今朝から始まった、新しい捜査。
暴力団『三邑会』の幹部、茶円(ちゃえん)の手下を探し出すこと。
午前中は茶円に関する情報を頭に入れ、
実際に捜査に出る時は百瀬さんか津軽さんと向かう決まりになった。
(暴力団関連···いつも以上に気を引き締めないと)
相手は拳銃も武器も所持している可能性が高い。
お昼になり食堂に向かうと、偶然同時に百瀬さんとひとつのテーブルに着いてしまった。
サトコ
「あ···」
百瀬尊
「······」
サトコ
「お疲れさまです」
別の場所に移動するかと思いきや、百瀬さんはそのまま私の向かいに座った。
(百瀬さんと2人でお昼って、張り込み時以外はめずらしい)
(少しは津軽班の一員として認められつつあるって思っていいのかな)
百瀬尊
「お前、いっつもうどん食ってんな」
サトコ
「そうですか?つるつる食べられるので、つい···」
「百瀬さんこそ、いつも肉ばっかり食べてません?」
百瀬尊
「は?肉食わねぇで、どうやって午後仕事すんだよ」
「お前も、うどんなら肉うどん食え」
サトコ
「はい。次からは、そうします!」
(目が合えば睨まれるか舌打ちだった百瀬さんが、私に肉うどんを勧めてくれるなんて···!)
その進歩はあまりに大きい。
(もっと認めてもらいたい···そのためには仕事を頑張ろう!)
(仕事と言えば···)
サトコ
「百瀬さんの取り調べ、見ていたんですが···すごいですね」
百瀬尊
「何が」
サトコ
「私、ミラー越しに見られただけで身が竦んでしまって」
「向こうから見えてるわけないのに」
百瀬尊
「それは、どうだろうな」
ステーキ丼をたべる百瀬さんの視線が上がる。
百瀬尊
「あの男は特殊な勘の持ち主だ。マジックミラー越しの視線に気付く可能性もある」
サトコ
「ますます恐ろしくなる情報ですね···」
(特殊な勘···百瀬さんが時々見せる野生の勘に似たようなものかな)
最近で言えば遊園地の件で、百瀬さんの勘により助けられた。
ガスが使われる中で、百瀬さんが意識を失わなかったから、あの時の犯人を捕らえられた。
サトコ
「百瀬さんは全く怖くないんですか?あの男の目とか···」
百瀬尊
「津軽さんの役に立てない方が、よっぽど怖ぇだろ」
サトコ
「あ、そういう···」
(なるほど···そうやって鼓舞する方法もあるのか)
百瀬尊
「それに高校の頃の津軽さんの方が···」
サトコ
「高校の頃って···」
頭に浮かぶのは、津軽さんフレンズ。
(津軽さんがヤンチャしてた頃の!)
サトコ
「その頃の津軽さんって、どんなでしたか?」
ぐっと身を乗り出すと、余計なことを言ったとばかりに百瀬さんが舌打ちする。
百瀬尊
「何でもねぇ」
サトコ
「ちょっとだけでも。班長を理解するという意味で」
少しでも話を聞き出したいと思っていると。
黒澤
「津軽さんの昔話ですか?」
東雲
「いろんな話聞くよね」
黒澤さんと東雲さんが同じテーブルにやってきた。
サトコ
「おふたりも知ってるんですか?」
東雲
「知ってるってほどじゃないけど」
黒澤
「自然と噂は耳に入ってきますよ」
「なんと中高は金髪だったとか!」
サトコ
「金髪···!」
東雲
「一声でオトモダチ50人以上が軽く集まるとか」
サトコ
「オトモダチ···」
黒澤
「あとは···」
(津軽さんのオトモダチといえば、フレンズさんと同じ感じだよね?)
(一声で50人以上のヤンキーが集まるってこと?)
(ヤンキーのボスの津軽さんって、想像つかなーー)
(いや、でも急にガラ悪くなることあるっけ···)
(それに金髪···金髪は見たいかも···見たい···!)
あのモサッとした髪が金髪になったら、どうなるのか···
黒澤
「高校生の頃は中学時代よりはマシだったらしいですけどね」
百瀬尊
「······」
(それはきっと、銀さんのところに引き取られたから···)
そして大学は一流大に進学し、今は警視の座まで上っている。
東雲
「で、なんで津軽さんの過去話なんてしてるの」
サトコ
「それは···やっぱり班長のことは知っておいた方がいいので」
(津軽さんの許可がないうちは、他班に情報は洩らせない)
サトコ
「でも百瀬さんは、なかなか教えてくれなくて」
百瀬尊
「知る必要ねぇ」
ちょうど食事を終えた百瀬さんのスマホが震える。
百瀬尊
「···はい。大丈夫ですが」
「···は?」
(え、こっち見た?)
百瀬さんに嫌そうな顔で見られる。
(な、なに?私のこと話してる?···誰と?)
