黒澤さんの企画に決まり、後藤教官の元へ向かう。
後藤
「そんなに夜間訓練がイヤだったか?」
サトコ
「そ、そんなことはありません!ただ、今日の訓練はいつも以上にキツかったので‥」
「その‥息抜きも必要かなって思ったんです」
後藤
「息抜き、か‥そうだとしても、黒澤の企画を選ぶなんて、お前も物好きだ」
私が黒澤さんの企画を選んだことに、後藤教官は苦笑いする。
サトコ
「そういう後藤教官もちょっとは楽しみなんじゃないですか?」
後藤
「そんなわけないだろう」
「黒澤が考えた企画だからな。くだらないものか、あるいは‥」
サトコ
「?」
後藤
「‥いや、なんでもない」
サトコ
「途中で言うのを止められたら、気になります」
後藤
「確証がないからな」
「アンタは素直に黒澤の企画を楽しんでおけ。息抜きも必要なんだろ」
サトコ
「はい」
颯馬
「ふふ、お二人は相変わらず仲がいいですね」
「ですが、あんまり羽を伸ばすと黒澤が調子に乗りますよ」
颯馬教官が後藤教官の後ろからひょこっと顔を出す。
サトコ
「颯馬教官!わ、私たちは、別に‥」
後藤
「黒澤が立てた企画ですからね。純粋に楽しむだけのものとは思ってませんよ」
サトコ
「え‥?」
後藤
「何を考えているか分かりませんが、あいつの手には乗りません」
颯馬
「ふふ、そうですね。黒澤のことだから、きっと‥」
颯馬教官はそう言って、楽しそうに微笑む。
颯馬
「サトコさん、せっかく黒澤が考えた企画です。思う存分、楽しんでくださいね」
サトコ
「は、はい‥」
颯馬
「それじゃあ、頑張ってくださいね」
(頑張る‥?)
颯馬教官は意味ありげな微笑みを浮かべたまま、食堂を後にした。
(なんだろう‥イヤな予感がするような‥)
黒澤
「後藤さんにサトコさん!ほらほら、早く教場に移動しましょう~!」
サトコ
「あ、はい」
後藤
「‥‥」
明るい声を上げる黒澤さんに促され、私たちは教場に向かった。
【教場】
教場に着くと、いつもの様子とは一変していた。
サトコ
「こ、これは‥」
黒澤
「フロア一面、肝試し仕様にしてみました☆」
黒澤さんはやりきったと言わんばかりに胸を逸らす。
黒澤
「あ、頑張ったと言っても、もちろん他の方々にも手伝ってもらいましたよ」
「俺は怖いものが苦手なので、ホラー系は歩さんたち担当で手分けして作りました」
歩
「いきなり手伝ってくださいって言われたから何事かと思ったけどね」
黒澤
「おかげで渾身の出来ですよ~!」
(いつも使ってる教場が、こんなおどろおどろしい雰囲気になるなんて‥)
(見慣れているはずなのに‥ちょっと、怖いかも‥)
後藤
「歩がホラー担当だったら、お前は何を担当したんだ?」
黒澤
「ふっふっふ、それはですね‥秘密です☆」
「そんなことはさておき、これより24時間訓練記念・肝試し大会を開催します!」
同期A
「何をやるのかと思ってたけど、肝試し大会か」
同期B
「俺、結構こういうの好きなんだ」
黒澤さんの口から出た肝試しという単語に、皆は盛り上がりを見せる。
黒澤
「ルールは簡単!二人一組になって進み、教官室にあるお札を取ってくることです!」
「ペアはクジで決めるので、皆さんこの箱の中から紙を引いてくださいね」
黒澤さんは『ドキッ☆24時間訓練記念肝試し大会』と書かれた箱を持ち、
皆にクジを引いてもらっていく。
(二人一組か‥せっかくだし、後藤さんとペアになれたらいいな)
黒澤
「はい、次はサトコさんの番です!」
黒澤さんに箱を差し出され、クジを引く。
黒澤
「サトコさんは何番でしたか?」
サトコ
「えっと‥6番です」
後藤
「お前もか」
サトコ
「も、もしかして、後藤教官も‥」
後藤
「ああ」
(わ、ど、どうしよう‥嬉しい)
(後藤教官と一緒に回れるんだ‥!)
