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誕生日はあなたと

間もなく迎える、10月27日
特別な人の誕生日が、今年は彼氏の誕生日になった。

(去年は一緒に出掛けて···でも、誕生日だって知らなくて)
(あげられたプレゼントは···)

たった13秒の抱擁だった。

(今年はちゃんとお祝いしたい気持ちもあるけど···)
(ただ賑やかにお祝いしましょっていうわけにもいかないし)

なぜなら、彼の誕生日は彼が家族を失った日でもあるから。
だけど今年は誕生日だと知っていて、そして私はカレの恋人。
だから、恋人として···何かできたらいいなと願っている。

(何か···津軽さんが喜んでくれるもの)
(でも、無神経じゃなく津軽さんの気持ちにちゃんと寄り添えるような···)

百瀬尊
「ぼさっとしてんじゃねぇ!」

サトコ
「わっ」

ドサッとデスクに置かれる書類の束。

サトコ
「あの、今しがた、今朝積んであったものを片付けたのですが···」

百瀬尊
「午後の分だ。夕方のは自分で取りに行けよ」

サトコ
「夕方にも追加されるんですか!?」

百瀬尊
「この時期は忙しいって知ってんだろ」

ギロリと私を睨む百瀬さんの目に、僅かな痛みが覗く。

(後々知ったことだけど、津軽さんはこの時期は仕事に忙殺されるって)
(自分で忙しくしてるんだよね···)

今年も意図してのことなのか···は、わからないが。
10月に入ってからの津軽班は、とにかく忙しかった。

(津軽さんが進んで仕事を引き受けることはできても、事件を起こすことはできない)
(いくつかの事件が重なって忙しいのは偶然なのかな)
(···百瀬さんは、どうするだろう。というか、毎年どうしてるんだろ?)

サトコ
「······」

百瀬尊
「なんだよ。文句あんのか。俺だって報告書やってるからな」

サトコ
「今日やるべき仕事、19時までに必ず終わらせますから」
「今夜、付き合ってください!」

百瀬尊
「!」

そして、その日の夜20時。
気力と根性で19時までに仕事を終わらせた私は、百瀬さんとーー

佐内ミカド
「おし!第1回ウサちゃん会、始めんぞー!!」

サトコ
「ウサちゃん会···?」

ノア
「ねーえ、ウサちゃん。たかおみはー?」

サトコ
「今日は、津軽さんは来ないよ」

ノア
「たかおみ、もうウサちゃんに捨てられちゃったの?」

佐内ミカド
「仕方ないんだよ。高臣はザーメ···」

百瀬尊
「ミカドさん」

佐内ミカド
「ぐっ」

ノア
「?」

百瀬さんの肘鉄が佐内さんの脇腹に決まる。

阿佐ヶ谷タクヤ
「けど、高臣抜きでいいわけ?」

山本コースケ
「いいんじゃない?たまには俺たちとウサちゃんが交流を深めるのも」
「別の方では、結構深まってるけどね?」

サトコ
「や、山本さん、それは···!」

高野マツオ
「おやおや、もうNTR展開ですか~?」

サトコ
「今日は大事な話があって、皆さんに集まっていただいたんです」

ノア
「はい、ウサちゃんにちゅうもーく!」

ノアが仕切ってくれ、皆さんの視線が私に向けられた。

サトコ
「もうすぐ···津軽さんの誕生日、ですよね?」
「今までって、皆さんはどんなふうに過ごしてたんですか?」

佐内ミカド
「高臣の誕生日って···」

全員
『······』

皆さんが顔を見合わせる。

阿佐ヶ谷タクヤ
「あいつ、誕生日は仕事だろ?」

佐内ミカド
「メッセージもスルーするしな」

高野マツオ
「みんな、誕プレ詰め合わせて送り付けるんだよね~」
「今年も渾身の力作を···」
「あ、ウサちゃんは見ちゃダメだよ?」

サトコ
「はぁ···」

(なるほど···誕生日を完全に避けているわけでもないと)
(長い付き合いだから、適度な距離がわかってるんだ)

