【個別教官室】
潜入捜査が決まった数日後、必要なものを急いで手配し、何とか準備は間に合った。
(‥のは、いいけど)
加賀
「今話した通りの手順でいく」
「誰かがひとりでもミスしやがったら、計画はおじゃんだ」
東雲
「了解でーす」
加賀
「お前の心配はしてねぇ」
加賀さんの視線の先には、私の姿。
サトコ
「だ、大丈夫です!任務の重要性は理解してます!」
加賀
「だったらなんだ、その情けねぇツラは」
サトコ
「こ、これはですね‥」
今回の捜査では加賀班がパーティで黒崎に接触、ブツの流れは石神班が追うことになっている。
アジトが確定次第、頃合いを見計らって二班で突入する予定だ。
そんななか、私の今回の役割は、コンパニオンに扮すること。
そこでテロ組織の幹部である黒崎に接触して、加賀さんが発信機を取り付ける隙を作るーーー
(‥のは、いいんだけど。いや、そう簡単にはいかないだろうけど)
(でも問題なのは、それよりもこの格好‥!)
コンパニオンという役柄のせいか、用意された衣装があまりにもきわどい。
(大丈夫‥!?大事なところ、見えてない!?)
(身体を隠す布地が少なくて、心許ないことこの上ない!)
加賀
「‥‥‥」
サトコ
「あ、あの‥」
東雲
「そんな恰好してるのに、イマイチ色気が足りないよね」
意地悪な笑みを浮かべながら、東雲教官が個別教官室を出て行く。
サトコ
「すみません‥色気がないのは、生まれつきなんです」
加賀
「‥お前が黒崎の注意をそらしてる隙に」
「俺が、奴に発信器をつける」
「5秒ありゃ充分だ。ヘマすんじゃねぇぞ」
サトコ
「わ、わかりました」
背筋を伸ばして返事をすると、加賀さんが何か言いたげに、組んでいた腕を下した。
加賀
「‥おい」
サトコ
「えっ?」
加賀
「うまくハニートラップできるか、やってみろ」
サトコ
「く、黒崎相手にハニートラップは使いませんよね‥!?」
加賀
「四の五の言ってんじゃねぇ」
私を壁際まで追い詰めて、加賀さんが短いスカートから見える太ももの間に、
自分の脚を差し入れる。
サトコ
「だ、誰かに見られたら‥!」
加賀
「潜入捜査の練習だ」
「見られて、困るもんでもねぇ」
(私は困るのに‥!)
反論など許されるはずもなく、加賀さんに両手を押さえつけられ、深く口づけられた。
その激しいキスだけで、いつものように黙らされる。
(捜査前に、こんなっ‥)
(‥でももしかして、加賀さんなりの激励‥?)
加賀さんの身体を押し戻すのをやめて、そのまま身を委ねる。
加賀
「‥煽りすぎるんじゃねぇぞ」
(えっ‥?)
(もしかして‥この衣装、似合ってるってこと‥なのかな?)
(聞いても答えてくれなそうだけど‥)
都合よくそう解釈して、さらにやる気を出す私だった。
【パーティー会場】
加賀さんよりも少し先に、パーティー会場に潜入した。
作戦はすでに始まっていて、インカムから加賀さんの指示が来る前に会場の様子をうかがう。
(みんな、一般の人‥みたいな顔はしてるけど)
(指定暴力団組員多数に、行確対象者リストで見たことある人もチラホラいる)
(今回はその筋の人ばっかりのパーティーなはずだし、気を付けないと)
加賀
『聞こえるか』
短い声がインカムから聞こえてきて、振り向かないまま扉の方を見た。
サトコ
「はい、大丈夫です」
東雲
『黒崎はステージに向かって2時の方向』
『今なら誰とも接触してないから、チャンスです』
加賀
『行け』
歩き出すことで、了解の返事をする。
東雲教官が教えてくれたところに、写真で確認した被疑者がいた。
(飲み物、持ってない‥今しかない!)
