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東雲 続編 シークレット1



~カレ目線~

【東雲 マンション】

プルル···

(また来た)
(これで今日4通目···)

スマホを開いてメールを確認する。

······「どうして辞めるんですか?」

(···なるほどね)
(ついに「辞める」ってことは受け入れたわけか)

ちなみに、3通目のメールは

······「本当に辞めるんですか?」

2通目のメールは

······「お疲れさまです。本当に警察を辞めるんですか?」

1通目は、同じような内容のことがとても丁寧に長く書いてあった。
彼女としては、この時点でなんらかの返事が欲しかったのだろう。

(さて、どうしようか)

4通目の文面を見比べながら、オレはソファに寝転がる。
脳裏には、事の発端となった「事件」のことが浮かんでいた。



【コチ電業】

先週、オレは彼女を連れて両親が経営する会社を訪れた。
大手電機メーカー3社に起きた「サイバー攻撃事件」の捜査をするためだ。

(はぁ···面倒くさ)
(盗まれた情報を全部チェックするとか)

本来なら、対象企業の身内であるオレが捜査に駆り出されることはない。
それが、この日は人手不足で急きょ出向くことになったのだ。
しかも···

捜査員1
「『幻のフルーツネクター』買ってきてよ」

捜査員2
「じゃあ、僕は『幻のピーチソーダ』で」

サトコ
「はい!」

(···パシられてるし)

ハッキリ言って不愉快だ。
面白くない。
だから、彼女がいなくなったあと、つい余計な口出しをしてしまったのだ。
このことが、のちのち問題になるとはつゆほど思わないで。

東雲
お疲れさまです
少しいいですか?

捜査員1
「···なんだよ、公安が」

東雲
そちらの捜査で、気になったことがありまして
ちょっとだけ、そこ代わってもらえますか?

そして数十分後···

東雲
これで全部でしょうか
そちらが調べたかったことは

捜査員1
「あ、えっと···そうだね」
「なんか悪いね。俺たちが調べる分を全部調べてもらっちゃって」

東雲
いえ、気にしないでください

(そのかわり、さっさと帰れっての)

言外のメッセージが、おそらく伝わったのだろう。
生活安全課の捜査員たちは、荷物をまとめてそそくさと帰ってしまった。

(さて···と)
(ようやく静かになったし、こっちの仕事を片付けて···)

???
「素晴らしい手腕でしたね」

(···ん?)

???
「2人がかりで調べていたことを、たった1人で終わらせてしまうなんて」
「東雲さんって優秀な刑事さんなんですね」

(なんだ、この女···)

たしか、少し前に弁当を運んできた社員だ。
もちろん、オレは彼女に自己紹介をした覚えなんてない。

東雲
すみません、どちら様ですか?

櫻井
「申し遅れました。秘書課の櫻井です」
「普段は東雲社長の第2秘書を務めております」

東雲
そうですか、社長秘書···

それで、警戒心が少し揺らいだ。
秘書なら、オレが社長の一人息子だと気付いていてもおかしくはないからだ。
とはいえ···

東雲
ずっと見てらしたんですか?

櫻井
「ええ、東雲さんの手腕に見惚れてしまって」

(見惚れて···ね)

明らかに媚の滲んだ目で見つめられて、オレは答えを探しあぐねた。

(狙いはなんだ?)
(秘書としての社交辞令?それとも···)

結局この後うちの補佐官が戻ってきて、彼女は会議室を出て行った。
別れ際に、意味深な言葉を残して。

(やっぱ、誘われてたのかな)
(ま、いいけど。応じるつもりはないし)

オレとしてはそれでおしまい。
けど、うちの彼女はそうはいかなかったようだ。

サトコ
「あの人、気に入ったんだと思います」

東雲
あの人?

サトコ
「さっきの美人秘書です」
「教官のこと、気に入ったんですよ」
「だから、あんな意味ありげなことを言ったんです!」

弁当をつつきながらボヤく彼女を、オレは興味深く見ていた。

(ふーん···)
(この子も、ヤキモチ妬いたりするんだ···)

彼女と付き合い始めて数か月。
こんな姿を見るのは、何気に初めてな気がする。

(眉間にシワ···)
(口はへの字···)
(ふーん···ふーん···)

サトコ
「···どうして笑ってるんですか」

東雲
ん?

