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石神 恋の行方編 4話

【車内】

石神

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

(ほ、ホントについてきちゃった‥)

一緒に行動することも多いし、今さらこんな沈黙に怯えることもないけれど、

いつもとは決定的に違う。

(仕事じゃない‥任務じゃない‥)

プライベートな時間を共有することを許されたことに、鼓動が高鳴る。

(お、落ち着こう‥)

(偶然バッタリ会って、気まぐれで連れて来てくれただけなんだし)

石神

‥そういえばお前は長野出身だったな

サトコ

「あ、はい」

前を見たまま、石神教官が口を開く。

サトコ

「水族館に喜ぶのはそれもあるんです。ほら、海がありませんから」

石神

それでも、家族で行ったりはしたんだろう

サトコ

「そうですね。子どもの頃はよく連れて行ってもらいました」

「やっぱり海辺に行くのは嬉しかった記憶はあります」

石神

そうか

サトコ

「あ、あと長野には山の上に水族館があるんですよ。世界で一番高い場所に」

蓼科の山、標高1,750mの場所に淡水水族館がある。

(私は行ったことないけど、お姉ちゃんが楽しかったって言ってたなぁ)

石神

そこにはいつか行きたいと思っている

サトコ

「へ‥」

(地方のことなのに、知ってるんだ‥)

石神

なんだ

サトコ

「いえ、本当にお好きなんですね。水族館」

石神

‥ああ、そうだな

そこから、なんとなくまた言葉が途切れる。

水族館が見えてくる頃、石神教官はサングラスをかけた。

【水族館】

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サトコ

「すみません。勝手に付いて来たのに‥」

石神

チケットを買うのは保護者の務めだ。気にしなくていい

サトコ

「ほ‥っ」

(保護者って‥)

サトコ

「‥気にしなくていい、だけ有難く頂戴します」

「ありがとうございます」

チケットを受け取って、石神教官の後ろをついていく。

石神

‥‥‥

石神教官は、ただ黙って泳ぐ魚たちを眺めた。

(なんとなく話しづらい雰囲気‥)

大水槽の前で横に並び、静かに様子を窺った。

そこを、社会見学で来ているらしい中学生たちが少し騒がしく通り過ぎていく。

(公安の人って同じ場所に何度も行くことは避けるって聞いたけど‥)

(ここには何度も来てる感じだよね。1人で来るっていうのも意外だし‥)

(普段が激務だから、本当に癒しを求めてくるのかも‥)

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石神

眉間のシワは取れなくなるぞ

サトコ

「え‥」

考え込んでいると、前を向いたまま石神教官が呟く。

(そんな難しい顔してたかな‥)

とりあえず眉間を指で伸ばす。

サトコ

「石神教官だって人のこと言えないじゃないですか」

「何かっていうといつもココにシワ寄せてますし」

石神

誰のせいだ

サトコ

「誰のせいでしょうね」

石神

‥‥‥

サトコ

「ほ、ほらまた!」

石神

‥やめだ。水族館に来てまで無駄な労力を使いたくはない

石神教官は踵を返して、さっさと次のエリアに向かう。

サトコ

「待ってくださいよ!教か‥」

石神

やめろ

サトコ

「え‥?」

おもむろに立ち止まって振り返る。

石神

校外だ。教官はよせ

サトコ

「あ、そうですよね‥」

「えっとじゃあ‥」

<選択してください>

A: 秀っち

サトコ

「ひ、秀っち」

石神

‥‥‥

サトコ

「い、言ってみたかっただけです!」

「‥石神さんでいいですか?」

B: 石神さん

サトコ

「石神さん‥でいいですか」

石神

ああ

C: 班長

サトコ

「班長‥?」

石神

何故そうなる‥

サトコ

「やっぱり変ですよね。じゃあ石神さんで」

(嬉しいけど、ちょっとくすぐったい‥)

呼び方ひとつでこんなに嬉しい。

でも、それと同時に‥

(届かない片思いって不毛だな‥)

