【留置所】
加賀
「形勢逆転、ってやつだな」
理事官の銃を拾い上げ、教官が銃口を向ける。
松田
「なぜだ‥!石神は加賀が邪魔だったんだろう!なぜ助けるような真似をする!?」
石神
「確かに、この男のやり方は到底許容できませんが」
「敵に内部情報を漏らすような腐った人間よりはいくらかマシです」
サトコ
「でも‥お二人は、昨日ここでケンカになって」
そう言いかけて、ハッとなった。
サトコ
「もしかして、教官が持っていた手錠の鍵‥!」
石神
「あの時、監視カメラの死角をついて私が渡した」
加賀
「お前、あん時マジで殴ってきやがっただろ」
石神
「怪我人に本気を出すほど落ちぶれてはいない」
加賀
「どうだかな」
(じゃあ、あれは全部2人の芝居だったってこと‥!?)
松田
「い、いつ打ち合わせをした!?そんな時間はなかったはずだ!」
加賀
「なんでこいつと口裏合わせなきゃなんねぇんだよ」
石神
「そんなまどろっこしいことなどする必要ない」
「ただ、こういう時に加賀はどう動くかを考えて行動しただけです」
松田
「打ち合わせなしで、ここまでやっただと‥!?」
歩
「まったく、石神さんも人が悪いよね」
「オレ、完全に見捨てられたかと思った」
石神
「お前は今回の情報を探り当てた立役者だ。みすみす見殺しにするはずがないだろう」
「加賀、東雲、証拠は取ったんだろうな?」
歩
「もちろん」
加賀
「当然だ」
教官が、ポケットから小さなボイスレコーダーを取り出す。
加賀
「俺の周りから味方をすべて排除したと思ったか?」
松田
「‥‥!」
加賀
「そして、はなから停電により監視カメラをすべて落とし、ここで俺たちを始末するつもりでいた」
「だから身体検査もたいしてやらなかったんだろうがな」
「それがお前の命取りだ」
(さっきの松田理事官の話が、あれにすべて入ってるんだ‥)
カチッと音を鳴らして、加賀教官が理事官のこめかみに銃をつきつける。
加賀
「答えろ」
「‥5年前も、お前が」
松田
「ふん‥お前がさっき言ってた昔の事件とは、そのことか」
「お前ならだいたい、調べがついてるんだろう?俺がリークに手を染めたのは、あれがきっかけだ」
加賀
「‥浜口か」
松田
「ああそうだ。あの男から情報を仕入れた」
「夫婦そろってバカな奴らだ。ああいう奴らがいる限り、必ずどこかで情報漏えいは続く」
加賀
「もういい、黙れ」
松田
「内部の情報を手に入れることなど、容易いものだ。金をちらつかせれば、誰だって‥」
教官が引き金を引き、弾が理事官のこめかみスレスレを通過した。
松田
「あ‥あ‥!」
加賀
「‥‥‥」
(教官‥!)
