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出会い編 石神 HE

石神

大丈夫だ。そうしていると女に見える

サトコ

「む‥」

石神

‥何故睨む

サトコ

「褒められた気がしないからです」

石神

心配するな。褒めてはいない

サトコ

「‥‥‥」

(そこは少しくらい似合ってるとか、お世辞でもいいから言ってくれればいいのに‥)

(‥いや、お世辞を言う石神教官なんて気味悪いか)

石神

行くぞ

石神教官はパーティ会場へと一歩踏み出して、何か思い直した様子で立ち止まる。

サトコ

「?」

石神

‥早く来い

軽く肘を曲げた教官が、私を振り返った。

石神

早くしろ

サトコ

「あ‥し、失礼します!」

(そ、そっか‥)

(恋人役の設定だもんね‥)

少し赤くなりながらおずおずと手に差し入れるものの、石神教官は顔色一つ変えない。

石神

‥木倉議員に仕掛ける時以外は離れるな

サトコ

「え‥?」

石神

変なのに絡まれでもしたら面倒だろう

サトコ

「はい‥」

(ん?それってつまり‥)

(変なのに絡まれるかもしれないと思えるくらいには、女らしく見えるってこと?)

(いやいや、考え過ぎか)

でも、自然と頬が緩んだのが分かった。

腕に手を添えたまま見上げると、間近で視線が絡む。

石神

‥前言撤回してもいいんだが。その緩みきった顔をどうにかしろ

サトコ

「ふふっ。やっぱり石神教官って分かりづらいですね」

石神

やはり君のことは甘やかさないことにする

サトコ

「そう言わないでください」

仕方なさそうに横目で見ながらも、しっかりとエスコートしてくれる。

(これでニヤけるなって言う方が無理だよ‥)

内心ドキドキしながら、ここぞとばかりに恋人役を楽しむことにした。

木倉議員と疑わしいとされる暴力団幹部は、会場の隅で談笑している。

石神

行けるか?

サトコ

「はい!」

石神

‥‥‥

石神教官の指がそっと頬をなぞって、私の髪を耳に掛けた。

サトコ

「え‥き、教官‥」

石神

動くな

周りから見れば、恋人同士が抱き合っているように見えるだろうか。

すっぽりと腕が回され、教官の鼓動が直に耳へ届く。

(お、落ち着いて!私の心臓‥!)

こんな距離では、心臓が激しく音を立てているのがバレてしまう。

私の動揺をよそに、教官は周囲に目を光らせた。

石神

向こうの情報はしっかり頭に叩き込んできたな?

サトコ

「は、はい。もちろんです」

(まさに今、覚えたことが頭から消えそうになってますけど‥!)

クラクラする。

自分の手のやり場に困って、教官の胸に添えたままギュッと握りしめるしかない。

(冷静にならなきゃ。今は、集中しよう‥)

石神

よし、今だ

木倉議員が1人になった

サトコ

「‥行ってきます」

抱擁を解く瞬間、私の背中に触れる手が優しかった。

【テラス】

今度は違う意味で心拍数が上がっていく。

(ハニートラップの実践なんて、初めてだしどうしよう‥)

(でも、行かなきゃ!)

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サトコ

「あの、木倉議員ですよね?」

木倉

「ああ‥そうだが」

サトコ

「わぁ‥一度お会いしてみたかったんです!」

「講演会で話されていた経営論がとっても興味深くて」

(うぅ‥自然に笑えてるかな‥)

本来ハニートラップといえば、親密な関係を築いてからスタートさせるものだけど、

今回の事案は何か月も時間を割くことができない。

木倉

「へぇ、それは嬉しい言葉だね」

サトコ

「もしよろしければ、少しお話できませんか?」

木倉

「‥お酒は強い方かい?」

サトコ

「好きなんですけど、それほど強くなくて‥」

木倉

「そう」

(お、女好きだとは聞いてたけど‥)

60歳近くになるのに、確かに若い。

けれど‥国会議員の立場で、こうも早く初対面の女の腰に手を回すものだろうか。

(会場脇のテラスとはいえ、一応は公の場なのに‥)

木倉

「行こうか」

サトコ

「ええ」

笑顔で返すものの、背筋はゾワッと拒否反応を示していた。

【車内】

石神教官とはホテルの地下駐車場で待ち合わせ、すぐに車に乗り込む。

サトコ

「吉川会会長の息子が代表を務める会社があるみたいなんです」

「木倉議員の後援会にも顔を出して、前回の選挙時にはかなり手厚い応援を‥」

石神

ああ、聞いていた

サトコ

「ええっ?」

石神

‥少しは成長したかと思えば、まだまだだな

石神教官の手が伸びて来て、ドレスの肩紐に触れる。

サトコ

「と、盗聴器‥ですか」

石神

当然だろう。さっきの情報をもとに、黒澤がもう動いている

サトコ

「‥ってことは、任務成功ですか!」

石神

概ね成功だ

サトコ

「良かった‥ありがとうございます」

入学初日の潜入捜査の時みたいに、教官の手のひらには小さな粒の盗聴器が乗っている。

(抱きしめられたときに、こっそりつけられてたんだ‥)

