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逆転バレンタイン 石神2話







【資料室】

石神

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

後藤くんたちがいなくなり、石神くんは課題を再開する。

紙袋は石神くんの傍らに置いてあり、私は資料を読むふりをしながら目を光らせていた。

(チョコを抜くから、一度返してくれなんて言える訳ないし‥)

(隙を見て抜くしか‥!)

虎視眈々と狙いながら、徐々に距離を縮めていく。

石神

‥‥‥

サトコ

「!」

石神くんがふと顔を上げると、私は資料を探すフリをしながら一歩下がった。

(あ、危ない‥)

横目で見ながら、小さく息をつく。

先程から何度かチャレンジしているものの、なかなかタイミングが掴めない。

(少しずつ距離を縮めるより、一気に行った方がいいかな?)

(それとも、石神くんが資料を探しに行くタイミングを見計らって取りに行くか‥)

しかし、先ほどから席を離れる様子がない。

(それなら、席を離れるように誘導して‥)

石神

‥氷川教官

石神くんはペンを置くと、私の方へ顔を向けてくる。

石神

何か用でも?

サトコ

「へ!?」

石神

先ほどから、何か言いたげにこちらを見ていましたよね

サトコ

「そ、それは‥」

石神

何か、手伝って欲しい仕事でも?

サトコ

「ううん、それはないけど‥」

石神

けど?

サトコ

「えっと‥喉!喉が渇いてないかなって」

「よかったら、一度休憩して‥」

石神

喉なら乾いていないので、結構です

それに、先に課題を終わらせたいので

サトコ

「そ、そう‥」

石神

‥‥‥

石神くんは私をじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。

石神

あまり教官に、こういうことを言うべきではないのかもしれませんが‥

用がないなら、仕事に戻った方がいいのでは?

サトコ

「うっ‥!」

正論が、胸に突き刺さる。

(確かにその通りなんだけど、チョコを抜くまでここを離れるわけには‥!)

石神

‥‥‥

私の様子にため息をつくと、石神くんは紙袋から本を取り出そうとする。

サトコ

「ちょ、ちょっと待って!今読むの!?」

石神

‥は?

石神くんの眉間に、深いシワが刻まれる。

石神

それが何か?

サトコ

「もうちょっと、後にしたら?」

石神

おっしゃってる意味が分かりません

(ご、ごもっとも‥!)

(じゃなくて!本をどけたらチョコが見えちゃうし‥このまま引くわけにはいかない‥)

(そ、そうだ!)

サトコ

「分からないところがあるなら、私が教えるよ!」

(そうすれば、教えてる隙にチョコを抜けるし‥)

石神

お気持ちだけで結構です

氷川教官も、まだ仕事が残ってるでしょう?

サトコ

「それは、そうだけど‥」

(うう、私の予定を完璧に把握されている‥!)

実際、急ぎではないものの、仕事がいくつか残っていた。

石神

先ほども言いましたが、それなら早く仕事に戻るべきです

もし分からないことがあったら、その時は改めて質問させてもらいますから

サトコ

「そ、そう‥」

背中に冷や汗が流れる。

これ以上誤魔化す言葉が、思いつかなかった。

(こうなったら‥強行突破しかない!!)

石神くんが紙袋に手を掛けようとした瞬間、ひったくるように奪い取る。

石神

氷川教官?

サトコ

「ほ、本入れ間違えちゃった気がするな~!すぐ戻るから!」

一呼吸言い切って、石神くんに背中を向ける。

石神

待ってくださーー

サトコ

「それじゃ!」

声を遮るように、私は脱兎のごとく資料室を後にした。







【個別教官室】

サトコ

「はぁ、はぁ‥」

息を切らしながら、ようやく個別教官室に辿り着く。

その場に座り込みそうになるも、ぐっと堪えた。

(あとはチョコを抜いて、資料室に戻れば‥)

石神

遅かったですね

サトコ

「へ?」

声がする方へ顔を向けると、石神くんが足を組み優雅にソファに座っていた。

(えええええっっ!?)

(ど、どうして!?私の方が先に資料室を出たのに!?)

その上、石神くんは息ひとつ乱していない。

(石神くんって一部からサイボーグって言われているけど、まさか、そんな‥)

(いやいやいや、あり得ないって!)

頭の中は大混乱だったけど、極力表に出さないようにする。

石神

‥先回りできるルートを知っていただけですよ

しかし、考えが読まれていたのか、石神くんはこともなげに言った。

そしてゆっくり立ち上がると、私の方へ近づいてくる。

石神

氷川教官

サトコ

「は、はい!」

石神

俺は‥分からないことを放置しておくのが嫌いなんです

サトコ

「っ‥」

真っ直ぐな瞳で見つめられ、小さく息を呑む。

(石神くんが「俺」って言うの、初めてだよね‥?)

