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ご近所恋色Days ~加賀~

【カフェ】

いつものように、焼きたてのパンを持って三成くんのカフェを訪ねた。
この時間なら間違いなく、お目当ての人がそこにいるはずだ。

サトコ
「こんにちは~。みんないる?」

馬場三成
「サトコちゃん、いらっしゃ~い」
「みんな、とか言って、実は兵ちゃんに会いたくて来たんでしょ?」

サトコ
「わーっ!三成くん、しーっ!」

慌てて三成くんを止めて、こっそり振り返る。
でも当の本人はまったく聞いていなかったのか、いつもの席でシュンくんたちと喋っていた。

(···まあ、相手にされてないのはいつものことだし)
(でもみんなには私の気持ちがバレてるのに、本人には『面倒な妹』としか思われてない寂しさ···)

すごすごとみんなのテーブルへ向かうと、さりげなく兵吾くんの隣に座った。

加賀兵吾
狭い

サトコ
「ひとり分空いてたんだから、座らせてほしい···」
「兵吾くん、また抹茶パフェ食べてるの?」

加賀兵吾
この店で美味いのは、甘味だけだからな

馬場三成
「いや、コーヒーとかも美味しいよ!?」

橘駿一朗
「そうだね。三成の淹れるコーヒーは俺も絶品だと思うけどな」

大河内湊
「っつーか、そろそろ新しいメニュー考えれば?特製野菜カレーとか」

森町誠
「兵吾の店の野菜使えば、いいカレーができそうだよね」

加賀兵吾
別に構わねぇが、ここには配達はしねぇ

馬場三成
「なんで!?うちに届けてよ!」

加賀兵吾
なんでこれ以上テメェの胡散臭ぇ笑顔を見なきゃなんねぇんだ

氷室征司
「同感だ」

(そう言いながら、お店が終わったら大体ここに集まるクセに)
(ほんと素直じゃないよね、兵吾くんって···)

加賀兵吾
うるせぇ

突然、兵吾くんが睨んできた。

サトコ
「何も言ってないのに···」

加賀兵吾
テメェの顔を見りゃ、予想はつく

サトコ
「それって、言葉がなくても分かり合えてるっていう···」

加賀兵吾
寝言は寝てから言え
それとも、永遠の眠りにつくか?

サトコ
「め、滅相もございません···!」

(はあ···こうやっていつもアプローチしてるけど、いつも見事にスルーされる···)
(長期戦は覚悟してるから、いいけど···でもやっぱり、ちょっと寂しいな)

でも、思わせぶりな態度をとらないところは兵吾くんらしい。
そういうところが好きなのだから、もうどうしようもない。

(いつか諦めて、他の人を好きになる時が来るのかな)
(想像できないけど、でも今はまだ、もう少しこのまま···)

兵吾くんに見惚れていたせいか、コーヒーカップに軽く手が触れた。
コーヒーが少しだけこぼれて、服の腕のところに跳ねてしまう。

サトコ
「あ···」

加賀兵吾
···チッ

ナプキンを手に取ると、兵吾くんが服を拭いてくれた。

サトコ
「ありがとう···ごめんね」

加賀兵吾
相変わらず鈍くせぇ

サトコ
「うっ···これでも、昔より機敏になったと思うんだけど」

加賀兵吾
どこがだ

服がシミにならないように拭いてくれたあと、兵吾くんがふと、何かに気付いたように手を止める。
そして、私の二の腕をおもむろにムニュムニュと揉み始めた。

サトコ
「な!?」

加賀兵吾
テメェ···痩せたんじゃねぇだろうな

サトコ
「あ、そうそう!最近ダイエットが成功して!」

加賀兵吾
······

サトコ
「···なんでそんな、不機嫌なの···?」

加賀兵吾
テメェの取り柄は、柔らかさだけだろうが···

盛大に舌打ちされたとき、カフェのテレビから賑やかな声が聞こえてきた。

司会者
『今週の特集は、イケメン店員のいるお店です!』
『今日は、商店街のアイドルと名高い八百屋の加賀兵吾さんにご出演いただきます!』

加賀兵吾
······

(···ん?どこかで聞いた名前···)
(···え!?テレビに映ってるの、兵吾くん!?)

大河内湊
「なにこれ、いつの間に取材なんて受けたんだよ?」

加賀兵吾
断ったが、姉貴に無理やり出させられた

サトコ
「すごい!このリポーターのお姉さん、今人気ある人だよね!?」
「もしかして、芸能人と話したりした?スカウトされちゃったりとか?」

加賀兵吾
···黙れ

ガッと、兵吾くんの大きな手が私の顔面をつかむ!