表情に出ないように、心の中で密かに喜んだ。
黒澤
「皆さん、ペアの確認は終わりました?」
「それでは1番の方からどうぞ~!」
同期A
「よし、行こうぜ!」
同期B
「ああ、最速でゴールしよう!」
黒澤さんの合図を皮切りに、1番を引いたペアからスタートした。
それを見送ってしばらくした頃‥‥
同期A・B
「うわああああああ!!!!」
(ひ、悲鳴!?)
遠くの方から同期の声が響く。
(な、何があったの‥)
黒澤
「スタートから30秒ということはあの辺ですかね‥フフフ」
(あ、あの辺ってどの辺!?)
同期C
「お、おい‥次はオレたちの番だぜ」
同期D
「だ、だけど、あの悲鳴を聞いた後じゃ‥」
黒澤
「はいはい、それは行ってからのお楽しみ~」
2番目のペアに引き続き、次々と暗闇に消えていく。
そして私たちの番になり、おもむろに後藤教官の顔を伺う。
サトコ
「きょ、教官‥」
後藤
「どうせ黒澤の考えそうなことだ。大体は予想できる。行くぞ」
サトコ
「あっ‥ま、待ってください!」
後藤教官は私を引き連れ、教場を出た。
【廊下】
後藤教官は何食わぬ顔で、薄暗い廊下を進んでいく。
サトコ
「ご、後藤教官!何があるか分かりませんよ!さっきの悲鳴だって‥」
後藤
「黒澤の考えそうなことはわかると言っただろ」
サトコ
「そ、そうですけど‥」
(だってなんだか‥夜の学校って‥)
少し肌寒い気がして、思わず身震いした。
後藤
「もし怖いなら、手を握っててやろうか?」
後藤教官が冗談っぽく言う。
(肝試しを怖がってると思われてるな‥)
子ども扱いされたようで、少しだけ膨れる。
サトコ
「‥平気です。肝試しはむしろ好きなので」
後藤
「そうか。それじゃあ、このまま進むぞ」
私たちはどんどん先へと進んでいく。
しばらく歩くと、お化け屋敷の廃墟のように装飾された校舎に出た。
サトコ
「ここまで何もなかったですね」
後藤
「ああ‥」
サトコ
「後藤さん?」
後藤
「‥‥‥」
後藤さんは何かを窺うように辺りを見回す。
そして、曲がり角に差し掛かった瞬間‥‥
ガッ!
後藤
「っ!」
覆面を装着した男が突如現れ、警棒を後藤さんに振り下ろした。
サトコ
「きょ、教官!?」
後藤
「‥なるほどな」
覆面男1
「うわっ!」
後藤さんは覆面の男の腕を取り、軽々と倒してしまう。
後藤
「行くぞ」
サトコ
「は、はい!」
小走りに先に進んでいくと、先程と同じように覆面を被った男たちが次々と現れる。
(こんなにたくさん‥!?)
(というか、肝試し‥だよね?)
覆面男2
「うぐっ!」
覆面男3
「うわぁっ!」
後藤さんは覆面の男たちをいともたやすく倒していく。
サトコ
「はっ!」
覆面男4
「ぐっ!」
私も後藤さんに及ばないものの、現れる覆面の男たちを倒していった。
しかし、辺りは薄暗く覆面の男たちの行動が読み辛い。
(暗いと動きづらい‥もし、後藤さんが攻撃されてしまったら‥)
そんなことを考えながら応戦していると‥
サトコ
「っ!?」
(何!?眩し‥!)