百瀬尊
「···そういうわけじゃ···はい、行きます」
私が津軽さんから激マズ菓子を放り込まれた時のような顔をしている。
百瀬尊
「お前、今夜空けとけ」
サトコ
「今夜?仕事ですか?」
百瀬尊
「行けばわかる。ノアも引っ張ってこれたら来い」
サトコ
「ノアも?···危険はないんですよね?」
百瀬尊
「仕事じゃねぇよ。集合場所は、あとで連絡する」
サトコ
「···わかりました」
(詳しいことがわからないのは気になるけど···百瀬さんがいるなら大丈夫だよね)
とりあえず夕方ノアに連絡し、二つ返事でOKをもらったのだった。
百瀬さんの指定場所は、繁華街にある居酒屋だった。
(最近の居酒屋は家族連れ歓迎とはいえ···)
なぜノアと?···と思いながら、入れば···
佐内ミカド
「ノアちゃんが来たぞーーーー!!」
ノア
「ノア、来たよ~」
津軽
「なんで···」
サトコ
「津軽さん···と、フレンズの皆さん!」
居酒屋の個室座敷に皆さん詰まっていて、津軽さんは驚き、百瀬さんは気まずそうな顔をしていた。
山本コースケ
「久しぶりだね。ウサちゃん」
サトコ
「どうも···お邪魔していいんでしょうか?」
高野マツオ
「ウサちゃん呼んだのは、俺たちだよ~」
津軽
「なんで呼んでんの」
「つーか、お前らウサ呼びすんな」
阿佐ヶ谷タクヤ
「そりゃ、たかおみを体育座りーーー」
津軽
「タクヤ、もっと食べないと大きくなれないよ?」
阿佐ヶ谷タクヤ
「ぐっ」
津軽さんが阿佐ヶ谷さんの口にスティックキュウリを束で突っ込んだ。
サトコ
「今、体育って···?」
津軽
「いいから、ウサはこっちおいで」
佐内ミカド
「ノアちゃんは、こっち」
百瀬尊
「ノアは俺が」
佐内ミカド
「ひとりじめすんなよ~」
ノア
「ノア、モモがいい」
佐内ミカド
「なんでだよ、ノアちゃん~」
ノア
「だってミカド、なんかクサイんだもん」
佐内ミカド
「なっ」
高野マツオ
「ぶおっふぉ!加齢臭!」
阿佐ヶ谷タクヤ
「だから整髪料つけすぎだって言ってんだろ」
私が津軽さんの横の席に、ノアは百瀬さんの膝の上に収まった。
山本コースケ
「ね、『あなしね』の撮影って、どこまで進んでるの?」
ノア
「えーっとね···」
高野マツオ
「ネタバレ禁止!あーあー、何も聞こえない!」
サトコ
「皆さん、『あなしね』観てるんですか?」
佐内ミカド
「毎週、滝涙だぜ···」
阿佐ヶ谷タクヤ
「タイトルコールが最高に盛り上がるよな~」
サトコ
「ですよね、ですよね!」
(正しい理解者に、ついに出会えた!)
山本コースケ
「ウサちゃんも好きなの?」
サトコ
「大好きです!毎週、欠かさず観てます!」
山本コースケ
「『あなしね』仲間が増えて嬉しいな~」
ニコッと笑った山本さんが片膝をついて腰を上げると、私の肩に手を置いた。
そしてそのまま壁にドンッと押し付けられる。
(こ、この体勢は先々週の『あなしね』の!)
山本コースケ
「あなたのためなら、死ねる···」
サトコ
「!」
(わーーー···!ドラマの再現だ···!)
『あなしね』の世界に入り込んでいることもあり、思わずほぅっと息をつくと。
津軽
「なっっにやってんだよ!」
山本コースケ
「ぐっ···!」
山本さんの身体が横からの蹴りで跳んで行った。
サトコ
「ちょ、津軽さん!?」
山本コースケ
「優しく背中を撫でてやった恩、忘れやがって···」
津軽
「ウサ、さっきのは忘れなよ」
サトコ
「は、はあ···」
ノア
「んむむ···」
百瀬尊
「ノア、焼き鳥のタレ、口にベッタリつけんな」
私は津軽さんに記憶喪失のツボを押され(どこ?)
ノアは百瀬さんに世話を焼かれ···
『あなしね』の話で大賑わいな夜は過ぎて行った。
(SNSの感想アカで、山本さんと繋がってしまった···)
時々感想を言い合っていたアカウントが山本さんだと判明し、津軽さんには内緒でコッソリと。
津軽
「······」
サトコ
「あの···」
帰りのタクシーの中で、酔ったフリの津軽さんを膝枕している。
<選択してください>
サトコ
「眠いんですか?」
津軽
「別に」
サトコ
「じゃあ、起きても···」
肩を軽く揺すってみるも、身体を起こす気配もない。
というか、頑なに動かない···という感じがする。
サトコ
「···怒ってます?」
津軽
「怒ってない」
サトコ
「······」
(では、この膝枕は···?)
(うーん···怒ってたら、これはないか。甘えてる···?でも、理由がない···)
サトコ
「あの、起きた方が···」
津軽
「誰も気にしないって」
サトコ
「かもしれないですけど」
運転手さんの反応が気になったけれど、この手のことは慣れているのか全く気にされていない。
(うーん、どうしたんだろう?)
(···面白くない、とかかな)
(せっかく気心の知れた友達といるところに、急にお邪魔しちゃったわけだし)
(津軽さんの少ない息抜きの時間を奪っちゃったのかも)
『あなしね』で盛り上がりすぎたことも反省しながら、軽くその髪を撫でていると。
ころっと顔を上に向けた津軽さんに、強い目で見つめられた。
(ん?)
津軽
「···俺のどこが好きなの?」
サトコ
「!?!?」
(まだ『好き』って、はっきり言ったこともないんですが!?)
矛盾した問いに、唇が急速に乾いていった···
to be continued