【寮 自室】
(「観る」って···教官と私が?成人向けDVDを?)
(いやいやいや、ないでしょ、さすがに)
(こういうのは、ふたりで観るものじゃ···)
東雲
「DVDデッキは?」
サトコ
「えっ···ええと、そこに···」
東雲
「じゃあ、このDVDからいこうか」
「壁ドン捜査官。オレたちと同じ警察官みたいだし」
(······本気で?)
(本当に私、これから教官と···?)
東雲
「へぇ···これ、ネットの評価高いじゃん」
「『ドキドキ度・★4つ』『キュン度・★4つ』···『ドS度・★5つ』···」
「あらすじは···」
「『ある日、新米刑事として配属されたアナタ』···」
「『先輩バディから超ドSなおしおきを』···」
(落ち着け、うろたえるな)
(教官は、あくまで「ハニトラ用の資料」として観ようとしてるんだから)
(その証拠に、今だって平然として···)
東雲
「ねぇ、まだ?」
「無駄なんだけど。時間の」
サトコ
「すみません、すぐやります!」
うぃーんと取出し口が開き、急いで渡されたDVDをセットする。
(そうだ···へんに意識しちゃダメだ···)
(平常心···あくまで平常心で···)
東雲
「···あれ、自動再生されないじゃん」
「押してよ。再生ボタン」
サトコ
「わ、わかりました」
DVDデッキのリモコンを握りしめて、私は息を呑んだ。
(今、このボタンを押したらめくるめくオトナな世界が···)
(「アハーン」で「ウフーン」なセクシー女優が···教官の目に触れて···)
サトコ
「無理ーーー!!」
東雲
「······」
サトコ
「無理です、こんなの!」
「教官と観るなんて絶対無理···っ」
東雲
「······」
サトコ
「勉強だとしても、どんな顔していいかわからないし」
「教官の顔見られないし」
「なにより教官に、ボンキュッボーンな女の人の裸、観てほしくないです!!」
東雲
「あっそう。気が合うね」
「無理だし。オレも」
(ええっ!?)
サトコ
「じゃあ、なんで『一緒に観よう』なんて···」
東雲
「つまらない隠し事をするから」
「それもすぐにバレるような」
(うっ···)
サトコ
「だ、だって···」
「バレたら、呆れられて『サヨナラ』だと思って···」
東雲
「···なにそれ」
「『呆れる』はともかく『サヨナラ』って···」
サトコ
「でも、教官、潔癖っぽいっていうか···」
「こういうの、持ってるのバレたら『あり得ない』って言われそうで···」
東雲
「仮にそうだったとして」
「その程度で別れると思われてるわけ、オレは」
サトコ
「いえ、そうじゃないです···っ···けど···」
東雲
「······」
サトコ
「その···なんていうか······」
東雲
「じゃあ、反対に」
「逆のパターンなら別れるわけ?キミは」
「オレの部屋でこのテのDVDを見つけたら」
サトコ
「別れません!」
「そんなことで、教官のこと、嫌いになりません!!」
東雲
「だったら信じれば?オレも同じだって」
「自信持ちなよ。もう少し」
(教官···)
東雲
「ていうか、そもそものハナシ」
「なんでこれがお土産なわけ?」
サトコ
「それは···同期が『寮生活ならムラムラするんじゃないか』って」
東雲
「ムラムラ?」
サトコ
「いえ、しませんよ!?」
「私はぜんぜんしてないですけど!」
「同期が、気を回してくれたというか···」
東雲
「···本当に?」
(え···)
東雲
「不満に思ってるんじゃない?本音では」
「オレと何もなくて」
(そ、それは···)
<選択してください>
サトコ
「ぜんぜん思ってないです」
「立場的に、仕方のないことだってわかってますし」
東雲
「······」
サトコ
「それに、ほら!学校はいずれ卒業できますから」
東雲
「······」
サトコ
「そのために、毎日頑張って···」
サトコ
「実は、少しだけ···」
東雲
「······本当に?」
(え?)