サトコ
「学生の頃は、どうしてたんですか?」

佐内ミカド
「あー···あの頃は誕生日とか、気にしてなかったしなぁ」

阿佐ヶ谷タクヤ
「誕生会する男子高校生とかキモいだろ」

高野マツオ
「けど、ほら、何年生の頃だっけ?高臣くんが毎年、この日休んでない?って話になってさ」

阿佐ヶ谷タクヤ
「気付いたの誰だっけ」

山本コースケ
「タケルだよね」

百瀬尊
「···はい」

ノア
「タケルはエライねぇ」

百瀬尊
「食べながら喋んな」

ノアはすっかり百瀬さんの膝がお気に入りのようで、そこが定位置になっていた。

ノア
「今年のお誕生日は?」
「たかおみのお誕生日、ノアもお祝いしたいよ」

サトコ
「うん、そうだよね」

山本コースケ
「まあ···そろそろいいのかもね」

阿佐ヶ谷タクヤ
「あいつがつかまればの話だけどな」

高野マツオ
「いやいや、当日はご遠慮すべきでしょ」
「彼氏の誕生日って言ったら、プレゼントは···」
「ぷぷっ」

サトコ
「な、なんで私を見るんですか?」

阿佐ヶ谷タクヤ
「だーって、なぁ?」

佐内ミカド
「絶対、期待してるだろ。高臣なら」

サトコ
「き、期待って···」

ノア
「期待って?」

百瀬尊
「お前には関係ない」

ノア
「ちょっと!耳塞がないでよ!」

(子どもには聞かせれられない話?それって···ええっ!?)
(そ、そういう!!??)
(私たちが付き合ってるの周知の事実みたいだし···津軽さん、何か話してるの!?)

翌日、朝イチで登庁した私は山のような仕事を片付けていた。

サトコ
「ふぅ···」

一仕事を終え、コンビニで買っておいたサンドウィッチとミルクコーヒーで朝食にする。
思考の隙間ができれば、考えてしまうのはーー

高野マツオ
「彼氏の誕生日って言ったら、プレゼントは···」
「ぷぷっ」

佐内ミカド
「絶対、期待してるだろ。高臣なら」

(期待される、彼氏の誕生日プレゼント···)
(それって、やっぱり、やっぱり···)

津軽
わかってるよね?俺の欲しいもの

サトコ
「はい···今年の誕生日プレゼントはーー私、です···」

サトコ
「···っ」

(ない!ないない!)
(そもそも、そんなこと津軽さんは期待してないって!)

津軽
そのサンドウィッチ、激マズなの?

サトコ
!!

ぬっと真上から覗き込まれ、口からサンドウィッチが噴き出るかと思った。
だけど経験という智が、口元の筋肉を引き締め強引に飲み込ませる。

サトコ
「ふっ、ふー···」

(あ、危なかった···)

津軽
よく噛んでお食べ。身体に悪いよ

サトコ
「気を付けます···そして、おはようございます···」

津軽
おはよ。朝イチで来て頑張ってるなんて、偉い、偉い
···昨日、帰り遅かった···のにね?

サトコ
「え?遅くないですよ」

津軽
あ、そ?ふーん?

サトコ
「寝不足で注意力散漫なんてことにはならないように、気を付けてます!」

津軽
ん、感心感心。いい子だから、ご褒美に鯖味噌水饅頭あげるよ

サトコ
「······」

デスクに置かれた鯖味噌水饅頭を見つめる。
この妙なお菓子は津軽さんがここに、いつも通りいてくれる証。
私たちの日常が守られてる証。

(そっか···多分、だけど···)
(今の私たちには···誕生日も日常の延長にあるものでいいのかも···)

具体的なことは、まだ思い浮かばないけれど。
津軽さんが日常を感じてくれる、日常にいてくれるーーそんな日にできたら、いいな。

そして迎えた津軽さんの誕生日当日。
万全の態勢で迎えーーるはずだったのに。

(こんな日に限って、監視対象に動きがあるなんて!!)

