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本編④(前編) 津軽9話

あれはーーいつの話だっただろうか。
班長たちに訊いたことがあったーー『死にそうになったことはありますか?』と

加賀
一度死んでからが刑事の本番だろ

サトコ
「え」

石神
確かにな

津軽
こわー。死神班に配属されなくてよかったね
ていうか死神班と石神班って語感同じじゃない?

加賀
眼鏡にとっちゃ、こいつは死神だろうな

サトコ
「どういう意味ですか?」

石神
···危険な時に初めに犠牲になるのが眼鏡ということだ

津軽
秀樹くんは100本以上の眼鏡を葬ってきたんだよね···

サトコ
「100本!?100回以上死にかけたんですか?」

石神
そこまでではない。俺より加賀の方が死にかけてる

加賀
死にかける···なんつーことはねぇんだよ。死ぬか、生きてるかの2択だ

(死んでから、どうやって生き返るのでしょうか···)

津軽
あ、死ぬって思った時って、走馬灯が本当に流れるんだよね

石神
周りが全てスローモーションに見える

加賀
死ぬって、わかる。妙に客観的にな

頭上で崩れ、振ってくる鉄骨の束。

(スローモーションで見える···死ぬってわかる···)
(ああ、走馬灯が···ん?)

津軽
ウサ

浮かんできたのは、なぜか夕陽に溶けそうな津軽さんで。

(せめて『好き』って伝えられてよかっーー)

津軽
サトコ!!!

サトコ
「!?」

呼吸が止まったのは死んだからじゃない。
耳をつんざく声と、蹴り飛ばされた背中。

サトコ
「···っ!」

アスファルトに叩きつけられ、擦れる脚。
手から落ちたスマホが地面を滑る。

背後に響く、轟音。

(嘘、そんな···!)

サトコ
「······っ」

転がった身体で視線を動かせば、舞う砂埃のなか見えるのは鉄骨の端。

サトコ
「ぁ···っ」

唇が、全身が震えた。
最後に聞こえたのはーー私の名を呼ぶ、彼の声。

(津軽、さん···)

サトコ
「ぁ、ぁ···っ」

声が出ない。
動きたくて這うように手足を動かすのに、指先まで震えて力が入らない。

(津軽さん!)

百瀬尊
津軽さん!!

私の代わりに叫んだのは百瀬さんだった。
視線だけ動かせば、純恋ちゃんを保護したらしい百瀬さんが彼女を置いて駆けてくる。

百瀬尊
「津軽さん!!返事してください!」

サトコ
「···っ」

積み上がった鉄骨の前で声を上げる百瀬さんに、
やっと私も力を振り絞って立ち上がることができた。

サトコ
「津軽さん!」

百瀬尊
「下手に近づくんじゃねぇ!崩れる!」

百瀬さんが片手で私を制し、119番に連絡を入れている。
そして次に連絡してるのは、おそらくーー

百瀬尊
「···はい。津軽さんが捜査中にーー歌舞伎町です」

声でわかる、銀さんへの連絡。
迅速に手を打っていく百瀬さんの一歩後ろで、私は情けなく立ち尽くしている。

津軽
サトコ!!!

脳を揺らすように、こだまし続けている声。
同時に蘇るーー

津軽
俺、ウサのために死ねないなー

(···私のせいだ)
(私のせいだ私のせいだ私のせいだ···!!)

手が震えだして、両腕に自分で爪を立てた。
脚が笑い、吐き気と目眩の中、目の前の鉄骨の山を凝視し続ける。

百瀬尊
「···キリがねぇこと考えんな」

爪を立てている手首を取られた。

サトコ
「!」

(百瀬さんの指先···真っ白···)

そして恐ろしいほどに冷たい。

(···怖いんだ、この人も)

百瀬尊
「···覚悟しろ」

サトコ
「!」

この人の怖さは現実を見てるが故の怖さなのだとわかる。
私よりも優れた公安刑事である証拠ーー
ー事態を怖れているだけの私とは見ている世界が違う。
だけどーー

(津軽さんは···!)

