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勘違いBABY 石神カレ目線



【教官室】

警護課との合同任務は通常のものとは大きく異なり、骨の折れるものだった。
その件も片付き、やっと落ち着いた気持ちで学校を訪れると――

サトコ
「あ···」

加賀
チッ

書類を落としたサトコに加賀が舌打ちをする現場に出くわした。

(また加賀に使われているのか)

誰の補佐官か···関係なく、目に付いた者に用件を押し付けているのか。
それとも――
その先までは考えず、軽く加賀に視線を送ってから氷川の前に立つ。

石神
どうした?

サトコ
「!」

顔を上げたサトコの顔が目に見えて強張っていくのがわかった。

(何かあったのか?)

固まった表情は、心なしか青白くさえ見えた。

石神
顔色が悪いぞ

サトコ
「いえ、そんなことは···」

絞り出すような声も、彼女が普段とは違うことを知らせてくる、
目を合わせようともしないことを訝りながら、とりあえず書類を集めようとすると···

石神
······

サトコ
「!」

指先が触れ合った瞬間に、大きくその肩が跳ねるのがわかった。

(サトコ?)

サトコ
「···っ!」

石神

声をかけようと口を開いた時には、手が払われていた。

石神
······

(触れられたくない···か)
(初めてだな、こんなことは)

今、自分がどんな顔をしているのかわからない。
鋭い刃で胸を一突きにされたような···そんな痛みを伝えてきた。



【個別教官室】

石神
······

逃げ出すように教官室をあとにした彼女。
払われた手は、今でも指先まで冷たいような錯覚を覚える。

(何かしたか···?)

ここしばらくは任務で離れていたために、顔を合わせる機会自体が少ない。
それでも、あんなことになるからには、何かあったのだろうと···
俺はここ数日のことに思いを馳せた――

桂木班の秋月が打ち合わせのために訪れ、氷川が教官室を出ていく。

石神
協力を要請したい部分には、赤線が引いてあると言っていたが···
ほとんどの箇所に引いてあるように見えるが?

真っ赤になっている書類を手に秋月を見ると、気まずそうに頭を掻く。

海司
「いや、それはほんとに申し訳ないって桂木さんも言ってました」
「先方からの要望がかなり強く、圧力やらで断りづらいって話で···」

石神
···先方からの要請か

それなら仕方ないとため息を漏らす。
今回の警護対象者は某国の第3王子である、ジョン=ハウゼリッヒ氏。

(以前に日本を公式訪問した時に、担当したのがそもそもの始まり···)

海外から要人が来る場合は、それが皇族とはいえ諜報活動への警戒が入る。

(王子の来日は前例があるため、それほどの警戒の必要性はないと考えていたが)
(指名されるとはな···)

石神
俺はSPではない。そのことも承知の上でか?

海司
「上は問題ないと言っているそうです。マンション周りの警備には、こちらであたりますので」

警護計画の中で一番眉を寄せたくなるのは、マルタイを自宅に泊めるという箇所だ。

石神
一国の王子が一般人の家に泊まるなど、許されるのか?

海司
「普通なら許されないんですが···今回は王子側で、すっかり根回しが済んでるみたいで」
「石神さんだけが頼りなんで、よろしくお願いします!」

石神
······

頭を下げてくる秋月を前に、さっき押し殺したため息が零れ落ちた。

(秋月の力の及ぶところの話ではない···となれば、苦言ばかり続けることも憚られる)
(俺を説得するために、大方お祭り課で押し付け合って負けた結果なんだろう)

石神
ジャンケンかクジ引きか?

海司
「あ、今回はイス取りゲームでしたね」

石神
······

海司
「いや、今のは···っ」

( “お祭り課” は相変わらずのようだな)

石神
上の決定とあらば、従うしかない
ただ、彼を自宅に泊まらせるのであれば、他所での敬語は責任を持って果たしてくれ

海司
「了解です!」

了承が取れてホッとしたのか、秋月の顔に笑顔が広がる。

(秋月は “お祭り課” の中でも、特に考えが顔に出やすい奴だ)

公安では見ない率直さに内心苦笑しながら、この日の打ち合わせを終えた。

【石神マンション】

ジョン
「ヒデキ!そろそろ一緒にお風呂入りましょう!」

石神
おひとりでどうぞ。王子との入浴など、認められるわけがありません

ジョン
「アタシがいいって言ってるんだから、いいじゃな~い」

石神
こんなことで首を飛ばしたくないので。仕事の意味でも、物理的にも

ジョン
「ヤダ、ヒデキってば大袈裟なんだから···でも、そうね···パパなら言いかねないかも」
「いいわ、バスタイムはひとりで満喫してくる!」
「ぴかぴかになったお肌を楽しみにしていてね!」