監視交代の時間は19時で、課に戻った時にはすでに津軽さんの姿はなかった。

(朝から顔合わせてないから、『おめでとう』も言えてないし!)

メッセージを送るよりも直接伝えたいと思っていたから。
休みにできればよかったのだけど、抱えている事件はこちらの都合など考えてくれるわけもない。

(家にいるかな。いなかったら、どうしよう)
(もし、今日中になにも伝えられなかったら···!)

腕時計を見れば、もう21時近い。
マンションの最上階の灯りが点いているのか···それを確認するまで待つ余裕がなくなってくる。

(こうなったら、電話だけでも···!)

とにかく居場所を掴みたいと、スマホを手にした時ーー

津軽
······

サトコ
「!」

(いた!!)

サトコ
「津軽さん!」

津軽
え···

呼び止めて、振り返る彼に勢いのまま走って行って···

(あ、どうしよ···『おめでとうございます』···って、言っていいのかな、よくないよね)
(ちゃんと津軽さんの気持ち、確認してからじゃないと···っ)

カットインしてきた冷静な思いに言葉が喉につかえた結果···

津軽
ウサ!?

サトコ
「···っ」

駆け寄った私を抱き留めてくれた、彼の頬に···小さなキスを贈っていた。

to be continued

津軽さんの誕生日当日。
予定とは全く違う流れになってしまい、
情熱と理性···などと格好のいいものではなく、私の浅慮の結果。

津軽
ウサ!?

サトコ
「···っ」

突進するように駆け寄った私は津軽さんの頬にキスをしてしまった。

津軽
······

サトコ
「あ···」

津軽
·········

(か、固まってる!)
(···だよね。いきなりこんな···私だって混乱してるんだから···)

サトコ
「あ、あの、こ、これは···っ」

津軽
朝から会ってないだけなのに、情熱的だね?
よしよし、ウサギは寂しがりだもんね~

焦る私に、いつもの余裕の笑みが返って来る。

津軽
今日も遅かったね。お疲れさん

サトコ
「思わぬ動きがあって···予定より長引きましたが、無事に引継ぎができました」

津軽
ん、最近よく頑張ってるね。彼女の次はモモの座狙ってる?

サトコ
「それ、冗談でも百瀬さんの前で言わないでくださいね?」

(飛び蹴りが飛んでくる様が簡単に想像できる···)

サトコ
「頑張ってたのは···そういう理由ではなくて」

視線をさまよわせ、何とか勇気を振り絞って、彼の顔を見上げる。

サトコ
「今日を···一緒に過ごしたくて!」

津軽
······

サトコ
「津軽さんのお誕生日···一緒に過ごして良いですか···?」

津軽
·········

『おめでとう』の言葉は出なかった。
やっぱり···まだ違う気がしたから。

津軽
それってさ、俺が頼むことじゃん?

サトコ
「え···そうですか?」

津軽
···違う?
わかんないな
誕生日、誰かと過ごしたいと思ったことなんてないから

サトコ
「あ···」

反射的に離れかけた身体を、手を掴まれて留められた。

津軽
あと少しだけど、一緒にいてくれる?

サトコ
「はい!」

掴まれた手を握り直すと、手を繋いで並んで帰った。

いつも通り、私の部屋はウサギ小屋だから···という理由で津軽さんの部屋に集合。
一旦荷物を置いて速攻でシャワーを浴び着替えてから、必要なものを持って最上階に向かった。

サトコ
「実はケーキもあって···食べますか?」

津軽
食べる、食べる
でも、いつ買ったの?帰り持ってなかったよね

サトコ
「いつ買いに行けるか分からなかったので、冷凍ケーキを用意しておいたんです」
「朝、冷凍庫から冷蔵庫に移してきたので、ちょうどいい頃合いかと」

津軽
へえ···

紙袋からケーキの箱を出す私を津軽さんは薄く笑って見ている。

(あ···こ、これは···)

津軽
ウサってば、人の誕生日に気合入れ過ぎじゃない?