津軽
あっはっは、俺が簡単に死ぬわけないじゃん
あきらめないよ、簡単には
君がいるから

サトコ
「か、簡単には死ぬわけないって···っ」
「簡単には、あきらめないって···死にたがりじゃないって···言ってくれたんです!」

百瀬尊
「······鼻水飛ばしながら、言うんじゃねぇよ」

そう答える百瀬さんの声が喉に絡んだ時。

百瀬尊
「!」

ぴくっとその顎先が上がった。

サトコ
「百瀬···」

百瀬尊
「し!!」

私の手首にを掴んだままの手に驚くほどの力が籠められ、背後を振り返った。
反射的に、その視線を追いかければ···

津軽
死ぬかと思った···

百瀬・サトコ
「津軽さん!?」

鉄骨の山から、なぜか全く無傷の津軽さんが出てくる。

サトコ
「な、なんで···」

津軽
やだなー。人を幽霊みたいな顔で見ないでよね
ちょうどそこに下水工事用の穴が掘ってあって
ダイブして九死に一生スペシャル

(い、生きてた···無事、だった···)

目の奥が熱くなって、唇が震えだすと、横の百瀬さんが消えていた。

百瀬尊
「···っ」

津軽さんに正面から抱きついている。
それを見たら、私も我慢できなくて。

津軽
はは、俺って愛されてるー
ていうか、下水工事の穴入ったから臭くない?

百瀬尊
「臭いですよ」

サトコ
「酷い匂いです!」

どんなに臭くても離せなくて。
救急車のサイレンが聞こえても、私たちは津軽さんに抱きついたままだった。

翌日は抜けるような青空だった。

石神
······どういう状況だ

登庁するなり、石神さんがその眼鏡をくいっと上げた。
まるで事態が理解できないという顔をしている。
それもそうだろう···

百瀬尊
「津軽さんの身の安全を」

サトコ
「確保してるだけです」

石神
······

津軽さんの後ろには百瀬さん、前には私が張り付くようにして彼を挟んでいた。

石神
ここに何の危険がある

百瀬尊
「危険は至る所に潜んでます」

サトコ
「いつ地震が起きて、何が倒れてくるかわかりません」

石神
···意味は異なるが『守株待兎』を地でいくつもりか

サトコ
「しゅしゅたいと···?」

石神
ウサギが切り株にぶつかって死んだことをきっかけに
男が仕事もせずに切り株を見張り続けたという話だ

津軽
秀樹くん、あったまいい~
昨日、捜査でちょっと死にかけちゃって
それから、ずっと離れないんだよね~

石神
それで仕事になるのか

津軽
ま、そのうち落ち着くから

救急車に乗り精密検査が終わるまで、ずっと帰らずにいた私たちを見てたせいか。
津軽さんは無理に引き剥がそうとはしなかった。

石神
検査の結果は

津軽
問題なし
まあ、今回はちょっと俺も怖かったかな

<選択してください>

ちょっとどころじゃないですよ!

サトコ
「ちょっとどころじゃないですよ!百瀬さんでさえ震えてたんですから!」

百瀬尊
「震えてねぇ!」

サトコ
「似たようなものだったじゃないですか」

百瀬尊
「鼻水飛ばしてたお前に言われたくねぇよ」

津軽
ああ、ウサは人に鼻水つけるのが好きだからね~

サトコ
「変なこと言わないでください!」
「津軽さんは、もっと怖がってくれなきゃ困りますよ」

占い当たりましたね

サトコ
「···占い、当たりましたね」

津軽
占い?

サトコ
「今週の蠍座は落下が吉って」

百瀬尊
「鉄骨の落下が吉とか言ったら、ここで息の根止めんぞ」

サトコ
「そうじゃなくて、下水工事の穴に落ちれたから助かったって意味です!」

津軽
せっかく皆助かったんだから、物騒な会話しないの

サトコ
「津軽さんは、もっと怖がってくれなきゃ困りますよ」

一生分の運を使ったのでは···

サトコ
「今回で一生分の運を使ったのでは···」

百瀬尊
「俺の運を分けます」

サトコ
「私の運も使ってください!」

津軽
あっはっは、見てる?秀樹くん~。これが愛される班長の姿だよ?

石神
···眼鏡を拭いていて、何も見ていなかった

サトコ
「津軽さんは、もっと怖がってくれなきゃ困りますよ」

百瀬尊
「腹立つけど、こいつの言う通りです」

津軽
はは
···十分、思い知ったよ

ぽつっと呟いた声が気になって振り返ると、津軽さんのスマホが震えた。

津軽
津軽です
···本当、ですか

津軽さんの声が硬く、かすかに引きつった。

(何かあった···?)

津軽
すぐに向かいます

百瀬尊
「どうしたんですか」

津軽
銀さんが倒れた

サトコ
「!?」

昨日、鉄骨の山の中から出て来た時よりも。
その顔は強張っているように見えた。

to be continued



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