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元カレ 難波 2話



【難波 マンション】

難波
それじゃ、安静にしてろよ
俺も、仕事を片付けたらすぐに帰ってくる

サトコ
「はい」

難波
帰りに何か買ってくるから、晩飯も気を使わなくていい

サトコ
「すみません。何から何まで···」

難波
こんな時くらい、俺にも世話を焼かせてくれ

室長は微笑んで頬に触れると、慌ただしく仕事へと戻っていった。

(室長、忙しいのに申し訳ないな···しかも、結局まだ何も言えてないし···)

ため息と共に、病院でのやり取りが思い出された。



【病院】

サトコ
「ちょっと、待っ···」

看護師
「それでは氷川さん、お大事に。次の方~!」

看護師さんに半ば追い出されるように診察室を出た私を、室長は穏やかな笑みで迎えてくれた。

難波
よかったよ。大したことなくて

サトコ
「はい。ご心配をおかけしました」

難波
それはそうと、驚いたな。さっきの先生、知り合いだったなんて

サトコ
「ホントですよね。ハジメとは幼なじみで···」

難波
そういうことなら安心だな

サトコ
「え?」

難波
幼なじみなら、知らない同士よりも親身になって診察してくれるだろ

サトコ
「ああ、そうかも···ですね」

(なんか室長、この状況をむしろ歓迎しちゃってる···?)

予想外の展開に、ますますハジメとの過去を打ち明けづらくなってしまった。

(でも、言わないまま診察に通うのも気が引けるし···)

難波
この後だが···今日はこのまま早退しろ
タクシーで俺んちまで送るから

サトコ
「はい···」

(···って、ん?)

サトコ
「俺んちって···室長の家ですか?」

難波
そうだが···ウチじゃ不満か?

<選択してください>

A: とんでもない!

サトコ
「と、とんでもない!」

難波
じゃあ、決まりだ
絶対安静って言われてるのに、一人にしとくと動き回りかねないからな
ひよっこだけに

サトコ
「もう、ヒヨコと一緒にしないでくださいよ~」

難波
ほらほら、安静、安静

サトコ
「······」

B: 寮に帰ります

サトコ
「そんなことはないですが···やはり寮に帰ります」

難波
どうして?

サトコ
「だって···これ以上室長に迷惑をかけられないし···」

難波
迷惑?俺にとっちゃ、離れたところで心配させられてる方がよっぽど迷惑だ
今夜は傍にいろ

サトコ
「···はい」

C: これ以上は迷惑はかけられません

サトコ
「そんなことはないですが···これ以上、迷惑はかけられません」

難波
迷惑だなんて、誰が言った?
そういう気を遣われる方が、よっぽど迷惑だ

サトコ
「···すみません」

難波
離れたところで心配させられるくらいなら、傍にいてくれた方が安心なんだよ

サトコ
「そういうことなら、お邪魔します」

ぼんやりと思い出していたら、知らぬ間にソファーで眠ってしまっていたようだった。

難波
サトコ、帰ったぞ~

サトコ
「!」

室長の声が聞こえてきて、ハッとなって身を起こした。

サトコ
「お、おかえりなさい!」

難波
待たせたな。どうだ、調子は?

サトコ
「もう、すっかり」

難波
そうか、なら良かった
すぐに飯にするから、ちょっと待っててくれ

【キッチン】

室長はキッチンに入ると、ぶら下げていたビニール袋を広げてなにやらガサガサやりだした。

サトコ
「なにかお手伝いしましょうか?」

難波
いいから、座ってろ
すぐにできるから

サトコ
「でも···」

難波
大丈夫だって···うわっ

言っているそばから、室長はパックのスープをぶちまけた。

サトコ
「ああ~!」

難波
来るな来るな。本当に大丈夫だから

室長は床に雑巾を放り投げて申し訳程度に足で何度かこすると、
気を取り直して、今度はケースに入ったおかずを電子レンジに押し込む。

(なんだか危なっかしくて心配だけど···)

ハラハラするが、今は黙って見守るしかない。

チンッ!

難波
よし、できた!
あちっ!

サトコ
「大丈夫ですか?火傷しました?」

難波
問題ない。ノープロブレムだ

気丈に言いながらも、室長はさり気なく耳たぶに指を当てている。

(やっぱり火傷したんじゃないかなぁ···だから、言わんこっちゃないのに···)
(でももしかしたら、室長も学校ではこんな風に私を見てるのかも···?)

そんなことを思っていたら、思わず笑みが漏れた。

サトコ
「ふふっ」

難波
なんだ、どうした?