(誕生日のこと必死に考えてたと思われてしまう!?いや、考えてたけども!)
(思いって思われたら···ど、どうしよ、しかも今回のケーキは···!!)

津軽
生クリーム?チョコ?チーズ?
俺、冷凍ケーキ食べるの初めてかも

サトコ
「あ、あ···」

今さら引っ込めることなどできるわけもなく、箱からケーキを出す手は止められない。
中から出てきたのはーーピンクの丸い土台に目と鼻がついたケーキ。

津軽
······ピンクの···カメ?

サトコ
「ウサギです!この耳パーツを後付けするんです!」

津軽
あ、なるほど。ウサちゃんのウサギケーキ?
私を食べてってこと?ウサってば大胆~

サトコ
「ち、ちがっ」

(いや、重いって思われるより、そっち方面に思われた方がいい!?)

サトコ
「ちが···くない、か···も···」

津軽

サトコ
「え、あ、いや、その!」

(正解が分からない!!)

混乱してるのは自分でも十分すぎるほどわかっていて、大きく深呼吸をした。

(落ち着け···落ち着け···)
(大事なのは、津軽さんのお誕生日だってこと···!)

サトコ
「ケーキ、食べましょう!」

津軽
ちょっと、耳つけてあげる前に顔面真っ二つにする気?

サトコ
「あ···で、ですね···」

津軽
俺がちゃんとしたウサちゃんにしてあげるからね

チョコで出来たピンクの耳を津軽さんが着けてくれる。

サトコ
「わ、可愛い」

津軽
指にクリームついちゃった

サトコ
「拭くものを···それとも、手を洗ってきますか?」

津軽
あーん

サトコ
「はい?」

津軽
あれ、もっと食べたい?
ウサちゃんは欲しがりさんだね~

イチゴクリームが指先にちょっとついてただけなのに、ウサギのほっぺからごそっとクリームを取った。

サトコ
「ああ!ウサギのほっぺが!ゲッソリと!」

津軽
食べるためのものでしょ
代わりにウサちゃんがほっぺ膨らませて食べな

サトコ
「う···」

近付いてくる無駄に長く形のいい格好いい指先。

(仕事中ならパワハラです!って言えるのに!)

津軽
俺、誕生日様だよ?

サトコ
「なんですか、その誕生日様っていうのは···」

(ここで誕生日のワードを出してくるのは、ずるい!)

それが彼の誕生日の望みなら。
どんな小さなことでも叶えたいに決まってる。

津軽
はい、あーん

サトコ
「あ、あーん···」

恥ずかしさを押し殺し、クリームがついた指を口に含む。

サトコ
「ん···」

(美味しい!冷凍ケーキだから期待できないかと思ってたけど、美味しい!)
(通販でびっくりするくらいのお値段だったけど、これにしてよかった!)

予想外の美味しさで、一瞬だけクリームに意識が集中しすぎてしまった。
クリームは溶け···舌に触れるのは骨張った指の感触。

(津軽さんの指···めちゃくちゃ咥えてる!?)

津軽
······

サトコ
「······」

(か、完全に固まってる···!)
(津軽さんが、ここまで固まるなんて···!)

慌てて唇を離せば、緊張のせいで力が入っていたのかーー
恥の上塗りで『ちゅぽん』という音まで鳴らしてしまった···

津軽
·········

(は、は、は、恥ずかし···!)

サトコ
「す、すみません!すぐにタオル持ってきます!!」

訓練時と同じ速度でダッシュし、タオルを濡らして戻ってくると···

津軽
······

指が唇に寄せられている。
私がさっきまで舐めていた指先···ではなく、指の第一関節だけれど。
さっきまで私がしっかり食べていた指が···今、津軽さんの口元に···

サトコ
!!?!??