東雲
「本当に『少しだけ』で済んでるわけ?」
サトコ
「はい、まぁ······」
東雲
「······」
サトコ
「え···あの······教官······?」
サトコ
「ええと、その···実はかなり···」
東雲
「······」
サトコ
「だって、ほら!私もいいオトナですし!」
「そりゃ、まあ、その···ほら、その······」
東雲
「······」
サトコ
「ああっ···でも、こういうDVDを観るほどじゃないです!」
「さすがに、そこまで不満を募らせては······」
東雲
「······もういい」
サトコ
「えっ、なにが···」
サトコ
「ん···っ」
いきなり、唇を食まれた。
不意打ちすぎるその行為に、驚きすぎて、はくはくと喉の奥が震えた。
東雲
「下手くそ」
サトコ
「···っ、今は教官がいきなりすぎるから···」
東雲
「そう?」
「いつもどおりじゃない?わりと」
サトコ
「そんなことないです!」
「教官のキッスは、だいたいいつも最初は優しめで」
「こう···ちょんっと触れる感じで」
東雲
「は!?」
サトコ
「それから、様子を見るみたいにゆっくり深くなって···」
「だから、ちょっとずつ頭がふわふわしてきて···」
東雲
「······」
サトコ
「それで、そのあと唇をハムって······」
東雲
「黙れ、もう!」
バチンと手のひらで唇を塞がれた。
東雲
「いいから!それ以上は」
「いちいち口にしなくても」
サトコ
「ふぁい?」
東雲
「それとも何?」
「ムラッとさせたいわけ、オレを」
サトコ
「ふぉ···ふぉんなふぉふぉは···」
(そんなつもりはなかったんだけど···)
ようやく手のひらが除けられ、唇が自由になる。
少し迷って···
今度は私から、教官の唇にハムッとキスをした。
東雲
「ちょ···キミ···っ」
サトコ
「好きなんです。教官とのキッスが」
「どんなオトナなDVDよりも、ドキドキしてキュンときて···」
東雲
「······」
サトコ
「だから、ください」
「いつもの···『オール★5つ』のキッス」
東雲
「······」
「···バカ」
顎を持ち上げられて、目を閉じる。
重なった唇は、さっきより優しくて···
いつもよりちょっと官能的だ。
(気のせい?だって···)
(こういうの···教官の家でしかしてくれないのに···)
誘われて、やわやわと絡めた舌。
じわりと広がっていく甘さ。
口内が潤えば潤うほど、心が満たされていくのがわかる。
(やっぱり教官だけだ)
(キスだけで、こんなにドキドキさせてくれるの)
きっと、どんな成人向けDVDよりも最強なのだ。
少なくとも私にとっては。
【帰り道】
東雲
「···で、なんでついてくるの、キミ」
サトコ
「なんか、離れがたくて」
東雲
「······」
サトコ
「あ、でも駅前のコンビニにも用があるんで!」
「ついていくのはそこまでです」
東雲
「······ふーん」
学校周辺だから、あまり近付いたりはできない。
手をつなぐなんて言語道断だ。
(でも、こうして一緒にいられるだけで幸せ···)
(なーんて思ってみたりして)
東雲
「···キモ」
「またニヤけてるし」
サトコ
「いいじゃないですか、幸せな証拠なんですから」
「2週間ぶりに教官をチャージできましたし」
東雲
「······」
サトコ
「ほんと、痛感しました。私にああいうDVDは必要ないって」
「教官とキッスできれば十分ですからね」
東雲
「···それはそれで困るんだけど」
「キスだけで十分、とか」
サトコ
「!」
(それって、つまり···)
意味ありげな眼差しに、こくんと喉が鳴る。
けれども、教官から「熱」が伝わってきたのは、ほんの数秒のことで···
東雲
「ま、いいけど」
「当分このDVDがあるから」
(それ、さっき私から没収したやつ!)
