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カレのお願いごと 難波 カレ目線

タバコを買いに出かけた帰り、突然の雨に降られた。

(通り雨か‥このまま走って帰るか、大通りを出てタクシーを拾うか‥)

面倒に感じ、濡れながら歩いていると、喫茶店の軒先に見覚えのある姿を見つける。

(氷川‥か?)

通り過ぎようと思ったものの、なんとなく後ろ髪を引かれ、そっと氷川の隣に立つ。

しかし、どうやら俺の姿には気づいていないようだ。

サトコ

「はぁ‥それにしても、ツイてないな」

難波

この雨じゃ、織姫と彦星も会えないかもしれないな

サトコ

「!?」

凄い勢いで氷川が振り返り、大きな目をさらに大きく見開いている。

サトコ

「あの、今のって‥」

難波

ん?なんの話だ?

サトコ

「あ、いえ‥お疲れさまです」

その後、コーヒーに誘うと、また目を見開いて、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

(よく表情の変わる奴だ)

(歩や颯馬がよく、氷川は面白いほど考えがダダ漏れだ‥と言ってるが)

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あまりにもわかりやすい反応に思わず苦笑いが漏れる。

(素直すぎるのは‥公安刑事としてはどうなんだか)

考えながら、喫茶店のドアをくぐった。

【喫茶店内】

気まぐれに入った店内は、落ち着いたBGMが流れていて、

思ったよりも心地よかった。

向かいに席に座る氷川は妙にソワソワしながらも、必死に話題を探している。

(緊張してんのか‥それとも、気を遣われてるのか)

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仕事のクセで「対象」を観察する自分に、再び苦笑いしたが‥

おそらく‥というよりも、絶対に彼女は気づいていないだろう。

サトコ

「私も今、コンビニ行ってきたんですよ。どうしてもプリンが食べたくて!」

「でも売り切れで、結局杏仁豆腐買って帰ってきたんですけど」

「あ!プリンと言えば、石神教官ですね!」

難波

ああ

サトコ

「室長も、好きなものとかありますか?」

一生懸命な氷川に、微笑ましい気持ちになる。

こちらの視線に気づいたのか、氷川は困ったように目を逸らした。

(好きなもの‥好きなものか‥タバコと酒くらいしか思い浮かばんな)

やがて注文したシュークリームとコーヒーが運ばれてくる。

サトコ

「いただきまーす!」

元気よく頬張っている氷川を眺めながら、コーヒーに口をつけた。

(確か25、6だったか‥そりゃ若いよなー)

(俺と親子くらい‥とまではいかなくとも、それに近いもんがあるし)

サトコ

「すごく美味しいです!生クリームとカスタードクリームが絶妙です!」

難波

そうか

氷川の頑張りは、石神や加賀から聞いている。

(見た目は頼りなさそうなのに、ガッツだけはあるとアイツらも認めていたな‥)

(この間の潜入捜査も、なんだかんだ言って氷川のおかげで欲しい情報も取れたしな)

(ただ‥)

あの時、『捜査を手伝いたい』と言った真っ直ぐな目が気になった。

(影を歩くには、眩しすぎる)

(俺たちのいる場所は、そんなに綺麗なところじゃない)

心配なのは、いつかその正義感をへし折られた時、

氷川がそれでも公安でやっていけるか‥

その純粋な気持ちが足かせになるのでは、ということだった。

(せっかく、刑事目指して頑張ってるのになぁ‥)

(こんなに真面目で素直な奴も、そういないだろ)

不意に、氷川がこちらを見ていることに気付く。

俺の手元を見てシュンとしたり、コーヒーを飲む姿に軽く目を見張っている。

(まさに『百面相』だな)

苦笑いしながら、無意識のうちにタバコに手を伸ばそうとして、その手を止めた。

理由は‥なんとなく、でしかないのだが。

なんとなく、の先には氷川という存在がいることに気付かないほど、落ちぶれてもいない。

(行動を起こすことに、理由を見つけなきゃならんとは‥)