<選択してください>

A: いえ、何でもありません

サトコ
「いえ、何でもありません」

難波
とか何とか言って···こいつ、不器用だなとか、思ってんだろ

サトコ
「ふふっ、バレました?」

難波
やっぱりか···感謝のないヤツめ

サトコ
「感謝してますよ、ちゃんと。不器用なのに頑張ってくれているのが嬉しくて、つい」

難波
お前···

室長は一瞬、ちょっと感動したような表情になった。

難波
とりあえず、食うか

B: なんとなく、室長の気持ちが分かった気がして

サトコ
「なんとなく、室長の気持ちが分かった気がして···」

難波
ん、どういう意味だ?

サトコ
「さあ、どういう意味でしょうね?」

難波
コイツめ···さては俺のこと、危なっかしいヤツとか思ってんな?

サトコ
「あ、やっぱり。室長もいつも私のこと、そう思ってるんですね?」

難波
そりゃ、そうだろ。相手の男を庇って脳震とうとか、なかなかねぇパターンだ

サトコ
「う···」

(それを言われると···)

難波
まあいい。とりあえず、食うぞ

C: あまりにも不器用だから

サトコ
「あまりにも不器用だから、つい···」

難波
おいおい、それを言ってくれるなよ···

サトコ
「すみません。でも不器用なのに頑張ってくれてるんだと思うと、感謝倍増です」

難波
褒められてるんだか貶されてるんだか分からんが、まあいい。熱いうちに食うぞ

サトコ
「はい!」


【リビング】

サトコ

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

難波
おいしくしてくれたのはデパ地下のオジサンかオバサンだけどな

サトコ
「でもちゃんと、室長の愛を感じました」

難波
そりゃ、よかった
片付けも俺がやるから、お前は座っとけよ

室長は言い置くと、食器を運んでキッチンに入って行った。

(何から何までありがたいけど、こういうのもちょっと手持無沙汰···)

室長の様子を気にしながらスマホをいじっていると、ハジメからLIDEが入った。

サトコ
「あ···」

『食事だけど、日曜のランチでどう?折り入って話したいこともあるんだ』

(話したいこと?何だろう···?)

考え込んでいると、いつの間にか片付けを終えた室長が隣に座っていた。

難波
どうした?また頭でも痛いのか?

サトコ
「い、いえ···」

不意打ちで顔を覗き込まれ、思わずうろたえる。
しかも室長は、心配でたまらないといった表情だ。
その顔を見て、私はいい加減腹を決めた。

サトコ
「あの、今日、病院で会ったハジメのことなんですけど···」
「実はハジメは···私の元カレなんです」

難波
······
やっぱりそうか~

サトコ
「すみません、今まで黙ってて」

難波
別に謝ることじゃねぇだろ
それにまあ、何となくそうかもなとは思ってた
どうやら、俺の直感も捨てたもんじゃねぇようだな

室長はちょっと満足そうに笑った。

難波
もしかして、それを気に病んで難しい顔をしていたのか?

サトコ
「ま、まあ···」

難波
バカだな

サトコ
「···ですね」

(やっぱり、私の気にし過ぎだったみたい···)
(こんなことから、余計なこと考えずに、もっと早く言っちゃえばよかった···)

サトコ
「ハジメとは、ついこの間、鳴子と街を歩いてるときに偶然再会したんです」
「その時のことを鳴子が学校で話すもんだから、黒澤さんたちに聞かれてしまって···」

難波
それで、教官室で尋問攻めにあってたってわけか

サトコ
「あんなことになるまでは、ハジメのことなんてまったく忘れてたんですけど···」
「みなさんに根掘り葉掘り聞かれて、つい色々と···」

難波
色々な···

サトコ
「もちろん、ハジメのことはもう何とも思っていませんし、私が今好きなのは室長です」
「だからハジメとはもう、病院以外で会うつもりは···」

難波
会うな。病院でも

サトコ
「へ···?」

予想もしなかったキッパリとした口調に、私は思わず室長の顔を見た。
室長は真剣そのものの表情を私をじっと見つめている。

サトコ
「でも、それじゃ···今後の診察は···?」

難波
······

室長は問いには答えず、じっと私を見つめ続けていた。

(急にどうしちゃったんだろう?さっきまでは、全然気にしていない風だったのに···)
(もしかして、すごく無理してくれてた?)

難波
···なんてな

室長は不意に表情を緩め、フッと笑った。

難波
嘘だよ。病院にはちゃんと行け。いや、頼むからちゃんと行ってくれ

サトコ
「でも···」

難波
大切なのはお前の身体だ
だから、な?

