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出会い編 後藤5話



【モニタールーム】

成田
「報告は以上か?」

訓練中の映像の一部がモニターで上映された。
初めての街中での尾行演習。
後藤教官と常任の成田教官の合同演習で、
ターゲット側と尾行する捜査員の班に分かれて演習は行われた。
しかし、私が訓練から離脱したことにより、訓練は中止となった。

成田
「またお前か···」
「演習中にひったくり犯を捕まえるとは、どういうつもりだ」

サトコ
「申し訳ありません。私の目の前でバッグがひったくられたので···」
「反射的に身体が動いてしまいました」

ターゲット側のメンバーを尾行している途中で起きた街中の演習ならではのハプニング。
尾行途中で窃盗犯に出くわし、私は犯人の男を捕まえた。

成田
「氷川の班は全員失格だ。罰として通常の倍のレポートを提出するように」

サトコ
「勝手な行動したのは私だけです!班の皆は···」

成田
「捜査と言うのはチームで行うものだ」
「これが実際の捜査であれば」
「実質公安警察一丸となって追っていた最重要犯人を取り逃がす大失態となる」

サトコ
「はい···申し訳ありません···」

成田
「お前は公安刑事に向いていない。さっさと辞めてしまえ。女など尚更だ!」

サトコ
「······」

厳しい叱責に私は口を引き結ぶ。

(公安の刑事としては、あの窃盗犯は見逃すべきだったんだろう)
(でも、私は人を助けたくて誰かの力になりたくて刑事を目指してる)
(私の取った行動は間違ってた···?)

男性同期A
「氷川のせいで失格なんて···」

男性同期B
「あんなコソ泥は所轄に任せればよかったんだ。近くに交番だってあったんだし」

男性同期C
「優秀な後藤教官の補佐なのに、ほんと使えない」

班の皆の声が聞こえてきて、肩を小さくする。

サトコ
「迷惑をかけてしまって、すみません」

男性同期A
「···向いてないと思うなら、早く諦めた方が氷川のためだと思うけど」

サトコ
「······」

班員に頭を下げて離れようと顔を上げると、別の班を見ていた後藤教官と目が合った。

後藤
······

後藤教官は難しい顔をしたまま、しばらくこちらを見つめて視線を戻す。

(後藤教官も呆れてるよね)

警察官として、何が正しいのかがわからなくなってくる。

鳴子
「サトコ。サトコがしたこと、私は間違ってないと思うよ」

千葉
「オレも。目の前でひったくりがあったら、オレだって追っかけてたと思う」
「今は公安学校の生徒だけど、現役の警察官であることに変わりはないんだからな」

サトコ
「鳴子···千葉さん、ありがとう。でも、公安の刑事としては失格だよね」

鳴子
「成田教官はああ言ったけど、他の教官なら違う意見も出てくるかもよ」

サトコ
「そうなのかな···」

千葉
「公安課って言ったって、皆割り切った人ばっかりじゃないだろ?」
「っていうか、そういう人ばっかじゃないって思いたいけどな」

サトコ
「うん···」

演習が終わって、鳴子と千葉さんと一緒にモニタールームを出る。

(後藤教官なら、なんて言うのかな···)

聞きたくても、後藤教官の背中は遠くて。
気持ちは晴れないままその日の訓練は終わった。



【グラウンド】

その日の夜。
学校のグラウンドを使って自主練をしていると携帯が鳴った。

(この市街番号···地元からだ)

サトコ
「はい」

長野の上司
『俺だ。富岡だ』

サトコ
「富岡部長!お久しぶりです!」

電話を掛けてきたのは長野県警にいた時の上司で、
私を公安学校に推薦してくれた富岡部長だった。

サトコ
「どうしたんですか?急に電話かけてくるなんて···」

富岡部長
『なに、元気にしてるかと思って心配になっただけだ。東京の警察は大変か?』

サトコ
「···はい。人も多いですし、起きる事件も全然違って···戸惑うことばかりです」

自然と話すイントネーションが田舎のものに変わり、どこかホッとしているのを感じる。

富岡部長
『二丁目のばあちゃんも寂しがってたぞ~』

サトコ
「本当ですか?寮に入ってから、なかなか連絡もできなかったから···」

富岡部長
『便りがないのは元気の証って言ってたけどな。たまには声聞かしてやれや』

サトコ
「明日にも電話してみます」

富岡部長
『仕送りと差し入れ、ばあちゃんから預かったから今日送っておいたからな』
『その連絡もあって、電話してみたんだ』

サトコ
「すみません。ありがとうございます」

富岡部長
『その学校に荷物を送れるのは警察関係者だけだっていうからなぁ』
『ばあちゃんに納得してもらうのが大変だったぞ』

サトコ
「あの、そのことで気になってることがあるんですけど···」

富岡部長
『なんだ?』

サトコ
「この学校にはキャリア組しか入校資格がなかったっていう話なんです」
「それなのに、どうして私が入れたんでしょうか?しかも書類審査で首席って言われて···」