津軽
ん、味はそんなしないけど、すごいイチゴの匂いする

サトコ
「な、な、な、なにやってるんですかー!!」
「フライドチキンの骨じゃないですよ!!??」

津軽
え、ウサってフライドチキンの骨ガジガジするタイプなの?
どおりで指をしゃぶるのが上手いーー

サトコ
「ぎゃー!わ、わわ、私が悪かったです!!」
「意地汚いところは直しますので、勘弁してください!!」

津軽

ガッと咥えている方の手を取ると、問題の指を高速で拭く。

津軽
ちょ、痛いんだけど

サトコ
「これくらい我慢してください!!」

津軽
指くらいで大袈裟な子だね
クリームの味見もさせてくれないなら、ちゃんと食べさせてよ

サトコ
「あ···はい···」

(そうだ···混乱するばかりで、大事なことがまだだった!)

サトコ
「はい、フォークです」

津軽
あーん

サトコ
「······」

津軽
お返しするもんでしょ?

サトコ
「···お誕生日だから、特別ですよ?」

ゲッソリしてしまったウサギのほっぺの少し下をすくって、口元に運ぶ。

津軽
ん···

サトコ
「津軽さんには物足りないかもしれないですけど」

津軽
···いや、美味しいよ

気を遣っているふうでもなく。
ごく自然に笑みを象る口元に鼓動が飛び跳ねる。

(お誕生日···少しは悪くないって思ってくれてる···?)
(くれてたら、いいな···)

津軽
ついでに、もういっこリクエストしてい?

サトコ
「はい。私にできることなら···」

津軽
去年はさ、抱き締めさせてくれたじゃん?
だから今年は···

顔が近付き、香る甘いイチゴの匂い。

津軽
今年は20秒サービスしてくれる?

サトコ
「はい···」

去年はーー

津軽
3、2、1ーーゼロ

サトコ
「え···」

津軽
はい。プレゼントいただきました

サトコ
「あ···」
「あと10秒プラスも出来ますが!!」

津軽
···は?

サトコ
「お、お誕生日特典です!」

ーー13秒間の抱擁。
今年はーー

津軽
3、2、1ーー

サトコ
「ゼロ···ここからがお誕生日特典です」

津軽

唇を軽く触れ合わせたまま囁き合う声。
そこからプラス20秒間のキスを交わしたのだった。

Happy End

【カレ目線】

季節というのは、当たり前だが毎年巡る。
台風の予報があったけれど、結局それた今年の10月の終わりの頃も例年通だった。

(午前休はとれたし。思ったよりもあちこち動き始めたけど、何とかなるだろ)

仕事に忙殺されてる方がいいと思うのは、今年も変わらず。
この時期は眠りも浅くなるが、それも変わらず。

(変わらないことに安心もしてるなんて···おかしいよな)

今年は “ 特別な子 ” が “ 恋人 ” になり、大きく変わった。
恋人のイベントして迎えようと思えば迎えられる誕生日。
だけど、そこまで浮かれ切っていない自分に安堵していた。

(まだ···まだ、これでいい)

“ まだ ”···が、いつか消えてくれるのかどうか、わからないけれど。
罪悪感が胸にある限り、俺は家族を忘れずにいるーーその証であると思うから。

俺が仕事に打ち込めば、津軽班が多忙になるのは当然で。
ウサも朝から晩まで目まぐるしく働いている。

(俺の誕生日···覚えてるのかな)
(ウサは公安学校組の誕生日は律儀に覚えてるからな)
(俺の誕生日だって当然···)

もし···覚えてなかったら···?

(···これだけ忙しければ、忘れることもあるって)
(なにもなく過ぎるなら、それはそれで···ね)

この頃、自問自答、自己完結ばかりだと呆れながら課に戻ると···

サトコ
「今日やるべき仕事、19時までに必ず終わらせますから」
「今夜、付き合ってください!」

百瀬尊
「!」

(!!?!??)

