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A:石神教官

夜間訓練をすることが決まり、石神教官のもとへ行く。

(昼間も訓練をしていて夜の準備をする時間はあまりなかっただろうし、手伝った方がいいよね)

サトコ
「石神教官、何か手伝うことはありませんか?」

石神
氷川か。こんな時にも殊勝な心がけだな

石神教官は、メガネを押し上げながら言う。

サトコ
「少しバカにしましたね?」

石神
そんなことはない。むしろ褒めてやったんだ

サトコ
「本当ですか‥?」

石神
ああ‥手伝え

サトコ
「はい!」

私は食堂を後にする石神教官の後を追った。

【廊下】

(‥よし、こんな感じで大丈夫かな)

サトコ
「石神教官、こちらの準備は終わりました」

石神
そうか。それですべて終わりだ。一度、教場に戻るぞ

サトコ
「はい」

(夜の学校で石神教官と2人きりだなんて、なんだか変な感じだな)

そう思いながら、チラリと教官を見た。

石神
‥氷川は、黒澤のおふざけではなく夜間訓練を選んでいたな

サトコ
「はい。せっかくの特別訓練なので、学べるものは全て学びたいと思って」

石神
そうだな。氷川はそのくらいしないと、周りに追いつけないからな

サトコ
「う、たしかにその通りですけど‥」

石神教官には、私が上司の書類詐称で入学したことは既に知られている。
それでも、私の努力を認めてくれ、結果を出せば残っていいと言ってくれたのは当の石神教官だ。

(教官の期待に応えるためにも、頑張らなきゃ!)

【教場】

教場に着くと、黒澤さんが笑顔で出迎える。

黒澤
石神さん、訓練の準備お疲れ様です!こっちの方も準備は整ってますよ

石神
ああ

黒澤
サトコさんも、お疲れ様です!夜間訓練、一緒に頑張りましょうね!

サトコ
「はい!」

黒澤
ところで、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが‥

サトコ
「なんですか?」

黒澤
石神さんと2人で準備してたんですよね?何かなかったんですか?

サトコ
「何かって‥」

黒澤
そりゃもちろん、夜の学校で気持ちが大きくなった石神さんがサトコさんに‥
あ、痛っ!

石神
何か言ったか

黒澤さんは叩かれた頭を恨めしそうに撫でる。

黒澤
石神さん‥何も叩くことないじゃないですか!

颯馬
黒澤、口は災いの元って言うよね?

黒澤
颯馬さんまで‥
俺に味方はいないのか‥!

颯馬
さて、訓練始めますよ

黒澤
スルーしないでくださいよ~!

石神
はぁ‥

石神教官は眉間に深い皺を寄せた。
準備がすべて完了していることを確認すると、教官は皆に向かって声を上げる。

石神
これから、夜間訓練を開始する



私は息を潜めて、教官たちの動向を窺う。

今は尾行訓練の真っ最中だった。

石神
‥‥‥

颯馬
‥‥‥

(鳴子たちは先の方で待機してるから‥)
(う、動いた!)

私は教官たちに気づかれないよう、細心の注意を払いながら後を追った。

数時間後。
訓練が一段落し、私たちは教場に戻ってきた。

石神
30分、休憩を挟む。各自、適宜身体を休めるように

同期A
「さ、30分で休まるのか‥」

同期B
「休憩がないよりはマシだろう‥」

石神
氷川、必要な書類を取りに行くから手伝え

サトコ
「はい」

【教官室】

私と石神教官は、教官室で次の訓練に使う資料をまとめていた

サトコ
「教官、こちらにある資料は?」

石神
それは使わないから、棚に戻しておけ

サトコ
「分かりました」

私は資料の山を持ち上げる。

(うっ‥重い‥)

訓練の疲れもあるのか、少しふらついてしまう。

(でも時間もないし、一気に運ぼう)

フラつきながらも運ぼうとしたとき、

サトコ
「わわっ!」

足が躓き、バランスを崩してしまう。
そして、壁に寄りかかってしまい‥‥

カチッ!

サトコ
「え‥?」

(しゃ、シャッターが降りた‥!?)

石神
‥氷川、何をやっている

サトコ
「い、石神教官‥それが、バランスを崩して壁に寄りかかったら」
「非常シャッターのスイッチを押してしまったみたいで‥」

石神
‥‥‥

(うぅ‥すごい睨まれてる‥こ、怖い‥)

サトコ
「な、中から開けることはできないんですか?」

石神
内側からは開かない仕組みになっている

サトコ
「それじゃあ、携帯で黒澤さんたちに連絡を取って」

石神
あいにく、携帯は置いてきた

サトコ
「わ、私も訓練の邪魔になるので持ってません‥」

石神・サトコ
「‥‥‥」

(つまり、これは‥)
(閉じ込められたってこと!?)

