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あの夜をもう一度 加賀1話



【教官室】

無事に公安学校を卒業できた私は、春休みを満喫していた。

(数日とはいえ、休みがあるのは嬉しい···!)
(これまで過酷すぎる2年間だったから、少しくらいはのんびりしても···)

加賀
おい、まだか

ドスのきいた声が後ろから聞こえてきて、一瞬にして儚い夢が終わりを告げる。
恐る恐る振り返ると、加賀さんが山のようなファイルを持って、足で教官室のドアを開けていた。

加賀
テメェが鈍くせぇから、俺が行かなきゃならなかただろうが

サトコ
「す、すみません···今ようやく終わったところで」

加賀
だったら、次はこれだ

加賀さんが持ってきたファイルが、空いているデスクにドサドサッと積み上がる。
その様子を眺めながら、つい数日前の卒業式のことを思い出していた。

(人生最後の春休み!って喜んでたら、それを聞いた加賀さんに)
(『クズに休みなんざねぇ』って言われて···)

サトコ
「そして今に至る···」

加賀
あ゛?

サトコ
「なんでもございません···」

結局、春休みはほぼ毎日、加賀さんに雑用を押し付けられるハメになってしまった。
この間卒業したはずなのに、結局今までとあまり変わらない生活をしている。

(まぁ、加賀さんは普通に仕事があるもんね)
(雑用とはいえ、加賀さんと一緒にいられるし)
(それに刑事として配属されたらもっと厳しいだろうし)

サトコ
「あれ?加賀さん、このファイルの順番って、これでいいんですか?」

振り返ると、加賀さんが携帯を取り出して渋い顔をしているところだった。

サトコ
「仕事の電話ですか?」

加賀
ああ···

めんどくさそうに舌打ちしながら、加賀さんが教官室を出ていく。
質問しそびれたことに気付いて困っていると、教官室のドアが開いて教官たちが入ってきた。

黒澤
はあー、訓練生たちは春休みなのに、なんでオレたちは働いているんですかね?

後藤
お前はそろそろ自分の巣に戻れ

黒澤
安心してください、オレの心のマイホームはいつだって後藤さんの隣ですよ★

東雲
ウザ···

石神
そもそも、黒澤はここに来る必要はないだろう

颯馬
春休みくらいは、黒澤の暑苦しさから解放されると思ったんですけどね

黒澤
周介さあああん!そんないい笑顔でひどいこと言わないでください!

サトコ
「······」

ドアが開くなり挨拶をする暇もなく話し始める教官たちに、ファイルを手にしたまま立ち尽くす。
ようやく私を見つけた教官···主に黒澤さんが、キラッキラの笑顔を見せた。

黒澤
サトコさんじゃないですか~!いつの間に?

サトコ
「いえ、だいぶ前からいたんですけど、声をかけるタイミングを逃して」

黒澤
おや?まさかおひとりじゃないですよね?
愛しのカレはどこですか?

サトコ
「!!!?」

バサバサッと、持っていたファイルを落としてしまう。
気遣わしげな表情で、颯馬教官がファイルを拾ってくれた。

颯馬
大丈夫ですか?黒澤がうるさいでしょう

サトコ
「す、すみません···でも黒澤さんがアレなのは、今に始まったことじゃないので···」

東雲
キミの鈍くささも、今に始まったことじゃないけどね

サトコ
「うっ···それはさっき、加賀教官にも同じことを言われ···」

黒澤
加賀さん!?ってことは、加賀さんも一緒なんですね!?

(しまった···口が滑った!)

黒澤
どこですか?愛しのカレはどこですか?
ついこの間オレたちに、サトコさんのことを『自分の女』発言したあの人は今!?

石神
水を得た魚だな

東雲
うるさい···

黒澤
だって気になるじゃないですか~!
オレ、この間からこの話がしたくてしたくて!
普段、なんて呼んでるんですか?『加賀さん』?『兵吾さん』?『兵ちゃん』?

サトコ
「ちょ、あの、待っ···」

戸惑う私の前で、後藤教官の拳が振り下ろされる。
見事に餌食になった黒澤さんが、頭を押さえてうずくまった。

黒澤
後藤さんの愛、強すぎます···!

後藤
うるさい

サトコ
「ご、後藤教官···ありがとうございます」

東雲
この状況でお礼を言うって、キミ、兵吾さんのサドがうつったんじゃない?

