退院後、、そのまま登庁してきた銀さんに予定通り報告に向かった。
サトコ
「ーー本日の報告は以上です」
銀
「そうか。引き続き、今の体勢で続けろと津軽に伝えろ」
サトコ
「はい」
以前ほどではないが、それでもあった緊張感が報告を終え若干和らぐ。
(退院してすぐ登庁なんて大丈夫かなって思ったけど)
(顔色、悪くなくてよかった)
サトコ
「では、これで···」
銀
「······先週の放送は観たか」
一礼して退出しようとしたとき、声をかけられた。
(まさか室長室で『あなしね』の話が出るとは···!)
サトコ
「はい。室長も病院で?」
銀
「ああ。先週こそ、誰かが死ぬと思っていた」
サトコ
「誰も死にませんでしたね···」
「登場人物、全員が『あなたのためなら死ねる』と言ってしまったので」
銀
「次はいよいよ、誰かが本当に死ぬかと予想していたが」
「最後まで目が離せない展開になりそうだ」
サトコ
「はい!最近は終業後、最終回に向けての考察サイト巡りをしています」
銀
「ああ、別視点もあるのだと、あの手のものは気付かせてくれる」
(銀さんも考察まで見てるんだ···!これは真の『あなしね』ファンだ···!)
銀
「しかし···根本で理解できない点がある」
サトコ
「どの点でしょうか?」
(銀さんから見た『あなしね』論、興味ある···!)
銀
「誰かのために、生きたり死んだりという考えが理解できない」
「生きている以上、生き続けるのみだ。定められた寿命まで」
「誰かのため···と言うなら、それこそ生きるという選択しか考えられない」
サトコ
「それは···精神状態に左右されるのかもしれません」
私の頭に浮かぶのは、茶円に心酔する純恋ちゃんの顔。
サトコ
「誰かのために生きたり死んだり、そういうことでしか自分の価値を見出せない人もいる」
「今回の事件の蔀純恋には、その傾向がありました」
銀
「確かに···な」
「津軽にも、そういった部分がある」
わずかに伏せられる目。
······他人のために命を投げ出してしまいそうな危うさは私も知っている。
あの人ははっきりと、私のために死ねてしまう···と、言った。
サトコ
「···津軽さんも言ってました。自分と蔀純恋は似ている、と···」
銀
「理解はしているのか」
銀さんの視線が窓の外に投げられる。
津軽さんを想うような目には若さが滲んで見えた。
サトコ
「私は···全然似てないと答えてしまった···んです、が···」
銀
「他人の目から見れば、そう映るだろう」
「だがアレは、私の存在で心の舵を取ってきた」
「それでいいと思っていた私にも···責任があるんだろうな」
銀さんの声は聞いたことのない重さを感じさせる声だった。
警察官ではない、素の···津軽さんを見守って育ててきた人の顔だ。
銀
「高臣が、あの時間から片足でも抜けられるなら」
「無理やりでも前を向けるようにいなるのなら···それでもいいと思っていた」
「だが···」
その目が閉じられる。
銀
「······お前は高臣の誕生日を、高臣の家族の命日を共に過ごしたと言っていたな」
サトコ
「···はい」
銀
「私が倒れたことで何か言われたか」
サトコ
「!」
身体ごと、顔がこちらに向けられる。
全てを見透かしていると教える目に答えに窮する。
(私から全部話していいものか···きっと津軽さんは嫌だよね)
鼻はひくひくさせなかったけど、口をもごもごさせる羽目になってしまった。
無言は肯定となって伝わり、溜息が落とされる。
銀
「······怖いんだろう、今」
「私が倒れたことで、私の存在しない人生を想像した」
「残りの人生、ひとりでどう舵をとればいいのか···その不安が生まれた」
銀さんの言葉が、波の音を重ねた津軽さんの言葉と結びついていく。
(銀さんを選ばないって選択ができなかった津軽さん)
(銀さんがいなかったら、津軽さんはどう生きて行けばいいのかわからない···それが怖い)
(怖くなったから、家族って強固な関係をより求めた···って、ことなのかな)
予想していた津軽さんの気持ちが銀さんの言葉で裏打ちされたようだった。
銀
「公安刑事になることで、私の手足のように働くことで、あいつが生き続けることができるなら···」
「···初めに言った言葉は撤回すべきだな」
サトコ
「誰かのために生きたり死んだりというのは理解できない···ですか?」
銀
「ああ。私はとっくにその感情を知っていた。だから、高臣をそうして生かしてきた」
「あいつももう30を過ぎた···」
「独り立ちさせるべきタイミングを失わせたのは、私だ」
(銀さんから見れば、津軽さんはまだまだ子供···なんだ)
(私から見ると繊細だけど充分強い···多くの人を束ねる班長であり、優秀な公安刑事だけど)
(銀さんは津軽さんの弱く脆い部分を知ってるって証拠···)
(私よりずっと、心の柔らかいところを知ってるんだ)
家族になりたい、その望みを捨てられないと津軽さんは言った。
でもーー
(これは家族の目···じゃないのかな)
(それが分かり始めてるから、ますます失いたくないと思ってしまった···?)
