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カレが妬くと大変なことになりまs(略:石神2話



【パーティー会場】

石神
これで一通りは回ったか

サトコ
「こういう仕事もあるんですね···現場だけじゃなくて」

石神
立場にもよるが···上を目指すなら、必要なことだ

どこか割り切った顔を見せる秀樹さんの横顔には、さらに上を目指すという決意が見て取れる。

(現場だけじゃ、やれることに限界があるのは分かってる)
(上からしかできないことを成すために、秀樹さんは頑張ってる···)

それは尊敬すべき姿でもあり、同時に自分には到底届かない憧れの姿でもあった。

(少しでも、この背中に追いつきたい)

そんなことを思いながら背を見つめていると、秀樹さんは会場の隅で立ち止まった。

石神
そこのイスで少し休んでいろ

壁際にある休憩用のスツールを秀樹さんは目で指す。

サトコ
「石神さんは?」

石神
俺はもうひと周りしてくる。話が長くなる相手は後回しにしていたからな

サトコ
「だったら、私もお付き合いします。同伴者ですし···」

石神
大方の挨拶は済ませた。ひとりでも問題ない
少し、その足を休めろ

(あ···靴擦れができかけてるの、気付かれて···)

石神
履き慣れないものを履かせて悪かった

サトコ
「いえ!私の方こそ···私の踵の皮膚がもっと厚ければ···!」

石神
何だ、その言い方は

苦笑する秀樹さんからは素の彼が感じられて、私の胸も温かくなる。

石神
向こうには料理もある。腹ごしらえしておけ

サトコ
「ありがとうございます」

厚意に甘えてスツールに座ると、どっと疲れが出た。
足先までジンジンと熱くなって、いかに酷使していたかを気付かされる。

(ヒールで歩くのにも慣れないとな)
(いつか、秀樹さんの正式な同伴者になりたいし···)

今は『元教え子』。
だけれど、それをいつの日か脱却したい···秀樹さんもそれを視野に入れてくれているなら、尚更。

(頑張る為には、腹ごしらえ!)

せっかくなので、ご馳走になろうと料理のテーブルを見ると···

後藤
ひとりか?

サトコ
「後藤さん!はい、今、石神さんは挨拶回りに行っていて···」

後藤さんが来たので、スツールから降りた時だった。
ちょうど歩いてきたウェイターとぶつかってしまった。

サトコ
「あ!すみませ···っ」

謝ると同時に、パシャっと冷たい感触が肌に触れる。

(これ、カクテル!?)

ウェイター
「申し訳ございません!ドレスにシミが···!」

サトコ
「いえ、私が急に立ったからで!」

(でも、このシミ、どうしよう!)

後藤
大丈夫か?

後藤さんがサッと上着を脱いで、シミを隠すように肩から掛けてくれた。

サトコ
「グラスは割れなかったんですが、ドレスが···」

ウェイター
「すぐに部屋を手配いたします。そちらで···」

サトコ
「あ、支度用に用意していただいた部屋があるので、大丈夫です」
「急いで落とせばシミにならないかもしれないし、部屋に戻ります」

ウェイター
「何か必要なものがございましたら、いつでもお申し付けください!」

後藤
石神さんは···まだ戻ってこなさそうだな。俺が一緒に行こう

サトコ
「ひとりで平気ですよ」

後藤
アンタに何かあったら、石神さんに顔向けできない
隙あらばセクハラしようとする連中もいるから、油断するな

小声で付け加えられた言葉に、そういえばさっきも石神さんに助けられたと思い出す。

サトコ
「すみません。じゃあ、お願いします」

後藤
ああ

(石神さんへの連絡は···いいかな。まだお偉方に挨拶中みたいだし)

余計なことで煩わせない方がいいだろうと判断し、私は後藤さんと会場を出た。

すぐに処置したおかげで、だいぶドレスのシミは薄くなった。

サトコ
「これなら、クリーニングでシミ抜きしてもらえば大丈夫かも···」

後藤
良かったな

サトコ
「はい。後藤さんにもお世話を掛けました」
「あと、上着もありがとうございました」

後藤
そのまま使え

サトコ
「え、でも···」

後藤
薄くなったとはいえ、濡れた場所は目立つだろう

サトコ
「だけど、後藤さんは上着なしで大丈夫なんですか?」

後藤
俺はもう会場に戻るつもりはない

サトコ
「わかりました。じゃあ、お言葉に甘えて···」
「何だか、いろいろ助けてもらってばかりで、すみません」

後藤
気にするな。あの会場で突っ立ってるより、よっぽどいい
じゃあ、また週明けな

サトコ
「本当にありがとうございました!」

先に部屋を出る後藤さんに頭を下げ、私は借りた上着を着る。

(そろそろ戻らないと、秀樹さんが探してるかも!)

急いで会場に戻ろうと、客室のドアを開けて一歩を踏み出すと。
ドンッと何かにぶつかった。

(ん?)

