津軽さんと『好き』だと言葉にし伝え合った、週明け。
私は百瀬さんと2人で清掃係に扮し『礼愛会』に潜入していた。
サトコ
「最近、私たちニコイチですよね」
百瀬尊
「言っていい冗談と悪い冗談があるって知らねぇのか」
サトコ
「ちょ、モップでお尻叩こうとしないでください!」
(前だったら、舌打ちか無言と共にモップが飛んできてたから大きな進歩だけれども!)
百瀬尊
「俺は東棟をやる。お前は西棟だ。何か見つけたら連絡しろ」
サトコ
「はい」
二手に分かれて聞き込みをすることになり、まずはレクリエーション室を兼ねているホールに入る。
老婦人
「あら···」
車イスに座ってテーブルに向かっていた女性の膝から、折り紙がはらりと落ちた。
サトコ
「どうぞ」
老婦人
「あらあら、ありがとう。あなた···新しい方?」
サトコ
「はい。今日から、ここで働くことになりました。よろしくお願いします」
折り紙を拾って立ち上がると、テーブルには折り紙で作られた立体的な花があった。
サトコ
「すごい···これ、作られんたんですか?」
老婦人
「ええ。ここにいると、時間がたくさんあるから。孫に贈りたくて」
サトコ
「お孫さん、きっと喜びますよ。この花、スミレですか?」
老婦人
「そうなの。孫娘の名前がーー」
おばあちゃんが目を細めて折り紙のスミレを手に取った時。
女性スタッフ
「シトミおばあちゃん。そろそろ、お散歩に出ませんか?」
シトミ
「あら、それもいいわねぇ。今日は良いお天気だし」
サトコ
「シトミさん···?」
シトミ
「ふふ、めずらしい名前でしょう?蔀薔子(しとみしょうこ)。よろしくね」
サトコ
「はい。お散歩、気を付けていってらしてください」
車イスで外に向かう蔀おばあちゃんを見送る。
(シトミ···確かにめずらしい苗字)
(シトミちゃんと···もしかして、関係ある?)
なにか、説明できないような嫌な予感する。
私は倉庫に隠れると、百瀬さんに連絡を入れた。
初日の潜入捜査後、夕方になって百瀬さんが茶円を取調室に連れて来た。
私は前回と同じように、津軽さんと共にミラー越しに様子を見ている。
百瀬尊
「蔀純恋(しとみ すみれ)、17歳。知ってるだろう」
茶円
「······」
百瀬尊
「祖母、蔀薔子と2人降らしだったが、祖母は『礼愛会』に入居中」
「『礼愛会』の裏には、お前が所属する『三邑会』がついていることは調べがついている」
茶円
「老人ホームという社会貢献で罰せられるとは、知りませんでしたねぇ」
百瀬尊
「孫の蔀純恋は、お前が運営している女子高生ビジネス『Ti-love』のメンバーだ」
百瀬さんがデスクの上に『Ti-love』の名簿を置く。
(純恋ちゃんが女子高生ビジネスのメンバーだったなんて···)
茶円
「『Ti-love』?初耳ですね」
百瀬尊
「お前が蔀純恋といる写真は押さえてある」
「他の証拠が固まるのも時間の問題だ。『Ti-love』の目的は何だ?」
「ただの資金集めじゃねぇんだろ」
茶円
「······」
百瀬尊
「······」
茶円が黙り込んだ。
その口元には薄い笑みが浮かんでいて、百瀬さんの睨みにも微動だにしない。
(相変わらず、気味が悪い···)
百瀬尊
「お前が口を割らなくても、女が簡単に口を割る」
茶円
「でしょうねぇ」
蛇のような印象の男だ。
ニヤリと口角が上げられ、こちらに視線が流される。
茶円
「女っていうのは本当に思い描いたように動いてくれる」
「そこが可愛くてたまりません」
(まるで、私を見てるみたいな目···)
ぞわっと肌が粟立った。
サトコ
「······」
津軽
「大丈夫?」
サトコ
「···はい。慣れます」
津軽
「こればっかりは場数だからね」
茶円の視線がこちらに向けられても、今回は津軽さんの横に立ち続けていた。
『三邑会』、『礼愛会』、『Ti-love』、公安監視対象の宗教法人団体ーー
茶円を中心に金が動いているのは間違いないが、犯罪行為を裏付ける物証が出ない。
茶円の自白も難しいと、夕方の会議で銀さんへの報告がされる。
銀
「茶円は何度も刑務所を出入りしているが、自供したことはない」
「引き続き、物証を探せ。そして、情報は蔀純恋から引き出せ」
「蔀純恋の居場所は?」
津軽
「現在、行方がつかめていません」
(え···そうなの?)
