【学校 廊下】
(去年も8位だったが‥実力として定着したようだな)
期末考査の結果一覧を見ながら、昨年のことを思い返す。
本人は知らなかったとはいえ、サトコは裏口入学でこの学校に入った。
(最初はどうなることかと思ったが‥)
今では成績上位者として、安定した成績を出している。
サトコの成長には、驚かされるものがあった。
(今日は宿直だったな)
後藤
「石神さん」
寮に足を向けると、後藤から声を掛けられる。
石神
「なんだ?」
後藤
「氷川を見かけませんでしたか?」
石神
「いや、見てはいないが‥」
「これから寮に行くから、見かけたら声をかけておく」
後藤
「お願いします。俺は教官室にいるので、そう伝えてください」
石神
「ああ、分かった」
後藤と別れて窓の外を見ると、夜の帳が落ちていた。
(もうこんな時間になるのか‥)
ふと、12月に入ってしばらく経ったことを思い出す。
(そろそろクリスマス、か‥)
何も考えていないわけではないが、まだ特に予定は立てていない。
(期末考査が終わったことだし、折を見てサトコに聞いてみるか)
【寮 談話室】
サトコ
「鳴子、これお願いしていい?」
鳴子
「うん。いってらっしゃい」
後藤が呼んでいたことを伝えると、サトコはすぐに教官室に向かった。
宿直室に戻ろうとすると、テーブルの上にある雑誌が目に入る。
(キャンドルナイト‥?)
まじまじとページを見ると、どうやらクリスマス特集らしい。
俺の視線に気付いたのか、佐々木が声をかけてくる。
鳴子
「これ、最近注目されているイベントらしいですよ」
石神
「そうか」
開きっぱなしになっているページの端には、サトコの物と思われる付箋がついている。
(ここに行きたいのか?)
(去年もイルミネーションに行きたがっていたが‥)
鳴子
「よかったら、見ますか?」
「‥って、これサトコのですけどね」
石神
「いや、いい」
俺は踵を返すと、談話室を後にする。
(候補のひとつに入れておくか‥)
【個別教官室】
数日後。
石神
「23日までは捜査に出るが、予定通り終われば24日に時間ができる」
「一緒に出掛けないか?」
サトコ
「はい!」
クリスマスイブにデートに誘うと、サトコは満面の笑みで返事をする。
石神
「去年のクリスマスは遅れてしまったから、今年はサトコの好きなことをしないか?」
そう伝えると、サトコは少し考えながら俺がしたいことを聞いてくる。
(俺はサトコの願いを叶えてやりたいんだが‥)
サトコの性格からして、きっと自分からは要望を言わないだろう。
(キャンドルナイトに興味を示していたような‥)
談話室でそれを知ってから、空いた時間にある程度調べていた。
石神
「それなら‥軽井沢のコテージに行かないか?」
「久しぶりに、ふたりでゆっくり過ごそう」
サトコ
「はい!」
元気よく返事をするサトコに、笑みを漏らす。
軽井沢にあるコテージの近くの教会では、毎年キャンドルナイトをやっているらしい。
(なかなか素直になれない恋人に、サプライズプレゼント‥だな)
【コテージ】
数日後。
コテージの予約をした俺は、空いている時間を見つけて下見にやってきた。
予約したのは、女性に人気のあるコテージ。
オーナー
「どうですか?」
石神
「素敵な外観ですね」
(これならサトコも喜んでくれるだろう)
オーナー
「それならよかった」
「もし何かあったら、遠慮なく言ってください」
オーナーである老人は、人の良さそうな笑みを浮かべている。
石神
「ひとつ、お聞きしたいことがあります」
「この近くに協会がありますよね?それでキャンドルナイトが催されると聞いたのですが‥」
オーナー
「あれなら、今年も開催されますよ」
石神
「そうですか‥」
ひとまず安心して、ほっと息をつく。
石神
「一緒に来る者が、そのキャンドルナイトを楽しみにしているので」
オーナー
「その方は、あなたにとって大切な方なのですね」
オーナーはまるでわが子を見るように、目を細める。
オーナー
「看守のように鋭かった目が、急に優しくなりましたよ」
石神
「それは‥」
ニコニコと微笑むオーナーに。下手に取り繕っても仕方ないだろう。
石神
「はい‥私にとって、大切な女性です」
オーナー
「ぜひ、このコテージで思い出に残るひと時を過ごしてくださいね」
【リビング】
それから続けて、コテージのリビングへと案内される。
リビングは外観に負けず、綺麗な内装だった。
(‥ん?)
片隅にある水槽に、目を留める。
(こ、これは‥!)