1人で喜んで、1人で気持ちをセーブする。

嬉しいことがあるたびに、それと同じくらい苦しい気持ちも増えていく。

石神

行くぞ

サトコ

「はい!」

元気よく返事をして、呆れ気味の教官に笑って見せた。

次にやってきたのは、熱帯魚のエリア

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照明が明るいこともあって、教官はサングラスを外すとのんびりと魚たちを眺めた。

サトコ

「綺麗ですね」

石神

ああ

(ベタっていう魚なんだ‥)

鮮やかな青で、大きなヒレを揺らしているベタ。

説明書きには“人の言葉が分かる唯一の魚”とあった。

サトコ

「なんだか石神さんみたいですね」

(賢い上に綺麗って反則‥)

石神

‥これなんかはお前みたいだな

サトコ

「え!こんな可愛いですか、私」

石神

どうとでも受け取れ

(そう言われると絶対何か裏があるような‥)

オレンジと黒の縞模様で、可愛らしい魚。

石神

クラウンローチといって、寝る時は死んだみたいに横になって寝る魚だ

サトコ

「な‥それがどうして私みたいなんですか!」

石神

死んだみたいに居眠りするだろう

サトコ

「‥‥‥」

石神

ドジョウの仲間で愛嬌のある顔してるし、泳ぎ方も下手だ

サトコ

「なんだか言いたいことが沸々と‥」

「あ、あれは何て言うんですか?綺麗な黄色ですね」

石神

レモンテトラだ

(さっきも思ったけど、魚に詳しいんだな‥)

(説明書きも見ずに即答できるってすごい)

サトコ

「こっちは‥」

石神

ハセマニア

サトコ

「あの赤いのは」

石神

レッドプラティ

(すごい。本当に好きなんだ‥)

あれこれ尋ねる私に、律儀に答えてくれる。

だんだん申し訳なくなってきて、黙って隣の水槽に移った。

(こうして見てると、1人で来たくなるのも分かる気がするな‥)

静かに腕を組んで‥随分と長い間、石神教官はその場所を離れない。

ふと、水槽のガラスに映った石神教官の顔が目に入る。

(あ‥)

どこか遠くを見ているような、ひどく寂しい瞳。

そうでなければ、何か手の届かない昔の宝物でも見つめて、優しく懐かしんでいるような‥

こっそり隣を見上げると、こっちの息が止まりそうなくらい胸がざわつく。

(そんな儚い表情の教官なんて‥)

ぐぅ~

サトコ

「!!」

(このタイミングで‥!?)

自分のお腹が恨めしい。

石神

くっ‥

石神教官にしては珍しく、肩を揺らして笑っている。

(は、恥ずかしすぎる‥)

