カテゴリー

出会い編 石神5話

後藤

‥地点Aまでの道を閉鎖したのは何故か。千葉

千葉

「はい。避難経路を確保するためです」

(千葉さんの声‥?)

(あれ‥私今、何してるんだっけ‥)

(確か午後は後藤教官の講義で‥)

サトコ

「!」

ハッとして目が覚める。

(い、一瞬寝てた‥!?)

急いで顔を上げると、後藤教官の視線が突き刺さる。

後藤

‥‥‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-011

(うっ‥す、すみません‥)

次の査定は成績トップで通らなければならない。

そう決まった日から1週間、寝る時間を削って勉強詰めの毎日を送っている。

後藤

‥よく理解してるな千葉。今日の講義はこれで終わる

氷川はこの後ちょっと来い

サトコ

「‥はい」

(お説教かな‥)

(かな、っていうかそれしかないよね‥)

後藤

俺の講義は寝るほどつまらないか

サトコ

「そ、そんなことありません!」

後藤

‥がむしゃらにやるだけでは成果は出ない

サトコ

「え‥」

後藤

本当に結果を出したいなら、もう少しやり方を考えるんだな

(後藤教官、私が崖っぷちなの知ってるんだ‥)

(当然と言えば当然だよね。東雲教官だって知ってるわけだし、きっともう知れ渡ってるんだ)

後藤

分かったのか?

サトコ

「考えてはみます。ありがとうございます!」

後藤

‥‥‥

ハッキリとしない私の返事に、後藤教官は呆れた様子で背を向けた。

【資料室】

(やっぱりここが一番はかどるんだよね)

最近講義が終わると、毎日のように資料室へ通っている。

イスに座って教本とノートを広げると、開始3分で頭を抱えた。

サトコ

「ダメだ‥」

(ちっとも頭に入ってこない‥)

完全な寝不足で集中力も途切れ、認めたくはないけれど少し熱っぽい。

サトコ

「現実って厳しい‥」

石神

意外と分かってるじゃないか

サトコ

「!」

顔を上げると、ドアから石神教官が顔を覗かせる。

石神

現実とは得てして厳しい。君の頭でもそれは理解できているんだな

石神教官は私の正面に腰を下ろすと、机に広げていた参考書を手に取った。

石神

フン‥なるほどな

サトコ

「何ですか」

石神

見るに堪えない

サトコ

「な‥」

教官は私の顔を見ながらさらっと言ってのける。

石神

睡眠不足と過労による目の下のクマ。鏡で見たらどうだ

サトコ

「‥それ、女性に向けて言う言葉じゃないですよ」

石神

女に向かって話しているつもりもないからな

サトコ

「‥‥‥」

石神

ここでは男も女もないだろう

それとも女として接してほしいのか?

<選択してください>

A: 結構です!

サトコ

「結構です!」

石神

そうされたいのなら色気の1つや2つ身に付けることだ

(聞いてないし‥)

B: そんなことできるんですか?

サトコ

「そんなことできるんですか?」

(石神教官が女の人に優しくしてるところなんて想像できない‥)

石神

善処してやろうにもまず色気が足りない

(何も言い返せない‥)

C: たまにはそうしてください

サトコ

「たまにはそうしてください」

石神

寝言は寝て言え

サトコ

「寝言じゃないんですけど‥」

石神

なおさら問題だな

サトコ

「‥私、真剣なんです!」

(石神教官の嫌味を聞いてたらもっと熱が上がっちゃいそう‥)

査定の日まで1分たりとも無駄には出来ず、とにもかくにもペンを手に取る。

石神

がむしゃらにやれば成果が出るとでも思っているのか

(さっきも後藤教官に言われたセリフ‥)

サトコ

「私の場合はがむしゃらにやらなきゃダメなんです!」

石神

今度は逆ギレか。忙しい奴だ

サトコ

「‥‥‥」

(要領が悪いことくらい分かってますよ‥!)