サトコ
「教官···さっきから、ずっとニヤニヤしてますよね」
「なにがおかしいんですか」

東雲
べつに

(あ、ヤバ···)
(たぶん、またニヤついてる···)

あまり認めたくないことだけど···
彼女よりもオレの方が、絶対独占欲が強い。
そのせいで、ヤキモチを妬く回数もオレの方が圧倒的に多いのだ。
だからこそ···

(悪くないじゃん)
(たまには妬かれるのも)

頬をつつくと「なにするんですか!」と睨まれた。
それを見て、また「悪くない」なんて内心ほくそ笑んだりして···
後から思えば、ずいぶん呑気なものだったのだ。
だって、このあとオレの状況は一変するのだから。



【警視庁】

週明け、月曜日。
オレは警視庁の生活安全部から呼び出しをくらうことになった。

捜査員
「こんなことでお忙しい公安サンに来てもらうのも何なんですけどね」
「どうも、先日の『コチ電業』の捜査が腑に落ちなくてねぇ」

ネチネチと前置きの長いベテラン捜査員の話によると···
例のサイバー攻撃の黒幕がどうも「コチ電業」らしいことが判明した。
その証拠が、被害企業3社のうち2社から出てきた。

捜査員
「ところが『コチ電業』だけはそうした形跡がなくてですね」

東雲
···それがなにか?

捜査員
「いやぁ、うちの部下の話だと···」
「あなた、うちの捜査に口出ししてきたそうじゃないですか」
「その際、ちょっと証拠データをいじった···なんてね」

(···なるほど、そういうこと)

東雲
つまりオレを疑ってるわけですね

捜査員
「そんな、滅相もありませんよ」
「ただ、こういう言い方をするのも何ですが···」
「公安サン、こういうの得意じゃないですか」

東雲
いやだなぁ、誤解ですよ
いくらうちでも、そんなことしたら怒られますって

過去の所業を棚に上げて、ひとまずしれっと答えてみる。
けれども、ベテラン捜査員も笑顔を崩さない。

捜査員
「じゃあ、身内としてはどうですか?」
「東雲さんのご両親、『コチ電業』の経営者でしたよね?」
「もしかしてご両親に頼まれたとか···」

東雲
父も母もそんな人間じゃありませんよ
と、身内のオレが言っても信じてもらえるかわかりませんが

捜査員
「そうなんですよ。こちらとしても疑いたくはないんですけどねぇ」
「···で?実際はどうなんですか?」

東雲
しつこいですね
オレはなにもしていません

この非生産的な問答が、困ったことに1日以上も続き···

翌日の昼過ぎ···

難波
どうも。東雲の上司の難波です

捜査員
「ああ、これはこれは···どうされましたか?」

難波
そろそろ、うちの部下を引き取ろうと思いまして
うちも今は人手不足でして

捜査員
「そうですか。ですが、こちらとしてはもう少し···」

難波
引き止めても無駄ですよ
そちらの上層部には、すでに話を通しましたので
それじゃあ

捜査員
「······」

【廊下】

難波
おつかれさん

東雲
まったくですよ
ほんと、あいつらしつこくて疲れました···
証拠隠蔽なんてしてないって言ってるのに

難波
でもお前、前科があるからなぁ

さらっと言われて言葉に詰まる。
うちの上司は、普段はゆるゆるなくせにときどき妙に手厳しい。

難波
で、お疲れのとこ悪いんだけどな
お前にはもうしばらく警視庁に通ってほしいんだ

東雲
どうしてですか?

難波
それが、まぁいろいろあってな
今度は公安部が、お前の話を聞きたいそうだ

東雲
!?

