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総選挙2016 ご褒美ストーリー 加賀

【加賀 マンション】

加賀

足りねーもんはなんだ

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突然の問いかけに振り返ると、加賀さんが後ろで私を威嚇するように腕を組んでいた。

サトコ

「な、何の話ですか‥!?」

加賀

質問に答えろ

(質問‥?足りないものはなんだ、って言われたよね)

晩ご飯のあとの洗い物をしていたところだったので、その言葉に考えを巡らせる。

サトコ

「そうですね‥あ、確かシャンプーがそろそろなくなりそうでしたよ」

「あと、トイレットペーパーと‥」

加賀

そうじゃねぇ

首を傾げる私にチッと舌打ちして、加賀さんが眉を顰めた。

加賀

欲しいもんはねぇのかって聞いてんだ

サトコ

「欲しいもの?」

加賀

わかんだろ

(いや、明らかに今、言葉足らずでしたよね‥?)

でも、恐ろしいのでそんなことは言えない。

(そもそもなんで、欲しいものなんて‥?)

(誕生日‥じゃないし、記念日でもないし)

サトコ

「あの、加賀さん‥一体」

加賀

‥‥‥

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どういうことなのか聞こうと思ったけど、顔を上げた私に無言の威圧が襲いかかる。

(『さっさとしろ』って言ってる‥!これ以上もたついてると、アイアンクローが来る!)

咄嗟に、パッと頭に浮かんだものを口にした。

サトコ

「お、お肉‥美味しいお肉!」

加賀

肉?

サトコ

「はい!この前実家から電話が来て」

「母が、お中元でもらったお肉がすごく美味しかったって言ってたので!」

「ぜひ!美味しいお肉を!」

加賀

そんなもんでいいのか

サトコ

「‥加賀さんと一緒に食べたいです‥」

加賀

‥‥‥

最後の方は声が小さくなり、消え入りそうになっていた。

加賀さんは相変わらず睨みつけるように私を見て、妙に居心地が悪い。

(肉なんて‥って怒られるかな)

(でも、欲しいものなんてこれと言ってないし)

加賀さんと一緒にいられる今、これ以上望むものなどない。

でも、さすがにそれを口にするのは恥ずかしい。

加賀

‥なるほどな

やがて加賀さんの表情が緩み、なぜか鼻で笑われた。

サトコ

「加賀さん‥?」

加賀

なんでもねぇ

納得したように、加賀さんはキッチンを出てリビングへと戻って行った。

(‥なんだったんだろう?)

(急に『欲しいものはあるか』なんて‥加賀さんらしくないような)

とりあえず、残りの洗い物を片付けて、リビングへと戻った。

【学校 廊下】

翌日、学校へ行っても、昨日の加賀さんの言葉が気になって仕方なかった。

(聞いてみたけど、なんのことか教えてもらえなかったし)

(もしかして、お肉を食べに連れて行ってくれるとか?いや、でもなんのために?)

サトコ

「頑張っても頑張ってもなかなか認めてくれない、あの加賀さんが」

「お肉なんてご褒美を、簡単にくれるはずがない‥」

そもそも、ご褒美をもらうようなこともしていない。

首を捻らせながら廊下を歩いていると、廊下の向こうにいる黒澤さんを見つけた。

(また黒澤さんは、学校に入り浸って‥)

苦笑したものの、立ち話をしている相手が加賀さんであることに気付く。

(黒澤さんとふたりで話してるなんて、珍しいな)

話しかけようとしたけど、その会話が聞こえてきて足を止めた。

黒澤

確か、10万円でしたっけ?

加賀

ああ

黒澤

いいな~。そんな降ってわいたようなお金だったら、パーッと使っちゃいますね!」

加賀さん、何に使うつもりですか?

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加賀

さあな

(10万円‥?降って湧いたようなお金‥)

(もしかして、それって‥)

黒澤

あ、なんならキャバクラとか、歩さん誘って行きます?

加賀

くだらねぇ

黒澤

まあ、キャバクラに加賀さんを満足させられる女なんていませんよね

加賀さんは、面倒でちょっとドジだけど、ガッツのある人が好きみたいだし

加賀

‥それ以上喋ると、脳天カチ割るぞ

黒澤

物騒!

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大騒ぎする黒澤さんと一緒に、加賀さんが廊下を歩いていく。

その背中を眺めながらも、全身の血の気が引いていくのがわかる。

(確か‥この間ふたりで参加した映画祭の受賞パーティーで加賀さんが貰っていた賞金も)

(10万円だった)

加賀

欲しいもんはねぇのかって聞いてんだ

(あれは、そのお金を使うってこと!?)