黒澤
そうですよねぇ!ずっと一緒にいれば、そりゃねえ!

颯馬
もう復活しましたね

後藤
もう一発いっときますか

黒澤
待って!これ以上やられると脳細胞が死にますから!

石神
もう手遅れだろう

サトコ
「あの···私、整理が済んだ資料を運ばないといけないので!」
「し、失礼します!」

居たたまれず、ファイルを大量に抱えて逃げるように教官室をあとにした。



【廊下】

教官室を出ると、資料室へと向かう。

(それにしても、さっきはびっくりした···まさかあんなに冷やかされるなんて)
(でも···恥ずかしいけど、堂々と加賀さんのことを言えるのは嬉しいかも)

サトコ
「って、浮かれてる場合じゃない···加賀さんの彼女として、もっとしっかりしなきゃ」
「恋愛にかまけて仕事がおろそかになってる、なんて言われないようにしないと」

重いファイルを運びながら、ようやく資料室の近くまでたどり着く。
でもファイルが重すぎて、不意にバランスを崩した。

(まずい···!大事な資料が!)

なんとか踏みとどまろうとしながらも、キツく目を閉じる。
でもなぜかファイルは崩れず、私の身体も倒れることはなかった。

サトコ
「···え?」

千葉
「大丈夫か?相変わらず危なっかしいな、氷川」

サトコ
「千葉さん!」

すぐ目の前に、千葉さんの顔が迫っている。
どうやら片方の手で私を、もう片方の手で資料のファイルを支えてくれたらしい。

サトコ
「ごめんね、ありがとう。千葉さん、卒業式以来だね」

千葉
「春休みまで、加賀教官の手伝い?」

サトコ
「うん、主に雑用···」

千葉
「オレも似たようなもんだけどな」

サトコ
「もしかして、担当教官の手伝い?」

千葉
「うん、もう引っ越しも済んだし、やることないからさ」
「氷川らしいけど、さすがにこんな大量のファイルをひとりで運ぶのは無理だって」

サトコ
「うん、ちょっと無理だったかなって後悔してる···」

(でも、とにかく教官室から逃げてくるのに必死で、あまり考えてなかったんだよね···)

千葉
「氷川は女の子なんだから、そんなに無理するなよ」

サトコ
「女の子···」

久しぶりに言われた言葉に、少し感動してしまった。

(この2年間、加賀さんに “女の子” 扱いされたことがあっただろうか···いや、ない···)
(今まで言われてきた言葉はクズ、カス、ゴミ、駄犬、駒、グズ、ノロマ···)

サトコ
「思い出せば思い出すほどひどい···」

千葉
「それで···氷川、そろそろ···」

サトコ
「え?」

照れたような千葉さんの声に、不思議に思って顔を上げる。
支えられるまま、千葉さんに寄りかかっている自分がいた。

サトコ
「あっ、ごめん!」

千葉
「いや···」

急いで飛びのいた私の慌てぶりに、千葉さんが苦笑いした。

千葉
「こんなところ見られたら、加賀教官に怒られるぞ」

サトコ
「そ、そうだよね『油売ってんじゃねぇ、クズが』とか」
「『そんなに休みねぇなら、永遠の眠りにつかせてやろうか』とか···」

千葉
「そこまで言われるのか···」
「···オレはあのままでもよかったけど」

サトコ
「···え?」

千葉
「···なんてな」

一瞬、真剣な表情になった千葉さんだけど、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。

千葉
「これ、資料室に運べばいい?」

サトコ
「あ···う、うん」

私の手からファイルを全部持っていくと、千葉さんが先に立って歩き出す。
一瞬見せられた表情に驚きながらも、お礼を言ってその背中を追いかけた。



【教官室】

千葉さんに手伝ってもらい、無事に資料を戻すことができた。
教官室にはすでに教官たちの姿はなく、ひとりで加賀さんが戻ってくるのを待つ。

(そういえばこの資料の順番、さっき加賀さんに聞きそびれたな)
(加賀さんが帰ってきたら、これを終わらせて···)

ガラッと乱暴にドアが開き、加賀さんが資料室に入ってきた。
でも見るからに険しい表情で、えらくご機嫌が悪いのが窺える。

(あ···まずい)
(今すぐ逃げろと、私の勘が告げている···!)