私に嫌味を浴びせることに飽きたのか、石神教官はさっさと資料室を出て行った。

(結局何しに来たんだろ‥)

サトコ

「はぁ‥」

背もたれに大きく身体を預けて、少しの間目を閉じてみる。

自分が丸岡さんを抜いてトップの成績を取る姿なんて、そんなおめでたい想像なんてできない。

気にかけてくれる教官たちもいるけれど、成田教官側の考えの人だっている。

(やっぱり、私に刑事だなんてまだ早かったのかな‥)

(ああ、熱で弱気になってるのかも‥)

“退学”

その2文字がちらついて離れない。

ドン!

サトコ

「!」

石神

寝るなら自分の部屋で寝ろ

サトコ

「い、石神教官‥」

(なんで‥?)

目の前には、何やら重そうなファイルの束が置かれている。

石神

この資料の中身を2日で頭に叩き込め

サトコ

「へ‥」

石神

がむしゃらにしかできないなら、ちょうどいいだろう

サトコ

「ふ、2日って‥分厚すぎませんか」

石神

できないのなら退学へ一直線だな

サトコ

「‥前々から思ってたんですけど、石神教官って鬼ですよね」

石神

鬼で結構だ

呆然とファイルを見つめていると、石神教官は資料室を出て行こうとしてふと足を止めた。

石神

‥やれるのか?

サトコ

「もちろんです」

石神

‥‥‥

サトコ

「呆れられてもなんでも、やれるところまでやりますから」

石神

‥お前は何故そうまでしてここに残りたいんだ

サトコ

「え‥」

石神

俺にはわからない

サトコ

「それは‥」

「‥ご存じの通りこの頭ですし、石神教官とはデキが違いますから」

「でも‥こんな私でも、どうしても刑事になりたいんです」

「ずっと憧れてたんです。夢なんです」

「だから、与えられたチャンスを逃すわけにも、諦めるわけにもいかないんです」

石神

‥‥‥

(言葉にしてみたらなんて子どもっぽい理由だろう‥)

石神

‥そこまで言えるなら、這い上がってみせろ

サトコ

「え‥」

石神

手を貸すことはしないが、一応はお前の教官だ。どうなるのか見ていてやる

ドアが閉まって、石神教官が置いて行った資料がパラパラとめくれた。

(これは、手を貸すことにならないの‥?)

サトコ

「‥って何これ!ぎっしりすぎる‥!」

見てみると、資料の中身は細かい文面や図解が網羅されている。

(これを2日でなんて‥)

(でも、やるしかないよね!)

【中庭】

すっかり暗くなって、寮へと戻る。

(少し外の空気吸ってから帰ろう‥)

黒澤

サトコさん!お疲れ様でーす!

サトコ

「黒澤さん!」

「お疲れ様です。今日も石神さんのところですか?」

黒澤

そうなんです。もう察庁に戻るところですけどね

サトコ

「わぁ‥」

(察庁に戻るとか、かっこいいな‥)

黒澤

あれ?サトコさん‥美人が台無しな感じになってません?

サトコ

「う‥夜でも分かりますか」

(私の顔ってそんなにヒドイんだ‥)

黒澤

寝不足は女性の大敵ですよ~

頑張り屋さんのサトコさんにはなかなか難しそうですけどね

サトコ

「今が踏ん張りどころなので‥」

黒澤

ああ、試験前なんでしたっけ?

サトコ

「私、次の査定でトップの成績を取らないと、ここを辞めなきゃいけないんです」

「まさに崖っぷちで‥」

「でも、石神教官も少し手を貸してくれたので、何とか頑張れそうです」

黒澤

石神さんが手助け!?

サトコ

「‥分かりますけど、そんなに驚かなくても」

黒澤

いや、驚きますよ。あの人が手を貸すなんて宝くじの高額当選並みにレアですから

サトコ

「すごい言われようですね‥」

黒澤さんは、ふっと微笑んで私の顔を覗き込む。

黒澤

‥石神さんは、オレたち部下を始め、人にとても厳しいですが、それ以上に自分にも厳しい人です

甘やかすことなんて無縁だし

あの目から出る冷徹ビームは本当に死にかける時もありますけど‥

真剣に取り組んでいるときに困ったら、遠回しにフォローしてくれるんです

きっとサトコさんの頑張りが伝わってるんですね

サトコ

「‥だといいんですけど」

黒澤

言っておきますけど、あの人は根っからの仕事人間ですからね?