ふいに、その手に抱きしめられた感覚が蘇って、思わず窓の外に視線を逃がす。

サトコ

「‥くしゅん!」

「す、すみません」

石神

‥‥‥

いつものことだけど、無言の目線が痛い。

(着慣れないドレスだし、冷えちゃったのかな‥)

ちょうど信号待ちに差し掛かって、ぼんやりと人波を眺めていると、

何の前触れもなく、バサッと肩にジャケットがかけられた。

石神

着ておけ

サトコ

「あ‥ありがとうございます!」

薄手のドレスに、私には随分大きなジャケット。

青信号に変わって、石神教官は静かにステアリングを握った。

石神

‥‥‥

(あったかい‥)

言葉数は少ないはずなのに、こんなことをされると、くすぐったくて仕方ない。

サトコ

「‥あ、そうだ。石神教官」

石神

なんだ

サトコ

「査定までの間、私のために時間を割いて頂いたので‥」

「何かお返ししたいんですが、雑用とか何かないですか?何でもします!」

石神

‥気の利いたことも言えるんだな

サトコ

「何ですかそれ!」

(そういえば、いつからこうやって軽口叩けるようになったんだっけ‥)

出会ってまだ2ヶ月にも満たないほどなのに、随分と長く一緒にいる気がする。

(相変わらず鬼教官だけど、こういう時間が落ち着くんだよね‥)

チラリと隣を盗み見ると、石神教官の横顔も、幾分和らいで見えた。

【教官室】

サトコ

「すみません!遅くなりました!」

石神

遅い

先日の任務達成から数日。

自分で申し出た雑用のために、教官室へやってきた。

サトコ

「資料整理って聞きましたけど、どれのことですか?」

石神

行くぞ

サトコ

「?」

そのまま個室に通されて絶句する。

(何、この書類の山‥)

石神

何でもすると言ったのは君だ

サトコ

「お、女に二言はありません」

石神

順列を正しながらファイリングしてくれ

サトコ

「はい」

(これは何時間仕事だろう‥)

真ん中のテーブルに積まれた山に手を付けると、石神教官はデスクで書類作成を始めた。

カタカタとキーボードを叩く音と、カサカサと紙が擦れる音。

(建物の見取り図と現場周辺地図は並べてた方が分かりやすいよね)

(ちょっと気が遠くなるなこれ‥)

石神

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

石神

千葉と付き合うのか?

サトコ

「‥へっ!?」

バサバサッ!

見事に書類をまき散らす。

石神

‥仕事を増やすな

サトコ

「き、急に変なことを言うからですよ」

「なんですかいきなり」

石神

最近、うわの空に見えたからな

石神教官はPCかの画面から目を離さないままで答えた。

(うわの空‥に見えてたんだ‥)

教官室で盗み聞きしてしまった石神教官と黒澤さんの会話を思い出しては、

どうしようもなく痛んでしまう胸の理由に行き当たって。

認めないように、気付かないようにと、葛藤していただけのことだ。

サトコ

「‥もしかして、恋愛禁止だったりします?」

石神

さあな

まぁ、講義に支障がなければ問題はないだろう

サトコ

「へぇ‥」

(そうなんだ。まぁ、みんないい大人だしね‥)

書類の角を揃えながらホッと息を吐くと、何故だか教官の眉間にシワが寄っている。

サトコ

「な、何でしょうか」

石神

付き合うなとは言わない。そこまで干渉するつもりもなければ興味もない

サトコ

「‥理解のある教官でひと安心です」

石神

だが、1つ言うならば、恋愛なんぞにうつつを抜かしている暇があるなら

より多くの知識を頭に叩き込んで欲しいところだ

(なんて嫌味な‥!)

すっかり慣れてきた石神教官節に、思わず言い返す。

サトコ

「べつに現を抜かすつもりはないですけど、そんなに悪いものですか?恋愛って」

石神

悪いとは言ってないだろう

サトコ

「確かに石神教官の言う通り、私はそんなこと言ってる場合じゃないですけど」

「でも、好きな人がいるから頑張れることだって、あったりなかったり‥」

言いながら失速して、ごまかすように書棚に手を伸ばした。

(ついムキになっちゃったけど、どうせくだらないって思われるんだろうな‥)

石神

ハッキリしないな。結局どっちなんだ

サトコ

「えっと‥とにかく、恋愛はそう悪いものでもないですよって話です」

半ば強引に話を終らせて振り返ると、思いのほかしっかりと目が合った。

石神

‥俺には分からない感情だな

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サトコ

「‥‥‥」

(どうして‥)

どうして、そんな顔するんだろう。

ひどく淋しげに伏せられた目に、瞬きをすることさえ忘れてしまう。

サトコ

「あの‥」

???

