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このドキドキはキミにだけ発動します 石神2話

【湖畔】

買い出しの帰りに寄り道した、山奥の湖。
畔の空気は程よく冷えていて、心地良い。

サトコ
「この湖の水、川よりも冷たいかも」

手を入れてみると心地良くて、サンダルを脱いで足を浸けてみる。

石神
どうだ?

サトコ
「川の水より、冷たいです。秀樹さんも入ってみてください」

石神
確かに冷たい···ここだけ季節が違うようだな

サトコ
「森って不思議ですね。入口と奥で、雰囲気が全然違ったりして···」

石神
森は神聖視されることもある。こういう奥深さに、その理由があるのかもしれない

サトコ
「秀樹さんって···」

隣で爪先だけ水に浸けた秀樹さんを見上げる。

サトコ
「私の10倍くらいの量を、いつも考えている気がします」

(10倍より、もっとかもだけど···)

私の言葉に秀樹さんは小さく笑った。

石神
何を言うかと思えば···今の俺も頭を回転させてると思ってるのか?

サトコ
「違うんですか?」

石神
俺だって、ボーッとすることくらいある
特にお前といるときは···な

サトコ
「じゃあ、今も···?」

石神
······

答えは言葉でもらわなくても、その表情を見ればわかる気がした。

(少しでも秀樹さんの息抜きになれてるなら、嬉しい···)

会話が途切れると、なんとなく気恥ずかしくなって視線を前に戻す。
するとーー頬にペタリと冷たい感触が触れた。

石神
気持ちいいか?

秀樹さんの手が私の頬にあてられている。

(水の中で冷たくした手で···)

サトコ
「気持ちいいです···」

ひんやりとした手が気持ちよくて、秀樹さんの手に自分の手を重ねた。

石神
······

サトコ
「······」

目が合うと視線が絡み合う。
互いの呼吸を意識すると、距離が自然と縮まって···

(キス···)

目を閉じようとするとーーふっと秀樹さんが立ち上がった。

石神
そろそろ戻らないと、あいつらがうるさい

サトコ
「そ、そうですね」

(二人で遊びに来たわけじゃないんだから!)

秀樹さんを独り占めすることはできない···そう頭ではわかっているのに。
手が秀樹さんの腕にかかっていた。

石神
サトコ?

サトコ
「え、あ···」

石神
どうした

サトコ
「なんでも···」

石神
なくはないだろう。話してみろ

もう一度秀樹さんが屈む。
眼鏡の奥の切れ長の瞳は、目の前の湖畔のように穏やかで···
私の心の奥にある気持ちを引き出してくる。

サトコ
「もう少しだけ···二人でいたいです···」

(こんなワガママ、恥ずかしい···)

口に出したあと羞恥がこみあげてきて、目を伏せた。

(きっと呆れてるよね···)

サトコ
「あの、今のは···っ」

石神
···俺もそう思っていた

サトコ
「え···」

隣に座り直した秀樹さんが、私の肩に手を置いた。

石神
甘えたいときは、素直に言え。任務中でもないんだ
そもそも、お前は滅多に甘えてこないんだから

(秀樹さんには甘えてばかりな気がするけど···仕事でもプライベートでも···)

石神
お前は何でも、ひとりで抱え込もうとする

サトコ
「そんなことは···」

石神
そうすぐに強がるのが、いい証拠だ

サトコ
「う···」

そう言われると、これ以上のことは言えなくなってしまう。

石神
たまには甘えた顔を見せろ

秀樹さんがの手が私の頬をくすぐるように振れれば、糸をたぐられるように距離が縮まった。

(本当に甘えていいのなら···)

ゆっくり眼鏡を外しても、秀樹さんがそれを止めることはなかった。

石神
それに···俺だけの特権だろう?

サトコ
「え···?」

石神
お前に甘えられるのは。違うか?