サトコ
「失礼いたします。お飲み物をどうぞ」
(このまま気を引いて‥何とか、加賀さんが黒崎に発信器をつける隙を与えないと)
(それには、普通に話しかけてるだけじゃダメだ)
持っていたシャンパングラスを渡すと、黒崎が手を伸ばした。
黒崎
「ああ」
加賀
『なるべく時間を稼げ』
サトコ
「私、こんなに大きなパーティーで働くのは初めてなんです」
「なんだか緊張しちゃって。でも、すごい規模のパーティーですね」
黒崎
「この程度、普通だろ」
(‥今だ!)
黒崎のジャケットに、わざとシャンパンをこぼす。
サトコ
「あっ‥!」
黒崎
「!」
「おい‥なんてことしてくれんだ?」
サトコ
「も、申し訳ございません!すぐに、何か拭くものを‥」
予想通り怒る黒崎を必死になだめていると、誰かが私の背後に立つ気配。
加賀
「テメェ、何してる?」
サトコ
「あ、あの‥これは」
加賀
「‥っ大丈夫ですか!?黒崎さん!」
ヤクザの下っ端として黒崎を心配するフリをしながら、加賀さんが黒崎に近づく。
加賀
「一旦脱いでください、乾かします」
黒崎
「チッ‥使えねぇコンパニオン雇った奴はどいつだ」
サトコ
「誠に申し訳ございません!緊張してしまって‥」
私が黒崎の相手をしている間に、加賀さんが手際よく黒崎からジャケットを脱がせた。
シャンパンを拭きとりながら、襟の後ろに発信器を付けている。
(加賀さんが黒崎に発信器をつけるめで、5秒)
(それまで、絶対に気付かれないようにしなきゃ)
加賀
「‥‥‥」
やはり向こうも周りには注意を払っているらしく、
さりげなく目線を動かし周囲を窺っているのが見て取れた。
加賀さんの行動は早かったけど、不意に黒崎が加賀さんに目を向ける。
(ダメだ!絶対バレる訳にはいかない!)
サトコ
「失礼いたしました。クリーニング代はお支払いしますから」
黒崎
「そんなのいらねぇから、さっさと失せろ」
黒崎が再びこちらを向き、なんとか気を逸らすことに成功した。
その間に、加賀さんは発信機の取り付けを完了させた。
加賀
「黒崎さん、お待たせいたしました」
「うちのクズが申し訳ありませんでした!」
流れるように黒崎にジャケットを着せると、加賀さんが強引に私の頭を下げさせる。
黒崎も面倒になったのか、無言でその場を立ち去って行った。
その後、発信機には気づいていないことを確認して私は持ち場から離れる。
こっそり胸を撫で下ろしていると、加賀さんの声がインカムから聞こえてきた。
加賀
『上出来だ』
サトコ
「‥‥‥!」
(ほ、褒められた!?嬉しい‥!)
(ちょっと危なかったけど、なんとか山場は越えたよね)
この後は引き続き、コンパニオンに扮して黒崎が誰と接触するかを見張る必要がある。
黒崎を目で追いかけていると、突然、大きな音を立てて扉が開いた。
???
「動くな!全員、頭の後ろで両手を組め!」
加賀
「!」
加賀さんが、素早く取り出した銃を相手に向ける。
その銃口の先にいたのは‥桐沢さんだった。
加賀
「テメェ‥」
桐沢
「お前‥」
(桐沢さん‥どうして!?)
同じように、桐沢さんも加賀さんに銃を向けている。
敵同士ではないはずなのに、お互い、一歩も退かずに睨み合った。
加賀
「‥余計なことしやがって」
参加者
「サツだ!手入れだ!」
花井
「全員、動くな!」
「いいか、奴だけは絶対に逃がすな!必ず確保だ!」
天王寺
「了解!」
(花井さん‥他の二課の人たちまで!)
