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石神 出会い編 9話

【室内プール】

???

「よく言った」

聞き慣れた声と、ほとんど同時に発砲音が間近で響いた。

丸岡

「ぐっ‥」

石神

やってくれたな。丸岡

(石神教官‥!)

石神教官が丸岡さんの手を撃ち、デンジャーがプールサイドに転がった。

丸岡

「クソ‥!」

後藤

おとなしくしろ

デリンジャーに手を伸ばす丸岡さんの横から、後藤教官が拳銃を突きつける。

丸岡

「!」

颯馬

少しやりすぎですよ丸岡くん

丸岡

「ど、どうしてだ!」

「この学校のシステムは全て俺が乗っ取ってるはずなのに!」

「なぜ何も反応しない!」

どこかを爆発させようと焦ったようにキーボードを叩くが、何も起きない。

加賀

うるせぇな

丸岡

「‥‥!」

加賀

無駄な仕事増やすんじゃねぇ。クズ

丸岡さんの正面にいる加賀教官が見下すように言う。

丸岡

「ど、どういうことだ!」

「俺は完璧だったはず‥」

東雲

そうだったんだ。残念だったね

サトコ

「東雲教官‥!」

スピーカーから、明るい東雲教官の声が聞こえてきた。

東雲

システムを乗っ取ったって?

この程度でそんなこと言えちゃうなんて、案外かわいいんだね

丸岡

「!?」

東雲

キミのPCは今、オレにハッキングされてる

もう何しても無駄だから

サトコ

「じゃあ、さっき学園長がこっちに向かってるように見えた映像は‥」

東雲

オレが操作したんだよ

飄々とした声で言う教官に、丸岡さんは下唇を噛んだ。

丸岡

「クソッ!どいつもこいつもバカにしやがって‥!」

「こうなったら氷川!お前だけでも吹っ飛ばしてやる!」

サトコ

「!!」

ヤケクソになったのか、制服のポケットから何かを取り出す。

加賀

氷川!お前‥!

サトコ

「え‥?」

加賀教官にしては珍しい、焦りの滲んだ声。

その視線が、私の背中に集中している。

(な、何‥?)

勝ち誇ったかのような丸岡さんの笑みが、何を意味するのか‥

気付くのとほとんど同時に、石神教官が口を開いた。

石神

‥爆弾か

サトコ

「‥‥‥」

(爆弾‥?)

丸岡さんの手にあるものは、スマートフォン。

加賀教官の視線が私の背中に集中していて、思わず身体を捻って手を当てる。

サトコ

「!?」

一瞬で血の気が引いて、自分のモノじゃないみたいに指先が震える。

(なに‥これ‥いつの間に‥)

手のひらにすっぽり収まるほどの、小さなプラスチック爆弾が腰のあたりに取り付けられていた。

(もしかして‥腕を拘束された時‥?)

あの時、確かに腰を触られた。

(でも、取り付けられてたなんて‥全然気が付かなかった‥)

後藤

丸岡!動くな

丸岡

「そのままお返ししますよ。あんまり脅されるとうっかりボタンを押してしまうかもしれない」

「ハハッ」

(あのスマートフォンで遠隔操作されたら、これが爆発するの‥?)

頭が真っ白になる。

どうしたらいいのかが分からない。

サトコ

「‥っ」

(まずい‥このままじゃみんな巻き添えに‥!)

(どこかに行かないと‥!でも、どこに‥)

石神

氷川、落ち着け

サトコ

「でも‥!」

石神

大丈夫だ

諭すように、石神教官はひとつ頷く。

丸岡

「ハッ、何を根拠に大丈夫だ。殺してやるよ!お前の教え子を!」

サトコ

「丸岡さんは‥何にそんなに執着しているんですか?」

丸岡

「うるさい!」

颯馬

そこまでですよ

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丸岡

「‥っ」

丸岡さんの背後から颯馬教官の手刀が振り落とされ、丸岡さんはその場に崩れ落ちた。

颯馬

起爆装置、回収します

丸岡

「クソッ!放せ!」

「俺はお前らに思い知らせてやる!そのためだけにこうして‥!」

石神

丸岡

‥いや、泉河と呼んだ方がいいか

丸岡

「!?」

(泉河‥?どういうこと?)

