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本編④(後編) 津軽購入特典

二度目のキスは、どれくらいの時間だっただろうか。

(···息、できねぇ)

触れるだけのキス。
だけど緊張しすぎて呼吸もできず、息苦しさがバレる前にそっと離した。

サトコ
「······」

前髪がハラッとこぼれるくらいの傾きで、ややうつむくサトコ。
耳まで真っ赤に染まり、軽くその唇を湿らせる姿が、どうしようもなく艶っぽく見える。

(どうする···この子が、俺の···)

ガッと押し倒したい衝動に駆られ、思い切り自分の頬を両手で叩いた。

(いてぇ···)

頬がジンジンとする。

サトコ
「ど、どうしたんですか」

津軽
いや、蚊···蚊がね。ちょっと

サトコ
「もうそんな季節ですか···?」

とうとう、本当にーーいや、別の一線は超えてないけど。
彼女を恋人の枠に収めた。
氷川サトコが俺のになってしまった。
俺のにしてしまった。

サトコ
「あ、の···」

津軽
ん···?

ウサの視線がきょどきょどと動く。

(もしかして、キスが期待外れだった···とか?)

さっきの緊張とは別のものにドクッと心臓が脈打った。
ハニトラの達人だとか、事前情報による期待値が高かった可能性は十二分にある。

(いや、でもちょっと触れるだけのキスだったし···)

悶々と考えているうちにウサが立ち上がった。

サトコ
「コーヒー、淹れて来ますね。ドラマも終わったので」

津軽
あ、うん···

その背を目で追っていると、テレビからは前にも見た占いコーナーが流れてくる。

テレビ
『今週の蠍座は限界にチャレンジ!新しい自分に出会えるかも』

(限界にチャレンジって···)

どういう意味だと考えている間に、ウサはレモンコーヒーと自分用の麦茶を淹れてきた。

津軽
レモンコーヒーの用意なんてしてるんだ?

サトコ
「紅茶用のスライスレモンを入れただけですよ」

津軽
そこは津軽さんのために用意してますって言うとこでしょうよ

軽く返すと、ウサはちらっとこちらを見ながら口をむにょむにょとさせる。
キスの照れが抜けてない顔に、こっちまで恥ずかしくなりそうだ。

(いや、でもキスだよ?しかも軽く触れるだけのさ)
(ちょっと反応しすぎじゃない?)

津軽
ウサってキスしたの、いつぶり?

サトコ
「ぶっ!」

津軽
ちょ!きったな!

麦茶を噴き出したウサに、慌ててティッシュを渡す。

津軽
もうちょっと俺に気を遣った方がいいよ?
鼻水飛ばしたり、麦茶噴いたりさ

サトコ
「きっかけは全部津軽さんですからね!?」

麦茶でよかった···と呟きながら、ウサは口元とテーブルを拭いている。

サトコ
「それに、聞かなくても···観覧車ぶりに決まってるじゃないですか」

津軽
え、結局、あれってノーカンでしょ

サトコ
「!···やっぱりノーカンなんですか!?」

津軽
カウントしないって騒いでたのウサじゃん

サトコ
「そうです、けど···」

津軽
もしかして、思い出にしてた?

サトコ
「べっ、別にっ」

津軽
デートの花束、永久保存しちゃうくらいだもんね

サトコ
「ブリザードフラワーは永久ってほどじゃありません!」

飾ってある花束に視線を移せば、ぼふっとギョウザクッションに顔を突っ込んだ。
顔はどうしようもないくらい真っ赤だ。

(···からかってると、痛い目を見るのは俺の方かもな)
(こんな可愛い子が俺のもんになっちゃったわけだし···)

別の欲求が顔を覗かせるのは、男なら仕方のないこと。
だけど今は、その一線まで超えるわけにはいかない···超える覚悟なんて、まだ俺にはない。

津軽
じゃ、そろそろ帰ろっかな。コーヒーごちそうさま

サトコ
「え···」

膝を立てると、ウサはギョウザクッションから顔を上げた。

サトコ
「······」

また唇がもごもごと動く。

(ますますウサギっぽくなってない?)
(何か言いたいことあんの?)

津軽
ウサ?

サトコ
「な、なんて言えば帰らないでいてくれますか?」

津軽
······

(今、なんつった?)

上目遣いで、遠慮がちに握られる服の端。
顔と手の間を視線が往復する。

(なんだ、この生き物···その言葉、ずっと探してたの?)
(コッワ!!可愛すぎてコワ!彼女って怖!!)
(俺、これからこんなん浴び続けんの!?心臓止まんだろ!!)

津軽
全員、記憶喪失になんねぇかな

サトコ
「え···?」

ウサの歴代彼氏全員記憶喪失になれーーと心の中で念じたけど、きっと効果はない。
そんなことより···だ。

津軽
···黙って抱きつきに来ればいいんじゃない?