石神
「加賀!これ以上は」
加賀
「ああ‥百も承知だ」
石神
「まだ何も言っていない」
加賀
「お前の会話パターンは聞き飽きてる」
(今のやりとり、前にもどこかで‥)
石神
「‥‥‥」
歩
「‥また同じこと言ってる」
颯馬
「ケンカするほど何とやらって話ですよ」
「ね?後藤」
後藤
「‥‥‥」
(今の会話も、前に聞いたような‥)
怪我はないものの、発砲されて放心状態の理事官を、後藤教官が確保する。
加賀教官はさっさと立ち去ってしまい、私は急いでその後を追いかけた。
サトコ
「教官、待ってください!」
加賀
「俺は待たねぇ。お前が追いついてこい」
(‥今の言葉も、前に聞いたことある)
(ついていく‥私はどこまでも、教官についていきます)
【病室】
教官が提出したボイスレコーダーが証拠となり、理事官は身柄を拘束された。
歩
「実際の裁判になると、ボイスレコーダーは証拠にならないんだけどね」
サトコ
「でも、参考資料にはなりますよね」
歩
「そうだね。まあオレが調べたリーク情報を追っていけば、いずれ松田理事官につながるだろうし」
「そうそう、サトコちゃん、マンツーマン訓練の成績どうだった?」
サトコ
「なんとかギリギリで合格しました」
歩
「またギリギリ?兵吾さんらしいね」
ようやく平和が戻ったある日、莉子さんに誘われて、入院中の東雲教官のお見舞いに訪れた。
サトコ
「莉子さん、遅いですね」
「知り合いのお医者さんがいるって言ってたから、話しこんでるんですかね」
歩
「職業柄、顔が広い人だからね」
「そういえば‥理事官の件、サトコちゃんも取り調べ受けたりしたんでしょ?」
サトコ
「はい‥でもほとんど、加賀教官が引き受けてくれました」
「あのボイスレコーダーがあるから、私が証言することはほとんどないし」
歩
「まあ、必要以上に調べたくはないだろうね、警察としては」
「ねぇ、聞いた?今回の件、世間どころか警察内でも発表しないって」
サトコ
「‥え?」
歩
「上層部と班長との協議の結果らしいよ。すべては上層部の一部でとどめておくって」
サトコ
「そんな‥!だって、理事官は5年前からリークに手を染めてたんですよね?」
「東雲教官が調べたところでは、まだ余罪がありそうなのに」
(それに、今回のことを公表すれば加賀教官の悪い噂だってなくなるのに‥)
抗議する私から目を逸らし、東雲教官が窓の外を眺める。
歩
「‥浜口の奥さん」
サトコ
「え?」
歩
「来年、子どもが小学校に入るんだって」
それを聞いて、何も言えなくなってしまう。
(浜口さんの奥さんと子どもの将来を守りたい)
(‥だから私も、前回のことは立件しないと決めたけど)
(でも、今回の事件は内密にしておくには大きすぎるよ‥!)
サトコ
「確かに、理事官の一件を明るみにしたら」
「浜口さんの奥さんのことも芋づる式にマスコミに調べられるかもしれませんけど‥」
歩
「それだけじゃないんだ」
サトコ
「え?」
歩
「5年前、理事官が初めて情報漏えいに手を染めた事件のこと、知ってる?」
サトコ
「いえ‥でもそういえば、加賀教官が理事官に『浜口か』って‥」
歩
「そう‥あれ、兵吾さんが仲間3人を失った爆弾事件だよ」
サトコ
「‥‥!」
歩
「当時、浜口の奥さんは病気がちで入退院を繰り返してた」
「子どもは生まれたばかりだし、金が必要だった浜口は、松田理事官の誘いに乗った」
サトコ
「誘い‥?」
歩
「当時の兵吾さんのチームが追ってた極秘捜査情報を渡すかわりに、金を借りたんだ」
「浜口はもちろん、松田がその情報を敵に流すなんて考えてもみなかっただろうね」
サトコ
「だって‥そのせいで、浜口さんたち3人は亡くなったんですよね?」
歩
「そうだね。自分が殺されるための情報を渡してしまったことになる」
「だから、今回の理事官の事件が世間に公表されると」
「そもそも浜口が理事官に情報を流したことも明るみになるんだ」
(いくら上司とはいえ、機密情報を渡すのは許されることじゃない‥)
(しかもその情報は敵に流れた‥浜口さんが間接的な原因って言われても、おかしくはないけど)
歩
「これが発覚すると、殉職したことによる名誉も恩給も、全部受けられなくなる」
