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本編④(前編) 津軽5話

津軽さんとタクシーで帰宅した翌日。
茶円の手下に関する情報を集め、まとめたものを津軽さんに提出した後。
昨日、シトミちゃんから受け取った連絡先のメモをデスクに置く。

(シトミちゃんは、どうしてあんなことを···)

ホテルに連れ込まれそうになってた彼女は、ひどく青い顔で怯えていた。
SNSで知り合った相手だと言っていたが、自分で望んでやっていることとは思えない。

(イジメもあるみたいだし、もしかして、それで無理やり···?)

売春させて、お金を巻き上げるという、すでに犯罪行為のイジメもある。
気になるのは、『私も捕まえてください』という言葉。

(シトミちゃんのSOSだった?)
(手遅れになる前に、こっちから連絡した方がいいのかな)

メモを前に悩んでいると、百瀬さんがデスクにやってくる。

百瀬尊
「会議だ」

サトコ
「会議···予定入ってましたっけ!?」

百瀬尊
「突発だ。ある筋から情報が入った」

(進展があったんだ!)

百瀬さんの後を追うように、会議室に向かった。

会議室に集められたのは、津軽班の面々。

津軽
『三邑会』と茶円に関する情報が、ある程度集まって固まった

配られた資料には『三邑会』と老人ホーム『礼愛会』のつながりについて詳細に書かれている。

津軽
百瀬、氷川
2人には『礼愛会』に潜入捜査に入ってもらう

百瀬・サトコ
「了解です」

津軽
他のメンバーは『三邑会』の調査と、潜入捜査のバックアップで

全員
『はい!』

会議が終わり、津軽さんは私と百瀬さんを会議室に残した。

津軽
モモはこれから、ひと足先に『礼愛会』に行って様子を見てきて
その間、ウサはここで資料を徹底的に頭に叩き込む
本格的な捜査は来週からね

サトコ
「わかりました」

百瀬
「すぐに行ってきます」

津軽
ん、これがモモの施設用の入館ID

百瀬さんは潜入用の道具一式を津軽さんから受け取ると、会議室を出ていく。

津軽
今日はもうこの会議室使わないから、ここで資料見てていいよ

サトコ
「助かります」

ダンボールにある資料はそれなりの量で、運ばずに作業ができるのは有り難い。

(まずは『礼愛会』の資料から···)

老人ホーム施設の運営方法、入居者層、母体となる運営会社。
基礎的な情報から頭に入れようと資料を見ていると。

津軽
······

サトコ
「···津軽さん?」

なぜか部屋から出ず、津軽さんは腕を組んで私を見ていた。

サトコ
「さぼったりはしませんが···」

津軽
昨日の夜、何考えてた?

サトコ
「昨日の夜···シトミちゃんのことです。頭から離れなくて···」

津軽
······

座る私の前に立つと屈んで私の頬を潰してくる。

津軽
ふりだしに戻す?

サトコ
「え···あ···」

浮かんでくるのは、夜のネオンを映した、その瞳。
キスは違う···でもーー

サトコ
「私、津軽さんのこと···」
「す···」

(『好き』って言いかけたまま···)

告白直前だったことを思い出せば、気恥ずかしいことこの上ない。
だけどーー

(ふりだしには戻したくない)
(もうあんな不安な顔をさせたくない)

サトコ
「···今夜、私の部屋に来ます?」

津軽
え、あ···うん···

一瞬、その目が泳いでいた。
先の展開はきっとわかっているだろう。

(告白するってわかってて部屋に呼ぶって···私の心臓、耐えられる?)

津軽
じゃ、夜ね

サトコ
「は、はい」

約束を取り付けると、さっと会議室を出ていく。
落ちる静寂に、私はひとり心臓を速くさせる。

(今夜···いや、今は考えるのはやめよう!)
(残業にならないためにも仕事に集中!)

津軽さんのこと、シトミちゃんのこと。
気になることは多くあるけれど、今は気持ちを切り替えて資料の読み込みに没頭する。
公安刑事として使えなければ···
恋に浮かれる場合でも、人の心配をしている場合でもないのだから。

迎えた夜の9時前。
集中したこともあり、多少定時を過ぎてしまったけれど、なんとか8時には家に帰れた。

サトコ
「津軽さん、始まりますよ!」

津軽
はいはい

テーブルの上には宅配ピザ。
そしてテレビに映るのは、『あなたのためなら死ねる』のタイトルと主題歌。

サトコ
「今週も生で観られてよかった!仕事頑張ってよかった!」

津軽
お仕事、必死に頑張ってたけどさ。それはさー···
そんなことだろうと思ったけどねー···

サトコ
「あ、ノアが出てきましたよ!」

津軽
あいつに子役の才能があるとはねぇ
···まあ、それがノアのやりたいことにつながるならいいけど

頬杖を突いてピザを食べながら、画面を観る横顔をちらっと窺う。

(ノアのこと、気に掛けてるんだよね)
(どこか自分を重ねてるところもあるのかな)

津軽さんとノアの会話を聞いていて、そんなふうに思う。

ノア
『僕、あなたのためなら死ねる!』

サトコ
「ノアの決め台詞!」

津軽
泣く演技上手いじゃん
でも俺、ウサのために死ねないな~

<選択してください>

はいはい。ですよね

サトコ
「はいはい。ですよね」

なんだかんだ言いながらテレビを観ている津軽さんに対して、集中できてないのは私の方だった。

(そんなこと言いながら、簡単に他人のために命投げ出しちゃいそうですけどね···)

私のためですよ?