ウサがモモを誘ってた。

津軽
ね、モモ

百瀬尊
「はい」

外から戻って来たモモを廊下で呼び止める。

津軽
夜さ、英気を養いがてら、ご飯行かない?
モモの大好きな焼き肉屋行こうよ

百瀬尊
「······」

(俺とウサの誘い、どっちを選ぶ?)
(モモなら考えるまでもなく、即答で俺···)

百瀬尊
「今夜は別件があって」

津軽
!?
別件って?

百瀬尊
「ちょっと気になることがあって。すみません、また別の機会にお願いします」

津軽
ん···じゃ、また今度···

百瀬尊
「ぜひ。津軽さんも気に入る店、探しておきますよ」

本当にその日を楽しみにしているという顔でモモは去っていく。
それはいい、それがいいのだけど···

(モモが俺よりウサを優先した!?)
(これって、どういうことだよ!!?!??)

迎えた27日。
午前中はいつも通り生臭坊主のところに行って、16時12分は騒がしい課内で過ごした。
そして夜···あと数時間で今年の誕生日も終わる。
少しずつ、また日常に戻っていくことを晩秋の夜の空気に教えられる時間ーーのはずが。

(完全にスルーされてる···?)
(いや、今日は現場めちゃくちゃ忙しかったの知ってるし)
(このくらいでちょうどいいんだって)
(別に全然、ウサとモモでサプライズを考えてるかな~···なんて、ちょっとも思ってないしね)

今年はまだ別の意味で誕生日から抜けられずにいた。

津軽
······

(···何期待してんだよ)
(そんな日じゃないだろ)

でも、もし···ウサの部屋の電気が点いてたらショックだなとか。
なにか連絡ないかな···とか、スマホを数分おきに点灯させていると。

サトコ
「津軽さん!」

津軽
え···

一瞬幻聴かと思ったけど、振り返れば···全力疾走してくるウサが見える。

(···このまま突っ込まれたら···俺の肋骨生き残れる?)

肋骨を守る···もとい、突進してきた彼女を優しく受け止めた···と思ったのだが。

(!?)

ウサギのごとく飛び跳ねたサトコの顔が近付いて来て···
ふにっと柔らかなものが頬に触れた。

津軽
ウサ!?

サトコ
「···っ」

(こ、ここでキス!?え、なんで···?)
(ていうか、こういうの、サトコ側のセリフじゃない!!??)

想定していたどの事態にも当てはまらないイベントに脳がバグる。

サトコ
「あ、あの、こ、これは···っ」

津軽
朝から会ってないだけなのに、情熱的だね?
よしよし、ウサギは寂しがりだもんね~」

それでも表面上は平気で取り繕えるのだから、いいのか悪いのか。
だけど、この直後にその限界を見ることになるなんて···

サトコ
「津軽さんのお誕生日···一緒に過ごしてもいいですか···?」

津軽
·········

(君って子は···)

どうしていつも爆弾みたいなプレゼントをくれるんだろう。

ウサの部屋ではなく、俺の部屋に呼んだことに深い意味があったのか、どうか。
何となく自己防衛的な···理性を保つための選択だった気もする。

(この時間だし、誕生日っぽいこともないと思ってたのに)

サトコ
「朝、冷凍庫から冷蔵庫に移してきたので、ちょうどいい頃合いかと」

津軽
へえ···

(冷凍ケーキを手配するってことは、結構前から計画してくれたってことだよな)
(俺の事、考えてくれてた···)
(やば···嬉し···)

照れ隠しもあって、口からは軽い言葉が滑り出ていく。

津軽
私を食べてってこと?ウサってば大胆~

サトコ
「ち、ちがっ」
「ちが···くない、か···も···」

津軽

(!?)

サトコ
「え、あ、いや、その!」

(今日のウサ、全然わかんないんだけど!?)