サトコ

「これはその‥外で食べるつもりで寮を出ちゃったからで!」

「でも、お腹空いてることも今の今まで忘れていてですね‥」

石神

‥お前は本当に黙っている時がないな

サトコ

「すみません‥」

なんだかもう、いたたまれない‥

石神

腹の虫を黙らせに行くか

サトコ

「それはありがたいです」

軽く笑う石神教官の後ろについて、館内のカフェに向かった。

【カフェ】

石神

好きなだけ食べろ

サトコ

「そ、そんなにがっついては食べませんよ」

しどろもどろになりながら、メニューを眺める。

サトコ

「あ、石神さん」

「美味しそうなプリンがありますよ。プリン」

石神

‥嫌味か

<選択してください>

A: 何のことでしょう

サトコ

「さて何のことでしょう」

石神

なかなかいい心意気だな

サトコ

「ちょっとしたお茶目なコミュニケーションじゃないですか」

石神

どこがだ

B: 誰かに似てきたのかもしれませんね

サトコ

「誰かに似てきたのかもしれませんね。誰、とは言いませんけど」

石神

お前は本当にいい影響を受けないな

黒澤にしろ木下にしろ、不要なところばかり受け取っている

サトコ

「黒澤さんも莉子さんも、いい人ですよね」

石神

‥‥‥

C: ただ勧めただけですよ

サトコ

「ただ勧めただけですよ」

石神

もう少しマシなウソをつけ

サトコ

「ふふっ」

やっぱり顔をしかめる石神教官が可笑しくて、笑ってしまうのを堪えた。

BLTサンドでお腹を満たしてしばらく。

2杯目のコーヒーを手に取ると、石神教官は心底不思議そうに私を見た。

サトコ

「どうかしました‥?」

石神

いや‥俺の前でそこまでリラックスできる人間はそういないからな

珍しがっているだけだ

サトコ

「すみません。休みの日にまで遠慮がなくて」

石神

休みの日くらいはそれでいい

(いいんだ‥)

サトコ

「ふふっ、ありがとうございます」

「でも、石神さん相手に構えるような人ばっかりじゃないですよ」

「莉子さんとか黒澤さんなんかは、普通に話してるじゃないですか」

石神

アイツらを比較対象に入れるな

黒澤は心臓に毛が生えているうえに、木下に関しては付き合いも長い

(またヒドイ言われよう‥)

そうは言っても、全幅の信頼を置いていることは分かる。

サトコ

「私も最初の頃はそれはそれはビクついてましたけど、今となってはそうでもないですよ?」

「オンとオフの見分けもついてきましたし」

「それでも私が珍獣であることに変わりはないかもしれませんけど」

石神

そうだな

サトコ

「せめて珍獣はどうにか否定してほしいんですけど‥」

石神

自分で言ったんだろう

サトコ

「そんなんだから鬼教官とかって恐れられるんですよ」

石神

無駄に慣れ合う必要はない

サトコ

「‥‥‥」

(いつも通りなんだけど‥)

(こういう言い方されると、ものすごく距離を感じるんだよね‥)

今日のこの水族館は、慣れ合っているうちには入らないのか‥

よく分からないれど、石神教官は本当に嫌なら連れてなんて来ないだろう。

(少しくらいは期待していいよね)

(少なくとも、生徒としては嫌われてはない‥はず)

サトコ

「それにしても、まさか石神さんと水族館に来られるなんて思いませんでした」

「連れて来てもらえて良かったです」

素直にそう伝えてみると、教官は少し驚いたような顔をして、

それから何か皮肉った笑みを浮かべる。

石神

俺もまさかお前がここまでもつとは思わなかった

サトコ

「なんですかそれ」

石神

今年は去年よりも脱落者が多い。お前が真っ先に落ちると思っていたが意外な結果だな

刑事志望者は多いが、骨のある者は少数ということだ

サトコ

「それって暗に褒めてま‥」

石神

まぁ卒業できるかは謎だが

サトコ

「‥‥‥」

(褒められてはなかったみたい‥)

結局、いつものように弄ばれる。

サトコ

「あ、そうだ‥石神さんだって昔は刑事志願者だったわけですよね」

「どうして刑事になりたかったんですか?」

石神

‥‥‥

サトコ

「よく考えたら、聞いたことなかったので‥」

「“ただなんとなく”で就く仕事ではないじゃないですか」

石神

お前こそ、どうしてそう刑事に拘る

サトコ

「それは‥自分が刑事に助けられたことがあるので、憧れて‥」

「って私の話はいいんですよ。質問に質問で返さないでください」

石神

気付いたか

サトコ

「私だってそこまでバカじゃないですよ」

石神

‥不正が嫌いなだけだ

サトコ

「じゃあ、公安への配属は希望が叶ったんですね」

石神

そういうことなんだろうな

サトコ

「‥‥‥」

石神

そろそろ行くか

サトコ

「あ、はい‥」

石神教官は、話を終らせるように席を立った。

【水族館 入口】

サトコ

「今日はありがとうございました」

石神

ああ

水族館を出ようとしたところで、石神教官に呼び出しの電話があった。

サトコ

「では、ここで失礼します」

石神

‥すまない

サトコ

「な、何がですか」

(びっくりした‥)