石神
······

彼が洗面所に向かうと同時に深いため息をついた。

(他人と生活空間を共にするというのは、ここまで息苦しいものだったんだな)

最近はサトコと共に寝起きすることもあったので、その感覚を忘れつつあったようだ。

(あと数日の話···過酷な任務だと思って耐えるしかない)

王子のバスタイムは1時間は優に超えるもので、今はその長風呂が有り難い。
ソファに深く座り、眼鏡を外して目を閉じれば――

(サトコ···)

思い浮かぶのは、彼女の顔。

石神
······

携帯に手を伸ばし、サトコに電話をかけたところで我に返った。

(用もないのに電話···か)

誰かに連絡をするときは明確な用件があるときのみ。
そうしてきた俺にとって、無意識に電話を掛けるというのは、ほとんど経験ないことだった。

(何を話す···?)

それも決まらないまま、向こうからは元気のいい声が聞こえてきた。

サトコ
『はい!』

石神
今、大丈夫か?

サトコ
『自主練を終えて、寮に帰ろうと思っていたところです』

石神
そうか。卒業が決まっても、気が緩んでいないのはいいことだ

その声を聞き、気が付けば携帯に手が伸びていた理由がわかる。

(···声を聞きたかったんだ)

聞いてから分かるというのも察しが悪いが、この手のことは自分でのことでも疎くなる。

石神
明日には学校にも顔を出す予定だ

サトコ
『本当ですか?』

石神
ああ

明日会える···それがわかっただけで声を弾ませる彼女に、
自然とこちらの肩の力も抜けるようだった。

(らしくないことをするのには、それなりの理由があったということか)

サトコ
『すみません。話が逸れてしまって。それで用件は?』

石神
······

サトコ
『石神さん?』

当然のことながら用件はなく、返答に詰まる。
適当な理由をつけることは、いくらでもできる。

(だが···)

石神
······

会えることを素直に喜んだサトコの声の後では、嘘を吐くことはできなかった。

石神
特に用はない。時間ができたから···かけてみただけだ

サトコ
『え?めずらしいですね···』

(らしくない···やはりお前も、そう思うか)

あらためて反応を返されると気恥ずかしくなり、そろそろ切り上げようかと考える。

石神
じゃあ、これで···

サトコ
『待ってください!用件がない電話、大歓迎です』

(お前は本当に、俺を喜ばせるのが得意だな)

安堵にも似た気持ちと共に、時間の許す限り彼女の声を聞いていた。


【個別教官室】

石神
······

会えるだけで嬉しそうだった彼女の声と、先ほど教官室で聞いた貼り付いた声。
払った手の力は軽く、痛みなどないはずなのにしびれが残っているような気がする。

(何があったか、きちんと話しををするべきだな)

要因がこちらにあるのならば、それを解消しなければならない。
自分でしたことに自分で傷ついたような···あんな顔はもうさせたくない。

後藤
石神さん、いますか?

石神
ああ

ノックとともにドアを開けたのは、後藤だった。

後藤
来年度の指導要領の叩き台です

石神
わかった。今日、明日で目を通しておく
···ここに来るまでの間に、氷川を見かけたか?

後藤
いえ···何か用事ですか?

石神
そういうわけじゃない。ただ、普段と様子が違う気がして···な

後藤
ああ···

心当たりでもあるような顔で、後藤が軽く頷いた。

石神
何か知ってるのか?

後藤
この件が原因かはわからないんですが···

石神
聞かせてくれ

躊躇う顔を見せた後藤に続きを促す。

後藤
昨日、警察庁近くの駅で、石神さんとマルタイが一緒にいるところを見かけて···
その時に、氷川も一緒にいたんです

石神
······

(警察庁近くの駅···)

その情報だけで、話は十分だった。
あの時に何があったのか···それを一番よく知っているのは、俺自身だ。

石神
そうか

後藤
氷川も難波さんからの遣いで、一緒に警察庁に行った帰りのことで

石神
わかった。もういい

後藤
はい。その、なんと言うか···事故は予期せぬ時に起きるもので···
もらい事故ばかりは、どうしようもないものだと思います

石神
······

(つまり後藤たちから見れば、キスをしていたように見えたというわけか)

石神
直前で回避する危機管理能力くらいは持ち合わせている

そう答えながら、すべての事情がやっと見えた気がする。

(俺が他の女とキスをしたと···)

手を払ったのが、それゆえの反応だったのだと思うと。
胸に伝わっていた痛みは、さらに強くなるようだった。


【石神マンション】

片づけなければならない仕事を終わらせあと。
寮の彼女の部屋を訪れたが、不在だった。

(できれば会って話したかったが、明日まで延ばすのも···電話してみるか)

今、どこでどんな顔をしているのだろうか――そんなことを考えながら家に帰ると。
マンションの前に見慣れた人影があった。

(あれは···)

石神
サトコ?