どうでもいい人間に構ってられる程暇じゃないんです

周りからサイボーグって言われるほど働いてるし‥

サトコ

「さ、サイボーグ‥?」

黒澤

おっと、今のは内緒でお願いします

何が言いたいのかっていうと、あの冷徹でストイックな姿勢は

不正から国を守るために必要だからだと思うんですよ

サトコ

「‥‥‥」

黒澤

怖いですけど、ただの鬼ではないんです

サトコ

「ふふっ、結局鬼なんですね」

黒澤

あ、笑いましたね。言いつけてやろうっと

サトコ

「わ、笑ってません!」

「黒澤さんこそ、真面目な話にオチつけないでくださいよ」

黒澤

ハハッ

じゃ、試験、頑張ってくださいね!

サトコ

「ありがとうございます!」

黒澤

ではでは~

(なんか、黒澤さんって不思議な人だな‥)

(でも、元気になった!)

サトコ

「よし、やるぞ!」

颯爽と正門へ向かう黒澤さんを見送りながら、1人気合いを入れ直した。

【寮 自室】

(ダメだ‥効率が悪すぎる!)

先ほどの気合いは何だったのか。

予習をしようにもあまりに進まない。

サトコ

「‥とりあえず3時間」

思い切って眠ろうと、ベッドにダイブする。

“‥そこまで言えるなら、這い上がってみせろ”

“あの冷徹でストイックな姿勢は‥不正を国から守るために必要だからだと思うんですよ”

瞼を下ろすと、石神教官のことばかりが頭に浮かんだ。

(公安刑事が追うところの後ろには、国があるんだ‥)

(石神教官はただ厳しいだけじゃなくて‥)

自分が想像できることより、はるかに大きなものを抱えている。

(応えられるように、頑張らなきゃ‥)

そんなことを思いながら、束の間の眠りに落ちた。

【食堂】

翌日。

サトコ

「日替わり定食大盛りでお願いします!」

「あと、お味噌汁は豚汁に変えてください」

東雲

うわぁ‥今日の日替わりってミックスフライだよ?

大盛りって胃もたれしそう‥

サトコ

「東雲教官‥おはようございます」

「ちゃんと食べないと頭も働かないので‥」

颯馬

それだけ食べられるってことは、元気になった証拠ですね

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-012

東雲

昨日は死にそうな顔してたらしいけど

サトコ

「う‥」

東雲

元気になったっていうよりは、ただのヤケ食い?

サトコ

「‥‥‥」

(なんだろう‥石神教官のおかげで、多少の毒には驚かなくなったな)

サトコ

「お先です!」

颯馬

ふふ、頑張ってくださいね

トレイを受け取ってその場を離れる。

鳴子

「サトコ!こっちだよー」

サトコ

「鳴子‥」

鳴子

「今日はまたえらく大盛りだね」

サトコ

「頭使うとお腹も減るんだよ」

鳴子

「よしよし。食べなさい。査定までもう少し!」

サトコ

「うん!」

(結果によっては退学なんて言えないけど、鳴子も一緒に頑張ってくれて嬉しいな‥)

鳴子

「熱は?もう平気?」

サトコ

「大丈夫!熱のおかげでエンジンかかったから」

鳴子

「車じゃないんだから‥」

呆れた様子で笑われながら、エビフライに噛り付いた。

【中庭】

(あとは部屋に戻ってからにしよう)

今日の講義も終わり、日課の資料室を出て寮へと向かう。

サトコ

「あ‥丸岡さん」

丸岡

「‥‥‥」

向こう側から歩いてきた丸岡さんは、あからさまに嫌そうな顔をした。

サトコ

「丸岡さんもこんな時間まで自習ですか?」

丸岡

「できないお前と一緒にするな」

サトコ

「す、すみません」

(それもそうだよね‥)

丸岡

「ふん‥」

丸岡さんはそのまま、寮とは反対方向へと去っていく。

(そりゃ私はできないけど、どうしてここまで嫌われてるんだろ‥)

(やっぱり石神教官の専属補佐官っていうのが気に入らないのかな‥)

