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本編エピソード 津軽2話

津軽
次の “デート” 楽しみだね

課内に響き渡った “デート” の声。

百瀬
「は?」

加賀
あ゛?

石神
······

東雲
へー

後藤
···外した方がいいか?

颯馬
いえ、むしろいた方が

黒澤
●RECです!!

津軽
デート、何着て行こっかなー

サトコ
「デ、デートじゃありません!」

津軽
え、じゃあ何?子守り?

サトコ
「津軽さんの!?」

津軽
上下関係わかってる?

サトコ
「あ、つい···すみません···」

津軽
ふーん、でもデートじゃないんだ?

サトコ
「だ、だって···っ」

(デートなの!?付き合ってもないのに!?)

黒澤
津軽さん、警察庁の女性ほとんどとデートしてません?

津軽
顔がいいって罪だよね~

東雲
出かけるだけでデートだから

(津軽さんにとってのデートって、そういうものなの?)

津軽
じゃ、ウサちゃんも楽しみにしててね♪デート

百瀬
「······」

サトコ
「百瀬さんの視線に殺されそうなんですが···」

百瀬さんだけでなく、皆さんの視線の的になった私はデスクとにらめっこするしかなかった。
それからというもののーー

津軽
楽しみだね、デート

津軽
あと少しでデートだね~。早くその日にならないかなー

津軽
ちゃんと寝ておいでね?明日のデート。俺、眠れるかなー

サトコ
「はぁぁ···」

(顔を合わせれば、二言目にはデート、デート···からかわれてる?)
(でも、あれだけ楽しみだって顔で言われれば···)

それがからかい目的でも、いいようにとりたくなるのは惚れた弱みだ。

サトコ
「デート、かぁ···津軽さんと···」

(今はデートするたくさんの相手のうちのひとりでもいい···なんて)
(乙女チック過ぎるな···)

津軽さんがこれを本当にデートだと思って、楽しみにしてるなんて思わないけれど。

サトコ
「こっちはデートのつもり満々で楽しんじゃおうかな!」

そう決めると、ベッドから跳ね起きて明日の服を選ぶ。
そして勇気を出してーー

『明日はこの服を着て行きます!おしゃれです!』
と津軽さんにメッセージを送る。
デート前夜の雰囲気を出すために。

ついに訪れた、津軽さんとのデート当日。
今日は2人とも非番の予定だったけれど。

(来ない···)

もうすぐ約束の時間を30分過ぎようとしている。

女性職員A
「うん。でも、期待しすぎないようにしないと。前にもドタキャンされたし」

女性職員B
「私もー。でもエリートだから仕方ないよね~。顔がいいから許せちゃうけどさ」

(ドタキャン···いや、でもまだ30分だし。電話してみようかな)

スマホを取り出した、その時。

(津軽さんから電話!)

サトコ
「···はい!」

津軽
ごめん、まだ行けない!

(やっぱり···)

津軽
ほんとごめん!先、映画館入ってて!

サトコ
「いえ、無理しないでください」
「また今度行きましょう?映画公開されたばかりですし」

津軽
でも···

サトコ
「じゃ、また明日」

津軽
ウサちゃーー

津軽さんの声を聞き終わる前に電話を切ってしまう。
下手に話していると余計なことを言ってしまいそうだ。

(覚悟はしていたけど、いざそうなると···)
(顔がいいからいいや、なんて思えないよ)

昨日の夜は寝不足になるくらい、楽しみにしてたから。

このまま帰るのも何なので、私はひとり映画館に来た。

(ポップコーンのLとコーラのL!今夜は映画を満喫しよう!)

準備万端で席に着くと···前の席にかなり大柄の男性が座った。

(ウソ、これじゃよく見えない!?う···今夜は厄日···?)

悪い日があるから、良い日があるーーそう慰めながら、上映前のCMを眺める。

(映画観るの、久しぶりかも。今回は仕事関係の映画に誘っちゃったけど)
(普段の津軽さんって、どんな映画観るんだろ)
(ふふ、ホラー観ながら平気でご飯食べそう···)

サトコ
「······」

気合を入れたワンピースを、少しだけ握り締める。

(次、誘えるかな···)

好きだから、不安になる。
次なんて無いような気がして。
CMで仲良くデートしているカップルを、ハンカチでも噛みそうな勢いで内心羨んでいると···

???
「······」

ぼすっと誰かが隣に座った。

(結構席空いてるのに、わざわざ隣に来るって···)