富岡部長
『首席か!やったな、氷川。盛りに盛った上申書を送った甲斐があった!』

サトコ
「じょ、上申書を盛った!?」

(しかも盛りに盛ったって···)

サトコ
「な、なんて書いたんですか!?」

富岡部長
『まあ、細かいことはいいじゃないか。入学してしまえば、こっちのものだ』
『我らが氷川の刑事にかける心意気は、キャリアの誰にも負けていない!』
『その熱い魂があれば、問題ナシだ!』

サトコ
「······」

(問題大アリだよ···)

富岡部長
『それじゃ、明日には荷物着くと思うから』

サトコ
「はい···」

富岡部長
『ツラくなったら、いつでも帰ってくればいい。出来るところまで頑張れや』

富岡部長からの電話を切って、私は大きく溜息をつく。

(おかしいとは思ってたけど···やっぱり偽った経歴で入学してたんだ···)

サトコ
「···私がここにいる資格、本当はないんだ」

石神教官たちの言葉を思い返せば、教官たちも薄々気づいているような口ぶりだった。

(刑事への夢は捨てきれないけど···上申書を偽ったこと、教官たちに話さなきゃ)
(退学させられるかもしれないけど、嘘をついて進んだ道じゃ胸張って歩けない)


【裏庭】

結局、富岡部長からの電話のあとは集中できずにトレーニングを切り上げることにした。

(教官たちに話すって言っても、どのタイミングで誰に話せばいいんだろう···)
(石神教官?それとも補佐官をやってるから後藤教官の方がいいのかな)

考えがまとまらずに、寮に帰る途中の裏庭のベンチに座り込む。

サトコ
「もう、何も言わずに荷物をまとめて長野に帰るとか···」

逃げ出すような考えが浮かんで、私は激しく首を振る。

(ダメダメ!自分のしたことの責任を取らずに逃げるなんて!)

頬を両手で叩こうとした時···頬にピタッと冷たいものが押し付けられた。

サトコ
「きゃっ!」

後藤
···悪い

サトコ
「後藤教官!?」

振り返ると、そこには缶コーヒーを2本持った後藤教官が立っていた。
教官らしくない行動のような気がしたけれど、なんだかそれが嬉しい。

後藤
飲めるか?

サトコ
「はい···ありがとうございます···」

受け取ったコーヒーには “濃厚ミルクコーヒー” と書かれている。

(甘めのコーヒー···後藤教官が持っているのはブラック缶だけど···)
(これ···私のために買ってきてくれたの···?)

後藤教官はコーヒーを開けながら、私の隣に腰を下ろす。

後藤
こんな遅くまで起きていて、朝起きられるのか?

サトコ
「早起きは得意な方なので···後藤教官は、こんな時間までお仕事ですか?」

後藤
今日は俺が宿直だからな。たまっていた教官業務をこなしていたら、こんな時間になった

サトコ
「私に手伝えることがあったら···」

そこまで言いかけて口をつぐむ。

(嘘をついて入ったんだから、本当は後藤教官の専任補佐官になる資格だってないんだ···)

後藤
どうした

<選択してください>

 A:言わなければいけないことが··· 

サトコ
「言わなければいけないことがあって···」

後藤
俺にか?

サトコ
「誰に話せばいいのか迷ったんですけど···後藤教官、聞いてもらえますか?」

後藤
ああ、俺でよければ構わないが

 B:何でもありません 

サトコ
「何でもありません···」

後藤
そうか

(でも今話さなかったら、なかなか話せないかもしれない···)
(ここで裏口入学だったことを後藤教官に話そう)

 C:裏口入学って、どう思いますか? 

サトコ
「裏口入学って、どう思いますか?」

後藤
感心はしないな

サトコ
「···そうですよね」

(やっぱり隠したままにはしておけない。きちんと話をしよう)

サトコ
「私······っ」

こちらを向いた後藤教官に、意を決して嘘の上申書での入校だったことを告白する。

サトコ
「ここにいる資格、本当はないんです。すぐに退学になるんでしょうか···?」

後藤
······

サトコ
「······」

何も言わない教官に俯く。

(幻滅するよね···私が教官と同じ立場でも···)

後藤
···知っていた

サトコ
「え···?」

驚く様子もなく、短く答えた後藤教官に私は目を丸くする。

後藤
氷川の上申書に嘘が書かれているというのは知っていた
長野県警の交番勤務から、いきなり警察庁に移れるわけがないからな
俺だけじゃない。氷川の願書を見た教官たちは、ほぼ全員気付いてると思う

サトコ
「そう···ですよね···」

(そんなあからさまな経歴詐称、気付かれて当たり前か)

サトコ
「でも···それならどうして、私は入校を許可されたんでしょうか?」

後藤
···俺も詳しいことは知らないが、この学校の入校者は公安課の上層部で決めたそうだ
入学者の選定に石神さんは関わってると思うが···
入校させてもいいと思ったから、入れたんだろう

サトコ
「嘘をついて入ろうとした者に、罰を与えるためにわざと入学を許可したとか···?」

後藤
加賀さんあたりならやりそうだけどな

後藤教官はふっと笑って、私の缶コーヒーを指差す。

後藤
飲まないのか?

