津軽さんとのデートは、いろいろ悩んだ結果ーー
初心者カップルでもハズレのないスポーツ複合施設で遊ぶことにした。
サトコ
「次はテニスやりましょう!」
津軽
「バスケ、サッカー、テニスって···ウサ、球技好きすぎじゃない?」
張り切る私とは反対に津軽さんは手を膝について、ハーッと息をついている。
そう、今日こそ、どちらが運動神経がいいか白黒つけることになっていた。
サトコ
「私、球技得意なんですよ」
津軽
「だろうね。ここまで全勝だし」
「···つか、俺ダサくない!?」
カッと目を見開いた顔に見つめられた。
サトコ
「大丈夫です。津軽さんがダサいんじゃなくて、私が “ 強い ” んですよ」
そっと肩に手を置いて微笑むと、ジトッとした目を向けられる。
津軽
「ウサじゃなくてウザじゃん。次は負けないから」
サトコ
「テニスは手足のリーチの長さが肝になるから、向いてると思いますよ」
何度負けても、折れずに挑戦してくる津軽さん。
本人も望まないだろうから手は抜かないけれど、勝って欲しい気持ちもある。
(ここで投げないところが、いいところなんだよね)
(実際、やればやるほど上達するし)
今日は勝ってるけれど、次···さらにその次になったら形勢逆転している可能性は大いにある。
津軽
「···らっ!」
サトコ
「はい!」
津軽
「ちょ···そういう端に、わざわざ打つ!?」
サトコ
「手加減して欲しいんですか?」
津軽
「あとで覚えておきなよ」
津軽さんが次に打ってきた球は、確実に速くなっていた。
(思ったよりも、上手くなるのが早い!)
ギリギリ、津軽さんの手が届かないところに球を返せる。
津軽
「くっそ···あと半歩!」
サトコ
「次は返せますよ!」
声をかけると、近くを通った女性2人の顔がこちらに向けられてるのに気づく。
女性A
「彼氏ボコボコにする彼女とか、かわいそう···」
女性B
「ていうか、釣り合ってなくない?彼女じゃないんじゃない」
女性A
「あーね。マッチングアプリで今日初オフとか有り得る」
(う···)
外野の言葉が胸に刺さっているうちに···返された球は私の横をすり抜けて行った。
あれこれ遊んで、施設内のフードコートでお昼も食べて。
外に出た頃には大きな夕陽が見える。
津軽
「次は絶対に俺の勝ちだね」
サトコ
「テニスで1回返し損ねただけじゃないですか」
津軽
「最後、息が切れてたの、どっちだっけ」
サトコ
「それは···」
テニスはリーチの長さがモノを言うだけあり、最後走らされていたのは私の方だった。
サトコ
「津軽さん、諦めないで根気強く続けますもんね」
「そういうところ、素直に尊敬します」
津軽
「それはさ、『そういうところ好きです』って言うもんじゃないの?」
サトコ
「そ、れは···」
(好きって言葉を意識しすぎてる···?)
津軽
「ねえ?」
言い直せとばかりに顔を覗き込んでくる。
(こういう好きだったら···言ってもいいんだよね)
(いや、別に好きって言ったらいけないとか、そういう決まりはないんだけど)
きっと肩書のない関係だから···そのせいにしているだけなのかもしれないけど。
『好き』って、どっちも言ってない。
私たちは···その言葉が持つ力が、きっと怖いんだ。
<選択してください>
(今はこういうかたちでしか伝えられないなら···)
気持ちのない『好き』は言いたくない。
でも、今の私には津軽さんを好きって気持ちがあるし、彼の好きだってちゃんとある···はず。
サトコ
「そういうところ、好ーー」
サトコ
「い、言わなくてもわかってるなら···」
津軽
「ほんとにそう思ってるなら、ウサの口で言ってよ」
サトコ
「······わかりましたよ。そういうところーー」
サトコ
「尊敬です」
津軽
「可愛くなっ」
サトコ
「尊敬だっていいじゃないですか」
津軽
「部下···ならね」
「今の君は、俺のなに?」
サトコ
「!?」
(それは私が知りたいですよ!)
津軽さんと道の端で問答していた、その時。
???
「このクソビッチシトミ!」
サトコ
「!?」
津軽
「呪文みたいなのが聞こえて来たね」
サトコ
「これって···」
声がしたのは細い路地の奥だった。
ガタッという物音も聞こえて、津軽さんに視線で許可をもらってから覗いてみる。
女子高生A
「ほんと見てるだけでムカつく!」
女子高生B
「なんで私たちの前にいるわけ?」
女子高生C
「言いたいことあるなら、言えば?」
???
「······」
女子高生ら敷集団が、ひとりの生徒を囲んでいる。
座り込んでる女の子はうつむき、頭から何かかけられたのか、びしょ濡れだった。
(イジメ···?)