サトコ
「···違わないです」

手に持っている秀樹さんの眼鏡が水面の反射を受けてきらめく。
その光に目を奪われた一瞬···あごに手がかかり、唇に温もりが重なった。

サトコ
「ん···」

石神
······

暑さで乾いていた唇が馴染む頃。
ゆっくりと唇が離れ···また口づけられる。

サトコ
「···っ」

石神
···その顔だ

サトコ
「秀樹さ···」

石神
俺だけに見せろ

湖畔の冷たい空気も感じられなくなるほど、繰り返される情熱的な口づけ。

(秀樹さんも···こうしたいって思ってくれてた···?)

石神
今夜···もっと甘えてみるか?

サトコ
「!?」

冷たい響きを持つ声に甘さが滲んだようで、早くなっていた鼓動がさらに跳び上がる。

(こんなこと言うなんて···酔ってるわけじゃないし···)
(秀樹さんも休暇中でリラックスしてるのかな)

抱き締める腕の力はいつの間にか強くなり、その腕の中に収まっている。
私の答えを聞く間もなくキスが繰り返され、頭の芯がぼうっとしてくる。

(秀樹さんのことしか考えられなくなる···)

周囲の鳥や虫の声が遠くに聞こえ始めると···そっと口づけが解かれた。

石神
今度こそ、行こう

サトコ
「はい···あ、ちょっとだけ待ってください!」

私は両手を湖の中に浸ける。

石神
どうした?

サトコ
「顔を冷まそうと思って。このままで帰ったら、パレそうだから···」

石神
なら、俺にも必要だ

秀樹さんが眼鏡をかけ直すと、私の手を取って自分の頬にあてた。

サトコ
「こんなことしたら、また私の顔が熱くなりそうです」

石神
なら、お前の頬は俺が冷やしてやる

お互いの手で頬を包み、私たちは二人の時間を惜しむように冷たさと温もりを分け合った。

加賀
この愚鈍眼鏡!買い出しに、どれだけ時間かかってやがる

石神
文句があるなら、自分で行け

加賀
乳繰り合ってたんじゃねぇだろうな?ああ?

加賀さんが私に向かって、グッと顔を近づけてくる。

サトコ
「ち、乳繰り合っていたなんて···」

石神
品がないな

東雲
へぇ、なかなか、いい肉買ってきてるね

加賀
さっさと焼け!

石神
自分のことも自分でできないのか?赤ん坊と同じだな

加賀
女のケツ追い回してるテメェが···

津軽
相変わらず、二人は仲がいいね

颯馬
公安学校時代も二人の関係は訓練生の憧れでしたからね

サトコ
「恐れられていた···の間違いでは···」

颯馬
ん?何か?

サトコ
「いえ、何も···」

黒澤
海鮮系も買ってきてくれたんですね~。石神さん、優しい!

百瀬
「肉はどこだ」

津軽
モモ、焦らないの

津軽さんからの『待て』が出ると、百瀬さんは買い物袋に突っ込んでいた顔を上げる。

サトコ
「お待たせしてすみませんでした。すぐに片っ端から焼いていきます!」

鳴子
「手伝うよ」

サトコ
「ありがとう」

パックを開けて肉やエビ、イカを焼いていく。

サトコ
「いい匂い···」

鳴子
「サトコお腹空いてるんじゃない?ろくに食べてないでしょ」

サトコ
「言われれば···」

(始まったばかりの時に少しお肉を食べただけだったっけ)

サトコ
「お腹ペコペコかも。おにぎりも買って来ればよかった」

鳴子
「飯ごう、持ってきてなかったっけ?」

サトコ
「あったかも!ちょっと見てくるね」

鳴子
「ご飯炊くなら、私も食べたーい」

サトコ
「うん、わかった!」

車に戻り、飯ごうセットとお米を見つけて川に向かう。
お米を研いでいると、賑やかな皆さんの声が風に乗って聞こえてくる。

石神
加賀、こっちは俺たちの陣地だ。侵略するな

加賀
テメェの陣地は全部、俺のもんだ

(バーベキューの網の上を陣取り合戦してる···?)
(永遠のライバルって、秀樹さんと加賀さんのような人たちを言うのかも)
(私たちが何をしてたかも、加賀さんには見透かされてるのかな)

戻ってきたときに言われた言葉を思い出し···

(ん?そういえば、あの時の秀樹さん···)
(『品がない』って言うだけで否定しなかったけど、よかったのかな···)

石神
こんなところでどうした?