本当にツイてない、と横をチラ見すればーー

津軽
はー···

サトコ
「津軽さん!?」

津軽
しっ、『映画館では、お静かに』って、さっき変なマスコットが言ってたでしょ

サトコ
「だって、今日は中止だって···」

津軽
あー、あつ···

日頃から緩められがちなネクタイが、さらにぐっと引き下げられる。
海外旅行のCMで明るくなった画面に、津軽さんの顔が良く見えるようになって。

津軽
これ、コーラ?もらうね

(頭、ぼっさぼさ···汗で髪張り付いてるし、肩で息してるし)

サトコ
「···何やってるんですか?」

津軽
コーラ飲んでんだけど

サトコ
「そうじゃなくて。さっきまで仕事で···今日は止めようって言ったのに」
「私がここにいるかも分からないのに···」

(急いで来てくれたの···?)

津軽
ねえ

サトコ
「!」

前を見たまま、津軽さんの手が私の手に重ねられた。

(な、な···な!?)

サトコ
「あ、あの···っ」

津軽
······

どう反応していいか分からず手を引こうとすると、強い力でそれを止められる。

(津軽さん···?)

急速に心臓が速くなった。
映画の音さえ遠ざかる。

津軽
見えないでしょ。こっちおいで

サトコ
「···っ」

手を引っ張られ、津軽さんの方に引き寄せられる。
肩がぶつかり、普段は感じない津軽さんの体温が伝わって来た。

(この体勢で映画を観ろと!?)

津軽
ウサちゃん

サトコ
「は、はい!?」

津軽
ポップコーンちょうだい

サトコ
「···どうぞ」

津軽
これ、味しなくない?

サトコ
「バター醤油ですよ」

津軽
えー

サトコ
「味がしないとしたら、津軽さんの舌のせいでは···」

津軽
はい、お口にはポップコーン

サトコ
「んぐっ」

口いっぱいにポップコーンを詰め込まれた。

サトコ
「むぐ···」

(口の水分が···!コーラ!え、カラ?全部飲んだの!?)

津軽
これでゆっくり見られるね

サトコ
「······」

場内の照明がさらに落ちて、本編が始まれば口も開けなくなる。

(喉渇いた···津軽さんは、どんどん冷たくなってくるし···)

汗で冷えた身体が私の体温と相まっていく。
触れ合っている場所を意識すれば、ますます口の中は渇いていって。

(もう映画どころじゃない···)

上映終了後。

津軽
はい、パンフレット

サトコ
「わ、ありがとうございます。いくらでしたか」

津軽
いいよ、いいよ。送れたお詫び。ほんとにごめんね

サトコ
「いえ、だって今日は中止にするって言ったのに。どうして···」

津軽
俺、中止にしていいなんて言ってないけど?

サトコ
「え?」

(いや、それは確かに···)

サトコ
「また今度行きましょう?映画公開されたばかりですし」

津軽
でも···

サトコ
「じゃ、また明日」

津軽
ウサちゃーー

(余計なこと言っちゃいそうだったから、話聞かずに切っちゃったけど!)

津軽
人の話は聞かなきゃダメだろ

サトコ
「う···」

(言い返せないのが悔しい!)

津軽
さて、そろそろご飯行こうか

サトコ
「···いいんですか?津軽さん、仕事終わったばっかりで···」

(疲れてるよね?最近、ずっと忙しそうにしてたし)

津軽
もしかしてポップコーンで、お腹いっぱいになっちゃった?
Lサイズとか頼むからだよ

サトコ
「あれは···!津軽さんが···」

津軽
ん?

サトコ
「来てくれるなんて···思ってなかったから···」

(な、何かこのやりとり恥ずかしくない!?)

デートに遅れたカップルの会話のような気がして、視線はどんどん下がってしまう。

津軽
行くに決まってるじゃん

ポンと頭の上に手が置かれるのがわかった。
優しい、津軽さんの声。

サトコ
「津軽、さん···」

津軽
······

顔を上げると、目が合う。
穏やかに見つめてくる瞳は優しさに溢れているような気がして。

(もしかして、本当に今日を楽しみにしてくれてたの···?)

サトコ
「あの、その···実は、私も今日のこと···」

津軽
見せたかったなぁ。元難波室の面々の顔

サトコ
「はい···?」

津軽
俺とウサちゃんのデートの日が近付くにつれて、見るからにソワソワしてさー
秀樹くんの眉間のシワは、どんどん深くなってくし。あれ、とれなくなるよ?
兵吾くんはタバコの本数増えて、モックモクだし

サトコ
「······」

津軽
もうほんと、ここまできたらXデー実行しないとか有り得な···
いたっ!
なんで思いっきり足踏むの!?