「それどころか、子どもは一生、犯罪者の子として生きて行かなきゃならないだろうね」
サトコ
「じゃあ、教官はそのために‥」
歩
「オレの予測だけど、あの人、意外に義理堅いしさ」
「あ、でも単に松田が捕まったって公表しないで、そのバックにいる黒幕を釣るつもりかも」
「あの人、手柄が大好物でしょ?」
冗談めかした東雲教官の言葉に、思わず笑ってしまう。
(きっと‥そのどっちもなんだろうな)
(かつての仲間の名誉と家族を守って、自分も手柄をあげる‥教官らしい)
サトコ
「でも、それじゃ教官の嫌な噂は消えないままなんですね」
歩
「そういうのどうでもいいんじゃない?あんまり気にしないタイプだと思うし」
話していると、莉子さんが病室に入ってきた。
莉子
「ごめんね。遅くなって」
歩
「こっちこそ、忙しいのにわざわざ来てもらっちゃってすみません」
莉子
「歩、元気そうでよかったわ」
「もしかして、もうこの世にいないんじゃないかって思ったけど」
歩
「それはちょっとひどくない?」
莉子
「だって、犯人から兵ちゃんに連絡があったって言うでしょ?歩が行方不明になったあと」
「『下手な真似をしたら、次は氷川サトコを殺す』って」
サトコ
「それって‥松田理事官が加賀教官を脅すために?」
莉子
「でしょうね。『次は』なんて言われたら、もう‥って思っちゃうじゃない」
歩
「いや、死ぬ一歩手前くらいの気持ちは味わったけど」
「でも、なるほど。だから兵吾さんも、迂闊に手を出せなかったわけだ」
莉子
「サトコちゃんを盾に取られちゃね。そりゃ秀っちとも打ち合わせなしの一発勝負しかないわ」
2人の話に口を挟めず、ただ黙って聞くことしできない。
莉子
「兵ちゃんのことだから、簡単に引き下がったりしないでしょ」
「きっと拘束されてからずっと、反撃の機会は狙ってたんだろうけど」
「でもそれ以上に、サトコちゃんを失いたくなかったんでしょうね」
サトコ
「そう‥なんでしょうか」
歩
「あの人、ほんとに自分の気持ちを見せない人だからね~」
サトコ
「‥‥‥」
(だから私を突き放そうとして‥全部一人で抱え込んでたんだ)
(また知らないうちに、教官に守られてたんだな‥)
そんなことを考えていると、にこりと同じような顔をした2人が近寄ってくる。
莉子
「で?その後どうなのよ」
サトコ
「え?」
歩
「兵吾さんとはどこまで行ったか、ってことだよ」
サトコ
「ど、どこまでって‥!」
歩
「あれだけ濃厚なキスしたんだから、もう言い逃れはできないよね」
莉子
「ちょっと、濃厚なキスって何、教えなさいよ」
歩
「兵吾さんが取調べ受けてる時にね~」
「監視カメラの前で熱ーーいキスシーンを披露したんだよ、ね?」
私に同意を求める東雲教官に、あの時のことを思い出す。
サトコ
「い、いや、だってあれは‥!」
「っていうか私、あの時にフラれましたから‥!」
莉子
「あら、そんなわけないでしょう」
サトコ
「そうなんです!私の気持ちなんて聞きたくない、って‥」
歩
「でも、まだ好きなんでしょ?」
サトコ
「そりゃ、簡単に諦められないですけど‥でも私は訓練生で、恋愛なんて」
「‥って、あれ!?」
ハッと東雲教官を見ると、ニヤニヤしながら私を見ている。
サトコ
「私、東雲教官に加賀教官が好きだって話したことないですよね!?」
歩
「バレてないと思ってた?たぶん颯馬さんも黒澤も気づいてると思うよ」
サトコ
「黒澤さん!?」
莉子
「あの子ってほんと、情報通よね~」
(莉子さんしか知らないと思ってたのに‥私ってそんなにわかりやすいの!?)
サトコ
「でも‥いいんです、フラれても」
莉子
「え?」
サトコ
「私には、刑事になるって夢があるし‥それに、もうひとつ新しい目標もできましたから」
歩
「新しい目標って?」
サトコ
「うーん‥東雲教官には内緒です」
歩
「まあ、サトコちゃんのことだからすぐ顔に出るだろうけどね」
その時、私の携帯が着信を告げた。その名前を見ただけで、胸が高鳴る。
サトコ
「加賀教官から‥」
莉子
「ほら!まだチャンスあるじゃない。頑張って!」
(もう諦めて、気持ちも切り替えたはずなのに‥)
(教官のこと思うと、やっぱりまだドキドキするよ)