サトコ
「···アイアンクロー···!」

森町誠
「兵吾って、サトコにはそのスキンシップ好きだよな」

加賀兵吾
スキンシップじゃねぇ。躾だ

サトコ
「躾···!?親でもないのに!?」

馬場三成
「でもこれ、兵ちゃんを出すよりも美優紀さんを出した方が良かったんじゃない?」

大河内湊
「確かに、そっちのほうが客は来そうだな」

加賀兵吾
好きで出たわけじゃねぇ

みんなで、テレビの向こうでも仏頂面をしている兵吾くんを見て盛り上がる。
そのときまでは、これからもこの時間が続くと思ていた···

【商店街】

それから、数日後。
商店街を歩いていると、知らない女性たちに声をかけられた。

女性1
「あの~、イケメン店員がいる八百屋さんってどこですか?」

サトコ
「えっ?」

女性2
「この前、テレビで見たんですけど~。ちょっと怖そうだけど、すっごくカッコいい人!」

(それって···まさか、兵吾くんのこと!?)

とりあえずお店の場所を教えてあげつつ、私も兵吾くんの八百屋さんへ急ぐ。
そこにはなんと、人だかりができていた。

女性3
「兵吾さんって彼女いるんですか?」

女性4
「お嫁さんは、このお店を一緒に切り盛りしてくれる人がいいとか?」

加賀兵吾
···どけ

トマトの箱を運びながら、兵吾くんが鬱陶しそうに女性たちを睨む。
でもそれすらも女性たちにはたまらないらしく、黄色い声が商店街に響き渡った。

(そんな···兵吾くん、あの態度だから普段は女の人から怖がれるのに)
(テレビ効果ってすごい···!アイドルみたい!)

でもそう思うと同時に、女性に囲まれている兵吾くんが、なんだか遠い人のように思えてくる。
忙しそうで声をかけることもできず、とぼとぼとその場を立ち去った。

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【カフェ】

試作のパンを持って、三成くんのカフェへ向かう。
そこには、兵吾くん以外の全員がそろっていた。

大河内湊
「あれ?兵吾は?」

サトコ
「アイドルになってた···」

大河内湊
「は?」

森町誠
「あ、もしかしてあのテレビ効果?俺もさっき、八百屋どこですかって聞かれたけど」

馬場三成
「兵ちゃん、顔はいいもんね~。態度は客商売向きじゃないけど」
「でも、硬派な八百屋!って人気が出てるらしいよ」

サトコ
「硬派な八百屋···」

(どうしよう···長期戦だと思ってたけど、これがきっかけで彼女ができたら···)
(私なんて妹としか見られてないのに、分が悪すぎるよ···!)

頭を抱える私に、湊くんたちが何やら顔を見合わせる。

大河内湊
「だから、デートにでも誘えっていつも言ってるだろ」

サトコ
「だって、絶対断られる···」

馬場三成
「そうかなー。もしかして兵ちゃんもサトコちゃんからのアプローチを待ってるんじゃないの?」
「サトコ、次のお店の定休日、空いてる?」

サトコ
「え?うん···でも、どうして?」

馬場三成
「えーと、“次の休み、兵吾くんとデートしたい!” ···」
「 “頑張ってオシャレするから、兵吾くんも予定空けてほしいな” ···送信っと」

サトコ
「わーーーっ!?私のスマホで何やってんの!?」

馬場三成
「ん?兵ちゃんにLIDE送ったとこ」

大河内湊
「もっと遠回しの方がいいんじゃねーの?」

馬場三成
「でも、サトコっていつもこんな感じで直球じゃない?」

氷室征司
「物真似のセンスだけは褒めてやる」

みんな、三成くんが打った私のLIDEの文章を見て感心している。

馬場三成
「昔、こういうサクラの仕事をやっていた時期があってね···」

大河内湊
「三成も、結構苦労したんだな···」

馬場三成
「まあそれは置いといて、なかなか既読つかないね」

森町誠
「仕事、忙しいんじゃないか?」

大河内湊
「気長に待っとけよ、サトコ」

サトコ
「う、うん‥」

スマホを返してもらい、“どうすれば兵吾くんに振り向いてもらえるか” をみんなに相談する。
既読がつき、了承の返事が来たのは、家に帰ってからだった。

【商店街】

デート当日、精いっぱいオシャレして兵吾くんとの待ち合わせ場所に向かう。
その途中で、テレビの撮影クルーとすれ違った。

(また商店街を取材するのかな)
(これを機に、うちの商店街ももっと活気づいてくれればいいけど)

待ち合わせ場所につくと、兵吾くんが先に来ていた。

加賀兵吾
······

サトコ
「さ、サングラス···!?夜のなのに!?」

加賀兵吾
うるせぇ

サトコ
「ごめん···だって、びっくりして」

兵吾くんはサングラスを外す様子もなく、そのまま歩き出した。

サトコ
「見えてる···?」

加賀兵吾
見えてなきゃ歩けねぇだろ
どこに行きてぇんだ

サトコ
「あ!実は、兵吾くんに選んでもらいたいものがあって」
「雑貨屋に行きたいんだけど、付き合ってくれる?」

加賀兵吾
···仕方ねぇ

文句を言いながら、いつも結局こうして面倒を見てくれる。

(こういうわかりにくい優しさが、好きなんだよね···)