サトコ
「あ、今、お米を研いでるんです。ご飯が食べたくなっちゃって」

石神
米か···おにぎりでも買って来ればよかったか

サトコ
「でも炊き立てのご飯、美味しいですよ。秀樹さんも食べますか?」

石神
ああ。俺も手伝う

サトコ
「···いいんですか?」

石神
何がだ?

サトコ
「また私といたら、加賀さんに···」

石神
気にする必要はない

秀樹さんはキッパリと言い切る。

サトコ
「あの、さっきのは···」

石神
さっき?

サトコ
「い、いえ、何でもないです!」

(反論しない方が丸く収まるって思ったのかもしれないけど)
(秀樹さんが否定しなかったっていうのは、ちょっと嬉しいかも)

都合のいい解釈をしてしまおうかと、頬を緩める。

石神
···楽しそうだな

サトコ
「秀樹さんと一緒ですから。秀樹さんは···どうですか?」

石神
俺も楽しい

その答えだけで、今日という日は最高の一日になった気がした。



そして帰りの車の中。

サトコ
「すみません、石神班の車に乗せてもらってしまって」

颯馬
気にしなくていいんですよ。荷物の都合ですから

黒澤
オレはサトコさんと一緒で嬉しいです☆

運転席には颯馬さん、助手席には黒澤さん。
後部座席に私と秀樹さんが並んで座っていた。

石神
助手席には後藤が座るんじゃなかったのか

黒澤
後藤さんは難波さんの車運転することになっちゃったから、オレが代わりに来たんですよ

(そっか。難波さんはお酒飲んでたから···)

サトコ
「私も飲んでなかったので、運転すればよかったですね」

石神
お前は疲れているだろう

颯馬
そうですよ。貴女が休みなく、1日動いてたのはみんな知っています

黒澤
帰りくらいはゆっくり休んでください!

サトコ
「みなさん···」

(石神班の優しさが身に染みる···!)
(秀樹さんと寄り道した時に、少し休ませてもらったけど···)

温かい言葉をもらって、気が抜ける。

石神
着いたら起こしてやる

サトコ
「ありがとうございます」

お言葉に甘えて目を閉じると、急速な眠気が襲ってきた。

(秀樹さんが隣にいてくれる···)

シートに置いた手が振動のたびに、軽く秀樹さんの手に触れるのが心地良くて···
私はあっという間に眠りの世界に落ちていた。



【石神マンション】

サトコ
「すみません。急にお邪魔することになって···」

石神
颯馬と黒澤にやられたな

(秀樹さんの家の近くまで来て)
(颯馬さんに『ちょっと降りてください』って言われて、私も降りたら···)

車は無情にも走り去り、私は秀樹さんと一緒に車を降ろされるかたちになってしまった。

(あれって、やっぱりわざとなのかな···)

秀樹さんとの関係はかくしているつもりだけど、颯馬さんと黒澤さん相手に隠せてる気はしない。

サトコ
「秀樹さんも今日は疲れてると思うので、帰りますね」

石神
···待て

お茶を一杯いただいたあと、帰ろうと腰を浮かせると片手で制される。

サトコ
「夕飯とか、お手伝いできることがあったらしますけど···」

石神
忘れたのか···

サトコ
「え?」

隣に座っていた秀樹さんがこちらを向くと、距離の近さを再認識する。

石神
湖畔で言った言葉だ

サトコ
「湖で···」

まず最初に思い出すのは、水の匂い。
それに誘われるように記憶を遡っていくと···

石神
今夜···もっと甘えてみるか?

(もしかして、あのこと!?)

思い出すと同時に頬がカッと熱くなる。

石神
答えを聞いてなかった。聞かせてくれ

サトコ
「その、それは···」

(本当に甘えていいの···?)