サトコ
「観るの『無理』じゃなかったんですか!?」
東雲
「無理だよ、『キミと観る』のは」
「でも、ひとりで観るのは平気だし」
「なんなら誰か···藤咲巡査部長でも誘って···」
<選択してください>
サトコ
「ダメです!絶対にダメ!」
東雲
「どうして?」
「許すんじゃなかったの、DVD観ても」
サトコ
「それは教官の場合です」
「でも、藤咲巡査部長はダメです。汚してはいけない人なんです!」
「誘うなら、せめて加賀教官か颯馬教官にしてください!」
東雲
「···キミ、怒られるよ。兵吾さんたちに」
サトコ
「だったら、私を誘ってください!」
「藤咲巡査部長を巻き込まないでください!」
東雲
「···は?」
「キミ、さっき『無理』って···」
サトコ
「無理ですよ、本当は」
「でも、藤咲巡査部長はもっと無理です」
「観たら倒れちゃうと思うんです!」
東雲
「いや、倒れは···」
サトコ
「倒れます!刺激が強すぎます!」
「アイドルの魂は、教官より清らかなんです!」
東雲
「···バカなの、キミ」
サトコ
「あり得ません」
「藤咲巡査部長は、アハーンなDVDなんて観ません」
東雲
「そう?」
「彼もただの男で···」
サトコ
「観ません!絶対観るはずありません!」
「アイドルは『観ない』って決まってるんです!!」
東雲
「······面倒くさ」
教官は深々とため息をつくと、パッケージをカバンに戻した。
東雲
「わかった」
「やめておくよ。藤咲巡査部長を誘うのは」
サトコ
「······それだけ、ですか?」
東雲
「は?」
サトコ
「つまり『観る』こと自体はやめない、ってことですか?」
東雲
「······」
サトコ
「そりゃ、DVDを観たくらいで、別れたりはしないですけど···」
「できれば観ないでほしい···です···」
東雲
「······」
サトコ
「男の人は、そういうの···難しいかもしれないですけど···」
東雲
「······」
「·········」
「···わかった。観るのもやめるよ」
サトコ
「ほんとですか!?」
東雲
「もちろん」
「他でもないキミの頼みだからね」
(教官···!!)
サトコ
「教官、好きです!大好···」
東雲
「そのかわり」
「ひとつ頼まれて欲しいんだけど」
(あれ···なんか嫌な予感が···)
【個別教官室】
数日後―――
サトコ
「失礼します···」
東雲
「おつかれさま」
「ずいぶんヨレヨレだね」
サトコ
「モニタールームに6時間閉じこもりっきりでしたので···」
東雲
「そうだったね」
「それで?」
サトコ
「指定されたDVD、10本すべて観ました」
「そのうち8本は『壁ドンプレイ』の男優と同一人物だと思われます」
東雲
「芸名は違うのに?」
「なにか共通点でも?」
サトコ
「それについてはレポートを書きましたので。どうぞ」
東雲
「ありがと」
「······」
「···なるほど、全員、左太ももの内側にホクロが···」
「なかなかニッチなところを観てるね、キミ」
サトコ
「仕事です!仕事だからです!」
「じゃなかったら、男の人の内ももなんて気にしません!」
「そもそも『アハーン』なDVDを10本連続鑑賞なんて···」
東雲
「仕方ないじゃん」
「誰かさんが、オレに『観てほしくない』っていうから···」
サトコ
「言いましたよ!言いましたけど···!」
(まさか教官が「仕事」としてDVDを観ようとしてたなんて)
(そうと知っていたら、私だって止めなかったのに···)
東雲
「まぁ、よかったよ。キミに頼んで」
「オレが観ていたら、こんなに早く共通点を発見できなかったと思うし」
サトコ
「ほんとですか?」
東雲
「もちろん」
「興味ないからね、オレは。男の太ももの内側なんて」
サトコ
「だから、それは仕事として必死に···」
(うん?誰か来た?)
東雲
「どうぞ」
???
「失礼します」
(え···)
(えええっ!?)
瑞貴
「すみません。石神さんに用があって来たんですけど···」
「ついでに『例の件』の進捗を知りたくて」
東雲
「ちょうどよかった」
「今、レポートがあがったところですよ。どうぞ」
瑞貴
「えっ、もうですか?すみません、確認しますね」
(あれ···まさか···)
(あの件って、警護課···というか藤咲巡査部長絡みの案件···?)
瑞貴
「すごい···ずいぶん詳細なレポートですね」
「これ、東雲さんが?」
東雲
「いえ、うちの補佐官が」
(教官!!!)
瑞貴
「女性が成人向けDVDを?」
「ごめんなさい。仕事とはいえ大変でしたよね」
サトコ
「い···いいいいえ···」
(天使···天使がここに···!!)
東雲
「問題ありませんよ」
「カノジョ、こういうDVDが大好きなので」
(な···っ)
瑞貴
「そうですか」
「楽しんでいただけたなら良かったです」
(違っ···そんなこと···)
東雲
「それじゃ、警護計画については改めて」
瑞貴
「わかりました。いったんこちらを班長に提出しますね」
「それじゃ」
東雲
「よかったじゃない」
「藤咲巡査部長の役に立てて」
サトコ
「······そうですね······」
サトコ
「なんて言うわけないじゃないですかー!!」
「教官の悪魔!!意地悪!!キノコーーっ!!」
かくして、私のひそやかな憧れは終わりを告げ······
たわけじゃないけど、当分「警護課」とは接点を持たないと痛感したのだった。
to be continued