サトコ
「あ、おかえりなさい···!」

声をかけ、上げた顔は先ほどと違って強張ることはなかった。
こちらを見つめる目も真っ直ぐで、いつもの彼女と同じように見える。

(自分で解決したのか?)
(それとも、また···)

己の立場と性格から、彼女には我慢を強いることが多いのは知っている。
それでも、俺自身がそれを望んでいるわけではなく――

(できれば、我慢などさせたくない)
(感情を閉じ込めるようなやり方は仕事だけで十分だ)

石神
······

サトコ
「すみません。待ち伏せみたいなことをしてしまって」
「話したいことがあって···」

石神
······

その前まで歩いて行って、彼女の表情を読む。

(···何もかも呑み込んできた···という顔でもない)

さらに気持ちを知りたくて、手を伸ばす。
先程払われた指先は――今度は彼女の頬に辿り着いた。

石神
···冷たい

(どれだけ、ここにいた?)
(ずっと、ここで待っている必要もないだろうに)

この時勢、どれだけ連絡手段があると思っているのか。
それでも、ただここで待ち続けたサトコが愛おしく、触れる手に力が入った。

サトコ
「あったかいです···」

サトコは手をしっかりと握り返した。

サトコ
「あの、昼間は···」

石神
話はあとだ。とにかく、中に入れ

サトコ
「はい···」

本当は、ここですぐに抱きしめてしまいたかったけれど。
それを堪え、部屋へと連れて行った。

【リビング】

もともとサトコも話をする覚悟できていたようで···一度口を開くと、早かった。

サトコ
「昨日、見てしまったんです。警察庁近くの駅前で」
「···石神さんが、マルタイのプリンセスとキスしているところを」
「それから···」

石神
それから?

サトコ
「石神さんの部屋に書類を取りに来たとき、洗面所の電気が点いていたので···」
「見に行ったら、口紅が置いてあるのを見ました」

石神
···そうか

(俺が思っていた以上に、要素が揃っていたようだな)
(あの書類がカバンから抜かれていたのも、王子のイタズラだったが···こんな事態を招くとは)

マルタイのことは男と認識しているので、
口紅の存在まで意識が回らなかったのは甘かったと反省する。

(だが、お前はひとつ、大きな勘違いをしている)

石神
お前は本当に未熟だな

サトコ
「え···?」

何を言われているのかわからない···という顔で、目を瞬かせた。

(確かに、彼の女装は女に見紛う程のレベルではある)
(だが、骨格を見れば、気付くものは気付くはずだ)

石神
そもそも、お前は観察力が足りない

サトコ
「観察力···?」

石神
そもそも彼は――

サトコ
「そういう石神さんだって、彼とキスまでしなくても···」

自分で言って目を丸くし、言葉を引っ込める姿に思わず笑いが零れそうになった。

サトコ
「え?彼···」

石神
ああ、彼だ

サトコ
「!?」

事情を説明すれば、やっと納得した顔をする。

石神
過剰だと思うが、ハグや頬にキスすることが、彼にとっての親愛の情の示し方らしい
国が違えば、意識も文化も変わる。そこに合わせるのが、仕事であり礼儀だと考えている

サトコ
「はい···」

(数センチ、数秒···避けるのが遅ければ···という話はしない方がいいだろう)
(それでも···よくここまで自分の気持ちをぶつけてくれた)

辛い思いをさせたが、最終的には我慢させずに済んだ···そのことに安堵する。

石神
キスをしてもいいか?

サトコ
「え?」

安堵のあとに胸を占めたのは、彼女の愛おしさ。

石神
このままベッドに連れて行っても?

サトコ
「ど、どうして、そんなこと···」

わざわざ口にさせようとすると、その頬が赤く染まる。
この顔を見るのも久しぶりで、一言だけのつもりが止まらなくなった。

石神
嫌がることはしたくないからな

サトコ
「···ちょっと怒ってます?」

石神
そういうわけじゃない

(聞きながら待てないのは、俺の方だな)

俺よりも先に、彼女を抱き上げていた。

石神
ただ···

サトコ
「ただ?」

石神
お前の気持ちを声で聞きたいだけなのかもしれない

らしくないことを―――そう思ったが、今さらだ。
彼女の前では、らしさなんて格好をつけていることもできない。
公安刑事としての仮面を剥がせる、唯一の相手なのだから。

Happy End



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