他の同期からのやっかみは、ほとんどがそれだ。

それでも少しは打ち解けて、最初の頃に比べると話しやすくはなってきた。

(そういえば、丸岡さんって誰かと一緒にいることがほとんどないんだよね)

(だいたいは1人でいるし‥)

サトコ

「優秀すぎて、他の人と話が合わないとか‥?」

(いや、単に1人が好きなのかも‥)

【寮門前】

サトコ

「あ、千葉さん!今帰り?」

千葉

「氷川、お疲れ」

寮の前でバッタリと千葉さんに会う。

千葉

「氷川は今日も自習してたの?」

サトコ

「査定までは缶詰なんだ」

千葉

「そっか。オレも頑張らないとなぁ」

???

「入口を塞ぐな」

サトコ

「わ、すみません‥」

振り返ると、石神教官がファイルを片手に立っていた。

石神

こんなところで立ち話とは、余裕だな氷川

(お、鬼の微笑み‥!)

サトコ

「千葉さん、お互いに頑張ろうね!」

「じゃあ、私はこれで!」

千葉

「う、うん」

大急ぎで寮へ入って、階段を駆け上がった。

【翌日 教場】

(一番最後にまさかの抜き打ちテストだったけど、今回はそこそこいい点が取れた!)

鳴子

「やったね!サトコ」

千葉

「あんなに頑張ってたし、着実に結果に出て来てるんじゃない?」

石神教官による2度目の抜き打ちテストが返却されて、ホッと胸を撫で下ろす。

同期A

「それにしたって丸岡が1位じゃないの珍しいよな」

同期B

「ああ。まぁ氷川ですらこれだけ点を取れたってことは、平均点も高いんだろうけど」

サトコ

「はは‥」

(この言われよう‥)

鳴子

「もう!サトコだって頑張ってるんだから!」

サトコ

「ありがとう鳴子。私、そろそろ資料室行くね」

鳴子

「あんまり無理しないでよ?」

「私はトレーニングルームで走りにでも行こうかな」

サトコ

「鳴子も無理しないでね」

鳴子

「分かってまーす、じゃあね!」

笑い合って、鳴子と一緒に教場を後にした。

【資料室】

サトコ

「よし!」

分厚い資料を開いて、気合いを入れる。

黒澤

おお~本当に頑張りますね

サトコ

「黒澤さん、お疲れ様です」

(今日も石神教官に何か報告があるのかな‥)

いつの間にか、ドアのところに黒澤さんがいる。

サトコ

「私に与えられた時間は限られてますから」

黒澤

なんと健気な‥!

石神

‥‥‥

(い、石神教官までいる!)

ウルウルとした目で私を見ている黒澤さんの後ろで、石神教官が腕組みしながら立っていた。

黒澤

あの、サトコさん‥

サトコ

「‥はい」

黒澤

気のせいであってほしいんですけど

僕の背後に尊敬して止まない素晴らしい教官がいたりします?

<選択してください>

A: ありのままを言う

サトコ

「ざ、残念ながら鬼のような眼差しの石神教官がいらっしゃいます」

黒澤

ヒィィ

石神

黒澤。お前は何故ここにいる

黒澤

通りがかりにサトコさんを見つけちゃったもので

B: ‥気のせいじゃないですか?

サトコ

「‥気のせいじゃないですか?」

黒澤

ですよね。ああ、よかった‥

石神

氷川も乗るな

黒澤がつけ上がる

サトコ

「で、でも黒澤さん、ホント今来たばかりですよ?」

C: ご愁傷様としか‥

サトコ

「えーっと‥そこはご愁傷様としか‥」

石神

馬鹿なことをしていないでさっさと報告書を上げろ

黒澤

え‥

えへぺろ☆

石神

‥‥‥

黒澤

わー!耳は引っ張らないでください!

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-014

(学校だとこんな光景あり得ないけど)

(公安の刑事さんたちの間では石神教官も少しは優しいのかも)

(お説教にも愛があるというか‥)

石神

お前は何をジロジロ見ている

余裕だな

サトコ

「そ、そんなことありません!必死です!」

(やっぱり優しくない‥!)

黒澤さんへのお説教を聞きながら、私は大げさに机に向き合った。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする