津軽さんとフレンズの皆さんとの飲み会に参加した帰り。
津軽
「···俺のどこが好きなの?」
膝枕状態で、突然問われた。
(どこがって···)
そもそも、まだ『好き』って言葉自体、お互い言ってないのに。
それでも今、ここで『どこが好きなの?』と訊かれたる意味はーー
(私、何かした···?)
津軽
「······」
どのくらいかもわからない沈黙に···
津軽
『なに、真面目な顔しちゃってんの』
ーーと茶化してくれることを期待していなかったと言えば嘘になる。
だけど、その目が逸らされることはなく、いつものように濁されることもない。
サトコ
「······」
津軽
「······」
(どこが好きか···答えればいいの?そういう問題?)
(もっと何か、深い···えーっと···私の気持ちが伝わって、ない···?)
(恋人って肩書、ないけど。それっぽい雰囲気すら、全然できてないから···)
思い出す、昨日のデート。
カップルに見えないと周りからは言われ、別れ際は仕事だから···と素っ気ないもので。
(私の態度が···)
サトコ
「あ、の···」
津軽
「···ここでいいです」
サトコ
「!」
まだ家まで遠いのに、車が停められた。
清算した津軽さんに手を軽くつかまれる。
津軽
「散歩しよ」
後ろ姿しか見えない状態でタクシーを降ろされた。
長い距離は走っていなかったので、周囲はまだネオンの灯る繁華街の外れだった。
指先だけ緩く握られるというか絡められたまま、津軽さんは半歩先を歩いていく。
その表情は周囲の暗さと、彼の重めの髪に隠れて分からなかった。
(···何か、間違ったのかも)
(傷つけた?昨日のデートで素っ気なく帰ったのも···)
津軽
「···答えられない?」
サトコ
「···っ」
(この答えは失敗できない···失敗したら、きっと終わっちゃう)
(津軽さんを傷つけて···)
彼が望む答えは、何なのか。
違う···答え、そのものの話じゃない。
津軽さんは何を私に望んでいるのかーーそれが、わからない。
(わからないから···ダメ、なのかも)
考えれば考えるほど、間違った答えを口にしてしまいそうで喉が震える。
怖いーーどうしよう。
サトコ
「わ、たし···」
張り付いたひどい声しか出なくて、唾を飲み込むとパッと手が離された。
(あ···っ)
反射的に追いかけようとして、つんのめる。
津軽さんの腕が、それを受け止めてくれて···顔を上げればーー
津軽
「······」
津軽さんは微笑んでいた。
苦笑にも似ていて、どこかやるせなさの滲む顔で。
(どうして、そんな顔···私がさせてるの···)
胸が痛い。
早く何か言わなきゃいけないのに、気ばかりが急いで言葉が見つからない。
津軽
「ま、そだよね」
「俺、ダサいとこしか見せてないから」
サトコ
「そっ···!そんなことないです!」
津軽さんの声が耳に届いた瞬間、被せる勢いで言葉が飛び出していた。
口がカラカラで声が引きつれたが、そんなことを気にしている余裕はない。
(まさか、ダサいから私が好きじゃない、とか···っ)
そんな勘違いをさせてしまってたら、自分が許せない。
サトコ
「津軽さんは格好いいです!」
「苦手なことも努力して克服するし、仕事でもさり気なくフォローしてくれるし!」
「何より、警視である津軽さんは手が届かないくらい雲の上の存在で···っ」
「背中に触れるのも、時々躊躇ってしまうくらい···」
津軽
「···」
見上げてひと息に続ける私に、その目が見張られる。
津軽さんの言葉も聞かなきゃいけない···わかってるのに、まだ言葉は止まらない。
サトコ
「私···何かまずいことしちゃったんですよね?」
「肩書きがないからって、逃げてるみたいに···ちゃんと、できてないからですよね···」
「津軽さんが私のこと···好きだと、思ってくれた、のに···」
津軽
「いや、サトコのせいとかじゃなくて···」
「どっちかっていうと、俺が、ちゃんとできてないのに···」
めずらしく津軽さんが面食らった顔で視線を、さまよわせた。
津軽
「あー、もう!こんなかよ···っ」
歯がゆいというように顔を背けて唇を噛んだ津軽さんに、
次の瞬間、頭を掴まれぐっと引き寄せられた。
その胸に顔を埋めるかたちになる。
津軽
「···そんなふうに思わせてごめん」
苛立ちが覗いたさっきのものとは打って変わって、静かで落ち着いた声が降ってくる。
伝わる鼓動がやけに速く、服越しなのに体温も熱い。
サトコ
「津軽、さん···?」
津軽
「···好きな子と両想いって初めてだったから···あんまり余裕ないのかな」
「···言い訳もダサいね、俺」
きっと苦笑で告げてくる彼に、額を擦りつける勢いで首を振る。
(顔はいいって···外見には、すごく自身のある人なのに)
(この人は···)
自分の命を軽視してしまうように。
自己肯定感が恐ろしく低いのでは···
(好きなのに)
(カラッと笑う声も、私をからかって笑う声だって)
(本当に楽しいときに、息を洩らすように笑う声だって···全部···)
(私に向けてくれる声は全部、全部好きなのに···)
(言うなら、今しかない!)