石神
···何をしていた

サトコ
「秀樹さん!?」

秀樹さんの鋭い視線に見下ろされる。

(勝手にいなくなって、怒ってるのかも)

サトコ
「すみませんでした!ちょっとしたアクシデントがあって···」

石神
······

サトコ
「今、会場に戻ろうと思ってたところなんです。あ、それで、この格好なんですけど···」

石神
帰るぞ

サトコ
「え?」

秀樹さんの表情は硬いままで、声には有無を言わせない強さがあった。

サトコ
「わかりました···」

(ちゃんと説明しないといけないのに···)

秀樹さんの迫力に圧されて、言葉が上手く出てこない。

石神
······

がっと強く握られる手首。
手をつなぐ···というより、引っ張られる感じに胸が痛む。

(急にいなくなって、不都合なことがあったのかな)
(ちゃんと報告してから、会場を出ればよかった)

つないでもらえない手を見ながら、私はキュッと唇を噛んだ。
カツカツと硬質な靴音だけが響く。
秀樹さんは一度も振り返らない。

(歩きながらでも話はできる···今、話そう!)

サトコ
「あの···!」

石神
···今は何も言うな

サトコ
「!」

先を拒まれ、胸が引き絞られるように痛む。

(秀樹さんの手、冷たい···)

触れ合えば温もりを感じられるはずなのに、今は冷たさばかりが伝わってくる。
そしてしばらくすると手首が痺れたのか、
胸の痛みのせいかーー私はその冷たさも感じられなくなっていた。

【石神マンション】

誰にも会わずに船を降り、タクシーで秀樹さんの家へとやってきた。

(タクシーの車内でも、ずっと無言のまま···)
(何がそんなに秀樹さんを怒らせてしまったんだろう)

パーティーでの出来事を考えながら、秀樹さんの家の玄関に入る。
すると、すぐに玄関のドアに押さえつけられた。

サトコ
「秀樹さん···?」

石神
脱げ

サトコ
「え!?」

石神
いつまで他の男の匂いをさせているつもりだ

(他の男の匂いって···後藤さんの上着のこと?)

見上げれば、その鋭い視線は後藤さんの上着に突き刺さっているように見えた。

サトコ
「これのことなんですが···」

借りた上着を脱げば、露になるのはカクテルのシミ。

石神
これは···

サトコ
「すみません。せっかく秀樹さんに買ってもらったドレスなのに···」
「秀樹さんと別れてすぐに、ウェイターとぶつかってカクテルをこぼしてしまったんです」

石神
···後藤と一緒にいたのは?

サトコ
「ちょうど後藤さんが声をかけてくれた時で。上着でシミを隠してくれたんです」
「それで、客室まで送ってくれました。隙を見てセクハラする人もいるからって···」

石神
···そうだったのか

秀樹さんが口元を覆った。
眼鏡の向こう側が、めずらしく彷徨っている。

サトコ
「秀樹さん···?」

石神
···それなら、いい

サトコ
「それならって···」

(ん?この流れって···秀樹さんが何か勘違いしてた?)
(後藤さんの上着を睨んでたし···つまり、これは···)

サトコ
「もしかして、私と後藤さんの仲を···」

石神
···余計なことは言わなくていい

サトコ
「んっ···」

秀樹さんが眼鏡を外す。
玄関のドアに背中を押し付けられたまま、上からのキスが降ってきた。

石神
······

サトコ
「···っ」

(初めから、こんなキス···)

吐息ごと奪うような口づけに息が上がる。

サトコ
「後藤さんとの間に何かあったと思ったんですか?」

キスの合間に聞くと、すぐに唇を奪われる。

石神
···後藤が、あの部屋から出てきたのを見た

サトコ
「それだけで···」

石神
わかってる。このドレスを脱がすのは、俺だけの権利だ

サトコ
「わかってるのに···」

石神
それでも、時にはコントロールできなくなるのが··· “恋” なんだろう?
お前が俺に教えると言った···

サトコ
「は、い···っ」

次第に話す余裕もなくなってくる。
すると、突然身体がふわっと浮いた。

サトコ
「秀樹さん!?」

石神
つかまっていろ

サトコ
「え、あの、でも···私、明日、休日出勤なんですが···」

石神
そうか

サトコ
「そうかって···仕事があるときは帰るんじゃ···」

石神
ケースバイケースだ

彼らしくない答えには、深い愛情が透けるようで。

(秀樹さんがヤキモチを···)

妬いてくれたのだと思うと、何とも言えない甘酸っぱい気持ちが込み上げてくる。
心が凍るような痛みを覚えていただけあって、それが溶かされると温かさが胸に溢れてきて。
緩んだ頬を隠すように、その胸に顔を埋めた。

【警察庁】

週明け、出勤すると、前方に秀樹さんと後藤さんの姿が見えた。

石神
後藤、コーヒーでもどうだ

秀樹さんが後藤さんに渡しているのは、近くのカフェのドリップコーヒーだった。

後藤
いただきます。いくらでしたか?

石神
気にするな

秀樹さんはコーヒーを手渡すと、軽く後藤さんの肩を叩いた。

後藤
···何か、俺に言いたいことでもありますか?

石神
いや、特にないが?

後藤
なら、いいんですが···

二人の間に一瞬流れた微妙な空気。
そこには秀樹さんの的外れな嫉妬への謝罪があったなんて···
きっと後藤さんは気付かないことだろう。

Happy End

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