彼の素を垣間見たような気がして、思わず紙袋を抱きしめる。

すると、石神くんが指先が紙袋の縁に触れた。

石神

これに何が入っているのか、言ってみてください

サトコ

「それ、は‥」

石神

言えないようなものが入ってるんですか?

(どうして、こんな質問を‥)

(も、もしかして‥チョコが入っていることに気付いている‥?)

石神

‥‥‥

鋭い視線に射抜かれ、私はおずおずと口を開く。

サトコ

「ほ、本が入ってて‥」

石神

それと?

サトコ

「‥チョコレート、です‥」

石神

何故、入れたんですか?

サトコ

「あの‥バレンタインなので‥‥」

尋問されているような気分になり、つい敬語になってしまう。

石神

それで?

サトコ

「い、石神くんには、いつもお世話になっているから、渡したくて‥」

石神

‥‥‥

無言で見つめられ、ふいに先程の言葉を思い出す。

石神

バレンタインなんて、くだらない

(やっぱり、くだらないって言われちゃうのかな‥)

唇を噛み締めながら、視線を落とす。

石神

じゃあ、ここにある気持ちは、お礼のみってことですね?

サトコ

「え‥?」

予想外の言葉に顔を上げると、無機質な瞳に見つめられた。

(この気持ちを伝えたらいけない)

(だけど‥もう自分の気持ちを、誤魔化したくない)

頬が熱くなるのを感じながら、わずかに視線を逸らす。

そして勇気を絞って、言葉を紡いだ。

サトコ

「‥下心も、少しだけ‥‥」

(言った‥言っちゃった‥‥)

ダメだと分かってはいても、伝えずにはいられなかった。

ここまで言って、彼が言葉の真意に気付かないわけがない。

石神

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

私たちの間に、沈黙が訪れた。

(な、何か答えて‥!!)

重すぎる沈黙に耐えきれず、息を止める。

短くも長くも感じる時間が過ぎ、石神くんがようやく口を開いた。

石神

‥そうですか、ならいいんです

サトコ

「え‥?」

石神

それでは、お疲れ様でした

サトコ

「あっ‥い、石神くん‥!」

石神くんは私の腕の中から紙袋を取り、何事もなかったかのように部屋を出て行く。

サトコ

「‥‥えっ!?」

(い、今のって‥)

顔に熱が上がり、鼓動が逸る。

石神

‥それなら、いいんです

(いいって‥)

言葉の意味をかみ砕くも、どうしても都合のいい方へと考えてしまう。

サトコ

「っ‥」

私は慌てて教官室を後にすると、石神くんの後を追った。







【廊下】

サトコ

「まっ、待って!石神くん!!」

石神

‥‥‥

私の呼び声に、石神くんが静かに足を止める。

石神

まだ何か用ですか?

サトコ

「えっと‥」

聞きたいことは、山ほどあった。

何が「いい」の?

感謝だけだって言ったら、何て答えるつもりだったの?

そもそも、バレンタインなんてくだらないと思ってたんじゃないの?

‥‥‥下心、あっていいの?

サトコ

「その‥」

だけど、どれから尋ねればいいのか言葉に迷ってしまう。

石神

‥氷川教官

サトコ

「はい!」

突然名前を呼ばれ、ピンッと背筋を伸ばす。

石神

下心もないようなチョコレートを、好きな女性から貰いたくないと気づいただけです

それが回答で、いいでしょうか

予想だにしない言葉に、目が点になった。

淡々と続ける石神くんの頬は、ほんの少し赤らんで見えた。

石神

チョコレート、ありがとうございます。大事に食べさせていただきますね

それでは、課題が残っているので失礼します

石神くんは会釈をすると、そのまま踵を返して資料室に向かった。

私は彼の背中を、呆然と見送る。

サトコ

「好きな女性って、言ったよね‥?」

何度も何度も、頭の中で石神くんの言葉を再生する。

サトコ

「~~っ!」

熱くなる顔を押さえて、ギュッと目を瞑った。

信じられない気持ちと共に、喜びが湧き上がる。

(勇気を出してよかった‥!)

想いは繋がっても、私は教官で石神くんは生徒。

それは充分過ぎるほど理解しているし、自分たちの立場を脅かすようなことはしたくない。

(でも‥今だけは、喜んでもいいよね?夢じゃ‥ないよね?)

逸る鼓動を押さえながら、そっと息を吐く。

ほんの一瞬の信じられない出来事。

石神くんの見せた意外な表情を、言葉を、確かめるように反芻しながらその場に立ち尽くしていた。

Happy  End


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