石神
「この魚、ダイヤモンドペレズテトラですか?」
オーナー
「そうですが‥もしや、熱帯魚にお詳しいんですか?」
石神
「はい。熱帯魚が好きで家で飼っています」
家にいる熱帯魚を伝えると、オーナーの目が輝いた。
オーナー
「まさかここまで熱帯魚が好きな人と出会えるとは‥」
「よかったら、私の家に来てコレクションを見て行ってください」
石神
「いえ、私は‥」
オーナー
「熱帯魚好きに悪い人はいませんから。ね?」
(無理に断るわけにもいかないか‥)
石神
「分かりました。ぜひ、お邪魔させてください」
そして俺はオーナーに連れられ、彼と熱帯魚談義をすることになった。
【警視庁】
(思わぬ時間を食ってしまった‥)
オーナーに解放されて警視庁に着く頃には、日が落ちていた。
莉子
「あら、秀っちじゃない」
石神
「木下か。ちょうどいい、お前に渡すものがある」
通りがかった木下から声を掛けられ、書類を渡すためファイルを取り出す。
(っ、しまった‥)
ちらりとキャンドルナイトのチラシが見えてしまい、内心焦る。
石神
「これで間違いないか?」
俺は素早くそれを隠すと、何事もなかったかのように木下に書類を渡した。
莉子
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
(気づかれていないみたいだな)
安堵して、その場から立ち去ろうとすると‥
莉子
「いいわね、軽井沢。楽しんできて」
木下は俺の肩をぽんっと叩き、去っていく。
(‥チッ)
自分のうかつさに、心の中で舌打ちをする。
(今度からあいつに会う時は、色々と気を付けるか)
【コテージ】
クリスマスイブ当日。
(このままだと、キャンドルナイトに間に合わないな)
サトコから、トラブルに巻き込まれて遅れると連絡が入った。
状況を考えると、サトコがこちらに到着するのは夜になるだろう。
(今から他のサプライズを考えるか‥?)
オーナー
「おや、彼女はまだ来ていないのですか?」
そこに、様子を見に来たというオーナーがやってくる。
石神
「はい。トラブルに巻き込まれてしまったみたいで」
「時間的にキャンドルナイトのイベントは行けないので」
「他に何か出来ないか考えていたところです」
オーナー
「なるほど‥」
「それなら、ここでキャンドルナイトをやったらどうですか?」
石神
「ここで‥ですか?」
オーナー
「ええ。実は昔、私も奥さんのためにここでキャンドルナイトをやったことがあるんです」
「その時の残りが、まだあったはずですから」
俺は少しの間、考えを巡らせる。
石神
「お願いしてもいいですか?」
オーナー
「もちろんです。熱帯魚好きのよしみですから。ね?」
それからオーナーの家にお邪魔して、キャンドルをコテージに運ぶ。
オーナー
「なんだか、昔を思い出しますね」
オーナーも一緒になって、キャンドルを玄関に並べてくれた。
それから少しして、オーナーに声をかける。
石神
「ありがとうございます。あとは私が自分で完成させます」
オーナー
「ええ、その方がいいですね」
オーナーは残りのキャンドルを俺に託して、微笑んで帰って行った。
ひとりで黙々とキャンドルを並べていると、ふいに隣に彼女がいない寂しさが過る。
(サトコはちゃんとここへ来れるのか‥)
ただでさえトラブルに巻き込まれているのに、
さらに何かに巻き込まれるという可能性も決してゼロではない。
(去年のサトコも、こんな気持ちだったのか)
ただ寂しいだけじゃない。
相手を待つというのは、様々な想いが胸を支配する。
(あんなに手を冷たくして、ひとりでツリーを見ていたサトコは‥きっともっと‥)
サトコのことを考えるだけで、愛おしさと喜ばせたいという気持ちが募っていく。
(今年こそ、俺がサトコを楽しませたい‥)
(そのためにも、今は自分ができることをしよう)
サトコが笑顔になるようにと祈りを込めながら、キャンドルを並べた。
【寝室】
サトコと甘い夜を過ごして、しばらく。
(よく眠っているな‥)
俺はサトコの枕元に、柄にもなくサンタクロースのように手紙を置く。
以前サトコからもらった手紙が嬉しくて、
照れくさいながらも自分の想いを手紙にしたためたのだ。
(これを読んだら、どんな反応をするのだろうか)
サトコを起こさないように、頬をそっと撫でる。
サトコ
「ん‥」
小さく身じろぐサトコが可愛くて、笑みを漏らす。
(キャンドルに願いを込めた時もそうだったな)
サトコが立派な刑事に育つこと、この幸せな時間が続くことを祈って火を消した。
願うのはいつも、サトコの事ばかり。
(手紙に書いたことは大げさなんかじゃない)
(ずっと一緒にいられたら‥本当にそう思っているが‥)
石神
「お前はどう思ってる?サトコ‥」
答えるはずもないサトコに問いかけると、彼女はもぞもぞと俺の方に近寄った。
石神
「お前ってヤツは‥」
(ジンクスなんてなくても、俺はずっとそばで見守っている)
穏やかな寝息を立てているサトコの額に、そっとキスを落とす。
俺は再び布団に戻ると、愛しい彼女の温もりを感じながら瞳を閉じた。
Happy End