【難波 マンション】
難波
『ただいま~』
部屋の中が肉じゃがのこっくりとした香りで満たされた頃、玄関から室長の声が聞こえて来た。
サトコ
「おかえりなさい!」
難波
「お、待たせたな」
室長は少し疲れた笑顔で言うと、ただいまのキスをしてくれた。
(ここのところいつものことなのに、やっぱりまだくすぐったい‥)
合鍵を貰って以来、室長は何かにつけては私を家に呼び出していた。
難波
『サトコ、すぐ来てくれ。新しい掃除機の使い方が分からん』
『まずい。野菜を買い過ぎちまった。食いに来てくれ』
『肩がガチガチで腕が上がらん。揉みに来てくれないか』
『サトコの手料理が食いたい』
(結局、週末の度にここにきて、まるで通い妻状態だよね)
(新婚さん気分でなんか嬉しいけど‥)
サトコ
「今日はもうお風呂沸いてますよ」
難波
「いいねぇ、家に帰ると風呂が沸いてる生活‥」
「やけにいい匂いもするな」
室長は鼻をクンクンさせながら、鍋を覗き込んだ。
難波
「お、肉じゃがか~」
サトコ
「今日のは結構、自信作です」
難波
「やべぇな。見たら猛烈に腹が減ってきた」
「やっぱり先にお前の飯にする」
サトコ
「はい。それじゃ、すぐに準備しますね」
笑顔で答えると、室長は包み込むような笑みでそっと頭を撫でてくれた。
再び、くすぐったい気持ちが湧き上がる。
(こんな風に喜んでもらえると、料理のし甲斐があるな)
【リビング】
サトコ
「はい、どうぞ」
難波
「うまそうだな~」
「いただきます」
肉じゃがをテーブルに運ぶと、室長はさっそく嬉しそうに食べ始めた。
難波
「うん、うまい」
サトコ
「本当ですか?」
難波
「ああ、自信作だけのことはある」
サトコ
「よかった‥」
(室長はいつもすごく美味しそうに私の料理を食べてくれて嬉しいな)
難波
「本当にお前はいい嫁さんになれるよ」
サトコ
「え‥嫁‥?」
(それってつまり‥室長のってことでいいのかな?)
ちょっとした言葉にも今まで以上に具体性を感じてドキドキしてしまう。
もちろん、室長はそこまで深くは考えていないと思うけれど。
(でもこんな毎日が続いたら、幸せだろうな‥)
難波
「そういやさ、今日、健康診断の結果が出たよ」
サトコ
「どうでした?」
難波
「それが、あらゆる数値が改善しまくりで我ながら驚いた」
サトコ
「それはすごいですね!」
難波
「お前の手料理のお陰かもな」
サトコ
「そ、そうですかね‥」
(もしそうだったらすごく嬉しいけど‥)
サトコ
「でもさすがに即効性ありすぎじゃありませんか?」
難波
「んなことねぇだろ。愛の力は偉大なんだよ」
サトコ
「愛の力って、そんな‥」
嬉しくも恥ずかしく、赤面した顔を俯けた。
そんな私を室長は微笑ましげに見つめながら、尚も美味しそうに肉じゃがを頬張っている。
(手料理の効果かどうかは分からないけど、室長の役に立てたなら嬉しいな)
(頑張って料理してよかった‥!)
【寝室】
難波
「そういや今度の休み、どこか行きたいとこあるか?」
ベッドで腕枕をしてもらいながら話をしていると、室長はふと思いついたように聞いてきた。
<選択してください>
サトコ 「うーん、そうですね‥」 (室長と行きたい所ならいくらでっもあるけど、この間も私が行きたい所に行ったよね。たまには‥) サトコ 「室長はどこかないんですか?」 難波 「俺か?」 「俺のことはいいんだよ、別に」 サトコ 「でも、いつも私に合わせてもらってばっかりじゃ‥」 難波 「そういう気は遣うな」 「まあ、別にないって言うならどこも行かなくても‥」 サトコ 「あります!」 勢いよく遮ると、室長は苦笑しながら私を振り返った。 難波 「ん?どこだ?」
サトコ 「あります!」 思わず言ってしまってから、ふと思った。 サトコ 「でも‥」 難波 「?」 (確かこの間も私が行きたい所に行ったよね‥) サトコ 「室長はどこかないんですか?」 難波 「俺?」 「俺のことはいいんだよ、別に」 サトコ 「だけど、いつも私に合わせてもらってばっかりじゃ‥」 難波 「そういう気は遣うな」 「ほら、行きたいとこがあるなら遠慮なく言ってみろ」 サトコ 「それじゃ‥」
(室長と行きたい所ならいくらでもあるけど、この間も私が行きたい所に行ったよね。たまには‥) サトコ 「室長はどこかないんですか?」 難波 「ん?俺か?」 「俺のことはいいんだよ、別に」 サトコ 「でも、いつも私に合わせてもらってばっかりじゃ‥」 難波 「そういう気は遣うな」 「俺はお前の行きたい所に行きたいんだから」 サトコ 「室長‥それじゃ‥」
サトコ
「ハシビロコウを見に行きたいです」
難波
「は、はやしひろこ?」
サトコ
「違いますよ!ハシビロコウです」
「動かなくて有名な鳥なんですよ?」
難波
「‥鳥なのに動かないのか?」
サトコ
「全っ然動かないらしいです」
難波
「そうか‥じゃあ、どれだけ動かないのか確認してくるか~」
サトコ
「はい!」
難波
「にしてもお前、意外と鳥好きなんだな」
サトコ
「え‥あ‥そうですね」
難波
「しかも、よりによって動かない鳥とは‥」
「お前と一緒にいると、飽きねぇな」
室長は優しく微笑み、キスを落とした。
サトコ
「おやすみなさい」
難波
「なんだ。もう寝るのか?」
サトコ
「え‥?」
(今の、おやすみなさいのキスじゃ‥?)
問いかける私の瞳を室長は真っ直ぐに見返した。
難波
「まだ、眠らせねぇよ」
サトコ
「!」
室長の逞しい腕に抱きすくめられ、もう一度キスを交わす。
徐々に熱くなっていく身体が、幸せの中に溶けていった‥‥‥
翌朝。
何かの気配をすぐ近くに感じて目を開けた。
サトコ
「!し、室長!?」
難波
「‥‥‥」
あまりに近くで室長の顔があって、一気に目が覚めた。
(一晩中、こうして寝てたんだ、私たち‥)
幸せな気分と共に、じっと室長の寝顔を見つめる。
安心しきったようなその表情が微笑ましくて、思わず無精ひげの伸びた頬に触れた。
難波
「んん‥」
「おお、おはよう‥」
室長は細く目を開けると、微笑んで私の頭を撫でた。
サトコ
「ごめんなさい。起こしちゃいました?」
難波
「いや‥」
「やっぱりいいもんだな、こういうの」
「どんなに疲れてても、朝起きるのが楽しみになる」
サトコ
「そんな風に思ってもらえると嬉しいです」
難波
「何しろ俺は、おっさん1人の無粋な暮らしがしばらく続いたからなぁ」
「まさかこの歳になって、こんなにいい抱き枕と出会えるとは」
サトコ
「結局私は抱き枕扱いなんですね」
難波
「ははは‥不満か?」
ちょっと頬を膨らませた私を包み込むように見て、室長は起き上った。
難波
「でもな、俺は抱き枕にはうるさいぞ?」
サトコ
「‥そうなんですか?」
難波
「そりゃ、そうだろ。俺が翌日も頑張れるかは抱き枕に掛かってるんだからな」
サトコ
「!」
室長はポンと頭に改めて手を置くと、伸びをしながら部屋を出て行った。
難波
『お前も早く準備しないと遅れるぞ~』
サトコ
「は~い!」
リビングから聞こえてくる声に起き上りながら、さっきの室長の言葉を噛み締める。
(室長が今日も頑張れるかどうかは私次第なんて‥嬉しいけど、責任重大だな)
思わずニヤけてしまいそうになりながら、慌てて登校の準備をする。
室長の家に泊まった日は、時間差で登校。
それが、私と室長の間での暗黙の了解になっていた。
【学校 教場】
鳴子
「おっはよう!」
サトコ
「おはよう」
いつものように元気よく教場に飛び込んできた鳴子は、
挨拶するなり私の顔をまじまじと覗き込んだ。
鳴子
「なんか‥」
サトコ
「ん?何?顔に何かついてる?」
鳴子
「そうじゃなくて‥最近、やけに肌ツヤがいいな~と思って」
「何かあったでしょ?」
<選択してください>
サトコ 「な、ないよ、何も‥!」 鳴子 「怪しいな‥」 サトコ 「やだなぁ、鳴子ったら。そ、そういえば、化粧水変えたんだよね。だからかな?」 鳴子 「へぇ‥化粧水ねぇ‥」 サトコ 「‥‥‥」 (さすが、鋭いなぁ‥)
サトコ 「ふふっ、わかる?」 鳴子 「やっぱりあったの!?」 「ねえ、誰?お相手はどこの誰?」 冗談っぽく言ったつもりだったのに、鳴子は真剣に迫ってくる。 サトコ 「じょ、冗談だってば‥!あるわけないでしょ、何も」 鳴子 「どうだかなぁ‥」 (さすが、鋭いなぁ‥)
(さすがは鳴子‥鋭いな) サトコ 「ああ‥うん‥えっと、化粧水、変えたかな‥」 苦しすぎる言い訳に、鳴子の視線が鋭さを増した。 鳴子 「あのね、そんな言い訳、この鳴子さんに通用すると思ってるの?」 「正直に言わないと‥」 サトコ 「ほ、本当だってば!本当にそれ以外はないよ?何も」 鳴子 「怪しすぎる‥」 (だよね。私もそう思う‥)
???