まさかの展開に、頭がついていかない。
でもひとつ、はっきりしているのは‥二課が追っている犯人も、
この中にいるらしいということだった。
(だけど、万が一ここで全員逮捕されたら‥黒崎まで確保されたら、計画が水の泡だ)
公安がずっと追っていた、テロ組織への足掛かり。
黒崎が二課に捕まれば、それを失うどころか警戒されて余計にテロ組織壊滅が遠のくだろう。
(どうしよう‥どうしたら)
加賀
「‥チッ」
舌打ちすると、加賀さんが銃を天井へ向けた。
そしてそのまま、ためらうことなく引き金を引く。
サトコ
「!!!」
桐沢
「!」
パァン!という大きな音は大混乱を呼んだものの、二課の人たちは事態収拾に素早く動きだす。
しかし大勢の人が一気に出口に押し寄せ、黒崎はその騒ぎに乗じて会場から瞬く間に姿を消した。
混乱の中、加賀さんの機転のおかげで公安として最悪の事態を免れることができたのだった。
その後、パーティー会場にいた西堀会の中堅メンバーは拳銃・麻薬売買の容疑で、
他はほぼ公務執行妨害で特命二課の方たちに逮捕されていった。
その他の参加者を全員移動させた後、
もぬけの殻となった会場には一触即発の雰囲気が漂っていた。
そう‥加賀さんと、桐沢さんの。
桐沢
「どういうことか説明しろ」
加賀
「俺は、やるべきことをしたまでだ」
桐沢
「犯人を逃がすことが、公安のやることか」
サトコ
「犯人‥?」
(黒崎の他にも、逃げた人がいた‥?)
(でも参加者リストと照らし合わせたら、それ以外の人は全員いたはず‥)
花井
「ボス、撤収終わりました」
天王寺
「まさかこんな騒ぎになるなんてなぁ」
京橋
「‥おや」
戻ってきた二課の人たちが、桐沢さんと睨み合う加賀さんに気付く。
京橋
「これは驚きました。またお会いしましたね」
花井
「加賀さん‥?なんで公安がここにいるんだ?」
浅野
「さっき、間違えて撃つところだった」
八千草
「修介さん、気付いてたんですか?」
浅野
「踏み込んだ瞬間に、こっちに銃口向けたから」
続々と戻ってくる二課の面々は、ふたりではなく私の方へ歩いてくる。
野村
「サトコちゃん、最近縁があるね~」
「で、どうして公安がここに?‥まあ、その格好を見れば、なんとなく想像がつくけど」
サトコ
「それは‥」
潜入捜査だと気づかれているらしいけど、私の口から言っていいかどうかわからない。
仕方ない、というように、加賀さんが口を開いた。
加賀
「テロ組織の幹部を追ってる」
「テメェらには関係ねぇ」
花井
「それ‥もしかして黒崎か?」
野村
「奇遇だね。俺たちもそいつを追ってるんだよ」
サトコ
「えっ?」
桐沢
「最近界隈で起きてる連続殺人の犯人が、黒崎って男だという証拠があがった」
「‥逃げられたけどな」
加賀
「‥‥‥」
(まさか二課まで、黒崎を追ってるなんて‥)
答えない加賀さんに、桐沢さんの表情が険しくなった。
桐沢
「お前‥わざと逃がしたのか」
「そもそもゼロからの指令を聞いていれば、お前はここにいないはずだろう」
野村
「黒崎には連続殺人犯としての逮捕指示が二課に出ていたからね」
加賀
「‥お前らの突入のせいで、奴が捕まっちゃ困る」
「せっかく突き止めたテロ組織への足掛かりを失うからな」
桐沢
「あいつは、殺人事件の犯人だぞ?」
「野放しにしたら、また犠牲者が出るかもしれねぇ」
加賀
「テロが実行されたら、ひとりふたりの犠牲じゃすまねぇ」
「現にこのテロ組織は、以前から主要都市の空港襲撃計画を温めてる」
「あいつは、このパーティーで拳銃取引をしたはずだ」
「それが全部テロ組織に流れたら、コトだろ」
桐沢
「黒崎は、もう3人も殺してるんだ」
「さっさと確保しなきゃ、別の誰かが狙われる」
加賀
「こっちは3人どころじゃねぇ、一般市民大勢が標的になる」
「事件を未然に防いで、より多くの人命を守ることが公安の使命だ」
桐沢
「そのために、犠牲になるかもしれない命を放っておくってのか」
「犠牲になるのが、お前の家族だったらどうする?」
加賀
「たらればの話なんざ、時間の無駄だ」