サトコ
「わっ‥!」
突然フラッシュのようなものが光り、バランスを崩し転びそうになってしまう。
後藤
「氷川っ!」
サトコ
「ご、後藤さ‥」
転びそうになった瞬間、後藤さんが私を受け止めてくれた。
サトコ
「すみません‥」
後藤
「平気か」
サトコ
「はい‥」
後藤さんに抱きとめられ、思わず赤面してしまう。
(暗くてよかった‥もし明るかったら、顔が赤くなってるのばれてたかも‥)
それからまだ襲ってくる覆面の男たちを倒していきながら、教官室の近くまでやってきた。
サトコ
「あと少しで教官室ですね」
後藤
「ああ。さっさとお札を取って、こんなこと終わらせるぞ」
教官室に行く最後の曲がり角に差し掛かり‥
サトコ
「あっ‥!」
覆面男5
「‥‥」
後藤
「まだいたのか」
サトコ
「ご、後藤教官‥」
覆面の男は1人ではなく、次々と現れていく。
(1,2,3‥全部で10人以上もいる‥)
(この人たちを倒さないと、教官室にいけない‥)
覆面の男たちは私に向かって突進してくるが、
武器を下される寸前のところで後藤さんが私の手を引き、その場から駆け出した。
【更衣室】
私は後藤さんに手を引かれたまま、更衣室に逃げ込んだ。
後藤
「あの人数じゃ突破は困難だ。冷静に対処しろ」
(後藤さん、怒ってる‥)
(私が自分の力量と相手のそれを見極めずに行動したから‥)
公安学校に入ってから学んだことも、全然生かされてなかった。
サトコ
「すみません‥」
(2人で行動している間‥迷惑ばかりかけてる‥)
後藤
「サトコ」
後藤さんは私の名前を呟き、そっと頬を撫でる。
サトコ
「後藤さん‥?」
後藤
「怒っといてなんだが、肝試しなんだから少しは‥その‥」
「‥俺を頼ってくれてもいい」
そう言う後藤さんの頬は、少しだけ赤く染まっていた。
サトコ
「は、はいっ」
私もつられて赤くなる。
後藤さんに微笑むと、唇に優しいキスが降ってきた‥‥
【教場】
時間はかかったものの、無事にお札を取ってきた私たちは教場に戻ってきた。
黒澤
「あ、後藤さん、サトコさん!おかえりなさいませ~」
サトコ
「こ、この状況は‥」
同僚たちは皆、昼間の訓練のときより疲れきった顔をしており、その場に寝転んでいる人もいた。
歩
「サトコちゃんたちも無事にクリアか」
黒澤
「無事に戻ってこれたのは、教官たちとペアを組んだ人だけでしたね」
颯馬
「加賀さんは『くだらねぇ』って帰ってしまいましたけどね」
石神
「はぁ‥」
石神教官は眉間に皺を寄せ、深いため息をつく。
黒澤
「ですが、皆さん楽しんでいただけたようで何よりです!」
サトコ
「楽しんで‥」
(教官以外の人たちは、ぐったりしているように見えるんだけど‥)
黒澤
「それでは!突破した方には第二ステージを‥」
後藤
「それより黒澤、盗撮した写真を返してもらおうか」
サトコ
「盗撮‥?」
(もしかして、あの時のフラッシュは黒澤さん‥?)
黒澤
「盗撮だなんて、イヤだな~」
「俺がそんなことするわけないですよ!」
「ね、歩さん?」
石神
「東雲なら逃げたぞ」
黒澤
「え!?あ、歩さん‥!?」
颯馬
「やっぱり、歩も共犯だったんだね」
後藤
「‥黒澤」
黒澤
「ひ、ひいいい!!!お助け~!!」
黒澤さんは怒りの表情を浮かべる後藤さんに詰め寄られ、こってり絞られていた。
こうして、黒澤さん企画の肝試し大会は幕を閉じたのだった。
【屋上】
肝試し大会が終わり、私と後藤さんは屋上にやってきた。
そして、ベンチに寄り添いあうように座る。
後藤
「とんだ夜間訓練だったな」
サトコ
「ふふ、所詮肝試し、ですけどね」
後藤
「まったく‥」
後藤さんは苦笑いしながら、私の膝に寝転ぶ。
サトコ
「ご、後藤さん‥?」
後藤
「たまにはいいだろ、これくらい」
サトコ
「はい‥」
後藤さんが目をつぶり、静かな時間が流れる。
(訓練明日まで続くのか‥)
(いつも以上に厳しい訓練だけど、頑張って訓練を受けて、いつか後藤さんの隣に立てるよううになれたら)
そんなことを考えながら、後藤さんの髪に触れる。
サトコ
「あ‥」
後藤
「サトコ‥」
後藤さんは私の手を取り、そっと口づけた。
(後藤さん‥)
再び、私たちの間に沈黙が訪れる。
だけどその沈黙は、とても心地のいいものだったーー
Happy End