「氷川!」
サトコ
「?」
背後から名前を呼ばれ、私は鳴子の疑いの視線から逃げるように振り向いた。
サトコ
「後藤教官‥おはようございます!」
後藤
「おはよう」
(なんてグッドなタイミング。救世主です、後藤教官‥)
サトコ
「あの、何でしょうか?」
後藤
「すぐに室長室まで来てくれ」
「俺とアンタに、室長から呼び出しだ」
サトコ
「室長から‥?」
(なんだろう、こんなに朝早くから‥)
【廊下】
後藤教官について室長室に向かうと、ちょうど反対側から室長が歩いてくるところだった。
思わず2人の熱い夜が思い出されて、視線を逸らす。
後藤
「室長、連れてきました」
難波
「ああ、ご苦労さん」
サトコ
「室長、おはようございます」
何とか平静を取り戻し、訓練生の顔に戻って挨拶をした。
難波
「おはよう。とにかく入ってくれ」
室長は事務的に言うと、先に立って室長室に入っていく。
(家にいる時とは全然違う仕事の顔‥)
(私も学校では、ちゃんと気を引き締めて勉強しないとね)
【室長室】
難波
「公安の情報漏えい事件を起こした鈴木だが」
「聴取をしていくうちに、新たな事実が判明した」
サトコ
「新たな事実‥?」
鈴木さんは室長の同期だった人で、
元上司の小澤さんを見殺しにした山田警備局長に恨みを抱き、復習を試みた。
その一環として引き起こされたのが、公安の情報漏えい事件。
そしてその時に利用されたのが、NPO法人『こどもの太陽』だった。
難波
「どうやら、こどもの太陽を隠れ蓑に、麻薬の売買をしている人間がいるらしい」
後藤
「今度は、麻薬ですか‥」
難波
「とはいえ、現状では何ひとつ手がかりがない状態だ」
「そこで、お前たち2人に再び潜入捜査を頼みたい」
サトコ
「!」
思いがけない捜査の依頼に、一瞬で身が引き締まった。
後藤
「分かりました」
難波
「今回の任務は、こどもの太陽の関係者に紛れ込んでいる売人の特定だ」
「前回にもまして危険は高まる。心して臨んでくれ」
後藤
「はい」
サトコ
「はい!」
(仕事でも成長した姿を室長に見せるチャンス‥頑張ろう!)
【こどもの太陽】
その日の午後。
私と後藤教官はさっそく潜入捜査を開始した。
後藤
「氷川、売人はこの組織の中でどんな人をターゲットにしていると思うか?」
サトコ
「そうですね‥子どもの病気でパニックになっている人‥とか?」
後藤
「‥まあ悪くないな」
「恐らく売人は、子どもの病状に絶望し、平常心を欠いている親を中心に、売買を行っているはずだ」
「まずはそういった状況に該当する親の情報を集めたい」
(なるほど‥売人をあぶりだすために、まずは買い手を特定するんだ‥)
サトコ
「わかりました。さり気なく活動参加者の状況を探ってみます」
後藤
「頼んだ。でもあまり踏み込み過ぎるなよ」
「売人がどんな奴か、まだ全く分からないんだからな」
サトコ
「はい、気を付けます」
私は訓練生から後藤教官の妻の顔になると、
活動に参加している保護者たちの輪の中に入っていった。
【学校 廊下】
あの後、活動参加者への接触を繰り返した私たちは、
なんとか該当する親の情報を入手することに成功した。
後藤
「思ったより早く情報が集まった。これもアンタの頑張りのお陰だ」
「対象者との関係も、前よりもスムーズに築けるようになったみたいだな」
サトコ
「本当ですか?」
(よかった‥私もちゃんと成長できてるみたい‥!)
思いがけない後藤教官からの褒め言葉に、心が浮き立つ。
後藤
「さすがは、室長直々に指導を受けただけのことはある」
サトコ
「それは‥はい‥」
(嬉しいな。後藤教官がこう思ってくれてるってことは)
(私の頑張りは室長の評価にも繋がってるってことだよね)
(この調子で、もっともっと頑張らないと‥!)
気持ちを引き締めていると、後藤教官が笑いながら私の顔を覗き込んだ。
後藤
「夫婦のフリも、なかなか良くなってたぞ」
サトコ
「‥それは、後藤教官のご指導のお陰ですね」
後藤
「それはどうだか分からないが‥確かに初めての時はひどかった」
「アンタ、大根役者もいいところだったもんな」
サトコ
「そ、それは‥!」
(だって、後藤教官といきなり夫婦になれって言われて恥ずかしかったし)
(どうすればいいのか全然分からなかったから‥)
おかしそうに笑っている後藤教官に恨み言のひとつも言おうと思ったその時、
教官室の中から声が聞こえた。
???
『ええっ、すごい美人ですね!』
(美人‥?誰のことだろう?)
to be continued