大胆に誘っている風で、目の前のサトコは目を白黒させている。
本人も混乱している証拠だ。

(これが···“ 俺たちの恋人らしさ ” ってのを探ってる段階、なのかな)

恋人らしさがわからないと言った俺に、
2人のかたちを見つけて行けばいいと言ってくれたサトコ。
その結果が、これだというのならーー

(いいな、こういうわけわかんない気持ちも)

ちょっとばかり浮かれていたんだろうと思う。

津軽
はい、あーん

サトコ
「あ、あーん···」

指につけたクリームを食べさせるなんてベタなことをして。

(あ···思ったより、これ···)

ヤバ···と思った時には、指に温かな感触が絡みつき軽く吸われてさえいた。
おまけに濡れた音まで響かせて、俺の指を解放してくる。

津軽
·········

サトコ
「す、すみません!すぐにタオル持ってきます!!」

ウサがキッチンに走り、俺はゴンッとテーブルに頭を叩きつけた。

(いって···)

視線を上げれば、ウサいわく頬が痩けたピンクのウサギがこっちを見ている。

(そうだよ、脳内ピンクになりかけてんのは俺だよ)
(だって、ウサがあんなエロ···いやいや、ただの食いしん坊なだけだけど!)
(俺以外の男に、ああいうことさせられてねえだろうな!?)

ふわっと甘い香りがするのは、さっきまで彼女の唇にあった指先。

津軽
······

(俺の彼女···か)

どこで何を実感するのかなんて、人それぞれだとしみじみ感じながら。
甘さに誘われるように唇を押し当てれば、閉じたまぶたの向こうの夕暮れはもう···消えていた。

翌朝はしつこく鳴り続ける電話で目が覚めた。

(ミカド?)
(何だよ、こんな朝っぱらから)

津軽
はい?

佐内ミカド
『お、高臣出たぞ!』

高野マツオ
『ウサちゃんは高臣くんの横で眠ってますかー?』

津軽
はあ?

阿佐ヶ谷タクヤ
『あれ?ウサ、ちゃんとやらなかったのか?』

(やるって何がだよ!?)

山本コースケ
『高臣、誕プレ貰ってないの?』

津軽
···貰ったに決まってんじゃん

23秒間のキス。
あれ以上の誕生日プレゼントなんて···

佐内ミカド
『で、ウサちゃんは、そこにいるのかいないのか、どっちだよ』

津軽
いるわけないだろ。下に自分の部屋があるんだから

高野マツオ
『ってことは···ぶおっほ!』
『高臣くん、ウサちゃんの渾身の誕プレ受け取れなかったんだ~』

阿佐ヶ谷タクヤ
『サインを見逃したってヤツか···』

佐内ミカド
『高臣、ここぞって時にヘタレっからな~』

津軽
は?お前ら、なに言ってんの?

山本コースケ
『来年に期待しなよ』

津軽
来年!?

(なんだ?何なんだ?ウサ渾身の誕プレ?)
(あのウサギケーキじゃなく?え?)

巻き戻す、昨日の時間。

津軽
私を食べてってこと?ウサってば大胆~

サトコ
「ち、ちがっ」
「ちが···くない、か···も···」

津軽
!!!!

(あ、あれだったのか!?)
(誕生日プレゼントは、私♡ーーーって、意味だったのか!!??)

津軽
······

佐内ミカド
『おーい、高臣~?』

阿佐ヶ谷タクヤ
『あ?電話切れた?』

ベッドに放ったスマホからの声なんて聞こえない。
俺は千載一遇のチャンス(?)を逃したのか···いや、まだ今じゃないって自分で分かってるけども。

(俺たちの恋人らしさ~···とか綺麗にまとめてる場合じゃなかったのか?)

据え膳食わぬは~云々が頭を渦巻いていって···
今年は驚くほどの速さで、薄暗い誕生日の日々の余韻から引き戻されたのだった···

Happy End

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