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石神 恋の行方編 3話

サトコ

「い、石神教官‥いつからそこに?」

石神

たった今だ

ドアの前で、石神教官は訝しげに私を見る。

石神

聞かれてはまずい話でもしていたのか?

莉子

「女の子だもの、あって当然よ」

「ね、サトコちゃん」

石神

‥お前は女子っていう年齢じゃないだろう

氷川といくつ違うと思ってる

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莉子

「あら、言うじゃない」

(聞かれてなかった‥?)

莉子

「31歳に何か文句あるの?」

石神

べつに文句はない。お前は昔から何も変わらないしな

莉子

「今のは褒められたのかしら」

石神

少しは落ち着けという意味だ。自由奔放と言えば聞こえはいいがな

莉子

「秀っちはそのイヤミな性格どうにかしたらいいわ。クールに見えるって言えば聞こえはいいけど」

石神

‥‥‥

石神教官と莉子さんの会話は、気の置けない間柄なのが見て取れる。

(いいなぁ‥同期だもんね)

石神教官は慣れた様子で椅子に腰を下ろすと、

テーブルに置かれた封筒に視線を落とした。

莉子

「ああ、それね。ちょうどサトコちゃんに預けようとしてたところ」

石神

‥‥‥

返事もなく中身を確認する。

目に入ってしまった教官の手元には、何かの分析結果なのか表と数字が並んでいた。

莉子

「それ以上は私には無理よ。科捜研の設備があれば別の話だけどね」

石神

‥待て。これは確かなのか

莉子

「DNA鑑定の結果よ。残念だけど‥暴行を受けた形跡がある」

石神

‥そうか

いつも通り淡々としているのに、一瞬、教官の顔が強張ったように見える。

(あれ‥気のせいかな?)

石神

分かった。十分だ

莉子

「そ。相変わらず愛想がないんだから」

石神

生憎、愛想を振りまく相手もいないもんでな

莉子

「ホント可愛くないわねー。最近ちょっと丸くなったかと思えば‥」

サトコ

「え?丸く‥?」

石神

幻想だ

(後藤教官も、石神教官は少し変わったって言ってたけど‥)

(莉子さんから見てもそうなんだ)

石神教官は書類に視線を走らせながら、莉子さんに紙袋を差し出した。

莉子

「滋養強壮剤ってどうなの」

「‥お礼ならもっと色気のあるもの持って来なさいよ」

石神

だったら欲しいものをリストにしろ。缶詰で倒れると言ったのはお前だ

莉子

「はぁ‥サトコちゃんも大変ね。こんな冷え切った教官の専属補佐官なんて」

サトコ

「そ、そうでもないですよ?」

莉子

「秀っち‥こう言ってもらえるのも今のうちよ?」

莉子さんは脚を組み直して、石神教官をじっと見つめる。

莉子

「最近どうなの?私がいい歳って言うならアンタもなんだからね」

石神

まぁ、そうだな

莉子

「そろそろ将来のこと真剣に考えなきゃいけないんじゃない?」

サトコ

「!」

(り、莉子さん‥!)

いたずらっ子みたいに微笑む莉子さんは、書類しか見ていない石神教官に言葉を続ける。

莉子

「黙ってたらそれなりなんだから、ちゃんと恋愛でもしたらいいのに」

石神

必要ない

莉子

「はぁ‥相変わらずつまらない男ね。まだ兵吾ちゃんの方がいじりがいがあるわ」

石神

‥だいたい、今は教官職にも就いている

そういうことに割いている時間はない

サトコ

「‥‥‥」

(そうだよね‥)

実際、本部での仕事をしながら学校での講義にあたるのは、

近くで見ていてもかなりハードなものだ。

莉子

「そうやって真面目くさってるからダメなのよ」

「ちょっと出来すぎクンで面白くないし‥そうね」

「アンタにはちょっと年下のおっちょこちょいな女の子がいいんじゃない?」

サトコ

「!!」

(り、莉子さん!?)