「ぶみゃー!」

サトコ

「!?」

突如、上から聞こえてきた声に後ずさり、棚にゴンッと頭をぶつけて、

ついでと言わんばかりに落ちてきたファイルが頭に直撃した。

サトコ

「いったー!!」

ブサ猫

「ぶみゃ?」

サトコ

「ぶみゃ?じゃない!もう!」

どうやら書棚の上で昼寝をしていたらしい。

頭をさすりながら涙目で睨みつけると、ブサ猫はそそくさと部屋を出て行った。

石神

こんなところにまで入り込むようになったのか

サトコ

「そうみたいですね。あー痛かった‥」

(たんこぶになってたら嫌だな‥)

スマホ 004

石神

まったく‥

サトコ

「!」

ふいに、大きなてのひらが頭に乗せられる。

見上げると、呆れたような‥それこそ、仕方がないなといった様子で微笑む石神教官の顔があった。

石神

お前はどうしてそうなんだ

サトコ

「‥‥‥」

石神

じゃじゃ馬にも程がある

(ああ、どうしよう‥)

ドクン、ドクン‥

いやに大きな鼓動に思い知らされる。

気付きたくなかった。知らない方がよかった。

でももう、こんなの認めるしかない。

(教官が、好き‥)

初めて見せられた柔らかな微笑みに、ギュッと胸が締め付けられる。

冷たい言葉も、視線も、他人を思ってのこと。

そう気づいた時には、もう教官のことを好きだったのかもしれない。

(私‥教官のことが‥好きなんだ‥)

石神

少し休憩していい。冷やした方がいいだろう

サトコ

「‥はい」

手が離れていく瞬間、なんだかもう、泣きたいくらいに寂しさが襲う。

石神

‥泣くほど痛いのか

サトコ

「‥痛いですよ。こんな分厚いファイルが落ちてきましたから」

潤んだ目をごまかすように、笑って見せる。

石神教官は床に落ちたファイルを仕舞うと、そのまま作業に戻って行った。

【廊下】

サトコ

「はぁ‥」

(‥こんなはずじゃなかったのに)

1人になる口実として、救護室に氷をもらいに行った帰り道。

自覚してしまえば、私の心臓は素直に反応してしまうらしい。

(落ち着け、私‥)

“俺はそういうことには興味などない。邪魔なだけだ”

“仕事上面倒でしかないだろう”

(‥だからって、どうしようもないよ)

(千葉さんに、ちゃんと伝えなきゃ‥どうしても応えられないって伝えなきゃ)

資料の整理が終わったら、その足で千葉さんのところへ行こう。

そう心に決めて、資料室のドアに手を掛けた。

【更衣室】

翌日。

(今日一日、心臓持つかな‥)

朝早くにトレーニングルームで無心に走った後、着替えをしながらどんどん不安が広がった。

今日から、外部調査の名目で新しい訓練が始まることになっている。

(こんな時に教官とペアでなんて‥)

【廊下】

サトコ

「!」

石神

‥やけに早いな

サトコ

「お、おはようございます!」

更衣室を出たところで、偶然なのか何なのか石神教官とバッタリ会ってしまう。

石神

‥‥‥

(な、何だろう‥)

どういうわけか、立ち止まった教官にじっと見つめられる。

(髪がおかしい?制服、どこか乱れてる‥?)

(それとも顔‥?)

慌ててあちこち触ってみるけれど、よく分からない。

石神

寝不足だな

サトコ

「え‥」

石神

慌てなくとも目の下のクマ以外は綺麗なものだ

サトコ

「!!」

(綺麗!?)

(いや、過剰反応しすぎだから‥!)

眠れなかったのは、石神教官のせいです‥なんてとても言えない。

サトコ

「見た目はともかく‥だ、大丈夫です!」

石神

ああ。今回も失敗するな

サトコ

「はい!よろしくお願い致しますっ!」

石神

‥フッ、張り切り過ぎだ

小さく微笑んだ教官に、キュンと胸が鳴る。

(やっぱり心臓もたないかも‥)

石神

講義の前に、前回のレポートを集めておいてくれ

サトコ

「はい‥」

(届かなくたって、好きでいるくらい、いいよね‥?)

今は、この場所で石神教官に認めてもらえればそれでいい。

(近くに居られるだけで‥)

そう自分に言い聞かせながら、離れていく大きな背中を見つめていた。

Happy  End

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