口から出るのは、余裕を見せられる声。
取り繕える自分に安堵する一方で、気持ちをもっと知って欲しいと思う我儘な自分もいる。

サトコ
「······」

もう一度腰を降ろせば無言で回される腕に、寄り添う小さな温もり。

津軽
···泊まるよ

言葉はなく、こくりと頷くだけの感触が。
どうして、こんなにも愛おしいのか。

(この子を抱き締めて、キスしていい権利を手に入れたなんて)
(本当に俺でいいのかって···聞かなきゃいけないのに、聞く勇気もなくて)
(ずるい、俺なのに···)

夢で終わらせなければいけないと思っていたものが落ちてきてしまえば、
突き放せるほど強い人間じゃない。
そっとその頭を引き寄せると、何だか目の奥が熱かった。

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津軽
ウサのベッド狭くない?

サトコ
「シングルなんだから仕方ないじゃないですか」
「津軽さんとは違うんですから」

ひとつのベッドに入ったものの、ウサは背を向けている。
けど、ちょっとだけ触った耳が驚くほど熱かったから、このままでいいことにする。

(俺の部屋にあるのがダブルなの妬いてんのかな)
(女の子連れ込むためじゃなんだけど)

ただ部屋が広かったから、ベッドもそれに合わせただけ。
職業柄、自室に女を入れることはない。

(ウサだって考えればわかりそうなもんだけど)
(そこまで考えが回らないも···いっぱいいっぱいだから、か)

ベッドの狭さもあり、背中がくっついてくるのは仕方がない。
軽く腕を回しているだけで、ウサのドキドキは伝わってくる。

津軽
ウサの部屋にも大きなベッド買おっか

サトコ
「この部屋にダブルベッドとか恥ずかしいだけです」

津軽
俺以外に見る人いんの?

サトコ
「···消防点検の人、とか」

津軽
いいじゃん、それくらい

他愛のない話をしながら、気まぐれに手を握ったりする、まさに恋人同士の時間。
経験があるのかないのか、
自分でもわからない嬉しさのような気恥ずかしさのようなものに胸を塞がれている。

(···浮かれんな)
(丸め込むようなかたちで、とりあえず恋人にはしちゃったけど)
(つーか、結婚も無茶振りだよな。ウサの気持ちだって丸無視だし)
(俺だって、まだ怖いくせに。何言ってんだ···)

サトコ
「···いつも何時くらいに寝てるんですか?」

津軽
んー、時計見ないで寝落ちてるから、わかんない
大体、0時過ぎたころくらい?

サトコ
「···時々、天井見て、津軽さんもう寝たかなって」

津軽
そりゃ俺も同じだよ。下の階で君が寝てるんだから

(ウサも俺のこと考えてくれてるんだな···)

それを感じれば感じるほど、噛み締めるのは罪悪感だ。
だけど、全部本音だった、隠せなかった。

(恋人だってさ···それだって上手くできる自信なんて全然ない)
(少し前、ノアを連れた遊園地の帰りに、彼女作らないのかって聞かれて···)

(彼女···か)

つくらないのかと聞かれた時、正直ドキッとした。
その単語に、君を当てはめかけたから。

(···疎かにしてたから、怖いんだよな)

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ウサをそのカテゴリに入れることを怖がってたくせに。
いや、今だって怖いんだ···まともに大事にしてこなかった場所に、ウサを置く。
この子はとっくに俺の “ 特別な女の子 ” で。
その子を恋人って場所に置く意味も···正直、よくわからない。

(だけど、好きって言わない、なんてウサが言うから···)

好きって言ってもらうための肩書きなのか。
キスを許してもらうためのエクスキューズなのか。
欲しいものが、どうしても欲しいから、わからなくても恋人にしてしまった。

(銀さんになんて言おう、マジで)
(言う···言わない?)
(いや、言わなくてもバレそー···)
(銀さんに手、離されないよな、俺。大丈夫だよな?)