純恋ちゃんのことは気になっていたが、こちらから連絡はできていなかった。
行方不明という言葉に頬が強張る。
百瀬尊
「学校にも行かず、自宅の電気メーターは何日も動いていません」
津軽
「『Ti-love』の待機部屋に使われているマンションがいくつかあるので」
「そこの捜索から始めます」
銀
「『Ti-love』を洗え。『三邑会』の下っ端からも目を離すな」
「茶円を拘留する理由を何でもいいから探せ」
「今はまだ、外に出すな」
全員
「はい!」
会議が終わり、片付けは私の役目。
皆さんが出ていく中で、使った資料や機材をまとめていく。
(老人ホームの資金が暴力団に流れている···)
(そこに女子高生ビジネスまで関わってくるとは思わなかった)
(だけど、公安の仕事を考えたら『三邑会』と『礼愛会』の関係を深堀る方が定石のような)
(1番注視したいのは、監視対象の宗教法人団体のはず···)
(『Ti-love』を洗っても···情報源といっても未成年だと証言が弱いし)
(売春は普段扱うような案件じゃない···)
つながりがあるのはわかるが、銀室のやりかたとしては回り道···のような気がする。
(新人だから私が知らないだけで、こういう捜査もあるのかな)
(それか茶円が、それだけ警戒すべき相手ってこと···)
銀さんは茶円の拘留にも、こだわっていた。
何か得たいものがあるのだろう。
津軽
「氷川」
サトコ
「はい」
勝手に考えを巡らせているところに声をかけられ、はっとする。
サトコ
「すみません。すぐに片づけます」
津軽
「じゃなくて。今回の捜査、あんまり深入りしないように」
サトコ
「深入り···ですか」
津軽
「優しいおばあちゃんに、犯罪に巻き込まれてる可哀想な不安定な孫」
「お人好しの君に付け込むような状況だって自覚しておきな」
サトコ
「···はい」
(さすがというか···津軽さんの言う通り)
(私はすでにかなり純恋ちゃんのことを気にしちゃってる)
いじめられていたこと、ホテルの前で怯えていたこと。
そんな彼女を大切に思っているおばあちゃんの存在···
一歩間違えれば、捜査に主観が入る。
サトコ
「気を付けます」
津軽
「ん。じゃ、あとでね」
残っていたのは私たちだけで、津軽さんが先に会議室を出ていく。
サトコ
「ふう···」
(当分は緊張が続きそう。気を引き締めていかないと)
『好き』と伝え合ったのは、数日前のこと。
だけど今はその甘酸っぱい時間を味わう余裕もなさそうだった。
最後に会議室を出ると、廊下の先に銀さんの背中が見えた。
···と思ったら、その背中がぐらっと揺れる。
サトコ
「!?」
<選択してください>
サトコ
「大丈夫ですか!?」
反射的に駆け寄り、その大きな身体を支えた。
銀
「···氷川」
サトコ
「すみません。後ろにいたもので」
銀
「······」
「······」
(津軽さんは···いない!)
目視できる範囲には誰もいなくて、次の瞬間には走って銀さんの大きな身体を支えた。
銀
「···っ」
サトコ
「大丈夫ですか!?」
銀
「···ああ」
「······」
(こういう時は119番···じゃない!)
サトコ
「銀室長!」
銀
「···っ」
全力で走ると、何とかその大柄な身体を支えることができた。
銀
「······」
銀さんは近くの壁に手をつく。
サトコ
「どこか、お加減が···津軽さんを呼びますか?」
銀
「問題ない。ただの立ちくらみだ」
そう言うと、銀さんは数秒目を閉じて深呼吸をした。
目を開けると、真っ直ぐに私を見据えてくる。
銀
「ついて来い」
サトコ
「!」
(な、何かまずいことをしてしまった!?)
下っ端なのに出過ぎたことを···と後悔しても遅い。
逃げ場はない。
to be continued