サトコ
「···はい」

静かに頷くと、室長はそっと私を抱き寄せた。
そして、強く強く抱きしめる。

難波
あー、でもな~

サトコ
「?」

難波
いくら担当医とはいえ、昔の男にあちこち触られんのはやっぱ癪だよな···

サトコ
「なんですか、それ···」

難波
よりにもよって、なんであんな病院選んじまったんだ、俺は···

室長はブツブツ言って、深いため息をついた。

(何でもない風を装ってたけど、本当はこんなこと思ってたんだ···)
(なんかかわいいな、室長···)

妙な愛しさが湧いて、私は室長を抱きしめ返した。
それからゆっくりと身体を離し、室長の顔を覗き込む。

サトコ
「それなら、難波先生が先に診察してくれませんか?」

難波
え···?

サトコ
「狭霧先生に触られそうなとこ、先に室長が触ってください」

難波
お前···

室長はちょっと驚いたような顔をしてから、ゴホンと咳払いした。
そして、神妙な顔で私に向き直る。

難波
それじゃ、診察を始めます

サトコ
「お願いします」

室長は神妙な表情のまま、診察室でハジメがしたように、私の両目を覗き込んだ。
そしてそのまま、両の瞳に柔らかなキスを落とす。

サトコ
「!」

難波
異常なし。経過は良好です
ホームドクターとしては全身隈なく診てやりたいところだが
興奮してまた脳震とうを起こしたら大変だからな

室長はニヤリと笑うと、いきなり私の身体を抱き上げた。

サトコ
「きゃっ」

難波
お静かに。今日は安静にしていてもらわないと困りますよ、氷川さん


【寝室】

室長は寝室に入ると、そっと私の身体をベッドに横たえた。

難波
今夜はここでゆっくり眠れよ

サトコ
「はい、そうします。先生」

難波
よろしい。それじゃな、俺はもう少し、仕事するから

サトコ
「···今日はありがとうございました。おやすみなさい」

室長は微笑んで行きかけて、ふと立ち止まった。

難波
そういえばさっきのメッセージ、本物の先生からだろ?返事、しなくていいのか?

サトコ
「あ···」

(すっかり忘れてた···でも室長、ちゃんと気付いていたんだ···)
(この感じだと、中身もきっとお見通しだよね)

サトコ
「今します。断るなら、早い方がいいですもんね」

難波
別に···会ってもいいんだぞ?もう、 “元” な訳だし···

サトコ
「でも···」

難波
色んな過去が積み重なって今のお前があるんだから
俺はどんな過去も、否定するつもりはない

サトコ
「室長···」

室長の大きさが、私をすっぽりと包み込んでくれているのを感じた。
それと同時に、今私が手放したくないのは、目の前のこの愛だけだと改めて確信する。

サトコ
「···断ります。あれ、スマホ···」

今さら、スマホをリビングに置いてきてしまったことに気付いた。
起き上ろうとする私を、室長が手で制する。

難波
持って来てやるから。待ってろ

サトコ
「はい···」

室長が持って来てくれたスマホには、知らぬ間にまた新しいハジメからのLIDEが届いていた。

サトコ
「ん?」

開いてみると、『サトコに会わせたい人がいる』と一言。
その瞬間、私の脳裏に蘇るものがあった。

サトコ
「そっか···」

ハジメ
「サトコのことは家族みたいに思ってる」
「だから、この先、俺に大切な人ができたらサトコに紹介したいんだ」
「サトコも大切な人ができたら···」
「···なんて、こんなの勝手だよな」

サトコ
「紹介するよ、だって私にとってもハジメは家族みたいな存在だからね」

ハジメ
「ハハ、ありがとな」

サトコ
「やっぱり私、会いに行きます。ハジメに」
「室長と一緒に」

難波
え···俺も?

サトコ
「大切な人ができたら、必ず紹介するって約束したので···だから」

難波
···そうか
そういうことなら、仕方ねぇな

室長はちょっともったいぶって言いながら、ベッドの中の私を抱き寄せた。
私は室長の腕の中で、ハジメに返事を打つ。

『私もいる!ハジメに会わせたい人』

サトコ
「ハジメ、驚くかな···」

難波
そりゃ、驚くだろ。こんなオッサンを紹介したら

サトコ
「でもこの間、威圧感ハンパないって褒めてましたよ?」

難波
それ、別に褒めてねぇだろ

サトコ
「え~褒めてますよ、絶対!」

(すごいな、私たち。二人で笑って元カレの話をするなんて···)

どんな過去が目の前に現れても揺るがないーー
そんな関係がいつの間にか出来上がっていたことに、私はちょっと感動していた。

Happy End



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