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カンタンにイチャイチャできると思うなよ 石神2話

尾行訓練が開始となり、私は秀樹さんと並んで街中を歩いていた。
カップルという設定で任務にあたることになったため、その距離はかなり近い。

石神
この時間帯は人は多いが、問題なく続いているようだな

サトコ
「はい。1番近い訓練生が左手20メートル後ろ···ショーウインドウで確認できます」
「今年の訓練生は優秀のようですね」

石神
ああ。だが、お前たちもよくやっていた

サトコ
「本当ですか?」

石神
卒業した今、嘘をつく必要もない

(頑張った分、きちんと認めてくれる···だから、私たちも成長できたんだよね)

今年の訓練生たちも頑張って欲しいと、背後に注意を払って進んでいく。
訓練のため、こちらから故意に撒くようなことはしていない。
そのせいもあり、訓練生たちとの距離は徐々に縮まって行った。

石神
後藤から連絡が入った。10班のうち3班最終段階までついてきている

サトコ
「この住宅街を抜ければ、あとは視界がいい場所ばかりになりますね」

石神
···そうだな

秀樹さんが視線だけを鋭く動かした、次の瞬間。
ぐっと腕を引かれ、路地裏へと連れ込まれた。

サトコ
「!?」

石神
······

狭い路地で身を隠すようにその腕に閉じ込められ、小さく固まる。
すると、慌てたように私たちを探す訓練生が通り過ぎていった。

石神
少しは抵抗したら、どうだ

サトコ
「石神さんだと分かっているのに···ですか?」

石神
···そうだな

ふっと笑う気配が密着した身体から伝わってきて、距離の近さを今さらながらに実感する。

(任務中だと分かってても、ドキドキする···!)
(集中、集中···!)

石神
これで何人か減っただろう

サトコ
「半分くらいになったかもしれませんね。そういうことなら···」

私は路地の奥を指差す。

サトコ
「突き当りに別の道に出る抜け道があるんです。そこを通って行きませんか?」

石神
よく知ってるな

サトコ
「昨日の夜、この辺一帯の航空写真や道路の写真を見て下調べしておいたんです」

石神
それで寝不足か

サトコ
「卒業生としては、訓練生にみっともない姿は見せられないので」

秀樹さんの手を引いて進むと、人がやっとひとり抜けられるくらいの隙間があり。
私たちはそのルートで公安学校の敷地へと戻った。

加賀
全員見失うとは、テメェらやる気あんのか!

石神
全く、多少変則的な動きを加えた途端、この結果だ
お前たちは、型通りのことしか学んでいないということだ

訓練生たち
「······」

石神さんと加賀さんの酷評に全員が肩を小さくする。
この程度の任務は軽いと侮っていた者もいたと思う。
それがここで自分の技量を知り、ここからがスタートになるはずだ。

(私たちも何度も叱られて、その時は辛かったけど、お陰で成長できた)
(今の訓練生たちにも、きっと響いてくれるはず···)

夕日に染まる訓練生と教官方を見つめながら、私はひとり胸を熱くしていた。

今日の講義が終わり、訓練生たちが自主練を始めると放課後の空気になる。

サトコ
「最後のグラウンドでの評価、私まで緊張しちゃいました」

石神
入学してから順調に進んでいる者は、そろそろ天狗になる頃だ
己の実力を正しく測れる者だけが、成長できる

サトコ
「はい。教官方の想いは身に染みて良く知っています」

石神
そうだな。お前の最後のルート変更は、いい案だった
下調べの成果だ。よくやった

サトコ
「ありがとうございます」

(秀樹さんに褒められるのは、いつになっても嬉しくて誇らしい)
(これはずっと変わらないんだろうな)

夕陽を眼鏡に映す秀樹さんの表情が柔らかい。

(こういう顔は訓練生の時には見られなかった···かな)

変わったこと、変わらないこと···その両方を感じていると。

加賀
ちょっと褒められたからって、いい気になってんじゃねぇぞ。クズ

サトコ
「加賀さん!お疲れさまです」

石神
教官室にはノックをしてから入れと何百回言えばわかる

加賀
ノックしなきゃ困ることでもしてんのか。エロ眼鏡

石神
お前と同類にするな

加賀
今日の任務は、これで終わりじゃねぇぞ

サトコ
「そうなんですか?」

秀樹さんの方を見ると、彼も怪訝な顔をしている。

石神
どういう意味だ

加賀
お前、俺を落としてみろ

サトコ
「はい?」

石神
何を言っている

加賀
女の訓練生には、ハニートラップの訓練も必要だろうが

石神
だとしても、予定にはない。氷川にさせる理由はない

加賀
女の卒業生は氷川か佐々木しかいねぇんだ
遅かれ早かれ番は回ってくる。なら一度で済ませた方がラクだろ

石神
ハニートラップの実地訓練は、氷川たちが訓練生の時にはなかったことだ
ここで決めることはできない

加賀
また津軽の野郎に絡まれながら、コイツを引っ張んのか。俺は御免だからな

石神
······

津軽さんの名前が出ると、秀樹さんの眉間のシワがますます深くなった。

石神
こういうことは木下あたりの意見を聞いた方が···

加賀
いいのか?あいつに指導をさせた日には···

加賀さんの口角がニヤリと上がる。

(莉子さんに指導させた日には···?)

