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Season2 エピローグ 石神2話

【大阪】

ーーー石神さんと訪れた二泊三日の大阪旅行。

石神
仕事の時と区別をつける意味でも、そろそろ敬語はやめないか
お前は呼び方も堅苦しいからな

(これからのことを考えれば、もっともな提案だと思うけど)

(石神さん相手に敬語なしは難しい!)

名前呼びにもハードルはあるけれど、まず敬語抜きの壁が高すぎる。

石神
この辺りか?おすすめのお好み焼き屋があるのは

サトコ
「はい···あ、いえ、うん···リストに載ってるマップによれば、この辺りかと」

石神
地図を見せてくれ

サトコ
「どうぞ」

石神さんが手を伸ばした時に、その腕時計が見えた。

(あ、ペアの時計···私もつけてきたけど、石神さんもつけてきてくれたんだ)

私も同じデザインの自分の時計に視線を落とす。

(私の誕生日にプレゼントしてくれたんだよね)

(あの時のことは今でも···)

サトコ
『こ、これ···』

石神
訓練の時には、つけられないだろうがな

(私への、誕生日プレゼント···!?こんなに高そうな時計···!?)

サトコ
『お、おそろい···!?』

石神
そういうことを、いちいち言葉にするな
これからも、同じ時間を歩んで行こう

おそろいが得意ではない石神さんが、私のためにプレゼントしてくれたもの。

石神さんの言う通り、学校ではなかなかつけられない。

だからプライベートでペアウォッチをつけられるのは、特別に嬉しかった。

石神
この先にある···あの店じゃないか?

サトコ
「本当だ。石神さ···秀樹さん、見つけるの早いですね」
「あ、じゃなくて···」

つい敬語で話してしまう私に、石神さんが軽くその眼鏡を押し上げる。

石神
すぐに完璧にする必要はない。それで話しにくくなっては本末転倒だからな
自然に話せる範囲でいい

サトコ
「それでお願いできると助かります」
「今のままだと話し方にばっかり意識がいっちゃって···」
「これじゃお好み焼きも味わえないところでした」

石神
これで問題なく食べられるな

サトコ
「行きましょう!」

私は石神さんの手を引き、張り切ってお好み焼き屋さんへと向かった。

【お好み焼き屋】

店内は結構混んでいたものの。

ツアーの優先チケットのおかげで、すぐに入ることが出来た。

サトコ
「豚玉ミックスと海鮮ミックス迷いますね」

(って、なるべく敬語を使わないように···)

石神
2つ頼んで分けるか?

サトコ
「それもいいけど、サイドメニューも捨てがたくて···」
「アスパラのベーコン巻にジャガバタ···焼きそばも美味しそう!」

石神
好きなものを頼め。俺はそれを一緒に食べられればいい

サトコ
「秀樹さんが好きなものを注文したいなと···」

石神
サトコが美味しそうに食べるものが、一番食べたくなる
ひとまずお好み焼き1枚に対して、さっきのサイドメニューを頼むか?」

サトコ
「はい!お好み焼きは店員さんのオススメの方にしようかな」

注文のために店員さんを呼ぶと、いかにも大阪のおばちゃん···という感じの女性がやってきた。

サトコ
「お好み焼きなんですけど、豚玉ミックスと海鮮ミックスで迷ってて···」
「どっちがオススメですか?」

店員
オススメを聞く前に、大事なこと忘れてんで~

サトコ
「大事なこと?」

店員
「このメニュー、値段書いてへんことに気付かんかったん?」

サトコ
「言われてみれば!」

店員
「あ~あかんあかん、アンタ悪いヤツにぼったくられんで、そんなんやったら」

石神
···なぜ値段が書かれていないんですか?

店員
「いややわ~、そんなん決まってるやん」
「『これ、もっとまけてぇな』って言われるから、値段書いといても意味ないねん」

サトコ
「なるほど···」

店員
「人気は豚玉やけど、お客さんたちも『これ、なんぼなん?』から始めなあかんよ」
「はい、眼鏡のお兄ちゃん!『これ、なんぼなん?』リピートアフターミー!」

サトコ
「!」

石神
······

(こんなところで石神さんに関西弁講座!?さすがに、それは···)

店員
「ほら~もうパッと聞いてパッとやらな!」

サトコ
「こ、ここは私が···!」

石神
いや、いい。郷に入れば郷に従え···だ

(石神さん!?)

石神さんの眼鏡がキラリと光る。

石神
これ、なんぼなん?

店員
「800円」

石神
ちょっとまけてぇや

(値切りまで!)