銀
「···今回の捜査の目的は聞いたか」
サトコ
「はい。津軽さんは必ず銀室長の目的を果たすと思います」
警察内の膿を出させる···その目的を語る顔は、どこか誇らしげだった。
銀
「津軽がこの件を解決したがっているのは、その目的だけじゃないと思うがな」
サトコ
「え···?」
銀
「···時間を取りすぎた。もう下がっていい」
サトコ
「は、はい」
会話は打ち切られ、先を聞くことはできなかった。
(でも十分、銀さんの津軽さんへの気持ちを聞かせてもらえた)
サトコ
「ありがとうございました」
「銀室長が津軽さんの一番の理解者なんですね」
「···津軽さん、知ったら喜ぶと思います」
銀
「ーー」
(え···?)
再び窓の外に顔を向け、その窓ガラスに映った顔がかすかに微笑んだように見えた。
『息子だからな』
ーーそう、唇が動いた気がした。
定時を過ぎた頃、事件は大きな進展を見せた。
サトコ
「え、純恋ちゃんが吐いた!?」
津軽
「『Ti-love』の顧客情報は抜けた。物証が出る」
サトコ
「じゃあ、この件は···」
津軽
「ひと段落って、ところ」
「茶円の拘留期間は明けるし、蔀純恋は厳重注意であとは児童相談所が動く」
サトコ
「茶円は取り逃がすんですか?」
津軽
「叩けばいくらでも埃が出る身だ。このあとは組織犯罪対策課に任せる」
「ある程度は、向こうにも華を持たせないと」
それも警察内の政治だと言っているようだった。
(えええぇぇぇ······?)
(私がいない間に、急展開で解決してしまった···?)
(いや、私なんて下っ端だし、こんあものなのかな···)
サトコ
「あの、結局、私は···何もできなかったんですね」
津軽
「いいの、いいの。ウサのメインのお仕事はデスクの “ 焼きウサギ ” を磨くことだから」
<選択してください>
サトコ
「······」
(初めから深く関わらせるつもりはなかったってことか)
(まだまだ使えない部下なんだな···)
(考えたら『礼愛会』の潜入以外、外の捜査に連れて行ってもらってないし)
宗教法人団体の調査の時も私は車で留守番だった。
現実は厳しい、でも、それを受け止めて前に進むしかない。
サトコ
「銀室長への口頭報告は無事に終わりました」
津軽
「鼻、ひくひくさせなかった?」
サトコ
「させてませんって···気になるなら、銀室長に確認取って下さい」
津軽
「ウサはおバカだな~。そんなふざけた質問、できるわけないじゃん」
サトコ
「ふざけてるってわかってるなら、私にも言わないでくださいよ···」
津軽
「え?どうして?」
サトコ
「······」
(久しぶりに意味のない会話をしてしまった···)
サトコ
「···そこまで私は使えませんか?」
津軽
「ウサは銀さんに口頭報告するって大きな任務をこなしたでしょ」
サトコ
「それはそうですが···」
(純恋ちゃんの尋問にも呼ばれなかった···最初の失敗は大きいということか)
(もっと頑張らないと···!)
サトコ
「皆さんお疲れでしょうから、報告書の作成は私が」
津軽
「ん、頑張って」
どさどさっ
サトコ
「う゛っ···」
デスクに置かれる大量の書類。
それらと格闘していると、たちまち時間が過ぎて行ってしまってーー
後藤
「氷川、まだ帰らないのか?」
サトコ
「えっ」
横から声をかけられ、PCの時計を見れば日付は変わっていた。
サトコ
「もうこんな時間!帰ります!」
後藤
「送るか?」
サトコ
「大丈夫です。まだギリギリ終電間に合いそうなので!」
後藤
「そうか。気を付けてな」
サトコ
「はい!お疲れさまでした!」
後藤さんに一礼して、荷物をバッグに詰めて掴み、急いで課を出る。
終電に間に合うように走るだけ···そのはずだったのにーー
(やっぱり後藤さんに送ってもらえばよかったー!)
男A
「あの女だ!」
男B
「逃がすな!」
駅に辿り着く前に、なぜか大勢のチンピラに追いかけられていた。
(ど、どうして、こんなことに!)
息が切れて、ストッキングも伝線した。
だけど、生き残らなければ···津軽さんが、その身を挺して守ってくれた命だ。
あなたのためなら死ねるどころの話じゃないーー犬死なんて絶対に、したくない!
to be continued