加賀兵吾
···それ、新しいのか

サトコ
「え?」

サングラスをしたまま、兵吾くんが私のワンピースを顎で指す。
気付いてもらえたことが嬉しくて、思わず笑顔になった。

サトコ
「うん!今日のために買っちゃった!」

加賀兵吾
······

サトコ
「あ···もしかして、ちょっと子どもっぽかった?」

加賀兵吾
テメェにはお似合いだろ

少しだけサングラスをずらして、兵吾くんが口元に色気のある笑みを浮かべる。
そのしぐさと笑い方に、つい見惚れてしまった。

(ず、ずるい···兵吾くん、絶対無自覚だよね)
(でもそういうところも、夢中にさせられるんだよな···)

サトコ
「そういえば、お店の方は大丈夫?」
「今日は休みだけど、明日は朝早いんじゃ」

加賀兵吾
昼間のうちにやっといたから、問題ねぇ
···あとは、姉貴がどうにかすんだろ

サトコ
「美優紀さんが?」

その意味がわからず首を傾げたとき、兵吾くんが私の腕を引っ張った。

サトコ
「どうしたの?」

加賀兵吾
なんでもねぇ。さっさと歩け

サトコ
「う、うん」

(あ···もしかして、歩道側にしてくれた?)

サトコ
「ありがとう、兵吾くん」

加賀兵吾
鈍くさいテメェが車に轢かれでもしたら、目覚めが悪ぃからな

サトコ
「不吉な···」

加賀兵吾
買い物すんだろ。店、どこだ

サトコ
「あ、この先の···」

言いかけたとき、兵吾くんのスマホが鳴った。
でも兵吾くんは画面を確認することなく、雑貨屋のほうへ歩いて行く。

サトコ
「出なくていいの?」

加賀兵吾
問題ねぇ
モタモタしてるんなら、置いてくぞ

サトコ
「あ、待って!」

その後も電話はひっきりなしに鳴り続けたけど、兵吾くんは最後には電源を切ってしまった。

(私とデート中だから···ってわけじゃないんだろうけど)
(でも、一緒の時間を大事にしてくれてるみたいな気がして嬉しいな)

久しぶりのふたりきりの時間を、目いっぱい楽しんだ。

【カフェ】

数日後。
三成くんのカフェでいつものようにパンの試食会を行っていると、テレビから聞き慣れた声がした。


『こんげつのオススメは、ナスとピーマンとニンジンです!』
『カレーにいれると、とってもおいしいです!花もよくたべます!』

サトコ
「え!?テレビに花ちゃんが映ってる!?」

花ちゃんとは、兵吾くんの姪っ子だ。
その隣では、兵吾くんのお姉さんの美優紀さんが、ハラハラした顔で花ちゃんを見守っている。

司会者
『はい!花ちゃん、ありがとう!』
『この八百屋さんは、イケメンだけでなくこんなにかわいい看板娘もいるんですね~』

花ちゃんのかわいらしさにスタジオは盛り上がり、大好評のままお店紹介が終わった。

サトコ
「なんで花ちゃんが···もしかして、兵吾くんが押し付けたんじゃ」

加賀兵吾
押し付けたわけじゃねぇ。姉貴が勝手に花を出演させただけだ

サトコ
「そうだったんだ···兵吾くんはもう出ないの?」

加賀兵吾
珍獣扱いなんざ、冗談じゃねぇからな

その言葉に、内心ホッと胸を撫で下ろす。

(ファンがいっぱいできて、このまま遠い人になっちゃうんじゃないかと思ったけど···)
(よかった。やっぱり、兵吾くんは兵吾くんのままみたい)

馬場三成
「とかなんとか言っちゃって~」
「本当は、サトコとの時間を邪魔されるのが嫌だったんじゃないの?」

サトコ
「え?」

大河内湊
「花が取材を受けたのって、サトコとのデートの日だろ?」
「美優紀さんが、『兵吾が逃げやがった!』ってすげー怒ってたけど」

サトコ
「そ、そうだったの?」

加賀兵吾
知ったこっちゃねぇ
あの日は定休日だ。何をしようが俺の勝手だろ

(もしかして、あのときの鬼のような着信···美優紀さんからだったんじゃ)
(取材が入ってたのに、私との約束を優先してくれたの···?)

サトコ
「兵吾くん···来てくれてありがとう」

加賀兵吾
テメェの方が先約だっただけだ

氷室征司
「······取材は、もっと前から入っていただろう」

加賀兵吾
黙れ

森町誠
「兵吾ってほんと、素直じゃないよなあ」

(もしかしたら、ほんのちょっとだけ特別扱いしてくれたのかな···?)
(だとしたら嬉しいけど、やっぱりそれも、“妹” としてなんだろうな)

とほほ···と思いながら、試食のクリームパンを口にする。
すると、兵吾くんの手が伸びてきて口元に触れた。

サトコ
「え···」

加賀兵吾
ガキか

口の端についていたクリームを取り、兵吾くんがそれを食べてしまう。

サトコ
「·········!」

加賀兵吾
甘さが足りねぇな
次はもっと甘くしろ。それと、柔らかさも2割増しだ

サトコ
「しょ、精進します···」

(っていうか、今のは···!?な、何···!?)
(そんなことされたら、期待しちゃうよ···!?)

“女” として見てもらえるように、もっと頑張ろうと決心した瞬間だった。

Happy  End

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