(なんてことを‥!)

内心ドキドキしながらも、恐る恐る隣にいる石神教官の顔を覗き見る。

石神

ただでさえ救いようのないくらい抜けている候補生を相手にしているのに

プライベートまで世話役か?

御免こうむるな

<選択してください>

A: それって私の事ですか?

サトコ

「な‥!それって私の事ですか?」

石神

他に誰がいる

サトコ

「救いようがないとまで言わなくてもいいじゃないですか」

石神

言われない程度に学習しろ

サトコ

「む‥」

B: それは大変ですね

サトコ

「それは大変ですね。石神教官も」

石神

他人事か。いい度胸だ

サトコ

「そ、そんな脅しにはもう負けませんからね」

石神

不要なスキルばかり身に付けるな

C: そうですよね‥

サトコ

「そうですよね‥」

石神

まあ、それ以前の問題ではあるがな

たとえお前が成績優秀で口を出すべきところがないほどの生徒だとしても

俺のプライベートは変わらない

サトコ

「‥‥‥」

後半の嫌味に、とりあえず口を尖らせる。

莉子

「ふふっ、こうして見るといいコンビね」

石神

フン‥何にしろ、大事な人間は傍に置かない方が楽だ

いざという時に邪魔になるだからな

言いながら書類を綺麗にしまうと、石神教官はさっさと席を立つ。

莉子

「次はオススメのプリンでいいわ」

石神

‥‥‥

聞こえたのか聞こえなかったのか。

石神教官は何も言わずに研究室を出て行った。

買い物に出るという莉子さんと一緒に警察総合庁舎を出る。

サトコ

「今日はありがとうございました。長居しちゃってすみません」

莉子

「いいのよ。私こそ呼び出しちゃってごめんなさいね」

「結局、本人が書類取りに来ちゃったし‥」

「私としてはサトコちゃんとお茶できて嬉しかったんだけど」

サトコ

「私も楽しかったです」

ひと呼吸置いて、莉子さんは少し寂しそうに目尻で微笑む。

莉子

「アイツがもう少し、他人に気を許せたらいいんだけどね‥」

サトコ

「莉子さんには許してるみたいに見えましたよ?」

莉子

「それは同期とか悪友っていう括りでしかないもの」

「弱い部分を見せられる相手とは違うでしょ」

サトコ

「弱い部分‥ですか」

(そういえば、石神教官って本部でも班長だし、学校では教官なわけだし‥)

(基本的には上に立つ人だから、甘えられる場所ってそうないのかも‥)

莉子

「ふふ、でも今日はいいもの見せてもらったわ」

「秀っちの隣に女の子が座ってて、しかも若くてかわいい子」

「サトコちゃん、頑張ってね」

サトコ

「は、はい‥」

莉子さんはヒラヒラと手を振りながら、研究室へと戻って行った。

【学校門前】

黒澤

あれ~?サトコさん、今お帰りですか?

サトコ

「黒澤さん、お疲れ様です」

学校へ戻ると、門のところでバッタリと黒澤さんに会った。

サトコ

「今から本部ですか?」

黒澤

はい。サトコさんは‥

サトコ

「あ、私は莉子さんのところへ行ってたんです」

黒澤

ええ~オレも誘ってくださいよ!

サトコ

「私なんかより、黒澤さんの方がよく会われるんじゃないですか?」

黒澤

たまに仕事頼んだり頼まれたり‥ですかね

というか、1人で会う勇気がないので、サトコさんと一緒なら怖くないかと

毎回、いじられてしまうので‥

サトコ

「ふふっ、莉子さんには敵いませんね」

黒澤

はい。もちろん好きですけどね

綺麗な人ですし、ズバズバっとものを言ってくれますし

サトコ

「そうですね」

「‥‥‥」

黒澤さんが目の前にいるのに、つい莉子さんとの会話を思い出してしまう。

黒澤

どうかしました?

サトコ

「あ、いえ!引き止めてしまってすみません」

黒澤

いえいえ。ああ、そうだ

この辺り、最近痴漢が出るらしいですから夜は気を付けてくださいね

サトコ

「そうなんですか?」

黒澤

じゃ、オレはこれで

サトコ

「はい。ありがとうございます」

黒澤さんは笑顔で返すと、表に停めていた車に乗り込んだ。

(痴漢か‥怖いな。‥女の敵!)

サトコ

「あ‥」

(そういえば、石神教官は女性関係の事件には厳しいって‥)

後藤

あの人は、女性関係の事件には特に厳しいからな

いつだったか聞いた言葉を思い出す。

(どうしてだろう‥)

(恋人なんて邪魔だって言うのに、そういうところには厳しいって‥)

普段の石神教官を見ていると、そういった事件にだけ特に厳しいというのは‥

何か、理由があると考える方が自然な気がする。

(恋人になにかあったとか‥?)

(そうじゃなくても、大切な人が何か‥)

サトコ

「‥‥‥」

そこまで考えて、首を横に振った。

(片思いでいいって言ったのは自分なのに、そんなところまで知りたがっちゃダメだよ‥)

(うん。やめやめ!)

気持ちを振り切るように、寮までの道を全速力で駆け抜けた。

【学食堂】

昼休み。

鳴子

「やっと明日から連休だねー!」

「って言っても2連休だけど」

サトコ

「うん‥」

鳴子

「あれ、どうしたの。元気ないね」

サトコ

「なんか食欲なくて‥」

(結局考え込んじゃって、ろくに眠れなかったし‥)

とりあえずの野菜ジュースだけ飲んでいると、鳴子の目が光る。

鳴子

「ついに‥?」

サトコ

「ん?なに?」

鳴子

「ついにサトコが恋煩い!」

サトコ

「ゴホッ」

東雲

へ~、サトコちゃん、恋煩いなの?

いつの間にか後ろにいた東雲教官が、ニコニコと覗き込んでくる。

サトコ

「ち、違います‥っ!」

東雲

そんな全力で否定しなくてもいいのに

サトコ

「う‥」

鳴子

「ますます怪しい」

サトコ

「ホントそんなんじゃないんだって」

鳴子・東雲

「ふ~ん?」

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(なんでこんな珍しいタッグ組まれてるんだろう‥)

鳴子

「東雲教官もそう思いますよね」

東雲

オレとしてはどうでもいいんだけどね。レポートさえまともに出してくれれば

サトコ

「だ、出してますよ?」

東雲

じゃあ、コレどうにかしてね

ポンとテーブルに置かれたレポートは。今日私が提出したものだ。

東雲教官はそのままふらっと去っていく。

(私のレポート?‥何だろう?)

(‥って、名前書き忘れてる!)

鳴子

「珍しいミスするね。やっぱりこれは恋だわ」

サトコ

「だから違うんだって‥」

千葉

「氷川、大丈夫?」

急いで名前を書きこんでいると、上から声が落ちてくる。

サトコ

「千葉さん‥」

千葉

「ほら、あんまり無理するなよ」

テーブルの上に、おにぎりが1つ置かれる。

鳴子

「さすが千葉さん、優しい!」

サトコ

「あ、ありがとう」

千葉

「男でもキツイんだ。倒れないようにね」

(千葉さん、前と変わらずに接してくれるんだよね‥)

(気まずくならなくてよかった‥)

千葉さんはいつものようににっこり微笑んで、隣のテーブルの同期の輪に入って行った。

【寮 自室】

翌日。

今日から2連休とあって、昨夜から寮内はいつもより静かだ。

設備点検も重なって自主練もできないため、ほとんどの候補生が外出・外泊届をだしている。

(鳴子は実家に帰るって言ってたし‥私もそうしようかな)

2日とはいえ貴重な連休だし、1泊くらいならそんなに荷物もいらない。

(新幹線は自由席でいいし‥)

(たまには顔見せないとな)

長野から急にこっちに出てきたのもあり、それなりに心配しているらしい。

サトコ

「その前に‥」

(掃除と洗濯終わらせなきゃ)

掃除機片手に窓を開けて、とりあえずの掃除に取り掛かった。

【寮門 前】

(結局お昼過ぎちゃったな‥)

寮を出て校門へ向かう途中、見慣れた後姿を見つける。

(あれって、石神教官‥!)