火花を散らすふたりの間で、オロオロすることしかできない。
二課の人たちも黒崎を逃がした私たちを、快くは思っていないようだった。
加賀
「どっちにしろ、ブツを流してテロ組織と接触するまでは泳がせる」
「それが、組織にたどりつく一番手っ取り早い方法だ」
桐沢
「お前がどう言おうと、公安の考えがどうだろうと、俺たちは犯人確保に動く」
「それが、俺たちの仕事だからな」
両者一歩も譲らない様子だが、その対立になんだか違和感を覚える。
(立場上、お互いの優先する事柄が違うのはわかるけど)
(今回は協力して捜査をすれば、お互いの目的を同時に果たせる気がする‥)
サトコ
「あのっ‥公安と二課の役割は違っても、大きな目的は一緒です!」
「逃げてしまった黒崎は戻ってこないわけですし」
「新たな殺人を犯さないように見張りながら、テロ組織に辿り着くまで泳がせるとか‥」
「お、お互いに力を合わせませんか!?」
加賀
「‥‥‥」
時が止まったような沈黙の空間。
出過ぎた真似をしたかと後悔しだした瞬間、ある人のひと言が静寂を破った。
桐沢
「へえ‥さすが、加賀のパートナーでいられるだけある」
「見かけによらず、威勢がいいな」
感心したように、桐沢さんが笑った。
加賀さんは、いつものように渋い顔をしている。
加賀
「クズが。知ったような口きくんじゃねぇ」
サトコ
「でも‥っ」
加賀
「テメェのせいで計画がポシャったら、責任取れんのか」
胸倉をつかまれ、一瞬息を呑んだ。
(確かに、責任は取れない‥だからこそ)
サトコ
「‥厳しい躾けには、慣れてます」
「ここは二課の人たちと協力した方が、計画がスムーズに進むと思います‥!」
加賀
「‥‥‥」
八千草
「ワオ‥‥」
花井
「加賀さんに胸倉掴まれて腰抜かさない女が、この世にいるんだな」
野村
「サトコちゃん、大丈夫?あとで加賀に締められるよ~」
サトコ
「そっ、それも慣れてます‥!」
京橋
「なかなかの逸材ですね」
浅野
「京橋さんが言うと、違う意味に聞こえる」
加賀
「‥‥‥」
加賀さんはもう一度私を睨んだけど、怯まない私を見て手を離した。
加賀
「ちょっとは、骨のあること言うようになったじゃねぇか」
サトコ
「ごほっ‥あ、ありがとうございま‥」
「っていうか、結構本気で力入れました‥!?」
加賀
「慣れてるんだろ」
サトコ
「首絞められることには慣れてませんよ‥!」
天王寺
「おっそろしいDVやな」
八千草
「パワハラを通り越してますよね」
周りの野次など気にせず、加賀さんが私を一瞥した。
加賀
「どっちにしろ俺はこのあと、黒崎を追う」
「テメェは学校に戻れ」
サトコ
「えっ‥」
加賀
「グズが来ても、足手まといだ」
サトコ
「‥嫌です!」
気が付けば、大きな声でそう反論していた。
鋭い目に睨まれて冷や汗が流れたけど、それでも必死に加賀さんに食らいつく。
サトコ
「ここまで来たら、私も一緒に行きたいです!」
加賀
「駄犬がいても、邪魔なだけだ」
サトコ
「犬は犬なりに、できることがあります!」
加賀
「‥‥‥」
天王寺
「自分を犬やって認めるんか‥」
京橋
「公安の訓練生は、優秀ですね」
花井
「でも実際、訓練生は足手まといじゃないのか」
「相手は凶悪殺人犯に、テロ組織だぞ」
サトコ
「だ、大丈夫です‥そういう相手にも、慣れてます!」
半分以上は虚勢だったけど、でもどうしても、ここで置いて行かれたくなかった。
(このなかで直接黒崎と接触したのは加賀さんと私だけ、何かできることがあるかもしれない)
(一度携わった事件、解決もせずに手を引くなんてしたくないし)
(それに‥テロ組織に乗り込む加賀さんの帰りをジッと待ってるなんて、できない!)
サトコ
「‥連れて行ってください」
加賀
「‥‥‥」
サトコ
「お願いします‥!」
加賀
「‥好きにしろ」
「テメェの身は、テメェで守れ」
サトコ
「はい!ありがとうございます!」
(テロ組織を壊滅させてテロを未然に防ぐ‥それが、公安の正義)
(大口叩いて「二課と協力しましょう」なんて言った以上は、お互い成果を出すしかない!)
to be continued