(厄介な人間だな、俺も)

シュークリームを食べ終わると、氷川が一度、トイレに立つ。

その間に、支払いを済ませる。

マスター

「雨、ようやく小降りになってきましたね」

難波

ええ。これなら走ればそれほど濡れずに戻れそうです

マスター

「ああ、それなら‥」

カウンターの奥から、マスターが傘を取り出す。

マスター

「1本しかないんですけれど、よかったら」

難波

いいんですか?助かります

サトコ

「お待たせしてすみません!」

難波

じゃあ行くか

サトコ

「え?お金‥」

氷川が気にしないように聞こえないフリをして、店を出た。

【店外】

外に出ると、雨は小降りながらもまだ降り続いていた。

難波

マスターが1本だけ残ってた傘を貸してくれた。お前が使え

傘を差し出すと、氷川が恐縮する。

サトコ

「室長はこの後、学校に戻られるんですか?」

難波

ああ、まだ仕事が残ってるからな

サトコ

「私も、寮に戻るんです。同じ方向だし‥」

「よかったらご一緒しませんか?」

難波

なんだ、こんなおっさんと相合傘してくれるのか?

氷川があまりにも真面目な反応を見せるので、少しからかってみた。

サトコ

「相合傘‥?」

「あ!」

俺の言葉でようやく気づいたらしく、氷川が慌てだす。

サトコ

「い、言われてみればそうですよね‥!いや、あの、そういうつもりじゃなくて」

「あ、だけど決して、嫌とかではなくてですね!」

難波

わかったわかった

真っ赤になって慌てる氷川につい吹き出しながら、

結局、1本の傘に2人で入り、帰り道を歩き出した。

【商店街】

サトコ

「‥それで、この前の講義の時にウトウトした千葉さんが」

「加賀教官から、マーカー攻撃を受けて」

難波

マーカー攻撃?

サトコ

「ホワイトボードのマーカーがものすごい命中率で飛んでくるんです」

「私も何度か食らったことがあるんですけど、もう痛いなんてもんじゃなくて」

氷川の話を聞きながら、改めてその身長差に驚いた。

(小さいな‥これだけ小さくてあれだけやる気があるのは、確かに驚きだ)

肩が触れ合うと、氷川が気まずそうに少し離れる。

濡れないように傘を傾けた時、雨で視界が悪い中、向こうから走ってくる車が見えた。

難波

氷川

サトコ

「!」

腕を引っ張り、守るように抱き寄せる。

走り去る車を確認して氷川を見ると、驚いているのか大人しく腕の中に収まっていた。

(危なっかしいなー。こりゃあいつらが目を離せないっていう気持ちもわかる)

(こんなに小さいのに、そんなに頑張らなくてもなぁ)

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その後、氷川に傘を渡して、公安学校へと戻った。

【学校 屋上】

学校へ戻ってきて一仕事終えると、ようやくタバコにありつけた。

(あー、我慢した後のタバコはうまい)

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そう考えて、浮かんでくるのは美味そうにシュークリームを食べていた氷川だった。

そして別れ際、お茶代を‥と言う氷川に言った、自分のあの言葉。

(また付き合ってくれ、か‥)

自問してみるものの、そうではないことはとっくにわかっている。

今さら、女と2人きりになったからと言って、嬉しいと思うような歳でもない。

(‥なんであんなこと言っちまったんだろうな)

(氷川と過ごした時間が、思っていたよりも居心地良く感じたからか‥)

言葉もなく流れていく時間。のんびりした空気。

それは、氷川が持つ特有の安心感であるような気がした。

(あの悪くない時間を、また共有したい‥なんて思ったんだな、たぶん)

(本音がポロッとこぼれたってわけか)

灰皿にタバコを押し付けて、苦笑いする。

穏やかな気持ちで、もう1本のタバコに火を点けた。

End

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