石神

お前が以前、俺が脱落させ生徒だということは分かっていた

サトコ

「え‥」

丸岡さんは全力で抵抗するものの、颯馬教官に抑え込まれて身動きもとれない。

石神

氷川。動くなよ

サトコ

「は、はい‥」

石神教官は、私の腰にくっついている爆弾を丁寧に取り外した。

石神

もう大丈夫だ

サトコ

「‥ありがとうございます」

石神教官の声がいつもより少し低い。

見上げると、見たこともないくらい厳しい目でまっすぐに丸岡さんを見据えている。

石神

俺たちに思い知らせるためだと言ってたな

丸岡

「ああ、まだ終わっちゃいない」

石神

どんな手を使おうが、お前のような人間に俺を出し抜けるわけがない

丸岡

「分かっていて俺を泳がせていたのか!」

石神

‥‥‥

丸岡

「聞いてるのか!なんとか言え!!」

石神

颯馬、さっさと連れて行け

颯馬

はい

丸岡

「離せ‥クソッ‥!クソッ!!」

「俺は何度でもやってやるからな!」

後藤

黙れ

颯馬教官と後藤教官に脇を固められながら、丸岡さんが外に連れ出される。

石神

‥‥‥

(とりあえず、助かったんだ‥)

たくさんの疑問は残るけど、気が抜けて身体がふらつく。

石神

おい‥

サトコ

「す、すみません。平気ですから‥」

よろけたところを、石神教官が支えてくれる。

石神

‥酷い顔だな

サトコ

「‥こんな時くらいそんな言い方しなくても」

石神

‥‥‥

サトコ

「見るに堪えないとか言いたいんでしょうけど、さすがにツッコむ元気がないです」

石神

‥‥‥

サトコ

「あ、あの‥」

(何‥?ま、まだ何かあるの‥?)

顔を覗き込んでいた石神教官の表情が、みるみるうちに固くなっていく。

石神

何故先に言わない!

サトコ

「え‥?」

突然、石神教官はひどく焦った様子でハンカチを取り出した。

サトコ

「あ‥」

石神

撃たれたのなら先に言え

サトコ

「そ、そんなこと言われても‥」

(すごい‥焦ってる石神教官なんて初めてかも)

石神教官は、血が滲む私の肩口に優しくハンカチを当てて、苦々しいため息を吐く。

サトコ

「ふふっ、ありがとうございます」

石神

‥‥‥

加賀

お前‥頭の流血に気付いてねぇのか?

肩の出血もあるうえに両手首の傷も相まって、笑うと怖ぇ

サトコ

「ええっ!?」

「そんな‥石神教官こそ早く言ってくださいよ!」

石神

なんだ。本当に気づいてなかったのか

褒めてやれる点がもう1つ増えたな

サトコ

「‥鈍いって言いたいんですね」

石神

思っていたよりタフだという話だ。早く病院に行け

加賀

外に救護班が控えてる

サトコ

「はい‥」

石神

‥‥‥

石神教官は私の肩に手を回すと、ゆっくりと外へ向かって歩き出した。

サトコ

「!」

「な‥な‥っ!」

抱き寄せられるようにして、否応なく石神教官の胸に顔を寄せることになる。

初めての距離感に戸惑いながらも、まじまじと教官の顔を見つめてしまう。

石神

何だ。担いだ方がいいか

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<選択してください>

A: それは嫌です

サトコ

「‥それは嫌です。せ、せめて背負ってもらうとか」

石神

構わないが

サトコ

「やっぱりウソです。歩けます!」

(そんなことをしたら恥ずかしい上に、他の教官たちにずっとネタにされそう‥)

B: いえ、これで

サトコ

「い、いえ。これで!」

(そんなの余計に恥ずかしいし!)

