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本編① 津軽Happy End

······
·········

(私は···)

目を開けると、白い天井が見える。
鼻腔をくすぐる独特の匂いが、ここは病院だと教えていた。

サトコ
「研究所で···」

(津軽さんと研究所から脱出しようとして、麻酔ガスが···)
(津軽さん!津軽さんは!?)

はっと身体を起こすと、窓際に誰かいるのに気が付いた。

サトコ
「津軽さん!」

津軽
ふがっ

サトコ
「ふがって···」

(いびきかいてる?こんなキレイな顔の人でも、いびきかくんだ)
(寝てる津軽さんって、こんな···)

もっと近くで様子を見たくなり顔を寄せるとーー

津軽
起きたの?

サトコ
「うわっ!」

パチッと目が開いて長い睫毛が瞬いた。

サトコ
「津軽さんこそ!」

津軽
なにが?

サトコ
「さっきまで寝てましたよね?」

津軽
寝てないよ

サトコ
「だって、ふがって···」

津軽
君じゃないんだから、そんな間抜けな声出すわけないでしょ

サトコ
「···津軽さん、睡眠時無呼吸症候群の検査受けた方がいいですよ」

津軽
人のこと気にしてる場合?君はどうなの、身体は

サトコ
「全然大丈夫です!それより、あれからどうなったんですか?」
「研究室で即席爆弾を爆発させて···」

津軽
君が即効で気絶したから、抱えるのに一苦労した

サトコ
「私を抱えて、逃げ切ったんですか!?」

(やっぱりゴリラだった!?)

津軽
ゴリラじゃないんだから、ムリ

サトコ
「ゴリラじゃないんだ···」

津軽
なんで、そこガッカリするの
ちょっと走ったところで、完全装備のモモたちが救援に来た

サトコ
「あ···私の救援要請、ちゃんと届いてたんですね!」

津軽
ほんと俺も不安だったけど、届いたみたいだよ
有島も五ノ井も生け捕りにできた

サトコ
「よかった···じゃあ任務は達成ですか!?」

津軽
まあね

ほっとしたのも束の間、別の問題を思い出した。

サトコ
「任務達成はよかったですけど、津軽さんのあの態度は何ですか!」

津軽
どうして女の子って活火山みたいに突然噴火するの?

サトコ
「突然じゃありません!ドア越しにも話しましたよ」
「津軽さんはもっと自分を大事にしてください!」
「『俺はいいから、先に行け』みたいなキャラじゃないでしょう!」

津軽
息をするように失礼なことを言う子だね

サトコ
「だって津軽さんが···」

津軽
俺、5分くらい息止められるし

サトコ
「え」

津軽
銃も、あいつ銃口定まってないから命中率は低い
だからタイマンなら勝算あったし

サトコ
「え?」

津軽
あと言いそびれてたんだけど、こっちに有島から奪った防護マスクあったんだよね

サトコ
「それって、つまり···」

津軽
俺ひとりで充分逃げられたってこと

サトコ
「そ、そ、そういうことはさっさと早めに言ってください!」

津軽
君がマシンガンみたいに話すから言う隙なかった
少しは人の話聞いた方がいいよ

(それ、津軽さんにだけは言われたくなかった···)
(でも、そっか···死ぬつもりでってわけじゃなかったんだ···)

津軽さんの『殺される』という言葉が耳の奥に蘇りーー

(よかった···よかった···)

サトコ
「···っ」

安堵からか、鼻の奥がツンとなった。
目頭が熱くなり、下を向く。

サトコ
「···いつもは人の話なんか聞いてないんだから、そういうことも勝手に話してください!」

津軽
はいはい

サトコ
「『はい』は1回です!」

津軽
わかったから、その鼻水つけないでよ

サトコ
「······」

背中に手の重みを感じる。
温かくはない、ただ質量のある手。
とんとん···と、宥めるように背を叩くリズムはぎこちなく妙だった。

サトコ
「何ですか、その手···三三七拍子になってますよ」

津軽
今、俺の服で鼻水拭いたでしょ

サトコ
「何のことだか···」

(あー、津軽さん、手は全然温かくないけど身体はそこそこ体温あるんだ)
(生きてる···)