肩書きがないから、とか。
職場のしがらみとか、それは一旦横に置いて。
この人が不安になるなら、『好き』って言ってしまいたい。
サトコ
「······」
見上げて、口を開けば···思ったよりも近い距離に彼の顔があった。
(え···)
津軽
「······」
サトコ
「······」
好きーー動かした唇は音にならなくて。
その間に吐息が触れる距離まで近づいて···
(キス···)
津軽
「······」
サトコ
「······」
視線は逸らさず、互いの瞳に相手が映っている。
まるで瞳の中の自分を見るように、固まって、時間が止まって。
重なる、唇ーー
(いいの?好きって言う前にキス···)
<選択してください>
(津軽さんがしたいなら···拒否したら、もっと不安にさせるかも···)
目をつむろうとして、閉じることができなかった。
違うーーと、心が訴えてる。
(カウントできるキスは大事なもの···大切なこと伝えてないのに···!)
(どうしたらいいのか、わからない!)
(どうにでもなれ!)
ぎゅっと目を固く閉じる。
(これは違う···!)
曖昧にしたら、また不安になる···お互いに。
サトコ
「あの···っ」
胸の上に置いた手に力を込めると、津軽さんが弾けたように瞬きをした。
津軽
「ち···がうよな。キスは」
サトコ
「は、はい!違うと思います!」
津軽
「···だよな。違うよな···」
「はー···」
サトコ
「べ、別に嫌とか、じゃなくっ」
津軽
「うん、わかってる」
サトコ
「は、はい···」
(今、キスは違う!それは共通認識!)
(そんなにすれ違って···ない?)
(好きって気持ち、伝わってる?でも···やっぱり、ちゃんと···)
サトコ
「聞いてください」
津軽
「え···」
津軽さんのワイシャツをぎゅっとつかんでしまう。
きっとシワになってるから、あとで謝らないといけない。
サトコ
「私、津軽さんのこと···」
津軽
「え、あ···っ」
サトコ
「す···」
津軽さんの口がうろたえるように動いたけれど、それに怯まず告げようと思った、その時。
視界に入った、華奢な少女の姿。
サトコ
「クソビッチシトミ!」
津軽
「はあ!?」
サトコ
「あ、あそこ!歩いてるの、クソビッチシトミって言われてた女の子です!」
腕を掴んで、歩いてる方に身体を向けさせる。
彼女は青白い顔で、随分と年の離れた男に連れられていた。
サトコ
「彼女はまだ未成年ですよ」
津軽
「···ホテルに連れ込む気満々だね」
サトコ
「止めます!」
ホテルに連れ込まれる寸前で、2人の前に立ちはだかり警察手帳を見せる。
サトコ
「警察です」
???
「!」
男性
「!」
サトコ
「お話聞かせていただけますか?彼女、未成年ですよね」
男性
「あ、いや、違うんだ!これはちょっとした手違いで···ははっ」
男は慌てて逃げていく。
追うかどうか津軽さんに目で尋ねると、小さく首を振られた。
???
「···っ」
女の子は怯えるように小刻みに震えている。
???
「私も捕まえてください···」
サトコ
「え···」
彼女が細い手首を合わせて差し出してくる。
サトコ
「あなたはまだ未成年だし···だよね?」
???
「···はい」
サトコ
「補導することはできるけど、怖い思いをしたんでしょう?」
「もう、こんなことしないよね?」
???
「······」
彼女は答えずにうつむいたままだ。
(大丈夫かな···警察で一旦保護した方がいい?家庭への連絡は···)
先日のイジメの件も考えると、下手をするとこの子をますます追い詰めてしまいそうだ。
どうすべきか津軽さんを振り返ると、彼はこちらに歩いてきた。
津軽
「···シトミちゃん、だっけ」
シトミ
「···はい」
(あ、クソビッチシトミって、そういう···!)
(シトミちゃん···か。めずらしい名前だな)
津軽
「あのオジサンの情報持ってる?名前とか、勤め先とか」
シトミ
「SNSで知り合っただけなので···」
個人情報は何も知らないと、消え入りそうな声で答える。
(こんなに怯える子が、わざわざSNSで相手を···)
津軽
「じゃあ、何か思い出したら、連絡してくれる?」
シトミ
「···そっちのお姉さんに、なら···」
(同性の方が安心できるよね)
シトミちゃんの視線がちらっと上がって、私は彼女と連絡先を交換する。
それからすぐに逃げ出す、小さな背中。
(大丈夫かな···)
津軽
「···帰ろっか」
サトコ
「え、あ···はい。そうですね」
(津軽さんとの話も途中だけど···)
再開できる空気でもなく、私たちは再びタクシーを捕まえた。
to be continued