石神
······

(その沈黙の意味は!?)

サトコ
「あの、私は···」

石神
やるなら、俺が相手になる

サトコ
「え!?」

加賀
テメェはダメだ

石神
お前が良くて、俺が駄目な理由は何だ

加賀
それはテメェが1番良く知ってんじゃねぇか?

石神
「······」

加賀
それか、俺が嫌なら···津軽でも呼ぶか?ハニトラの達人だろ

石神
津軽だけは呼ぶな

加賀
なら、決まりだな

石神
······

(秀樹さん、その明晰な頭脳で加賀さんを言い負かしてください!)

心から、そう願ったもののーー

(途中で黒澤さんや颯馬さんの乱入があって、一気にここまで事を運ばれてしまった···)

加賀
ぼんやりして興ざめさせるんじゃねぇ

サトコ
「は、はい」

この部屋には監視カメラが設置されていて、ここでの様子は秀樹さんたちに見られている。
だが、肝心のカメラの在処は把握できていなかった。

(カメラで撮って、それを公衆に使うって話だから···)

任務に集中すべきなのは分かっているが、どうしても位置が気になる。

サトコ
「······」

加賀
······

押し倒している加賀さんと目が合えば、視線は簡単に外せなくなった。

(この先、情報を聞き出すには···一応、ハニトラの講義は受けたけど!)
(講義の時の相手は加賀さんじゃなかったし!)

とりあえずジャケットをゆっくりと脱がしてみる。

加賀
···焦らすのも悪くねぇが、油断大敵だな

サトコ
「!?」

加賀さんが身体を起こしたと思った時には視界が反転していた。
そして次の瞬間、ブラウスのボタンに手がかかり、パッと肌が露にされている。

(早業!これがハニトラの極意!?)

加賀
たまには、お前みたいな女も悪くねぇかもな

サトコ
「!」

加賀さんが唇を舐める仕草にドキッとさせられてしまった。

(でも、ここから···!)

サトコ
「私のことが欲しかったら、まず先に話を聞かせてください」

加賀
ほう、言うじゃねぇか。聞きたいなら、最中に聞き出せ

加賀さんが枕の横に手をつくと、ベッドが軋む。
そのまま覆いかぶさってきて、距離がどんどん縮まってーー

加賀
···目、開けてる方が好きか

サトコ
「···っ」

(こ、このままだと、本当に唇が···っ!)

触れてしまう。
脳裏に秀樹さんの顔が浮かんだ、その時。
堪えていた手が加賀さんを突き飛ばしそうになりーー

黒澤
終了ーっ!

ピーっという笛の音と共に、バンッと客室のドアが開けられた。

サトコ
「終了って···」

加賀
ここからが本番だろうが

黒澤
だから、本番までいっちゃったら困るんですって

颯馬
これ、講義の教材用なんですから。過激なのはNGですよ

加賀
実際の現場の厳しさを教えねぇんじゃ意味ねーだろ

黒澤
まあまあ。石神さんも見ていることですし

黒澤さんが上手く場をとりなしてくれる。

後藤
着るといい

バサッと後藤さんが脱いだ上着を私に掛けてくれた。

サトコ
「あ···」

(服、脱がされかけてたんだった!)

サトコ
「すみません···ありがとうございます」

後藤
俺たちは外に出てる。身支度をしてから、出て来い

サトコ
「はい」

加賀
ったく、時間の無駄だったな

皆さんが部屋を出て行き、ベッドに座った私はひとり溜息を吐いた。

(ハニトラ···ずっと苦手だったけど、本当にグダグダな結果で終わってしまった···)

石神
氷川、聞こえるか

サトコ
「は、はい!」

インカムを通して秀樹さんの声が聞こえてきた。

石神
この会話は俺たちにしか聞こえていない

サトコ
「···はい」

(秀樹さんの声が固い···怒ってる···よね。あの結果じゃ···)

サトコ
「すみませんでした。こんな結果に終わってしまって」

石神
···相手が加賀だったからか?

サトコ
「え?」

石神
加賀だから、ああなったのか

サトコ
「それは、その···」

ああなったーーの、 “ああ” の部分が何を意味するのかが分からず、すぐに答えられなかった。

(いつもの秀樹さんだったら、もう少し具体的に聞いてくれそう···なんて思うのは、甘えか)

自分の状況を整理し、なぜ上手く事を運べなかったのか···を考える。

サトコ
「よく知っている人が相手だったから、戸惑ったというのはあります」
「ですが、ハニトラの訓練が圧倒的に足りないのは事実です」

石神
あそこで···
······

不意に沈黙が落ちた。

サトコ
「石神さん···?聞こえてますか?」

石神
ああ

インカムの故障かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

サトコ
「あの···」

石神
戻れ。話がある

サトコ
「は、はい!」

任務後の『話がある』は、厳しい評価が待っている証拠。
久しぶりの緊張感を覚えながら、急いで身支度を整えた。

to be continued

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