聞こえるのは互いの呼吸と、妙なリズムで私の背をとんとんとする音だけ。
周囲の音が遠ざかるような錯覚を覚えた時ーー

テレビ
『次のニュースです。東京都奥多摩にある「遺伝科学生物物理学研究所」爆破事件の続報です』

サトコ
「!」

テレビから聞こえてきた音で思考が一気に現実に引き戻された。

サトコ
「私たちは、何を···っ」

津軽
人のシャツで鼻拭いた

サトコ
「三三七拍子で人の背中を叩いた」
「···じゃなくて、ニュース!もう表に出てるんですね」

津軽
爆発まで起きれば隠せない

テレビ
『研究所には十数名の子どもが確認され、全員児童保護施設に収容されたとのことです』

サトコ
「子どもたちも全員無事だったんだ···!」

津軽
ああ

サトコ
「···ノアは?」

津軽
ノアも連れて行かれた

サトコ
「そうですか···」

(これから、どうなるのかな···)

ノアの行く末が気になったけれど、私ができるのはここまでだ。
事件関係者に思い入れを持つのは厳禁だと自身を戒める。

テレビ
『所属研究員である五ノ井慧悟さんが逮捕されたことにより···』
『近日発表される予定だった新説についても学会は取り上げないとのことです』

津軽
······

津軽さんの目がテレビに釘付けになっている。

(真剣な顔···)

津軽
······

次にテレビから視線を外した津軽さんは下を向き、小さく息を吐いたように見えた。

(今、ほっとした···?)

津軽さんの髪がその表情を覆い隠す。
薄く開いた唇が何かを呟くように···わずかに動いた気がした。

その日の午後。

津軽
目覚めた日の午後に退院って、生命力つよっ。検査結果もオールクリアだし

サトコ
「昔から丈夫なのが取り柄でして」

津軽
モモが車で迎えに来るから、行こう

サトコ
「えっ、百瀬さんが車を出してくれたんですか?」

津軽
俺の迎えってことでね

サトコ
「なるほど···津軽さんのために来てくれるんですね」

津軽
俺って優しい上司

サトコ
「はいはい。荷物も持ってくれてますもんね」

(2つのバッグのうち、軽い方だけど)
(無事に脱出できたんだ···津軽さんも、私も···)

少し先を歩く背中を見つめていると。

津軽
サトコ?

サトコ
「え···?」

(今、私の名前を呼んだ···?)

振り返る津軽さんと視線がぶつかり、絡み合った。

津軽
···え、合ってるよね?

めずらしく彼が戸惑ったように首を動かす。

津軽
···違った?

サトコ
「合ってます···合ってます!!」
「もう1回言ってください!」

津軽
るっさいなー。名前呼んだだけじゃん

サトコ
「初めてだって気付いてます!?」

津軽
そうだっけ?

前を向いた津軽さんの表情はもうわからない。

(名前、呼んでくれた···!覚えてくれたんだ!)

鼓動が経験ないほど速くなってくる。

サトコ
「う···」

津軽
どうかした?

サトコ
「心臓がちょっと苦しいかも···」

津軽
ほら、だから退院早かったんじゃない?

サトコ
「いやいや、検査は大丈夫だったんだから平気ですよ!」

百瀬
「津軽さん!」

近くに滑り込んでくる百瀬さんの車。

サトコ
「帰りましょう!」

津軽
わかったから、少し良い子にしてなさい

わずかに津軽さんが微笑む。
その笑顔を嫌いだとはーーもう思わなかった。

退院した翌日、万全の体調で出勤すると。

石神
······

加賀
······

班長2人がひどく厳しい顔をしていた。

サトコ
「あの、何か···?」

(大きな事件でも···)

石神
公安学校取り潰しの話が出てくる

サトコ
「!?」

(嘘···公安学校がなくなる···!?)

Happy End

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