サトコ
「いえ!いただきます!」

一息に話して喉が渇いたこともあり、一気にコーヒーを飲むと甘さが身体に染み渡る。

サトコ
「はぁ···」

後藤
氷川、大事なのは何を成すか···だ
過程は関係ない

サトコ
「後藤教官···」

後藤教官の静かな声が耳に流れ込んでくる。
教官は少し遠くに視線を投げ、真剣な顔で続けた。

後藤
この学校への入学が正規のものでなかったとしても
卒業までに公安の捜査員として必要な能力を身につければいい
当然、正規で入ってきた者より努力が必要だろうが···
その努力を重ねたうえで卒業できたなら立派なもんだ

講義の時以外に初めて聞く饒舌さだったかもしれない。
それだけに胸に響いて熱いものが込み上げてくる。

サトコ
「···っ」

(ダメ、泣いたりしたら···っ。私なんかが泣いていい立場じゃない···)

後藤
氷川···

堪えきれない涙が一筋流れてしまう。

<選択してください>

 A:ごめんなさいっ 

サトコ
「ごめんなさいっ」

後藤
俺はここにいない方がいいか?

サトコ
「い、いえ!大丈夫です!」

 B:これは鼻水です! 

サトコ
「こ、これは鼻水です!」

後藤
···そうか

サトコ
「季節外れの花粉症だと思うんです」

 C:目にゴミが··· 

サトコ
「目にゴミが入っちゃったみたいで···」

後藤
···大丈夫か?

サトコ
「はい、もう平気です」

後藤
···よかったら使え

後藤教官がポケットから取り出したのはクシャクシャのハンカチ。
それを私に差し出す。

サトコ
「教官···」

後藤
···洗濯はしてある。引き出しに丸めてたヤツとは違うものだから安心しろ

サトコ
「ふふ···お借りします」

後藤教官のハンカチを目に当てると、ますます泣けてきてしまいそうだったけれど。
私が泣くのを堪えて落ち着くまで、後藤教官は何も言わずにいてくれた。

後藤
刑事になりたいんだろ?

サトコ
「···はいっ」

後藤
今日の街中での演習···お前がしたことは間違っていないと俺は思う

サトコ
「え···」

後藤
実際の捜査中だったら
抱えている事件と目の前で起きている事件を天秤にかけることはあるかもしれないが···
だが、それは必ずしも目の前の事件を捨てるという選択ではない

サトコ
「はい」

後藤
まして、今日はただの訓練だったんだ
訓練の成果や自分の成績を気にする前に、人を助けるのが警察官だ

サトコ
「よかった···」

後藤教官の言葉に安堵で身体の力が抜ける。

後藤
どうした?

サトコ
「後藤教官にも呆れられてると思ったから···」

後藤
教官といえど、皆ひとりの警察官だ。意見もそれぞれあると思う
氷川が何を指針としていくのかは自由だが···こういう意見もあると思っていてくれ

サトコ
「ありがとうございます!後藤教官の今の言葉で救われました」

後藤
そんな大したものじゃない
···俺はそろそろ仕事に戻る
氷川も寝ろ。明日、寝坊するぞ

サトコ
「はい、もうこんな時間なんですね」

遠くに見える校舎の時計は0時を指そうとしている。

後藤教官が去り際、私の頭にポンッと手を置いた。

後藤
自主練もほどほどにな

サトコ
「え···」

いつもより優しい後藤教官の声が耳に流れ込んでくる。

(私が自主練してたこと···知ってたの?)

そう言って、後藤教官は校舎へ戻って行った。
顔は見えなくても、残された温もりに胸が熱くなる。

(後藤教官······)

私は後藤教官から借りたハンカチに顔を伏せた。

(頑張ってることを見ててくれる人がいる)
(頑張ってもいいって言ってくれる人がいる)

入学は正規のものじゃないけれど。
後藤教官の言葉を借りるなら、大事なのは何を成すか······

(刑事になる夢を諦めたくない!)

後藤教官のおかげで、刑事の夢を追いかけようと、改めて決意を固めることができた。

to be continued



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