見上げると、眼鏡の奥の瞳は優しい。
それでいて、どこか熱を孕む眼差しに惹かれるように、私の唇は動いていた。

サトコ
「お、お願いします···!」

石神
ふっ···お前らしい答え方だ

秀樹さんが眼鏡を外す。
湖でのキスの続きだというように口づけられる。

サトコ
「秀樹さんは疲れてないんですか?」

石神
俺があの程度で疲れると思うのか

(数日の徹夜でも顔色ひとつ変えないでこなす秀樹さんだから···)

サトコ
「疲れてないですよね···」

石神
これから確かめてみろ

サトコ
「ん···」

キスが深くなると、服に手をかけられる。

サトコ
「あ···ま、待ってください···」

石神
納得できる理由があるならな

サトコ
「今日は汗をかいたから···」

石神
シャワーを先に浴びたい···か

サトコ
「納得できます···よね?」

石神
そうだな

口では同意しながらも、秀樹さんからのキスが止まることはない。

サトコ
「あの···っ」

石神
キスだけなら、問題ないだろう

サトコ
「そうですけど···ん···」

(秀樹さんから、こんなふうにキスをされるなんて···)

唇を合わせ、小さく息を吸っては、また深く重なる。
情熱的と言って差し支えのない口づけは、普段の彼とは少し違うような気がした。

サトコ
「秀樹さん···何かありましたか···?」

石神
···いいや

顔を離して問うと、否定の言葉とともに唇を塞がれる。

石神
今日初めて、起こったわけでもない

サトコ
「え···」

石神
お前は···

吐息が触れる距離で見つめられる。
その瞳には様々な考えが巡るようで、私は秀樹さんの頬に手を伸ばした。

サトコ
「何かあるなら···」

石神
お前の問題じゃない。俺の問題だ
しかも刑事としてじゃない。男としての···な

その口元に浮かぶ苦笑の意味を問いたくても、ますます熱くなっていくキスに、それもできなくて。

(秀樹さん···?)

この日はどこか貪られるような抱き方で、私の肌は日焼けとは別の意味でも熱せられたのだった。

【公安課】

翌日、公安課に行くと黒澤さんが撮った写真を見せてくれた。

サトコ
「こんなに撮ってたんですね。全然気付かなかった···」

黒澤
ありのままの姿を撮るには、さりげないシャッターチャンスが大事ですからね
あ、決して盗撮とかじゃないですよ!

サトコ
「はあ···」

(そう言われると、かえって怪しく思えそうな写真が···)

おそらく気付かぬ間に撮られたであろう水着姿の皆さんを見るのは、なんだか罪悪感が湧いてくる。

黒澤
石神さんのところだけ、データ送りましょうか?

サトコ
「!?」

(こ、これって悪魔のささやき!?正直に言えば欲しい!欲しいけど···!)

ここで頷いてしまったら、危険な世界に足を一歩踏み込んでしまう気がする。

サトコ
「だ、大丈夫です。カメラ、お返ししますね」

断腸の思いで黒澤さんにカメラを返そうとすると···写真一覧の隅にある1コマが目に入った。

(これって···)

サトコ
「か、帰りの車の中の写真!?」

黒澤
ああ、それ、いいショットですよね~

写っていたのは後部座席で眠る私で、そこまではいいのだけれど···。

(秀樹さんの肩に思いっきり寄っかかってる···!)

事情を知らなければ、私がただ秀樹さんに甘えているような写真に見える。

サトコ
「この写真···」

黒澤
あとでデータ送りますね☆

サトコ
「いえ、送るんじゃなくて削除を···!」

黒澤
そんなのもったいないですよ。この時の石神さんを撮った写真もあるんですが···
その時の顔が、また···

意味深に笑う黒澤さんに、件の写真が気になってくる。

サトコ
「見せてください!」

黒澤
また今度のお楽しみに取っておきましょうよ

サトコ
「黒澤さん···!」

結局、私に肩を貸していた時の秀樹さんの写真を見ることはできず。

(何だか、黒澤さんに弱みを握られてしまったような···)

そんな気もしたけれど、あとから送られてきた車内で眠る自分の写真は、とても幸せそうで。
しっかり保存してしまったのだった。

Happy End

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