サトコ
「···私のためですよ?」

津軽
公安刑事が命投げ出していいのは国のためだけでしょ~

サトコ
「く、突然の正論を···」

(まあ確かに···仕事のために命を投げ出しちゃいそうな心配は、ずっとあるかも)

あなたのためなら死ねる!

サトコ
「私は···あなたのためなら死ねる!」

津軽
それ、言いたかっただけでしょ

サトコ
「あ、はい」

(···って言っても、危なっかしいのは津軽さんの方ですよ)
(必要があれば、自分の命、簡単に投げ出しちゃいそうで)

手を伸ばしても届かずに、するっと抜けて行ってしまいそうな。
危うさと、それにつきまとう不安は、まだ私の中に残ってる。

(伝えられる時に伝えておかないと···)

夢中だった『あなしね』が右から左に流れていく中。
私は覚悟を決めた。

サトコ
「······」
「···好きです」

津軽
ほんと君って『あなしね』好きだよね~

サトコ
「!」

(ちっ、ちっがーう!)

サトコ
「つがつがつが······」

津軽
え?壊れた?

サトコ
「······」
「···津軽さんが、好きです」

津軽
!?

こっちを向いた津軽さんが、ずるっと頬杖から落っこちた。
その目は見開かれ、視線は私に固定されている。

サトコ
「どこが好きなのかとか、ダサいところしか見せてないとか···」
「そんなふうに思わせちゃうなら、ちゃんと伝えたいです」

津軽
サトコ···

私の名前を呼ぶ声は張り付いて掠れている。

サトコ
「前は···これ以上は浮かれちゃうから···って、言いましたけど」
「その、浮かれる心の準備も、そろそろできたと言いますか···」

津軽
···もう1回

サトコ
「はい?」

津軽
もう1回言って

サトコ
「ですから、浮かれる心の準備も···」

津軽
もっと前

サトコ
「え···津軽さんが···好き、です?」

ゴンッと鈍い音がした。
津軽さんがそのおでこをテーブルに打ち付けて突っ伏している。

サトコ
「だ、大丈夫ですか!?」

津軽
······

サトコ
「別にドラマの雰囲気に流されたとかじゃないですよ?」
「今日の『あなしね』、ろくに頭に入らないくらい緊張してて···録画で観るからいいんですが!」
「···じゃなくて、私、本当に津軽さんが···!」

津軽
君さ

テーブルに頬を押し付けた体勢で、こちらに顔が向けられた。
その瞳は、どこが恨みがましい。

(な、なんで!?)

津軽
知ってる?俺、君に手出せないんだけど

サトコ
「え···」

津軽
部下だし。銀さんには何も言ってないし

サトコ
「···で、ですよね。やっぱり津軽さんにとって銀さんは絶対ですもんね···」

津軽
つーか、あの人には俺のせいで、たくさん頭下げさせちゃったし
不義理なことはできない

サトコ
「銀さんって、津軽さんのお父さんみたいな存在なんですね」

津軽
······

私を見ていた目が小さく見開かれ、何度か唇が動いた。

(ん?どうしたんだろ)
(分かってるなら、不義理をさせるようなこと言うなって···?)

サトコ
「タイミングが悪かったなら、すみません」
「今のはなかったことに···」

津軽
できる訳ねぇだろ

サトコ
「!」

津軽
······
·········
······俺も好き

サトコ
「!!」

(す、好き···っ、津軽さんが、私を好き···!)
(わかった気でいたけど···!言葉の破壊力よ···!!)

今度は私がぼふっとギョウザクッションにおでこを打ち付ける番だった。

津軽
手、出せないけど

サトコ
「は、はい···」

津軽
······

サトコ
「······」

お互い真っ赤な顔のままでいれば、いつの間にか『あなしね』は終わっていた。
天気予報と今週の占いが流れている。

テレビ
『今週のさそり座は落下が吉です!』

サトコ
「ららら落下が吉だそうですよ···」

津軽
話題の逸らし方が下手すぎ

サトコ
「う···」

『好き』って言葉が耳の奥でこだまし続ける。
だけど触れることも叶わない夜は···もどかしく、甘酸っぱくーー
ーーひどく、長い。

to be continued



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