石神

なら、さっさと歩け。支えてやるから

C: 担いでください

サトコ

「担いでください」

石神

いい度胸だ

サトコ

「うわぁ‥やっぱりいいです!プールに投げ込まれそう!」

石神

‥君は一体俺を何だと思ってるんだ

(お、鬼教官かな‥)

石神

バカなことを言う元気はあるんだな。ほら、歩くぞ

サトコ

「でも、石神教官の服が汚れちゃいますよ‥」

石神

くだらないことを気にするんじゃない

サトコ

「‥‥‥」

黒澤

サトコさん!こっちです

窓ガラスの向こうで、黒澤さんと救護班が待ち構えている。

さすがに洒落にならないと思ったのか、今回ばかりは誰もこの状況を茶化すことはなかった。

【教官室】

事件から3日が経ち、またいつものようにレポートを持って教官室へ立ち寄る。

サトコ

「失礼します‥」

ドアを開けると、東雲教官のデスクに黒澤さんの姿があった。

サトコ

「黒澤さん‥?」

黒澤

えっ、サトコさん!?

(あれ、教官たちはみんないないんだ‥)

サトコ

「お疲れ様です」

黒澤

お疲れ様‥って、何してるんですか。こんなところで!

サトコ

「え‥レポートを持ってきたんですけど」

黒澤

いやいや、寝てなきゃダメですよ

サトコ

「ああ、そのことですね。もう平気なんです」

「あれからすぐ病院で診てもらいましたけど」

「ほら、頭の出血って、ちょっとの怪我でもすごいじゃないですか」

「被弾したって言っても、ホントに肩を掠っただけでしたし」

「消毒してもらって、抗生剤と痛み止めもらっておしまいだったんです」

黒澤

‥‥‥

サトコ

「く、黒澤さん‥?」

(固まっちゃった‥)

黒澤

もう‥オレ、本当に心配してたんですよ

石神さんに聞いても端的にしか答えてくれないから、いまいち分からなくて

サトコ

「本当にご心配をお掛けしました‥」

黒澤

‥あの時、助けてあげれたかもって思うと、さすがに参りました

サトコ

「え‥?」

黒澤

前に廊下で、丸岡さん‥いや、泉河に連れて行かれた時ですよ

サトコ

「そんなの、黒澤さんが気にするところじゃないですよ!」

「それに、颯馬教官から聞きましたよ?」

「私が丸岡さんに連れて行かれた後」

「ものすごい勢いで教官室に走って石神教官に報告してくれたって」

「学校の内情にはノータッチなはずなのに、よく気付いたなって褒めてました」

黒澤

こんなオレにそんな優しいフォローまで‥

オレ、今なら石神さんの説教も笑顔で聞けそうです

サトコ

「ふふっ。本当に助けて頂いてありがとうございました!」

黒澤

サトコさん‥

黒澤さんが走ってくれなければ、石神教官も先手を打つことができなかったかもしれない。

(この程度で済んだのは、教官たちや黒澤さんのおかげだよね)

サトコ

「あの‥実はあれ以来、石神教官の顔を見てなくて‥」

「丸岡さんはどうなったんですか?」

黒澤

ああ‥そうですよね。気になりますよね

サトコ

「はい‥」

黒澤

ここだけの話にして頂きたいのですが‥

丸岡‥本名は泉河忠久っていうんですけど

2年前も候補生としてこの学校に在籍していたんです

サトコ

「丸岡さん本人からそれらしいことは聞いたんですけど‥でも、どうやって?」

黒澤

‥これが2年前の丸岡さんです

黒澤さんは1枚の写真を取り出した。

サトコ

「え‥?」

(べ、別人‥)

写真の中の丸岡さんは、今の姿から想像できないほどに面影がない。

黒澤

とても優秀な生徒でした。元々器用なんでしょうね

第3期の査定までは誰もが認めざるを得ないほどの成績を収めていました

でも、第4期へ進む査定で、石神さんは彼を脱落させたんです

サトコ

「‥どうしてですか?優秀だったんですよね」

黒澤

それは石神さんにでも聞いてみてください

とにかく、その逆恨みで何度も整形手術を繰り返し、データ偽造して再びこの学校へ戻ってきたんです

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サトコ

「‥‥‥」

(そうだったんだ‥だから石神教官にあんなに執着してた)

(教官はそのことを最初から見抜いていた‥だから脱落させた)

サトコ

「‥‥‥」

黒澤

まあまあ、サトコさん。そんな難しい顔しないでください

彼はデータ偽造をはじめ、立てこもりに婦女監禁にその他諸々の容疑で逮捕されて

石神さんの鬼のような取り調べを受けましたから

サトコ

「石神教官が‥?」

石神

‥余計なことをペラペラと話すな

声がした方を見ると、石神教官が教官室へと入ってきたところだった。

黒澤

お疲れ様です!サトコさんも関係者ですし、少しくらい、いいじゃないですか

サトコ

「すみません。勝手に聞いちゃって‥」

石神

査定間近の人間に、変な気を回させるなと言っているだけだ

サトコ

「ああっ!」

石神

大声を出すな

サトコ

「すみません‥」

(ど、どうしよう!)