店員
「あはは!ええよ、眼鏡のお兄ちゃんの頑張りにまけたるわ!イケメン価格で750円にしたる!」

石神
では豚玉ミックスと···

石神さんが関西弁を交えながら注文を終えてくれる。

サトコ
「貴重な時間でした···」

石神
大げさだな

サトコ
「だって新鮮だったから」

石神
こういうのも旅の楽しみだ

サトコ
「ふふ、私もどこかで関西弁使ってみようかな」

これからの予定を立てながら待っていると、あっという間に料理が並ぶ。

サトコ
「ん···この豚玉、美味しい!」

石神
店員のオススメだけあるな

サトコ
「こっちのアスパラ巻もジャガバタも!石神さんも食べて、食べて!」

石神
ああ。そう慌てるな

頼んだものはどれも美味しくて、鉄板を前に汗が浮かんできてしまった。

(夢中で食べてたけど、デートでもあるんだった!化粧直ししてこないと)

サトコ
「ちょっと化粧室に行ってきます」

石神
ああ。デザートは戻ってきてから頼むか

サトコ
「よかったら、秀樹さんの判断で頼んでもらえれば···」

石神
いいのか?

サトコ
「料理は私の好みで頼んだので、デザートは秀樹さんの好みで食べたいなって」

石神
わかった

化粧直しをして戻ってくると···アイスプリンが私を待っていた。

【ホテル】

お好み焼きを食べたあと、めぼしい観光地を巡りながら、

まさに食い倒れる勢いで食べ歩いてしまった。

サトコ
「お腹がはち切れそう···明日は、ちょっとお腹を休めたいかも」

石神
明日は水族館に行かないか?イルカショーが新しくなったらしい

サトコ
「いいですね!水族館なら、のんびり過ごせそうで楽しみです」

ホテルの部屋に入り、上着を脱いでふと何かが足りないことに気が付く。

(何が···)

サトコ
「あ!」

石神
どうした。突然大きな声を出して

サトコ
「時計···腕時計がない···」

石神
なに?

サトコ
「お好み焼き屋さんに入るまでは確かにあったのに···」

石神
時計を外すのは手を洗うときくらいか?

サトコ
「手を···そうだ!お好み焼き屋さんで化粧室に行ったときに···」
「すぐに取りに行ってきます!」

石神
慌てるな

部屋を飛び出そうとする私の手を石神さんが掴む。

石神
まずは、そこにあるのか電話で確認した方がいい
それにあの店とこのホテルでは場所が離れてる。明日の朝、取に行こう

サトコ
「···そうですね。とにかく電話で確認してみます」
「あ、でも電話番号が···」

石神
優待リストの最後のページに店の連絡先が出ている。これを見れば分かるはずだ

サトコ
「助かります!」

さっそくお店に電話してみるとーーー

サトコ
「お店で保管してくれているそうです」

石神
明日の朝、取りに行っていいか聞いておけ

石神さんに頷いて、私は電話に戻る。

そして明日の朝イチでお店に取りに行くことが決まった。

サトコ
「すみません。私のミスで余計な手間を···」

石神
見つかったんだ。それを喜べ

(石神さん、優しいな)

彼の穏やかな表情を見ていると、いつまでも落ち込んだ顔はしていられなくなる。

サトコ
「そうですね。見つかってよかったです」

石神さんに笑顔を向け、携帯をしまおうとすると···携帯が鳴った。

サトコ
「弟から···めずらしい。すみません、ちょっと出てもいいですか?」

石神
ああ。気にせず話せ

石神さんは気遣ってか、少し離れた窓辺のイスに座る。

サトコ
「翔真?何?」

翔真
『あ、姉ちゃん!この連休帰ってこないの?』

サトコ
「ああ、うん。春休みに入ってから帰ろうと思って」

翔真
『わかった。父さんたちに伝えとく。じゃ、お土産楽しみにしてるから』

サトコ
「もー。お土産の前に『卒業おめでとう』は?」

翔真
『卒業おめでとー。 “東京ばにゃも” 以外にも買ってきてよ?』

サトコ
「翔真、“東京ばにゃも” 好きじゃない。他にも買って帰るけどさ···」

帰省の話を短く終えて電話を切る。

(もう、あの子は二言目にはお土産の話なんだから)

サトコ
「すみません。電話終わりました」

石神
家族と話している時は言葉のイントネーションが変わるな

サトコ
「ほんとですか?自分じゃあんまり意識してなかったですけど···」
「でも確かに長野って微妙に方言っぽさあるんですよね」

石神
大阪土産、弟にも買っていってやらなければな

サトコ
「もう···お恥ずかしいです···」

お土産を楽しみにしている弟に顔を赤くすると、石神さんはひどく優しい瞳で微笑んでいた。

石神
姉弟の仲がいいのは良いことだ

(そういえば···石神さんにもお姉さんがいるんだよね)

(義理のお姉さんだけど、年が離れてて···)

何かしらの事件に巻き込まれてしまったらしいが、その件について深く聞いたことはない。

石神
姉にとって、弟というのはいつまでも子供に見えるのか?

サトコ
「そうですね···そういうところもあるかもしれません」

石神
だからか···俺が帰る度に、いつもお菓子を用意してくれていたのは

お姉さんのことを思い出すように石神さんの目が細められる。

(石神さんがこんな顔をするくらいだから、優しいお姉さんだったんだろうな)

石神さんがお姉さんのことを話してくれたことが、少し距離が縮まっているようで嬉しい。

一方、優しくて儚げな、その笑顔が気がかりでもある。

(待つって決めたから。石神さんが話してくれる、その時まで···)

石神
さて、風呂に入って寝るか。明日も忙しい一日になる

サトコ
「···そうですね」

目覚ましをかけ、この日は寄り添って早々に眠りについた。

【水族館】

翌日、無事に時計を取りに行くことはできたもののーー

サトコ
「すみませんでした。私のせいでイルカショーの時間に間に合わなくて···」

石神

気にするな。ショーは見られなくとも、イルカは見られる

(電車の接続が悪くて、ぎりぎり間に合わないんて···)

(せっかく石神さんが提案してくれたプランだったのに)

石神
それにこれだけ大きな水族館なら、じっくり見て回れるものも多い
ペンギンを眺めて哲学を感じるのもいいな

サトコ
「そういえば、動物園で教えてもらった “スッタニパータ” 買ってみました」
「まだ最初の方しか読めてないんですけど、石神さんって動物園や水族館で哲学するんですね」

石神
そこまでの話じゃない。仕事上、人間を見ると勘繰るクセがついている
その点、動物や海洋生物は無心で見られるからな···こういうのを癒しというのかもしれない

サトコ
「癒し···」

(だとしたら、イルカショーも石神さんの癒しだったよね)

(はぁ···何してんだろ、私···)

思わず彼の横顔を見つめると、石神さんが私の手を取った。

サトコ
「石神さん···?」

石神
ペンギンを見に行こう

サトコ
「はい···!」

(気にするなって言ってくれてるんだよね)

(このうえ、これ以上気を遣わせるわけにはいかない!)

迷惑をかけていしまっている分、少しでも挽回しなければと···私は無理にでも気分を切り替えた。

【観覧車】

水族館を出てから、石神さんは近くにある観覧車へと向かった。

サトコ
「海が見えますね···あ、あれ、大阪で有名なテーマパーク!」

石神
今回は時間がなかったが、次に来るときは行ってみるか?

サトコ
「えっ、いいんですか!?」

石神
この間、遊園地で相当はしゃいでいただろう

サトコ
「はい!石神さんとテーマパーク···!ぜひ行きたいです!」

石神
しかし···すっかり忘れているようだな

サトコ
「忘れてるって···」

そう言いかけた時···ガコンッとゴンドラが止まった。

サトコ
「え···これって止まる仕様じゃないですよね···?」

石神
ああ

突然止まった観覧車の周りの様子を見ていると···

アナウンス
「ご案内申し上げます。停電により観覧車が急停止しております」
「復旧まで、しばらくお待ちください」

サトコ
「停電···」

石神
お前といると予想外のことばかりで飽きないな

急なハプニングにも狼狽えることなく、石神さんは微笑を浮かべる。

サトコ
「二人きりでゆっくり過ごせってことですよ」

石神
そうだな

サトコ
「そういえば、さっきの忘れてるって話ですけど···」

石神
ああ、敬語の件と名前呼びの件だ

サトコ
「!」

(無理しないって話だったけど、すっかり忘れてた!)

(大事な時計をなくしたりで、そっちの方が気になっちゃって···)

サトコ
「忘れてました!すみません!あ、いえ、ええと···ごめんなさい···じゃなかった、ごめん···?」

石神
そう慌てるな。自然に口に出ないということは···
今のままの方が、今の俺たちには合っているということかもな

怒っているふうでもなく、考える顔で石神さんが窓の外に視線を投げる。

その時、再びゴンドラが動き出した。

【ホテル】

観覧車を降りた後は大阪城などを回り、敬語と名前呼びの件は保留となっていた。

(ちゃんと話しておいた方がいいよね)

先にシャワーを浴びた私は石神さんが上がってくるのを待ちながら、いろいろと考える。

(さっきの石神さんの言葉に甘える訳じゃないけど···敬語なしで話すのは、まだ無理な気がする)

(秀樹さんって呼ぶのは、二人きりの時なら、なんとか···)

石神
サトコ

サトコ
「石神さん···」

濡れ髪を拭いながら石神さんがバスルームから出てきた。

石神
······
俺が敬語をやめ、名前で呼ぶように提案したのは···

石神さんの瞳が真っ直ぐに私を見つめてくる。

早くなる鼓動に合せるように、石神さんがゆっくりとこちらに近付いてきた。

to  be  continued

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