バイクのヘッドライトに溶ける、金色の髪。
いつもは重く見える彼の髪が今日に限っては軽やかに風に揺れている。
サトコ
「金の···津軽さん···」
津軽
「なに、そのお菓子のオマケみたいな呼び方」
「ほら、メット被って」
ひょいっとヘルメットが投げられ、呆然としたまま何とか受け取る。
百瀬尊
「注目!!」
エンジン音をかき消すほどの百瀬さんの怒声に近い声が埠頭に響き渡った。
声の張りに、肌がビリッとする。
津軽
「ターゲットの写真は、それぞれのスマホに送ってある」
「捜索範囲は新宿から池袋までの一帯」
「手がかりになるような情報でもいい。何か見つけたら、俺に連絡」
全員
『ウス!!』
サトコ
「······」
(私はヤンキー映画でも観てる···?)
金髪津軽さんが別格の存在だというのは周囲の反応でわかる。
警視として指揮を執る姿は何度も観てきたが、これはーー
(···す、すご······)
視線が釘付けになるとは、まさにこのこと。
ヘルメットをかぶることもできずに逆光の彼を見つめ続けていれば。
百瀬尊
「減る」
サトコ
「は!?」
視線を遮るように、百瀬さんが私の前に立った。
サトコ
「減るって···」
百瀬尊
「見たら減る」
サトコ
「減りませんよ!?」
百瀬尊
「減るっつってんだろ!」
噛みつくように返された私は···ささっとよこにスライドし、再び金髪を見る。
サトコ
「ほら、減らな···っ、お尻蹴ろうとしないでください!」
津軽
「2人とも、いつまでじゃれ合ってんの」
指示を出し終えた津軽さんがバイクを降りてやって来た。
目の前に来ると、その髪色のインパクトはさらに大きい。
津軽
「ウサは金髪の方が好き?」
<選択してください>
(金髪も格好いいけど···こっちの方が好きかって言われたら···)
サトコ
「どっちも好きです。津軽さんだから」
津軽
「!」
(あ!ここで好きって言ったらまずかった!?)
(百瀬さんも聞いてるわけだし···)
サトコ
「か、髪ですよ!どっちの髪色もお似合いです!」
津軽
「顔が良ければ、何でも似合うからね」
慌てて付け足す私に、津軽さんはいつもの余裕の笑みを浮かべた。」
サトコ
「染めるの大変だったんじゃ···」
津軽
「気にするの、そこ?」
サトコ
「津軽さん、毛量多いので」
津軽
「そこは、津軽さんなら何でも格好いい、だろ」
不正解だというように、ぶにゅっと鼻の頭を潰された。
サトコ
「頭皮を痛めると、将来ハゲやすいそうですよ」
津軽
「は?」
百瀬尊
「てめぇ!」
サトコ
「ちょっ!?」
百瀬さんの肘鉄が脇腹に決まる。
サトコ
「ぐ···」
百瀬尊
「津軽さんみたいに髪の量が多い人はなぁ!日頃から気にしてんだよ!」
津軽
「してないから」
百瀬尊
「え···」
笑顔の津軽さんを前に百瀬さんが固まるという、めずらしい現象が起きた。
サトコ
「ところで、そもそも何で金髪に?」
津軽
「俺は『三邑会』の連中に顔バレてるから、変装~」
サトコ
「私は···大丈夫なんですよね」
津軽
「つけヒゲつける?」
サトコ
「な、なんで!?」
津軽
「ウサがつけヒゲしたら、注目がそっちに集まって楽に捜索できるかも」
サトコ
「目立つだけですよ···」
ヘッドライトを浴びていた時の尖った空気が和らぎ、すっかりいつもの津軽さんだ。
(どっちが好きか···は、ともかく。こっちの方が、ホッとする)
津軽
「ウサはメット被って、俺の後ろに乗って。モモも行くよ」
サトコ
「はい!」
百瀬尊
「はい」
埠頭が集合場所になったのは、バイクが集うからだったとわかる。
最後、残った津軽さんは私を載せると、思い切りそのエンジンを噴かせた。
前回の件もあり、私は津軽さんと共に新宿のホテル街一帯を捜索していた。
サトコ
「今日は津軽さんなんですね」
津軽
「ん?」
サトコ
「百瀬さんと組むかと···」
津軽
「俺じゃ不服?」
サトコ
「いえ!班長とご一緒できて光栄です」
津軽
「よろしい」
「···でさ、ウサって、茶円と知り合い?」
サトコ
「いえ、まさか···取調室で見たのが初めてです」
「あの顔は一度見れば忘れません」