(私のバカ!お肉食べたいなんて、気軽に言うなんて!)

加賀さんが勝ち取った賞金なのだから、自分の好きなように使って欲しいと思っていた。

(なのに‥まさか私のために使ってくれようとするなんて)

(しかも気付かなかったとはいえ、自分の欲望を満たすために、『お肉』って‥!)

サトコ

「あ~なんでお肉なんて言っちゃったんだろう‥」

「お母さんが電話で、黒毛和牛なんて言わなければ‥!」

頭を抱えてその場にうずくまり、自分の浅はかさを悔やむ。

(加賀さん、だからあのとき、鼻で笑ってたのかも‥)

(よりにもよって肉かよ、とか思われてる‥絶対!)

後悔しても、今さら加賀さんを追いかける勇気はなかった‥

【焼肉店】

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数日後の捜査の帰り、加賀さんに誘われて焼肉店にやってきた。

そこは私なんかはとても足を踏み入れることができない、最高級のお店だ。

サトコ

「あ、あの‥まだ事件は解決してませんから、もっとお安いところで」

加賀

黙れ

サトコ

「ハイ‥」

(店構えからして高そうなのに、個室って‥)

震えながらメニューを見てみると、普段食べているチェーン店よりもゼロがひとつ多い。

(ひええええ‥こんな高いお肉、食べたことないよ‥!)

加賀

何震えてやがる

サトコ

「いえ‥お、美味しそうだなと‥」

「そういえば‥このお店って、数か月後まで予約で埋まってるって」

加賀

知り合いがいる

なんのことはなく、加賀さんが答える。

サトコ

「知り合い?」

加賀

そのツテで、無理矢理ねじ込んだ

(む、無理矢理‥)

サトコ

「それって、アリなんですか?」

加賀

こういう店はだいたい、いざって時のために何席か余裕を持って確保してる

じゃなきゃ、ダブルブッキングしたときに困るだろ

サトコ

「確かに‥」

こんなに高級なお店は初めてなので、なんだか落ち着かない。

右も左もわからない私にかわり、加賀さんが手際よく注文してくれた。

サトコ

「あ、あの‥加賀さんはよく、この店に来るんですか?」

加賀

接待で、たまにだ

サトコ

「え!?接待でこんなすごいお店を使うんですか?」

加賀

難波さんに、無茶ぶりされることもある

テメェも、そのうち必要になってくる。アテ作っとけ

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サトコ

「ど、どうやって‥?」

(一生かかっても、こんなお店に無理やり予約をねじ込むことなんてできそうにない‥)

(それにしても、本当にすごいな‥焼肉屋さんなのに、料亭みたい)

そわそわする私とは真逆に、加賀さんは慣れた様子で平然としている。

やがて、加賀さんが頼んでくれたお酒が運ばれてきた。

(美味しそう‥でも値段を考えると、恐れ多くて飲めない)

でも加賀さんは、気にせずグラスに口をつけている。

せっかくなので、思い切っていただくことにした。

サトコ

「お、美味しい‥!」

加賀

大袈裟だ

サトコ

「そんなことないです!普段、あまりお酒は飲みませんけど」

「そんな私でもわかるくらい、まろやかで飲みやすいです!」

加賀

まあ、普段黒澤が予約する店では出してねぇな

サトコ

「でしょうね‥」

(心なしか、加賀さんの機嫌がいいような‥)

(せっかくの賞金を私のために使ってるのに、なんでこんなに嬉しそう‥?)

サトコ

「ハッ‥もしかして、ついに加賀さんもマゾに目覚めたとか」

加賀

あ゛?

サトコ

「なんでもないです。戯言です」

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慌てて首を振っている間に、今度はお肉が運ばれてきた。

まるで懐石料理のように上品な器に盛りつけられた様々なお肉たちが、目の前に並べられる。

サトコ

「はあ‥お肉が輝いてる‥」

加賀

‥‥‥

サトコ

「まるで宝石のよう‥」

加賀

‥‥‥

黙って見ていた加賀さんが一瞬、笑った気がした。

サトコ

「わ、私、変なこと言いました?」

加賀

なんでもねぇ

‥宝石か

(まだ笑ってる‥?よくわからないけど、とりあえずお肉を焼こう)

私が焼いたお肉を、加賀さんが美味しそうに食べる。

それを見ているだけで、満たされていく気がした。

(せっかくの賞金を私に合わせるなんて‥って思ったけど)

(加賀さんも満足そうだし、これでもいいのかも‥?)