(事件のことでバタバタしすぎてすっかり忘れてた!)

石神

‥まさかとは思うが、忘れていたわけじゃないだろうな

サトコ

「そ、そそそんなわけないじゃないですか」

「とにかくこれ、レポートです!では私はこれで!」

「失礼します!」

黒澤

ハハッ、頑張ってくださいね~

石神

まったく‥

石神教官の呆れ声を背中に聞きながら、全速力で資料室へと向かった。

【教場】

どうにか1週間に渡る査定を終え、結果が貼り出された。

後藤

ひとまず今期の結果はこれだ。志願者以外の脱落者は出さないことに決定した

サトコ

「‥‥‥」

一瞬、後藤教官と視線が交わる。

(私の場合は“脱落”ですらないってことだよね‥)

何度も見た。

見間違いじゃないかと、間違いであってほしいと願いながら。

けれど私の名前は、何度も見たところで上から4番目に並んでいた。

【教官室】

成田

「残念だったな氷川」

サトコ

「‥‥‥」

呼び出された教官室で、成田教官は笑顔さえ浮かべて私を見る。

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(約束は約束だ‥)

成田

「十分にチャンスは与えただろう、石神。さっさとコイツを退学させろ」

石神

‥‥‥

東雲

んー、でも点数上昇率で言えば、氷川さんがトップなんですよね

成田

「そんなものは何の参考にもならん」

「元々のデキが悪いんだ。少しやれば点数なんてものは上がるに決まってるだろう」

颯馬

そうとも言い切れないですよ

平均点の低い高度逮捕術については氷川さんは誰にも負けていませんし

加賀

まぁ、クソメガネの犬にしちゃ上出来なんじゃねぇか?

クズなりによくやった。上官はともかくな

言い方は様々だけど、教官たちは私の頑張りを評価してくれていた。

(でも‥)

サトコ

「‥石神教官がいなければここまで頑張れませんでした」

「教官たちがフォローしてくださったのも、本当に感謝しています」

石神

‥‥‥

成田

「だが、結果として退学と言われても文句は言えまい」

サトコ

「‥はい」

(やれるだけのことをやっての結果だし、受け入れるしかない)

本当はもっと学びたいことがあったし、何より刑事になりたかったけれど。

石神

‥確かに氷川はトップの成績ではなかったが

入学条件を満たしている候補生よりも好成績だった

今ここで辞めさせることは、損失になりかねないのでは

成田

「何?」

石神

いくら知識を与えることが出来ても、人間性までは育ててやれない

その点、氷川はまだ伸び代があると判断する

成田

「まだそんなことを言うのか!?」

東雲

人間性って大人になるとそう変えられないですからね。頭の固い大人は固いままだし

加賀

小せぇヤツは一生小せぇってことだ

颯馬

今回の丸岡の事件も、氷川さんなしではここまですんなり終わりませんでしたしね

後藤

ああ

教官たちは、一斉に成田教官に注目する。

成田

「な、何なんだ一体!私を侮辱するつもりか!?」

石神

ついでに言わせて頂きますが

専属補佐官に氷川を選んだことを問題視されていましたね

当初は丸岡を専属補佐官にすべきだ、というような発言を成田教官から受けたように思いますが

成田

「!!」

石神

ひとまず来期の査定までは免除ということでどうでしょう

後藤

‥‥‥

加賀

‥‥‥

颯馬

‥‥‥

東雲

‥‥‥

(そんな目で成田教官を見たら、逆撫でするだけなんじゃ‥)

成田

「フン‥勝手にしろ!」

成田教官はそう喚いて、荒々しくドアを開けて教官室を出て行ってしまった。

東雲

あースッキリした。やっぱり多勢には敵わないよね

颯馬

フフ‥なかなかいい機会でしたね

石神

‥というわけだ。励め

サトコ

「‥‥‥」

加賀

コイツ、状況理解してんのか?