津軽
「だよね」
「······」
道の端に寄り、その足が止められた。
津軽
「武器持ってる?」
サトコ
「基本的な装備は。警棒とスタンガン、38口径の拳銃を携帯しています」
津軽
「ウサはまだ9mmのM3913は持ってないんだっけ」
津軽さんの言う9mm口径は私が持つ銃より威力が強く、
組織犯罪対策局やテロ事件を扱う班に支給されるものだ。
津軽
「···もっとさりげなく使えるのも持っときな」
スカジャンのポケットを探った津軽さんが、ペンを取り出すと私の胸ポケットに差し込んだ。
サトコ
「ペン···?」
津軽
「こういうのも武器だよ。いざって時は太い血管狙って」
サトコ
「なるほど···よく海外の医療ドラマで気管切開の時に緊急でペンを刺す的な?」
津軽
「ウサってドラマ好きだね~」
「ま、似たようなもん。緊急回避の道具ね」
サトコ
「わかりました。必ず携帯するようにします」
(お守りみたい···なんて言ったら、笑われるよね)
そっと胸ポケットを押さえると、津軽さんに軽く肩を叩かれる。
津軽
「あそこにいる子たち」
サトコ
「あ···!」
(クソビッチシトミって言ってた子たち···!)
ゲームセンターの前でたむろしていたのは、純恋ちゃんをイジメていた女子生徒たちだった。
警察だと知られれば警戒されるだけなので、手帳は見せずに話を訊く方向になった。
私は前に彼女たちに会っているので、離れて様子を見ている。
(金髪であの格好なら、津軽さんは気付かれないかな)
津軽
「シトミちゃん探してるんだけど、知らない?」
女子高生A
「あんた、誰?」
女子高生B
「教える義理ないんだけど」
女子高生C
「ていうか、シトミに何の用?」
津軽
「ちょっと···ね。教えてよ」
女子高生たち
「!」
津軽さんが軽く首を傾げた瞬間、女子生徒たちが津軽さんの顔の圧に負けたのが分かった。
(小首を傾げるだけで、人の心を掌握するなんて···)
津軽
「ね?」
少しずつ、少しずつ···近づく距離に白旗が上がるのは早かった。
女子高生A
「え、えー···シトミなら、向こうの地下のゲーセンにいるんじゃない?」
女子高生B
「さ···さっき入ってくの見たし···行ってみれば?」
津軽
「ありがと」
金髪を揺らしながら、津軽さんが戻ってくる。
津軽
「地下のゲーセンだって」
サトコ
「こんな時間に···あの子たちも含めて補導されてないってことは」
「目を付けられない場所を、あらかじめ把握してるんでしょうね」
津軽
「バックに組がついてれば、それも簡単だから」
『三邑会』が裏にいるから、気を抜くなと言っているのだろう。
地下に続くゲーセンを見つけると、私は外で待機しているように命じられた。
サトコ
「単独は危険では···」
津軽
「営業中の店だ。客はまだいるし、今の俺なら顔も割れてない」
「このゲーセンの出入り口は、この会談だけ。誰か外に逃げてきたら、応援呼んで」
サトコ
「わかりました。津軽さんも応援が必要な時は、すぐに連絡してください」
津軽
「ん。気を付けて」
私が出入り口から死角になる場所に移動するのを見届けてから、津軽さんは階段を降りていく。
(シトミちゃんいるのかな。また誰かに連れ回されてたり···)
(中に暴力団関係者がいないといいけど···)
様子を窺いながら、いろいろな心配を抱えていると。
ポケットに入れていたスマホが震えた。
(この番号···?)
サトコ
「はい」
蔀純恋
『し、蔀です···っ。け、刑事さん、ですか···?』
サトコ
「純恋ちゃん!今、どこにいるの?」
蔀純恋
『ぐすっ···新宿の···』
純恋ちゃんが教えてくれたのは、地下のゲームセンターではなく、ここの近くのビル。
サトコ
「工事中のビル?···あ、わかった!今行くから、待ってて!」
津軽さんに電話するも地下のせいで繋がらず、とりあえず私は純恋ちゃんの保護に急ぐ。
(電話だと、この辺に···)
純恋ちゃんの姿を探すけれど、見当たらない。
周囲を見回した、その時。
ーーガシャンッ
頭上で工事現場の鉄骨の束が崩れるのが見えた。
to be continued