難波
ま、よろしく頼んだ

どうやら室長は、オレを助けに来てくれたわけじゃなかったらしい。


【食堂】

そんなわけで、その日の夕方···

(ほんと、サイアク···)

ようやく休憩をもらえたオレは、食堂で素うどんをすすっていた。
とてもじゃないけど、がっつり食事をする気にはなれなかったのだ。

(なんで、こんなことに···)
(いい加減、本来の職務に戻りたいんだけど···)

黒澤
あれー、歩さんじゃないですか
めずらしいですね、こっちに来てるなんて
なにか新しい事件でも?

東雲
べつに。透には関係ない

黒澤
うわーご機嫌ナナメですねー
あ、オレのエビフライ、1本食べますか?

東雲
···いらない

エビフライ、と聞いたとたん、なんだか妙にうちの彼女が恋しくなった。

(そういえば、先週の金曜日以来会ってなかったっけ)

たかだか4日くらいで、と普段ならそう思っただろう。
けれども、この2日間のもろもろで正直オレは疲れ切っていた。
だから、ついこぼしてしまったのだ。

東雲
ブラックタイガー···

黒澤
はい?

東雲
ブラックタイガー···食べたい···

【東雲 マンション】

その2日後。
ブラックタイガー···
いや、ブラックタイガー予備軍を手に、彼女がうちにやって来た。

(なんで、よりによって今日来るかな···)

この日は、公安部の連中と揉めたばかりだった。
慣れないやりとりが続いていて、疲れもピークに来ていた。

(スーツ···着替えなくちゃ)

そう思うのに、一度ソファに座ってしまったせいか、身体が動かない。
キッチンからは、彼女の調子はずれな鼻歌が聞こえてくる。

(···ま、いっか)
(ブラックタイガーも、すぐには出来上がらないだろうし···)

「少しだけ」と言い訳して、オレはそのまま目を閉じた。
これも、あとから思えば大失敗だったのだ。

夢とうつつの狭間で、彼女が声をかけてきたのは覚えている。
うっすらと目を開けると、すぐそばに彼女がいて···
彼女独特の甘い香りと、揚げ物のにおいが鼻を掠めて···

(おいしそう···)

自分に課したはずのことをすべて忘れて、オレは彼女に手を伸ばした。

(やば···これ···)
(絶対止まんない···)

理性が効かないって恐ろしい。
柔らかな身体を抱え込んで、本能に任せて貪るようにあれやこれやして···

目が覚めたとき、背中を冷や汗が流れた。
だって、腕の中に、いるはずのない彼女がいたのだ。

東雲
···
······
·········

(やってない···よな)
(たぶん、そこまではしていない···はず···)

東雲
······

(···大丈夫、していない)

ものすごい自己嫌悪の中で、オレはようやく息をついた。
あんな宣言をした手前「寝惚けてやらかしました」なんてシャレにならない。

(ったく···)

当の彼女は、未だくーくー寝息を立てている。
オレの気も知らないで、平和なものだ。

(教え子じゃなければよかったのに···)

そう思ったことは、これまでに何度もあった。
その一方で、教官として楽しみにしている部分もあった。
この子がどんな公安刑事になるのか。
どんなふうに成長していくのか。

東雲
ほんと、ちゃんと卒業してよ···

彼女の汗ばんだ額に、前髪が張り付いている。
それを指先で払うのが、理性を取り戻したオレにできる精一杯だった。
そう、オレは自分でも思っていた以上に期待していたんだ。
いずれ、公安刑事となるはずの彼女に。
だから、目を覚ました後の彼女の言動に、かなりキツイ言葉を返した。
それは「恋人」としてだけでない···
「教官」としても、言わなければいけないことだったからだ。

(それが、まさか教官じゃなくなるなんてね)

彼女が混乱する気持ちもわからなくはない。
でも、オレだってまさかこんなことになるとは思わなかったのだ。

(たった一晩で、状況が変わるとか···)

プルル···

スマホに手を伸ばしてタップする。
今日5通目のメールは、これまでとは少し違うものだった。

······『理由、話せないですか?』

プルル···

(あ、6通目···)

······『話せないなら、そう言って欲しいです』

(···さて、どうしようか)

1時間前と同じことを思いながら、オレはベッドに横たわった。
どうするのが一番正しいのか、オレ自身もまだ答えを出しかねていた。

to be contineud



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