サトコ
「あなたたち···」
津軽
「なにやってんの?」
女子高生たち
「!」
声をかけると、立っていた子たちが一斉にこちらを振り向いた。
女子高生A
「なに、あんたたち···」
女子高生B
「ちょ、イケメンが過ぎない!?」
女子高生C
「はあ?こんなところに存在していいレベル?」
女子高生A
「顔面偏差値アゲすぎじゃん!!」
(顔を合わせて数秒で、津軽さんの顔しか注目されなくなってる···)
津軽
「で、君たちは何してるのか、おにーさんに教えてくれる?」
女子高生A
「···っ」
女子高生B
「い、いこっ」
女子高生C
「あの顔、『あなしね』レベルじゃない?」
女子高生たちはブツブツと文句を言うように津軽さんの顔を褒めながら逃げていく。
サトコ
「大丈夫?」
???
「ひ···っ」
座り込んでいる女の子にタオルハンカチを差し出すと、受け取ることもなく立ち上がった。
そして長い髪で顔を隠すようにうつむいて壁際に逃げていく。
サトコ
「私たちはあやしい者じゃなくて···」
(警察だって言った方がいい?でも、かえって警戒させる?)
???
「だ、大丈夫です、大丈夫です···す、すみません!」
「私がバカなだけなので、お構いなく···っ」
サトコ
「あ···」
女の子は避けるように路地から飛び出していってしまった。
(生活安全課ならともかく···私が追えるようなことでもない···か)
ひどいイジメかもしれない。
話を聞いて、学校や家庭と協力して問題の解決を···と思っても、それは簡単にできることではない。
サトコ
「···あとで、ここの管轄の生活安全課に連絡だけしてもいいですか?」
津軽
「いいんじゃない?見回りくらいしてくれるかもしれないし」
津軽さんは女の子が走り去った方を見ている。
(あの子、大丈夫かな。あの感じだと、今日だけってわけじゃなさそうだし)
(怯えるような態度は、もう長い間···)
あんな扱いを受け続けているのかと思うと、自然と眉間に力が入ってしまう。
津軽
「···で、続き、できる?」
サトコ
「え?」
津軽
「その眉間のシワ。デート中の顔には見えないんだけど」
サトコ
「あ···」
津軽
「今すぐ、生活安全課と話したいって顔してる」
「ま、それがウサだよね~」
サトコ
「気にはなります、けど。でも···」
津軽
「いいよ。俺もこのあと仕事だから、ここで解散しようか」
サトコ
「し、仕事なんですか!?何も聞いてなかったですけど···」
(今日は1日デートだと思ってた···!)
津軽
「言ってなかった?」
「夜からちょっとね。じゃ、また明日」
サトコ
「はい···」
手をヒラヒラと振りながら、夕暮れから夜に変わり始めた街に津軽さんも消えていく。
小さくなる背中を見つめていると、胸の奥がきゅっと締め付けられるような切なさを覚える。
(もっと一緒にいられるかと思ってた···なんか、デートの別れ方じゃないよね、これ)
(私は楽しかったけど···津軽さんは、どうだったのかな···)
不安な要素が特別あるわけではないのだけれど。
夕暮れと夜の狭間の空気は私の胸をざわめかせた。
翌日。
津軽
「氷川、こっちへ」
あごでついてくるように指された先は取調室。
津軽さんの横顔は公安刑事の厳しいものだった。
マジックミラー越しに百瀬さんと痩せた背の高い男が相対しているのが見える。
サトコ
「昨日、津軽さんが夜から取り掛かった件でしょうか」
津軽
「ああ。あの男は通称、茶円(ちゃえん)」
「中国籍の元マフィアで、今は日本の暴力団『三邑会』の幹部だ」
サトコ
「暴力団···組織対策部の管轄では?」
津軽
「通常であればそうだけど、今回は特殊なケース」
「公安が監視してる宗教法人団体が運営している」
「老人ホーム『礼愛会』を裏で仕切っているのが茶円」
サトコ
「容疑は?」
津軽
「公務執行妨害で引っ張ってきたから、拘留できる時間は長くない」
「『礼愛会』を資金洗浄の隠れ蓑に使ってることと、宗教法人団体への献金を吐かせたいけど···」
「自白は難しいだろな」
百瀬さんの厳しい尋問にも、茶円と呼ばれる男は全く表情を変えていなかった。
(まるで仮面を被ったみたいに···表情が一切ない···)
津軽
「別の角度からも攻める。あの男の部下を探し出して確保するのが、今回のウサの仕事」
サトコ
「わかりました」
津軽
「これが茶円の資料ね」
津軽さんからファイルを渡されて頷いた、その時。
茶円
「······」
サトコ
「!」
(目が···合った?)
(そんなわけない。向こうから、こっちは見えないはず···)
それなのに確実に私を捕えていると錯覚させるような視線に心臓が掴まれる。
空洞のような何もない瞳に、息が細くなるとーー
津軽
「······」
まるで視線を遮るように、津軽さんが私の前に立った。
(あ···)
昨日、切なく見送った背中が、今日は盾になってくれる。
触れたい背···
私にもいつか、津軽さんの盾になれる日が来るだろうか。
to be continued