加賀

おい

サトコ

「は、はい!調子に乗ってすみません!」

加賀

テメェが調子に乗ってんのはいつものことだ

サトコ

「その通りですけど、なんて辛辣な‥」

加賀

いいから、さっさと食え

焼いてるばっかで、全然食ってねぇだろ

ちょうどいい具合に焼けたお肉を、加賀さんが私のお皿に入れてくれる。

それだけで、幸せな気持ちだった。

【街】

食事を終えると、お店を出てタクシーを拾うために加賀さんと一緒に駅方面へと歩く。

サトコ

「ごちそうさまでした。すっごく美味しかったです!」

加賀

そうか

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サトコ

「あんな霜降りのお肉、もう二度と食べられないかも‥」

「お肉って本当に、口の中で溶けるんですね!」

興奮気味に語る私を、加賀さんはどこか満足げに眺めている。

(‥今日の加賀さん、やっぱり機嫌いいな)

(捜査がすごくうまくいった‥とかじゃないのに、どうして)

しかも自分で勝ち取った賞金を、私にお肉を食べさせることで使ってしまっている。

(加賀さんが、ご機嫌になる理由なんてひとつもないはずなのに‥)

(なのに、どうして)

サトコ

「どうして加賀さんは、私にお肉を食べさせてくれたんだろう‥」

気が付くと、心の声が完全に口から零れていた。

加賀

何?

サトコ

「い、いえ‥」

(しまった!美味しいお肉と加賀さんの笑顔で、お酒、飲み過ぎた‥!?)

(言わなくてもいいことまで、こんな簡単に言っちゃうなんて!)

加賀

テメェが食いてぇって言ったんだろうが

サトコ

「そそそ、そうでした!」

被疑者を一発で自白させてしまうすごみに震えあがりながら、慌てて頷く。

(でも、そういう意味じゃなかったんだけど‥)

大事な賞金を、なぜ私のために使ってくれたのか。

そう尋ねようとして振り向くと、すでに加賀さんの姿はない。

(あ!?いつの間にか、あんなに遠くに‥!)

サトコ

「ま、待ってください!」

加賀

遅ぇ

急いで追いかけながらも、さっきの加賀さんの言葉を思い出した。

加賀

テメェが食いてぇって言ったんだろうが

(‥私がお肉を食べたいって言ったから、連れて来てくれたんだ)

(私の願いを叶えたいと思ってくれた‥ってことなのかな)

サトコ

「あの、自分至上主義の加賀さんが‥」

加賀

テメェ‥さっきから何ブツブツ言ってやがる

サトコ

「い、いえ‥酔っ払いの戯言ですから‥」

誤魔化したものの、加賀さんが私のことを考えてくれたというのが、なんだか嬉しい。

今さらながらにじわじわと実感がわいてきて、加賀さんの背中に小さく話しかけた。

サトコ

「私‥加賀さんといられるだけで、幸せです」

「だからこれからも、好きでいさせてくださいね」

加賀

‥‥‥

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加賀さんには聞こえていなかったらしく、なんの返事も返ってこない。

でも不意に加賀さんが立ち止まり、背中に顔がぶつかった。

サトコ

「いたっ」

加賀

‥‥‥

顔を上げると、振り返った加賀さんに腕を引っ張られて強引に唇が重なる。

サトコ

「‥‥!?」

「かっ、加賀さっ‥」

加賀

喚くな

サトコ

「だって、ここっ‥そ、外」

加賀

初めてじゃねぇだろ

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サトコ

「そういうことじゃなっ‥」

加賀

‥そう思ってんのが、テメェだけだと思うな

ぼそっと言われ、その言葉の意味を理解するまでに少し時間を要した。

(『そう思ってる』って‥?)

サトコ

「なんの話ですか‥?」

加賀

わかんねぇならいい

身体を離し、加賀さんがさっさと歩いていく。

その背中をほんやりと眺めた後、ようやくハッとなった。

サトコ

「あ、あの!今のって‥!」

加賀

テメェの足りねぇ頭で考えろ

サトコ

「た、足りないので、ちゃんと言われないと分からないかもしれません!」

加賀

わかんねぇならいいって言っただろうが

サトコ

「そこを、何とか‥!」

追いすがっても、加賀さんは決して答えをくれない。

(でも‥もしかしたら、『一緒にいられるだけで幸せ』『これからも好きでいさせて』‥って)

(加賀さんも、同じように思ってくれてる‥のかな)

加賀

それにしても‥旅行だアクセサリーだというのかと思ったら

まさか肉とはな

サトコ

「へ?」

加賀

肉が宝石、か‥テメェらしい

(‥褒められた?)

お酒の力か、加賀さんの言葉をいつも以上にポジティブにとらえる自分がいる。

これ以上ないほど幸せでふわふわした気持ちで、加賀さんの背中を追いかけた。

Happy  End

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