慌てて立ち上がり、持っていた資料をチラリと加賀さんに見せた。

サトコ
「えーっと私、この資料のことを調べてくるのを忘れてま···」

加賀
待ちやがれ

サトコ
「したっ!?」

話している途中で、後ろから首根っこを掴まれた。

サトコ
「く、苦しっ···加賀さん!首!締まってますから!」

加賀
それがどうした

サトコ
「死んじゃいます!」

加賀
これで死ぬくらいなら、どのみち殉職だ
それが嫌なら、このくらいでガタガタ言うな

サトコ
「なんたる暴論···!」

加賀
それより···

猫のように首を掴まれたまま、ぐいっと加賀さんのほうへ引き寄せられる。
縮こまる私に、加賀さんが睨みをきかせた。

加賀
俺から逃げられると思ってんのか

サトコ
「お、思ってませんけど···まだ仕事が終わってなくて」
「あの、この資料の順番が···」

加賀
黙れ

私からファイルを取り上げると、加賀さんが自分のデスクへと放り投げる。
そのまま引きずられるように連行され、教官室を後にした。


【寮監室】

寮監室に連れて行かれると、ベッドに投げ出された。
不穏な空気に、咄嗟に逃げようと試みる。

加賀
甘ぇ

腕を掴まれ、少し強引に引き寄せられた。
背中を向けたまま私の後ろから抱きしめて、加賀さんが耳元に唇をを寄せる。

加賀
逃げるってことは、やましいことでもあんのか

サトコ
「やましいこと···?」

加賀
······
···チッ

(なぜ舌打ち···!?)

戸惑っている間に、後ろから伸びてきた加賀さんの手にブラウスのボタンを外される。
ボタンがすべて外れる前に下着の中へとその手が滑りこんできて、
すぐに弱いところを探り当てられた。

サトコ
「んっ···加賀さ···」
「な、なんか、怒ってます···!?」

加賀
テメェの胸に聞いてみろ

(私、なにもしてないよね···!?)
(もしかして、最後のあのファイルで手間取ってたから···!?)

苛立ちをぶつけるように、加賀さんが私の肌を攻める。
いつものように焦らされることなく、すぐに熱を奥へと注ぎこまれた。

(強引だし、何も言ってくれないけど···でも)
(ちゃんと私の身体のことは考えて、優しくてくれてる···)

それが嬉しくて、加賀さんのどんな感情でも受け止めたいと思ってしまう、現金な私だった。


【教官室】

翌日、またもや休日だというのに加賀さんの命令で学校に来ることになってしまった。

(まあ、昨日のあの資料、途中だったしな···)
(昨日、あのあと加賀さんの部屋に泊まって、今日は結局一緒に来たし)

さすがにまだ資料整理が終わっていないのに、加賀さんひとりを送り出すわけにはいかない。
春休み中で閑散としている学校の教官室で、ふたり黙々と仕事をする。

サトコ
「···終わった!」

加賀
遅ぇ

サトコ
「すみません···やっぱりこれ、時系列になってなかったんですね」
「最初に見た時におかしいと思ったんですけど···あ、加賀さん、ひと休みしますか?」

加賀
ああ

サトコ
「じゃあ私、冷蔵庫から生チョコ大福持ってきますね。美味しいって評判なんですよ」

難波
お~いいな。おっさんにも分けてくれ

突然の声に振り返ると、いつの間にか室長がドアのところに立っていた。

サトコ
「おつかれさまです。室長もお仕事ですか?」

難波
ああ。訓練生は春休みだってのになぁ

サトコ
「じゃあ、今お茶淹れますね」

(ちょっとビックリした···室長、気配消すのうまいんだよね)

3人分のお茶と大福を取りに、給湯室へ向かう。
私と入れ替わりで教官室に入った室長は、まっすぐ加賀さんのもとへ向かった。

難波
この前の話だがな。やっぱりお前にやってもらうのが一番手っ取り早い

加賀
···そうですか

難波
女が動いた今が、狙い時だ
あの女と寝て、情報を取ってこい

(···え?)

難波
いいな

加賀
······
···わかりました

あまりにも突然もたらされた言葉に、背筋が凍りつく。
お茶を淹れるのも忘れて、淡々と返事をする加賀さんを見つめていた―――

to be continued



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