橙色の海でウサに告白した不安が消えたわけじゃない。
ただ、それでも、どうしても···選べないから、今、こうしてる。

サトコ
「···寝ました?」

津軽
んーん

サトコ
「眠れないですか?」

津軽
いや、こうやってる時間もいいもんだなって

君を抱いていると、少しまともな人間になれる気がするから。

(俺は結局···向こう側の人間な気がするんだよ)

ウサは違うと言ってくれたけど、俺は純恋にも茶円にも似てる。
銀さんに認めてもらえれば、自分の価値を見出せる気がして···必要とされたかった。
あの日言われた言葉ーー

『一緒に殺してやったらよかった』

一緒に死んだ方が幸せだったなんて、誰にも言わせないため···
俺自身が、そう思わずにいられるために。

(結婚なんて言ったけど···恋人よりも何よりも···1番遠いところにある)
(現実味なんて、少しもない)

俺との結婚は犯罪の被害者と加害者を同時に抱えることだ。
そんな十字架を “ 特別な女の子 ” に背負わせられるわけがない。

(だけど···家族が欲しくて。怖いけど、俺が欲しいのは、それだけで)

巻き込みたくないーー傍にいて欲しい。
相応しくないーー誰にも渡したくない。
この腕に抱いてたらいけないーーこの子が欲しい。

サトコ
「···今、小難しいこと考えてますね?」

くるっとウサが寝返りをうった。

ちっか···!

前髪が顎先に触れる距離に心臓が動き捜査った。

津軽
別に?寝よっかなって思ってただけだけど?

サトコ
「ほんとですか?全然、眠たそうじゃないですけど」

津軽
俺はウサみたいに、簡単に顔に出たりしないの。優秀な刑事だから

ウサのおでこをウリウリと押して茶化すと、その眉間が動いて反発してきた。

サトコ
「だけど、今の考えは絶対に分からないと思いますよ」
「当ててみますか?」

上目遣いの、少し強気な顔はとんでもなく強烈に可愛い。

津軽
はは···

(怖···)

真っ直ぐな瞳···仕事柄、目で人間を判断できるようになった。
俺とは違う側にいる、彼女。
純恋と茶円がサトコとは交わらない世界にいるのなら、俺だってーー
逃げ出すのが先か、光に呑まれるのが先か、それとも。

サトコ
「あ···寝付けないなら、夜の散歩に行きません?」

津軽
ウサって真夜中にうろつくの好きだよね

サトコ
「声かけてきたの、ほとんど津軽さんですよ」

ウサが本当に言おうとしたのは、こんなことじゃないってわかってたけど。
ここで悶々と先への不安を抱えていても仕方ないと思い、外に出ることにした。

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津軽
もうちょっとこっち来ないと、危ないよ

サトコ
「わ」

前から歩いてくる酔っ払いを避けるように肩を抱き寄せれば、ぴくっと反応して照れている。

(こんなんで照れるの!?今まで、違ったよな?)
(え、これが恋人効果?ウソだろ···そこまでウサの恋人って、特別なのかよ···)
(にしたって、ピュア過ぎんだろ!こんなんでこの先に進んだら···)

カットインしてきたのはーー

狭霧一
『サトコ』

津軽
······っ!

(未知のウサを知ってるドクター・ドリトルか!)
(落ち着け、ウサは俺のもんだろ?そうなったんだろ?今夜は俺なんだから)

サトコ
「···津軽さん?」

津軽
手、つなぐ?

肩から手を外すと、速攻でつながれた。

津軽
はやっ

サトコ
「もたもたしてるうちに、気まぐれで引っ込められると悔しいので」

津軽
それ、俺がすごいイジワルみたいじゃん···

サトコ
「散々いびられましたからね」

津軽
報告書破ったこと、まだ根に持ってんの?ねちっこいなぁ

サトコ
「ねちっこさなら、津軽さんの足元にも及びませんけど···」

津軽
こら、それが彼氏への物言い?

サトコ
「かれっ」

ウサが変な風に息を吸って答えるから、こっちまで気恥ずかしくてソワソワする。

津軽
···違うの?

サトコ
「ち、違わないです···よ」

津軽
···とはいってもさ

手をつないで歩いていると、今日は雲がかかった朧月が見えた。
不透明な輝き···今の俺たちみたいだ。

津軽
俺、こんなんだから。離れたくなったら、言うんだよ

サトコ
「?」

津軽
え、あ、だからね···

(あー···つーか、ドバカか。付き合った日に言うことじゃねぇだろ!)

津軽
俺が言いたいのは···

サトコ
「···津軽さんのねちっこさ、よくよく知ってますから」

あ···と思った時には、手を引っ張られてウサの唇が一瞬、重なってた。

津軽
サトコ···

サトコ
「私がさっき、ベッドの中で考えてたことは、これです」
「もう1回、キスしたいなって···」

津軽

サトコ
「···考えるより先に行動した方が、簡単なこともある」
「先の先まで考えなくても、なるようになります」

手を引いて、俺の一歩先を行ったウサが振り返って笑う。
未来は明るいと信じている眼で。

サトコ
「大丈夫ですよ」

(···眩し)

雲が切れて、月光がサトコを彩る。
俺の手を引き『大丈夫』だと言ってくれる、そんな誰かーー
それを求めて、ずっと銀さんの手に縋ってきたけど。
この手は今、恋人になった “ 特別な女の子 ” 握られていた。

Happy End

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