サトコ
「あ、ごめんなさい。ヨロケチャイマシタ」

(一瞬でも津軽さんに、まともな思考を期待した私がバカだった!)

津軽
なに、その棒読み!

サトコ
「人をダシに使わないでください!」

津軽
なんで?

サトコ
「なんでって···」

(そこから説明しなきゃいけないの!?)
(はぁ···津軽さんは、結局津軽さんってことだよね)

急いで来てくれて嬉しいと思っただけに、全身から力が抜けそうになる。

サトコ
「あの、今夜はもう帰り···」

津軽
ちょっと待ってて

サトコ
「津軽さん!?」

(どこに行ったの?)

取り残されること数分。

津軽
お待たせ

サトコ
「!」

(私服モードの津軽さん!)

津軽
じゃ、行こうか

サトコ
「う···」

手を差し伸べられれば、抗うのはなかなか難しいことで。

(惚れた弱み!!)

津軽
大丈夫だよ。美女と野獣なのはわかってるから

サトコ
「そんな、美女なんておだてても···」

津軽
行くよ、野獣ちゃん

サトコ
「···はい」

美女の後ろをすごすごとついて行くことになった。

津軽
あー、お腹減った。ウサちゃんは?

サトコ
「さっきまで空いてたんですが···」

(このレストラン、メニューに値段が書いてない···)

メニューを見ていると、どんどん食欲がなくなっていく。

津軽
デートだって言ったよね

サトコ
「はぁ···」

津軽
それが何か?って顔するのやめてくれる?
俺とデートしてるんだから、泣いてもいいんだよ?

サトコ
「警察庁の女性とほとんどデートしてるなら、全然レアじゃないですか」

(あー···この言い方、嫌だな。みっともない嫉妬···だよね)

サトコ
「すみません、今のは聞かなかったことに」

津軽
おごりだっつってんの

サトコ
「おごり···経費ですか?」

津軽
こんな食事、経費で落ちる訳ないでしょ
いや、出来ないこともないか

サトコ
「どっちなんですか···?」

津軽
俺のポケットマネー。だから、好きなの頼んでいいよ

サトコ
「なんで?」

津軽
なんでって···

さっきとは反対のやり取りを交わすことになる。

津軽
デートだからでしょ

サトコ
「あ、はい」

津軽
あ、はいって···そこ、そういうリアクション!?

(津軽さんの考えをわかろうとするからダメなんだ)
(明日登庁したら、いろいろ言われるんだし)
(デートだって言い張るなら、おごってもらおう!)

サトコ
「じゃあ、このオマール海老とひれステーキとアワビのスープと···」

津軽
ポップコーンでお腹膨れてるんじゃないの?

サトコ
「おごりは別腹です。それからデザートいいですか?」

津軽
ウサちゃんじゃなくてブタちゃんにならないでよ

サトコ
「1食くらいご馳走食べたって大丈夫ですって。津軽さんは?」

津軽
じゃ、俺はウサちゃんが頼まなかったやつにしよ

サトコ
「私の舌、そんなに信用ないですか?」

(もともと津軽さんとは味覚が地球と宇宙ほど違うと思うけど)

津軽
違うの頼めば半分こできるじゃん

サトコ
「それってデートみたいじゃないですか!」

津軽
だからデートだって言ってるよね!?

サトコ
「そうでした···」

(津軽さんの遊びに付き合わされたってわかってるのに)
(普通のデートっぽくされたら、デートだって思いたくなっちゃうよ···)

津軽
飲み物はワイン?シャンパン?

サトコ
「津軽さんのお好きな方で」

津軽
久しぶりにワイン飲もうかなー

夜景が映る窓際の席。
窓ガラスに見える津軽さんは、正直言ってどうしようもなく格好いい。

(顔がいいとか···いや、もちろん顔はいいんだけども)
(全部が格好いいなんて···)

津軽
ここ、前に兵吾くんと来てさー

サトコ
「加賀さんと?」

思わぬ話に窓から正面に顔を戻した。

サトコ
「どうして加賀さんと、こんなオシャレなお店に?」

津軽
ちょっとね。貸しがあって、それを返してもらったの

サトコ
「それ、ふたりきりで···ですか?」

津軽
そうだけど、デートじゃないから安心していいよ

サトコ
「それ、加賀さんの前でも言えます?」

津軽
ウサちゃんのヤキモチ妬き

サトコ
「···ワイン来ましたよ」

話を逸らしたのは、本当はほっとしたから。

(こんな素敵なレストランに連れてくるなんて、大切な相手かも、とか)

加賀さんには申し訳ないけれど、心の中で手を合わせた。

to be continued

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