サトコ

「あの、つまり‥」

後藤

退学しなくていいということだ

石神

そこまで言わないと分からないのか

サトコ

「‥‥‥」

「た‥‥」

東雲

た‥?

サトコ

「‥退学する覚悟を決めてたんです!」

「ま、まさか残れるなんて微塵も思ってなくて‥」

退学しなくていい。

まだここに居ていい。

そう理解した途端、熱いものが込み上げてくる。

サトコ

「‥ありがとうございます!」

加賀

ま、今回ばかりはメガネ野郎の勝ちだな

東雲

また透が喜びそうなネタが上がったな

そう言って加賀教官と東雲教官は部屋を出て行った。

颯馬

フフ。良かったですね、サトコさん

後藤

今までやってきたことの結果だ。少しは自信を持っていい

サトコ

「‥はい!」

石神教官は、さっさと個室へ入っていく。

(こんなことってあるんだ‥)

本当は、約束通り成績トップでチャンスを掴みたかったけれど、

こうして見守ってくれている教官たちがいる。

(もちろん、これからもっと大変になるだろうけど‥)

“励め”

そのたった一言で、今ならどんなことでも頑張れそうな気がした。

【個別教官室】

サトコ

「あの‥石神教官‥」

石神

なんだ

サトコ

「‥本当にありがとうございました」

石神

‥助けてやったわけではない。俺がしたいようにしたまでだ

サトコ

「それでも、嬉しかったです」

石神

相変わらず前向きだな

サトコ

「う‥」

石神

とはいえ、これでも君が人一倍努力していたことは認めているつもりだ

サトコ

「え‥?」

(ほ、褒められた‥!)

<選択してください>

A: 空耳だったかもしれないのでもう一度‥

サトコ

「あの‥空耳だったかもしれないのでもう一度‥」

石神

二度と言わん

サトコ

「‥‥‥」

石神

ニヤけるな

B: 誰がですか?

サトコ

「だ、誰がですか?」

石神

君は今、俺と話しているんだろう

サトコ

「う、うわぁ‥」

C: 言葉にできない

サトコ

「‥‥!」

石神

どうした。口が開いているぞ

サトコ

「き、貴重な体験をしたもので!」

どうやったって緩んでしまう頬を両手で押さえる。

サトコ

「‥ありがとうございます!」

石神

用が済んだなら早く行け

サトコ

「はい‥!」

石神

‥‥‥

呆れた眼差しを向けられながらも、笑顔で頭を下げてその場を後にした。

【寮門前】

(初めてちゃんと褒められちゃった‥!)

ウキウキと寮へと向かう途中、トントンと肩を叩かれる。

サトコ

「!‥千葉さん」

千葉

「お疲れ。怪我の具合はどう?」

サトコ

「もう平気!見た目ほど酷くないんだよ。手首の傷なんてもう治ってきたし」

千葉

「‥そっか」

サトコ

「自分でも思ってた以上にタフだなーって思ってるところ」

千葉

「ハハッ、すごいな氷川は」

「本当に‥」

そう言って、千葉さんは何とも言えない顔で微笑む。

(なんか千葉さん、いつもと雰囲気違う‥?)

サトコ

「千葉さん、もう寮へ戻るの?」

千葉

「‥いや」

サトコ

「?」

(千葉さん‥?)

困ったような、気まずいような視線を彷徨わせて、

何か思い切ったように真っ直ぐに私を見つめる。

サトコ

「ど、どうしたの‥?」

千葉

「査定が終わったら言おうって思ってたんだ」

サトコ

「何を?」

そして、息を整え、口を開いた。

千葉

「氷川が好きだ」

サトコ

「え‥?」

千葉

「好きなんだ」

眉を寄せて、不安交じりに微笑む千葉さんの瞳には、私の顔だけが映っている。

(今‥なんて‥)

“好きだ”

(私が‥好き‥?)

時間が止まったような感覚に息を飲んで‥ただ、瞬きを繰り返すしかできなかった。

to be continued

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