石神
はぁ‥

石神教官が深いため息をつく。

石神
仕方ない、そのうち誰かが気づくだろう。ここで待機するぞ

サトコ
「はい‥」



閉じ込められた私たちは、この場で待機することになった。
資料もまとめ終わり、部屋には沈黙が降りる。

石神
‥暑いな

サトコ
「そうですね。空調が効いてないんでしょうか‥」

うっすらと汗が浮かぶくらいに、室内の温度は上がっていた。

(さすがにこの暑さはちょっと辛いな‥)

石神
‥仕方ないか

サトコ
「っ‥!」

教官が、おもむろにジャケットを脱ぎだす。

石神
どうした?

サトコ
「い、いえ‥」

(いきなり脱ぐからびっくりしちゃった‥)

石神
お前のせいで、とんだ時間のロスだ

サトコ
「す、すみません‥」

石神
次からは、よく考えて行動しろ

サトコ
「はい‥」

(うぅ‥耳が痛い‥)



それからしばらく時間が経つも、誰かがやってくる気配は一向になかった。

(このままじっとしているのもあれだな。かといって、特にやることもないし‥)

そんなことを考えていると、教官室にある警官用の携帯具が目に入った。

(手錠とか警棒って、訓練のときくらいしか使ったことないんだよね‥)

私は立ちあがり、手錠を手に取る。

石神
何をしている

サトコ
「私、未だに手錠とか慣れなくって‥交番勤務の時は滅多に使わなかったですし」

石神
慣れるも慣れないもない。必要に迫られたときに使うものだからな

サトコ
「‥私もいつか、手錠が手に馴染む日が来るんでしょうか」

石神
さぁな

サトコ
「‥‥‥」

石神
そう深刻な顔をするな
なんだったら、今使ってみるか?

サトコ
「え?」

石神
必要に迫られた時に使えなかったら、元も子もないだろう

(教官がそういうなら、いいのかな‥?)

サトコ
「えっと‥それじゃあ、教官の手にかけてもいいですか?」

石神
何‥?

サトコ
「ここには私と教官しかいないので。自分に掛けるのは難しいというか‥」

石神
‥お前、言うようになったな

私は恐る恐る、教官の両手に手錠をかけた。

カチャ

サトコ
「ちゃんとかけられました」

石神
それくらい当たり前だ。さっさと外せ

サトコ
「はい!」

(‥って、あ、あれ‥?)

石神
どうした?

サトコ
「あ、あの!ちょっと待ってください!」

(手錠の鍵って‥どこにあるの‥!?)

私は慌てて回りを探すも、鍵はどこにも見当たらない。

石神
お前、まさか‥

サトコ
「す、すみません‥」

石神
‥‥‥

教官はすべてを察したのか、今までに見たことのないほどの鬼の形相で睨んでくる。

サトコ
「すみません!本当にすみません!」

石神
本当に悪いと思っているのか‥?

サトコ
「うっ‥」

教官の威圧感にうつむいていると‥。

ぐぅ~

石神
‥‥‥

サトコ
「‥‥‥」

石神
今の音はなんだ

サトコ
「すみません、すみません!こんな状況なのに、お腹が鳴ってすみません!」

石神
はぁ‥

教官は長いため息を吐く。
私のおなかの音に、諦めたような顔をした。

石神
今日は散々訓練をしてきたからな。腹が減るのも仕方ないだろう
‥確か、冷蔵庫に一つプリンが残ってたはずだ

サトコ
「え‥?」

石神
腹が減ったんだろう。食べればいい

サトコ
「あ、ありがとうございます!」

お腹の虫には逆らえず、私はありがたくプリンをいただくことにする。

サトコ
「教官も食べますよね?」

石神
‥俺はいい

サトコ
「でも、私だけ食べるわけには‥恐れ多いです‥」
「そもそもこんなことになったのは私のせいですし‥」

石神
それはそうだな
‥仕方ない。そこまで言うなら食べてやらないこともない

教官は私からプリンを受け取り、スプーンを持つ。

石神
‥‥‥

(両手に手錠をつけてるから、すごく食べ辛そう‥)
(だからって、私だけ食べるわけにはいかないし、こうなったら‥)

サトコ
「あ、あの‥」

石神
なんだ

サトコ
「大変失礼なことを前提に‥」

石神
だから、なんだ

サトコ
「‥よかったら私が食べさせましょうか」

石神
氷川が?

(すごくイヤそうな顔‥)

サトコ
「私は石神教官の補佐官ですし!」
「それに、プリンを食べさせるくらいだったらさっきみたいな失敗はしません!」

私の威圧感に押されたのか、教官は参ったというようにため息を吐く。

石神
開き直られても困るんだがな
‥まぁ、この状態で食べて無駄にしてしまうのも惜しい

サトコ
「まかせてください!」

気合いを入れて教官からプリンを受け取ると、スプーンで一口分すくう。

サトコ
「それじゃ‥あーん‥」

石神
‥‥‥

(わ‥)

教官は無言で口を開け、プリンを食べる。

サトコ
「あの‥美味しいですか?」

石神
ああ‥

サトコ
「も、もう一度、あーん‥」

(ど、どうしよう‥自分から申し出ておいて、すごく恥ずかしい‥!)

石神
‥何故お前が照れる

サトコ
「す、すみません!」

なるべく照れないよう努力しながら、教官にプリンを食べさせる。

石神
‥俺はもういい、あとは氷川が食べろ

サトコ
「え、もういいんですか?」

石神
お前ほど腹は減ってないからな

教官は少しイタズラっぽく笑う。

(またバカにされた‥)

教官の両手に手錠がハマっているからか、いつもより反抗したくなる。

サトコ
「そうですね、教官はお腹鳴らしたりしませんもんね」

石神
うだうだ言ってないでさっさと食べろ

(でも、教官に『あーん』するのでいっぱいいっぱいになって、お腹空いてたの忘れてた‥)

教官からプリンを受け取り、そんなことを考えながら食べ進める。

(このプリン美味しい‥って!)

サトコ
「!」

(‥スプーン同じの使っちゃった。これって間接‥)

意識すると、急に教官の方を向けなくなる。

石神
‥どうした。そんなに下を向いて

サトコ
「い、いえ、このプリン美味しいなって思いまして‥」

石神
そうか‥駅前の店のだからな、美味しくて当たり前だ

サトコ
「‥やっぱり教官のプリンだったんですね」

石神
他の者の食べ物を勝手に食べるわけないだろう。黒澤じゃあるまいし

サトコ
「ふふ」

石神教官が吐いたため息がなんだかおかしかったけど。
変に意識してしまったせいか、あまり味が頭に入ってこなかった。

プリンを食べ終えると、お腹が適度に満たされたせいか、眠気が襲ってくる。

(どうしよう、眠くなってきちゃった‥)

石神
‥眠いのか?

サトコ
「いえ‥」

石神
別に、我慢しなくていい。眠いなら個室のソファを使え

サトコ
「いいんですか?」

石神
どうせこんな状態だ。休める時ぐらい休め

サトコ
ありがとうございます
あ、でも‥教官はどうするんですか?」

石神
俺はまだやることあるから気にするな

サトコ
「じゃあ、私も手伝います‥」

石神
訓練に差し支えると言っただろう
同じことを何度も言わせるな‥無理をして倒れられでもしたら困るからな

サトコ
「え‥?」

石神
‥なんでもない。休むなら早く休め

サトコ
「は、はい‥」

私は個室に移動すると、ソファに横たわる。

(今日はいろいろなことがあったな‥)

特別訓練があったり、今こうして閉じ込められているけど、教官とプリンを食べたり‥

(石神教官と一緒にいれて‥嬉しいな‥)

そんなことを考えているうちに、私は眠りに落ちていった。

【教場】

翌朝。
教官室に閉じ込められていた私たちは、颯馬教官と黒澤さんに出してもらった。
訓練は石神教官の失踪を理由に、加賀教官が勝手に解散させたと鳴子から聞いた。

(私のせいで、皆に迷惑かけちゃったな‥)

同期A
「夜間訓練がなくなってラッキーだったな」

同期B
「おかげでゆっくり体を休められたしな」

(迷惑っていうより、むしろ喜ばれてる‥?)

石神
みんな揃ってるな

教場に石神教官がやってくると、皆背筋を伸ばした。

石神
昨日夜間訓練を行わなかった分、今日の訓練を延長する

同期A
「延長って‥ウソだろ!?」

同期B
「昼には終わると思ってたのに‥」

(さすが、鬼教官‥)

石神教官の言葉に、同期たちはがくりと肩を落とした。
訓練の説明が終わると、手伝いをするため教官のもとへ行く。

石神
‥では、用意を頼む

サトコ
「はい」

石神
氷川

教官は私に指示を出すと、耳打ちをしてくる。

石神
昨日のことは黙っておけよ

そして教官は、そのまま振り返ることもせず教場を後にした。

サトコ
「っ‥‥」

耳打ちされた耳が、熱を持つ。
2人だけの秘密ができたみたいで、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。

(‥昨日はいろいろ迷惑を掛けちゃったし、後で冷蔵庫にプリンを足しておこう)

私は無意識に耳を押え、訓練の準備に向かったのだったーー

Happy End

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