では得られない共感に、ぐっと拳を握れば。

東雲
透、自分の萎えは他人の萌えって言葉は知っとけば?

サトコ
ですよね、東雲さん!

心の声を代弁してくれた東雲さんの手をギュッと握る。

東雲
手汗すごいんだけど

サトコ
「今の言葉に救われました!」

東雲
別に君の味方じゃないから

津軽
ここでもウサは、ぼっちなんだね···

サトコ
「!」

いつ傍に来たのか、頭の上がずしっと重たくなった。
津軽さんの手が東雲さんと握手している上に重ねられる。

サトコ
「皆さんがターゲット層から外れてるだけだと思います」

(Tvitterには、共感してくれる人がたくさんいるんだから!)

津軽
可哀想なウサぼっちは優しい津軽さんが拾ってあげるよ

サトコ
「ウサぼっちって···」

津軽
おいで

ぐっと東雲さんから引き剥がされる。

サトコ
「外、ですか?」

津軽
いや、資料室。そこのダンボール、いい加減片付けないと秀樹くんのビームに殺られそうで

サトコ
「ああ···そういえば···」

(このダンボール、何週間も前から置きっぱなしだったような)

サトコ
「でも、津軽さんが自分から運ぼうとするなんて···」

(いつもだったら、『ウサちゃん、やっといて』で終わるのに)

津軽
班長は、こういうこと率先してやらないとね

サトコ
「···?」

津軽さんの様子に内心首を傾げながら、押し付けられるよりは···と、一緒にダンボールを持った。

以前なら私にだけダンボールを持たせて、自分は手ぶらで横を歩いていそうなものを。

(重い方を持ってくれてる···よね?)
(そう見せかけて、私の方が重いの持たされてたら笑えない···)

サトコ
「津軽さんは『あなしね』観てます?」

津軽
ああ、ノアも出てるし。面白いよね

サトコ
「ですよね!」

(今度こそ、理解者が!?)

津軽
脚本ぶっ飛びすぎててヤバくない?

サトコ
「···そっちの意味ですか」

(なぜ、『あなしね』の良さが理解されないのか···)

津軽
毎回、登場キャラが順に『あなたのためなら死ねる!』っていう展開、無理あるでしょ

サトコ
「そこがいいのに···」

(ラストでそれが大きな意味を持つって、考察では言われてるんですよ)

あまりハマってることは知られたくないので、心の中で付け足す。

サトコ
「今週はついにノアが『あなたのためなら死ねる』っていう回ですよ」
「これは絶対に観ないと!」

津軽
あいつの死生観ゆるゆるだからな~。どんな演技するんだろうね

ノアのことを思い浮かべ、ふっと苦笑が洩らされる。

(死生観が心配なのは、あなたもですよ。津軽さん···)

何度も何度も思い出してしまう、津軽とノアの会話。

ノア
「死ぬ時はキレイなお花畑がいいなー。おじさんは?」

津軽
お兄さんはねー、殺されちゃうからな~

彼の過去を知った今、その言葉はより重い。

サトコ
「······」

津軽
どしたの。急に黙り込んで

サトコ
「いえ、何でも」

急に重たいことを考えてしまい、誤魔化すように曖昧に笑う。

津軽
あなたのために死ねる···ねえ

サトコ
「課の皆さんは理解できないって顔でしたけど、津軽さんは?」

津軽
言葉遊びじゃないの?俺も言われた事あるし

サトコ
「あ、そですか···」

(津軽さんくらいになれば、そうですよね!身も心も捧げちゃう女性が、いくらでもいますよね!)
(···って、気遣いとかは?私たち、両想いのはず···)
(とはいっても、恋人じゃないし···そういうのはない···か)

想定外のタイミングで思いが零れ合ってしまったのは、少し前のこと。
お互いの気持ちは察している···が、私たちは恋人ではない。

(私が望んだことだし。今は、この関係の方がお互いにいいんだよね)

いろいろしがらみが頭の中を過っているうちに、資料室に到着した。

津軽
···っと、はい、ウサのもちょうだい

サトコ
「お願いします」

津軽さんが棚の上にダンボールを載せてくれる。

(背が高ければ、手も長い···)

スタイルの良さに見惚れていると、振り返ったところをバチッと目が合ってしまった。

津軽
っていうか、そのドラマの時間、俺もヒマしてたよ

サトコ
「え?はあ···だから、ドラマ観たんですよね?」

津軽
······
だーかーらー、同じマンション住んでてさあ

不満げな声と共に、両手で頬をムギュッと潰された。

サトコ
「むごっ」

津軽
あのさ、俺のこと···好ーーなんだよね?

頬に置いた指先の力を強めながら、思わせぶりな顔で目を伏せてきた。
長い睫毛が、かすかに震える。

(こ、これはヒマなのになぜ誘わなかった···という抗議?)
(いや、津軽さんがヒマとか知らないし!それでも誘って欲しいって···)

めんどくさい人ーーでも、そんなこの人が好きで。

サトコ
「デートしましょう!」

津軽
······

視線を上げた津軽さんの口元が綺麗に上がった。

サトコ
「!」

(え、演技?)

津軽
ウサがしたいっていうなら、してあげてもいいよ?

サトコ
「······」

(私に誘って欲しかっただけですか···)

サトコ
「めんどくさ···」

津軽
何か言った?

サトコ
「ぐっ」

再び潰される両頬。
ドラマ的な流れとは縁遠い、恋人らしいやりとりではなかったけれど決定したデート。
ここで “ あのこと ” に、白黒決着をつけることになるとはーー

この時は思いもしていなかった···。

to be continued



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