(ん?でもなんで私服‥?今日は教官もお休みなのかな)

<選択してください>

A: 呼び止める

サトコ

「石神教官!」

石神

声に振り返って、何やら難しい顔をする。

サトコ

「あれ‥呼び止めたらマズかったですか?」

石神

お前は黒澤並に鼻が利くな

B: 見つめる

なんとなく声を出せずに見つめていると、視線に気づいたのか石神教官が振り返る。

サトコ

「お、おつかれさまです」

石神

‥‥‥

C: 何も言わず隣に並ぶ

どうせ同じ方向だし‥と、こっそり歩寄って隣に並んでみる。

サトコ

「‥‥‥」

石神

‥ストーカー規制法についてだが

サトコ

「な、なんでそうなるんですか‥!」

石神

妙な真似するからだ

サトコ

「ちょっとした出来心です」

サトコ

「今日はスーツじゃないんですね」

石神

たまの休みだからな

(休みなのに出勤‥?)

内心首を捻っていると、石神教官が忌々しそうにため息を吐く。

石神

出かけようとしたところで黒澤に仕事を増やされたんだ

誰にも会わないと思ったら、お前に見られるとはな

サトコ

「そうだったんですね」

自然と横に並んで歩くことになり、人1人分の距離を開けてちらりと見上げた。

教官服でもスーツでもない、でもやっぱりきちんと着こなしたシャツ。

メガネの下も、普段のようなピリピリとした気配はない。

(普段‥っていうか、今日が本当の石神教官なのかな)

(オフの日で、刑事じゃなくてただの男の人‥)

サトコ

「‥‥‥」

どうやったって早まってしまう鼓動を隠すように、バッグを胸に抱え直す。

(ドキドキするな!心臓‥!)

石神教官の歩く速さがいつもよりゆっくりで、そんなことさえいちいち嬉しくて。

サトコ

「これからどちらへ?」

表に石神教官の車が見えて、思わず聞いてしまった。

(お前には関係ない、とか言われちゃうかな‥)

石神

‥水族館だ

サトコ

「えぇ!?」

意外な答えに思いっきり声を上げてしまう。

石神

そんなに驚くことか

サトコ

「お、驚きますよ。石神教官の口から、まさかそんな癒しスポットが出てくるとは思いませんし‥」

石神

‥‥‥

サトコ

「冗談です。いいですね、水族館!」

「久しく行ってない気がします」

(‥ってこれじゃ連れて行って欲しいって言ってるみたいじゃん)

自分の一挙手一投足がどう受け取られるのか、気になって仕方ない。

石神

お前はどこへ行くんだ?

サトコ

「え?」

石神

久しく行ってないなら一緒に来ても構わないが、出掛ける予定があるんだろう

(う、うそ‥)

サトコ

「わ、私も一緒に行っていいんですか!?」

石神

好きにすればいい

石神教官はさっさと背を向けて車に向かった。

(ほ、本当にいいの‥!?)

(一緒に行っていいってこと‥だよね‥?)

なんだか信じられない状況に、呆然と立ち尽くす。

石神

‥行くのか、行かないのかハッキリしろ

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サトコ

「い、いい行きます!行きます!」

(長野はまた今度‥!)

石神

‥水族館にそこまで食いつくのは子どもくらいだろう

サトコ

「水族館は老若男女問わず誰でも好きだと思います!」

慌てて駆け寄る私に、石神教官は仕方なさそうに肩を竦めて、その目線だけで助手席へと促した。

to be continued

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