(石神教官に謝られると変に驚く‥)

石神

真っ直ぐ帰れ

サトコ

「はい、そのつもりですけど‥」

石神

ならいい

サトコ

「?」

石神

‥‥‥

駐車場へと向かう背中を見送りながら、内心首を傾げる。

“すまない”

“真っ直ぐ帰れ”

サトコ

「あ‥」

(学校の近く、痴漢が出るって言ってたから‥)

(分かりにくいなぁ‥)

サトコ

「石神さん!」

石神

サトコ

「ありがとうございます!」

振り返った教官は怪訝な顔をしたけれど、構わずに笑顔で返した。

【資料室】

連休明けも、自習のために資料室へやってきた。

サトコ

「うーん‥」

石神

復習部分で唸るな

サトコ

「こんなに勉強してるのに、この前の小テストがあり得ない点数だったんですよ‥」

石神

たるんでる証拠だ

サトコ

「でも‥!」

(‥ってダメだ。こんなの八つ当たりもいいところだよ‥)

石神

でも、何だ

サトコ

「すみません。何でもありません」

石神教官が呆れたように席を立つ。

石神

お前が卒業できようができまいが知ったことではないが

いくら退学が免除になったからといっても、次の査定で脱落は充分にあり得るからな

サトコ

「う‥」

石神

というわけだ。復習箇所すら進みが悪いようなら俺は戻る

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サトコ

「ま、待ってください‥!」

(まだ予習で聞きたいことが‥!)

ブサ猫

「ぶみゃー」

サトコ

「!」

(またこの子!?本当いつの間に入り込んでるの‥!)

立ち上がると突然、ブサ猫が足元を横切って、思いっきり躓く。

サトコ

「わっ‥わわ!」

(や、やば!こける‥!)

身体が前のめりに傾いて、思わずギュッと目を瞑る。

ゴン!とか、ガン!とか‥椅子が倒れるような音と共に、鼻先が激しく何かにぶつかった。

サトコ

「いたたた‥」

(え‥)

目を開けると、視界のほとんどをネクタイが占めている。

サトコ

「!?」

(石神教官が庇ってくれたの!?)

サトコ

「す、すすすみません‥!」

石神

‥‥‥

石神教官は、バツが悪い様子で視線を逸らす。

(あれ‥教官の顔‥)

ほんの少し、教官の顔が赤い。

たぶん、私はその倍ほど赤いけれど。

石神

この間といい、お前はどうしてそう躓きやすいんだ

サトコ

「ホントにすみません。メガネまで‥」

受け止めた拍子に、教官のメガネが落ちたらしい。

顔面からダイレクトにぶつかったために、鼻が痛くて私も涙目だ。

(っていうか、こんなの‥)

がっしりと受け止めてくれた腕とか、触れる手の温かさだとか、ふわっと掠める香りだとか‥‥

もう、意識しない方が難しい。

スマホ 006

石神

見せてみろ

サトコ

「へ‥」

伸びてきた手が、鼻頭を押さえてる私の手をそっと掴む。

サトコ

「だ、大丈夫です!平気ですから‥!」

「ツバでも付けてれば治ります!」

石神

仮にも妙齢の女なんじゃなかったのか。顔の傷くらい気にしろ

(こんな距離‥!)

石神教官の顔が、目の前にあって、

掴まれた右手を、振りほどくこともできない。

全身の血が一気に顔に集中して、空いている左手で口元を隠す。

(こんなに意識してたらダメなのに‥)

分かってはいても、どうしようもない。

石神

‥氷川

サトコ

「‥っ」

石神

君は‥

顔なんて見せられるわけもなく、俯くと今にも涙が出そうになる。

(今度こそごまかせないよ‥)

(教官のことが好きだなんてバレたら、どうなるんだろう‥)

下唇をキュッと噛み締めて、やけに長く感じる沈黙にじっと耐えた。

to be continued

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